次の日。
約束通り僕は広場でエイナさんを待っていた。
(こ、これってまるで……)
いやいや、そんなんじゃない。
あくまでもこれはエイナさんの親切によるものであって、断じてデートではないはずだ。
ないはずなんだけど……広場にはカップルらしき男女が何組もいて、イチャついているのを見ているとどうしても意識してしまう。
(もっといい服着たほうが良かったかな?)
お祖父ちゃんも『
お金がないから無理な話だけどついついそう思ってしまう。
「おーい、ベルくーん!」
「!」
落ち着かず、辺りをきょろきょろしていた時、心なしかいつもより少し弾んでいる気がする彼女の声が聞こえた。
小走りで近づいてきたエイナさんの服装はいつもと少し違う。
普段は眼鏡をかけてギルドの制服を通しているけど、今日は可愛らしい白いブラウスに丈の短いスカートという軽い感じの衣装だ。
いつも仕事のできる女性って感じだったから、今の可愛い雰囲気は凄く新鮮だ。
これが神様たちが良く言う『ぎゃっぷ萌え』?という奴だろうか。
「おはよう、早かったんだね?そんなに新しい防具が楽しみだった?」
「あっ、えっと……」
「まあ、私も楽しみだったんだよね。ベル君の買い物だけどちょっとワクワクしちゃってさっ」
言葉遣いも心なしかいつもより砕けているエイナさんを前に上手く言葉を返せない。
ギルド職員の中でもエイナさんは1・2を争う人気受付嬢だ。
そんな人と二人きりで買い物なんてこの後刺されるんじゃないだろうか、僕。
「……それでベル君?私の私服姿に何か言うことは無い?」
悪戯っぽい笑みを見せながら上目遣い。
子供っぽい動作を見せる彼女に顔を赤くしてしまったのはおかしいことではないだろう。
「……その、すごく……いつもよりっ、若々しいです!」
「若々しい~?私はまだ19だぞぉ~‼」
「うわわわっ!?」
エイナさんが僕の首の付け根に腕を絡ませる。
そのままガッチリ脇に抱え込まれて、む、胸が……
「ほらほら、謝れー!」
「や、やめっ!?」
許してくださあああいっ!?と僕は情けない悲鳴を上げた。
「誰かと買い物なんて久しぶりだなぁ」
「そうなんですか?エイナさんなら誰も放っておかないと思いますけど……」
「ふふ、ありがとう、ベル君。でもギルドに入ってからは仕事一筋だったからね」
現在、僕たちはダンジョンに向かっている。
デートに行くのに何でそんな血なまぐさい場所なんだって思うかもしれないけど、正確にはダンジョンの上にあるバベルの塔にある商業スペースが今回の目的地だ。
冒険者である僕にとってはダンジョンの蓋というイメージが強い摩天楼だけど、エイナさんによるとオラリオの中でも有数の商業施設でもあるんだとか。
モンスターの蔓延るダンジョンの真上、万が一ダンジョンへの【祈祷】が途切れたら真っ先に大損害を被る場所なのに色々な施設が集まっているのは、バベルの塔がある位置が歴史上始めて神様が降臨した場所だからじゃないかとエイナさんは言っていた。
……こう言うと神聖な場所みたいだけど、実際は必死の思いでダンジョンに蓋をして、大喜びする下界の住民の前に『暇だから来た』と突撃しただけなんだけど。
ちなみに今のバベルの塔は二代目らしい。一代目は神様たちの突撃の余波で吹っ飛んだとか。
(よく今みたいに神様と人間が共存できるようになったな……)
神様たちは全く気にせずいつも通り好き勝手してたんだろうけど。
「因みに、あのバベルの塔を造った人はダイダロスって言うんだよ。」
「え?それって……」
「そう、この前君が戦ったダイダロス通りを造った人だね。建築学上の偉人なの」
オラリオの象徴的建物は神様たちからも絶賛されたすごい物だ。
ステイタスを刻んだ眷属でもあったらしく、ダイダロス通りは彼一人で造り上げたらしい。
一体どのくらい強かったのだろうか。
「ダイダロスの凄いところはステイタスの強さだけじゃなく、『発展アビリティ』の存在もあるんじゃないかな?」
「『発展アビリティ』?」
「うん、ランクアップをすると追加されることがある特殊なアビリティ。『鍛冶』とか『神秘』みたいな作るものに特殊な効果をつけれるものから、『狩人』や『耐異常』みたいに探索の役に立つものまで色々あるんだ。」
有名な冒険者は大体この『発展アビリティ』を持っているらしい。
自由に選べるわけではなくて、発現は積み重ねた経験に左右されるらしいけど。
中には【
「ベル君の特殊な【スキル】にも役立つ『発展アビリティ』もあると思うよ?」
「た、例えば?」
「『耐異常』はひみつ道具のデメリットを相殺できるかもしれないし、『神秘』のアビリティならひみつ道具の強化ができるかも……」
もちろん憶測だけど、と付け加えるエイナさんだが、それでもすごい参考になる。
これからはアビリティ取得も視野に入れて活動しようかな?
『耐異常』はパープル・モスのまき散らす
「あ、ひみつ道具と言えばベル君が契約したっていうサポーターにはひみつ道具のことは話すの?」
「はい、でもスキルのことを話すにはまだ信用しきれないと神様に言われたので、そう言う道具を持っていると伝えるだけですけど……」
「うーん、ひみつ道具の存在だけでも危険かもしれないよ?」
「そうでしょうか……でもいざという時に使えないのも……」
「そうだよねぇ……」
パーティーを組むことを推奨してきたエイナさんも【
「ベル君のスキルが生み出すひみつ道具は制限も多いけど、使う人次第では危険な使い方はいくらでもできると思う。それこそ、
冒険者たちの起こす、様々な事件を見たことがあるというエイナさんの言葉は決して無視して良いものではない。
確かに僕の起こした事故も見方を変えれば、アレを意図的に引き起こせるだけのスペックがあるということだ。
「フリーのサポーターに初めから何もかも見せるのは違うと思う。……少なくともひみつ道具発現の瞬間は絶対に見せないほうがいい。最近は泥棒を働く
「え!?」
「その
初めての仲間に少し浮かれていたけど……注意したほうがいいかも。
僕が表情を硬くしたのに気が付いたのか、エイナさんはそこで手を振りながら、気を張りすぎだよと声色を軽くした。
「でも、そんなに固くなりすぎなくてもいいよ。疑いすぎるとサポーターとの関係も悪くなるし、あくまでもフラットな態度を意識してね。」
フラットな態度と言われても……
腹の探り合いなんて得意じゃないし、結局なるようにしかならないのかな。
「ベル君。そろそろバベルにつくよ。本命の店に行く前に、まずは【ヘファイストス】の高級な方の武具屋を見てみようか。」
「いっ!?」
「大丈夫。ちゃんとベル君のお財布のことも考えてあるから。さあさあ、行くよー!」
エイナさんは気まぐれな妖精のような笑みを浮かべて、僕の手を引く。
周りの男性の目から殺気を感じるがどうしようもない。僕はされるがままバベルの中に入る。
いくつか存在する台座。そのうちの一つに乗ると浮き上がり始めた。
どうやらこれは上の階に行く昇降設備らしい。
「!?」
「初めて乗るとそんな反応になるよね~」
驚愕する僕をみてくすくすと笑うエイナさん。
次から次へと変わる彼女の表情はきっとギルド職員ではない、私人としての姿なのだろう。
そう考えると少し恥ずかしくなって、僕は顔を背けたのだった。
「さ、3000万ヴァリス……」
案内されたヘファイストスのお店に飾られている剣の値段に思わず
僕がよくみていたショーウィンドウの商品ですら800万だったのにいきなり桁違いだ。
これが店の一番商品じゃ無いなんて冗談みたいだが、それ以上の値札があちこちに見えるこの現実は否定できない。
「あの、もしヘファイストスの人にオーダーメイドを頼んだらどうなりますか……?」
「ん?人にもよるけど、
エイナさんの言葉が怖い。
確か【ヘスティア・ナイフ】ってヘファイストス様直々のオーダーメイドだったはず。
一体、いくらしたんだ……?
「いらっしゃいませー……え゛」
「……なにやっているんです、神様」
明るく話しかけてきた店員さんのスマイルが引き攣る。
店員さん……神様は汗をダラダラ流して目を泳がせていた。
(最近忙しそうだと思ったらここでバイトしていたんだ……)
これあれだよね。絶対に借金だよね。
腰に護身用としてかけているナイフが急激に重くなった気がする。
「えっと、ベル君。もしかしてこの方が?」
「……はい。僕の、神様です。」
「そー言えば例のスキルの件でアドバイザー君と会うって言っていたね……なんでよりにもよってここに来るんだい……」
「クラネル氏の刺激になればと思ったのですが……申し訳ありません……」
「ええい!謝るな!余計ボクが惨めになるじゃないか!」
エイナさんと神様は初対面だけど、色々察したらしく困ったような表情を浮かべている。
「こらぁ!新入り!とっとと働けぇ‼」
「はいただいまー!」
「ちょ、神様!?」
ピューンと店の奥に走っていった神様はあっという間に見えなくなる。
「えーと……いい神様だね?」
「……はい」
神様のことは気になるけど今の僕は一人じゃない。
エイナさんを置いてけぼりにするわけにはいかないし、一旦神様のことは忘れよう。
帰ったらちゃんと納得のいく言い訳を答えてもらうけど。
その後、僕とエイナさんは再びあの昇降盤に乗って、更に上の階に上った。
そこは先ほどの階より飾り気の少ないフロアで、装備もショーウィンドウではなく木箱に入れられている。
言い方は悪いけど少しグレードの落ちたお店って感じだ。
その分値段もリーズナブル……とは言えないものの僕の持ち合わせでも買えるくらいには安い。
それに格式高く、どこか上品な雰囲気のあったあちらとは違ってここは活気にあふれている。
エイナさんによると下積みたちが自分をアピールする場だと言うから当然だが、絶対に買わせてやろうという意思をすごく感じる。
こういう空気は結構好きかも。
「ん?」
手分けして良い装備を探していると、アーマーのボックス群の中に気になるものを見つけた。
隅っこに追いやられているということは、ファミリアからの評価は高くないみたい。
命を守るためのものだし、こういう訳あり品は除外したほうが賢明なのだろう。
しかし、ある防具の塊が僕の足を止める。
純白の金属。なんの装飾もない武骨な姿。
あまり大きな装備ではない。ライトアーマーという奴だろうか。
サイズは問題なさそう。重さは木箱ごと持ちあげてもなお軽い。
それでいて固そうだ。
「ベル君‼あっちによさそうな……ベル君?」
エイナさんが声をかけてきて、初めて自分がこの装備に見入っていたのだと気が付く。
時間を忘れる、という感覚を初めて知った。
こんなにも物に惹かれることがあるんだ。
「……もう、決めちゃった?」
「ごめんなさい。僕、これにします!」
「謝らなくていいよ。こういうのは本人がいいと思うものが一番なんだから。」
ちらりと防具に刻まれた名前を確認する。
ヴェルフ・クロッゾ。うん、覚えた。
まだヘファイストスの名は許されていないみたいだけど、僕を魅了する防具を造った人。
カウンターで支払いを済ませるとエイナさんと一緒にバベルの塔を出る。
買い物が始まった時には晴天だった空も、今は
「ベル君。はい、これ」
「……へ?」
おもむろに手渡されたのは緑のプロテクターだ。
小さめの盾としても使えそうな
「プレゼントだよ。ちゃんと使ってね。」
「う、受け取れません!そんな‼」
普段からお世話になりっぱなしなのにこんなものまでもらうなんてできない。
あまりにも情けないじゃないか。
「私は受け取ってほしいな……キミのために」
そんな反応は予想通りだったのか、エイナさんは静かに語りだした。
「冒険者はね?いつ死んでもおかしくないんだ。特に君には特別なスキルがある。いつか、誤魔化せない日が来るくらいに強力なものが。」
「……」
「君には生きていて欲しいなぁ……」
アハハ、これは自分勝手だね。とおどけて見せるエイナさんはその間もずっと僕を見つめていた。
逸らすことなく。
「……駄目?」
「ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
ズルい。
そんな言い方されたらどうしようもない。
夕日に照らされて赤くなっているように見えるエイナさんを直視できず、前髪で顔を隠し、受け取ったプロテクターに目を落とす。
エイナさんの瞳と同じ色の防具の温もりを僕はギュっと抱きしめた。
「遅くなっちゃったな……」
エイナさんを家まで送ってからどんどんと日が落ちていくのを見て、僕はホームまで近道のためにメインストリートを外れて路地裏に入った。
さっきまで感じていた鼓動をごまかすために、小走りになる僕は「僕はヴァレンシュタインさん一筋僕はヴァレンシュタインさん一筋……」と呟きながら暗くなり始めた道を通る。
それが良くなかったのだろう。僕は
「おい、ガキ。お前の持っているそれをよこせ。」
複数人のパーティーの一人、大きな剣を背負った僕より背の高いヒューマンの青年が嫌な顔をしながら近寄ってくる。
男はエイナさんから貰ったプロテクターを指さし、見せびらかしように剣をゆっくりと抜いた。
「素直に渡せば半殺しで済ませてやるぜ?」
「おいおい結局半殺しにはするのかよ」
「容赦ねぇなゲド」
同じように歪んだ笑みを張り付けた彼の仲間と思しき冒険者たちが道を塞ぐ。
僅かな時間を惜しんで路地裏に入ったことを悔やみながらベルはヘスティア・ナイフを構える。
(体が震える……)
人にナイフを突きつけているという事実が、僕から冷静さを奪う。
カッコ悪く足を震わせる僕を見て、男たちはいよいよ醜悪な表情を隠さなくなった。
ヤバい。やられる。でも、黙って渡すわけにはいかない。
あの人の祈りを無駄にはさせない。
なけなしの勇気を振り絞って瞳を吊り上げる。
そして男から発せられる殺気が膨れ上がった時。
「止めなさい」
凛とした声がそれを霧散させた。
振り向いた僕たちの目に映ったのは、大きな紙袋を抱えたエルフの少女。
エイナさんよりも鋭い耳から彼女が純血のエルフだと分かった。
エルフ特有の整った顔は無表情のまま冒険者たちを真っ直ぐ見る。
(確か、『豊穣の女主人』のリューさん?)
「何か用か?女」
「貴方が今、手を出そうとしているその人は友人の伴侶となる方です。手出は許しません」
ナニイッテルンダコノヒト
9話で出た発明品の名前を決定しました。
魅力的な名前をいくつもありがとうございます。
悩みに悩んだ結果、目路輪様のアイディアである『発光瓶』と書いてM.A.G.様の【フラッシュボトル】と読むことにしました。
あくまでも正式名称なので、他の方の読み方も作中で登場するかもしれません。
ご協力、ありがとうございました。