ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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サポーター契約

 僕が彼女に出会ったのは先日の戦闘の怪我がようやく回復して、ナァーザさんからダンジョンに復帰する許可がようやく下りた日のことだった。 

 

 底辺の零細ファミリアとしてはお金もないし、早くダンジョンに潜りたかったのだが、結託した神様とエイナさんに猛反対にあった。

 特にエイナさんの剣幕は凄かった。美人は怒らせるなというお祖父ちゃんの言葉の意味が理解できた気がする。知り合いが死にかけていたのだし、当たり前の反応ではあるんだけど。

 結局、勝手にダンジョンに入ったら勉強量を3倍にすると脅されてしまったので大人しく休養を取り、回復を待った。

 

 ナァーザさんによるお高めの治療と有給をつぎ込んだと言う神様による監視の効果は絶大で、あっという間に僕の体は元通り。

 冒険者の体の強さとアビリティによって作られるアイテムの凄さがなければ一生ものだったであろう怪我は、もはやどこにも感じさせないくらいに回復している。

 それまでの疲れも一緒に取れたのか体が軽い。

 ……ついでに財布も軽いが。

 

 そんなわけでようやくダンジョンに潜れた僕はこれまでの分も稼ごうと気合が入っていた。

 なにせ第一級冒険者の戦いを間近で見れたのだ。

 学ぶことは多かったし、僕の憧憬はさらに燃え上がっている。

 

(途中で逃げ出したのを思い出すとへこみそうだけど、今度会えたらちゃんとお礼を言える様にならないと。)

 

 他派閥の僕がアイズ・ヴァレンシュタインさんと会えるとしたらダンジョンくらいだろう。

 一日でも早く追いつくためにもっと頑張らないと。

 

 意気揚々とダンジョンに赴いた僕だったがある失敗をしてしまう。

 薬型のひみつ道具をゴブリンに試したところ、なんとゴブリンを活性化させてしまったのだ。

 

 先に試した青い錠剤がゴブリンを鈍化させたのを見て油断していたのかもしれない。

 もう一つのピンクの錠剤も能力制限(デバフ)効果だと思い込んだ僕はその対応が遅れてしまう。

 

 そのゴブリンは突如凄まじい速さで僕のことを突き飛ばし、そのまま興奮した様子でダンジョンの奥に走り去ってしまったのだ。

 起きた超常現象に目を白黒させながらも慌てて後を追うがあっという間に引き離される。

 

 少しすると通路の奥から悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 異様な速さのゴブリンが暴れまわっているらしいと言う話が聞こえてきた僕は、ゴブリンを高速化させてしまったひみつ道具【クイック&スロー】を取り出す。

 ピンクと蒼。二つの錠剤のうち、ピンクの錠剤を一つ含むととんでもない活力が体中に漲った。

 

 あのゴブリンのような素早さを手に入れた僕はそのまま闇雲にダンジョンを走り回る。

 ……後になって冷静に考えればあの時、他の冒険者の話を聞いて回ればもっと早くゴブリンに追いつけたはずだがそんな考えは全く浮かばなかった。

 早く追いつかなければという強迫じみた焦りで視野が狭くなっていたのだ。

 それにしたって不自然な心理状態だったから、あれもひみつ道具の効果だったのだろうか?

 

「……!いた!」

 

 ゴブリンに甚振られる大きなバッグを背負う少女を見つけると、僕は即座にナイフを抜刀。胸の魔石に突き刺した。

 モンスターの心臓部である魔石を失ったゴブリンは苦し気に呻いた後、仰向けに倒れてサラサラと灰になっていった。

 

「……ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

 青い錠剤(スロー)赤い錠剤(クイック)の効果を打ち消し、慌てて倒れ伏した少女に駆け寄った。

 僕が来るまでの間に傷だらけになった少女を急いで手当てする。

 不幸中の幸いと言っていいのか、クイックで素早さは増していても力は変わらなかったらしい。

 僕が持つ回復薬(ポーション)でも十分に治療できた。

 

 栗色の髪を持つ小人族(パルゥム)の少女はチラリと僕を見ると、何か言いたげにした後にそれを飲み込んでお礼を言ってきた。

 

「…………ありがとうございます。」

「い、いえ!うまく言えないけど、このモンスターは僕のせいで……すいませんでした!」

 

 ひみつ道具のことは他言無用にするように神様に言いつけられているけど、何も言わずにマッチポンプでお礼を言われるのは違う。

 そう考えた僕は彼女に謝罪した。

 ぼやかした言い方で向こうからすれば訳が分からないだろうけど、しっかり謝りたいと当時の僕は思ったのだ。

 

「?よくわかりませんが気にしないでください……」

 

 そう言った少女はどこか投げやりな気がした。

 

「あの、まだ痛みますか……?」

「いえ、もう大丈夫です。」

 

 まだ回復しきれていなかったのかと焦ったがそう言うわけではないらしい。

 じゃあ、どうしてそんなにつらそうなんだろう。

 

「あの、良かったら貴方のファミリアのホームまで送らせてもらえませんか?……いえ!嫌だったらいいですよ!?」

「……」

 

 栗色の少女は何も言わない。

 何かまずいことを言ったのだろうかと気まずくなり、僕も口を開きにくくなる。

 嫌な静寂がダンジョンを支配した。

 

「……ところで、良いナイフを使ってますね。」

 

 すると彼女は露骨に話題を切り替えた。

 少し強引な気がしなくもないがこの空気が嫌だった僕はそれに飛びつく。

 

「はい!実はこれ神様が僕のためにご友人から譲り受けた物らしくて……僕には全然不相応なんですけど、宝物なんです。」

 

 ヘスティア・ナイフ。

 神様の名を持つこのナイフに込められた祈りを今更、再度語る必要はないだろう。

 ただ、神様が僕のためにこのナイフを手に至るまでの苦労を考えると、僕ももっと成長して神様の恩に少しでも報いられるようにならなきゃと気合が入る。

 

「いい神様ですね」

 

 この時の彼女はどんな顔だったのか。

 その時、ナイフを見つめていた僕にはわからない。

 ただ、後になって思えばこの時が彼女の気持ちに気が付く最初のチャンスだったと思う。

 

「はい……僕にはもったいないくらいに素晴らしい神様です。」

 

 噛み締めるように呟いた。

 オラリオに来てから決して順風満帆と言うわけではないけど、神様と出会えたことは間違いなく幸運だったと思う。

 

「そうですか……羨ましいです。」

「え?」

「……そんな神様は滅多にいませんよ。」

 

 少女は僕に語った。

 ファミリアの主神によっては退屈しのぎで眷属の人生を狂わせることもあるのだということ。

 ファミリアの眷属同士でも仲間意識の欠片もなく足を引っ張り合い、時には殺し合いに発展することもよくあるのだということ。

 

 それは少女の布石だった。

 僕が彼女の望む選択をするように誘導するための技術だった。

 

荷物持ち(サポーター)なんて神様にとっても冒険者にとっても興味のない存在です。リリはファミリアの中でいない者として扱われています。」

「な……」

「いえ、語弊がありましたね。大半にはいない者として扱われています。中にはリリのような貧乏人から雀の涙ほどのお金を巻き上げようとする方もいらっしゃいますから。」

 

 それは僕が知る世界とは余りにもかけ離れたもの。

 僕にとって【ファミリア】とは家族だ。

 僕がお祖父ちゃんが亡くなった後、オラリオに来たのは夢を叶えるという目的以外にも神様がくれる恩恵(ファルナ)。そこから得られる【ファミリア】という繋がりを欲してのことだった。

 

 神の血で結ばれた(おや)眷属()の関係は、時に実の親子よりも強い絆で結ばれる。

 【ヘスティア・ファミリア】にはまだ僕と神様しかいないけど、いつか新しく入ってくる団員もそんな関係になれると思っている。

 

 そんな【ファミリア】が同じ眷属を虐げる?

 僕には余りにも縁遠い出来事に頭がくらくらして気持ち悪い。

 

 ヘスティア・ナイフの話からいつの間にかファミリアの話にすり変わっていることに気が付かない僕は、そのまま彼女の話に引き込まれた。

 

「……冒険者様。ソロで潜っているところを見るに、ひょっとして今の貴方には契約しているサポーターがいないのではありませんか?」

「え、ええ。僕のファミリアは眷属が僕一人しかいなくて……」

 

 それを聞いて少女はニコリ、と笑う。

 ……それが僕には空虚なものに見えてならなかった。

 

「でしたらお兄さん‼是非ともここにいるサポーターに声をかけていただけませんか?」

「え?」

 

 突然のサポーター契約の申し出に動揺した。

 確かにアドバイザーのエイナさんからもサポーターの必要性は常々教わったけど、現在僕にサポーターはいない。

 今の生活費を稼ぐだけでやっとの僕ではとても専属のサポーターなんて雇えるはずもなく、何とかしなきゃと思いつつも一人でダンジョンに潜る毎日だ。

 

「えっと、別の【ファミリア】間で繋がりを持つのってあんまりよくないんじゃ……」

「はい。ですがリリは御覧の通り小人族(パルゥム)です。体は小さいですし、腕っぷしだってありません。そんな役立たずには皆愛想をつかしているので、誰もパーティーを組んではくれないんですよ。」

「……」

「流石にリリもそんな状況でホームにいるのは肩身が狭いので……今も格安の宿を回って寝泊まりする毎日です。」

 

 こんなことを聞かされて平静ではいられない。

 間違っても同じファミリアの眷属同士でパーティーを組めなんて言えなかった。

 僕自身サポーターは欲しいと思っていたし、この提案は渡りに船だろう。

 ただ、僕にはバレてはいけないスキルがある。

 簡単に決めるわけにはいかず、どうしても慎重になってしまう。

 

「実は先ほどもとある冒険者様のパーティーに入れていただいていたのてますが、見捨てられてしまいまして。ここで契約できないとリリは明日の宿泊代すら怪しく……」

「うっ……」

 

 そう言われるとあまり考えることに時間をかけられない。

 その見捨てられた原因は僕が実験したゴブリンだし、このまま無責任にサヨナラするのもおかしいというか間違っている気がする。

 いやでも……、と迷いを捨てきれずにいると彼女が口を開く。

 

「ではこういうのはどうでしょう?しばらくお試しでリリと契約して頂いて、気に入っていただけたのならそのまま契約を継続してください。」

 

 最初に大きなことを言って相手を悩ませて、次に本命の目的を言って妥協して見せることで相手の心理的なハードルを下げて目的を達成する。 

 そして、答えを急かして他の人と相談する時間を与えない。

 よくよく考えてみれば詐欺の手口そのものだったけど、この時の僕はなんの疑問も抱かずに少女の手管にまんまと乗せられてしまった。

 

「じゃあ、よろしくお願いします。こういう場合って契約金とかは……」

「お試し期間ですし、ダンジョンの収入から分け前を貰えればいいですよ。3割ももらえればリリは飛び上がって喜んでしまいます。」

「それは少なすぎじゃないですか?」

 

 その後、サポーター契約について色々と教えてもらっているとふと、自分が目の前の少女の名前を聞いていなかったことを思い出し、慌てて自己紹介を始める。

 

「そうだ。自己紹介がまだでした。僕は【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルです。」

「あっ、失敬、リリは自己紹介もしていませんでした。リリは【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデといいます。よろしくお願いしますね。ベル様。」

 

 彼女が浮かべる笑みの奥にあるモノに気が付かないまま、僕は初めての仲間を得た。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 余計なことを。

 自分はあのまま消えてしまいたかったのに。

 モンスターから自分を救った少年に対して、リリルカは内心毒づいた。

 

 最後の希望は失われてしまった。

 結局、自分は変われないのだろう。

 初めから分かっていたのかもしれない。

 どんなに足掻いてもリリは薄汚いリリのままなのだと。

 

 あの日、背中の烙印が教えた現実から目を背け続けていたのだ。

 この世界は優しくなんてないということを。

 

 なら、もういいだろう。

 屑は屑らしく。今日もまた仮面を被ろう。

 無邪気な子供を装って、間抜けな冒険者を騙してやる。

 

 次の獲物は決まっている。

 モンスターから自分を庇うという余計なことをした、駆け出しのヒューマンだ。

 こんな小人族(パルゥム)を庇って何を企んでいるのかと思えば何も考えていない。

 

(随分と恵まれた生活をしていたようで)

 

 馬鹿馬鹿しい。

 そんな間抜けは初めて見た。

 このオラリオは強欲の都。受け身でいればたちまち全てを奪い取られるのに。

 あんまりに馬鹿すぎて笑えない。

 

 純朴そうな雰囲気から感じるのんびりとした田舎の空気。

 都市に来たばかりであろう世間知らずからは警戒と言うものが感じられない。

 

 碌に痛い目を見たこともないのだろう。

 

(なら、リリが教えてやる)

 

 世界は優しくなんてないのだと。

 弱ければこの都市の汚さに、非情さに押しつぶされていくのだ。

 神に恵まれなければ一生その地獄は続く。

 それを分からせてやる。

 

 そして汚れてしまえばいい。

 その無垢な心を存分に曇らせて。

 自分の鏡写しのように歪めてやる。

 絶望してしまえ。

 裏切られて、泣き叫んで、それでもどうにもならない現実を知ってしまえ。

 二度とその間抜け面を浮かべることができなくしてやる。

 

 それがみっともない八つ当たりだと分かっている。

 それでも、彼女の激情は止まらなかった。

 

 少女の世界には光が差し始めている。

 だが、泥を見続けている少女はまだ。

 その微かな光に気づかない。




 と言うワケでやさぐれリリの八つ当たり編はじまります。
 リリは子悪党時代があってこそ輝くキャラだと思いますので、頑張って描写していきたいですね。

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