ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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闇の残り香

「何訳わかんねえこと抜かしてやがる!」

 

 獲物を前に水を差されたのが気に入らなかったのか、ヒューマンの青年……ゲドと言うらしき冒険者は声を荒げる。

 剣を見せびらかすように振り、威嚇する彼はさながらモンスターのようだ。

 

「吠えるな」

 

 しかしそんな彼の敵意は少女が発する圧の前にかき消される。

 大声で喚き散らしていたゲドも、舌なめずりをしながら状況を見守っていた彼の仲間も、その威圧に目に見えて硬直した。

 目を細め、そんな冒険者たちを見下ろすリューさんは一歩、こちらに近づく。

 それだけでより強くなる途轍もない威圧感。

 直接それをぶつけられていない僕でも冷や汗が流れるんだ。その圧力の対象になってしまっている彼らが、顔面蒼白になって震えているのは決しておかしくない。

 

「っ……!?」

「手荒なことはできるだけしたくない。私はいつもやりすぎてしまう。」

 

 僕より年上であるとはいえ、少女と言ってもおかしくないエルフが大の大人に向かってそれを言う光景は本来は奇妙な光景であるはずだ。

 

 だが、きっと、そうなるのだろう。

 それが真実なのだと思わせる凄みが彼女にはある。

 

 次の瞬間、リューさんの手元がブレた。

 風を切るような音が耳の奥で弾けた後、いつの間にかその手には小太刀が握られていることに気が付く。

 

(見えなかった……!?)

 

 冒険者は恩恵(ファルナ)を授けられることで超越者となる。

 全アビリティが0であってもゴブリン程度なら倒せるくらいには強化されるし、感覚器官も一般人とは比べ物にならない。

 そんな彼らがその動きを察知できなかった。

 これが意味する事柄はただ一つ。

 

(この人もどこかの眷属(ファミリア)。それも僕みたいな駆け出しとはワケが違う、神々から称賛(二つ名)を与えられるような、レベルの壁を超えた眷属!)

 

 本当の意味で冒険を超えた存在。

 半月程度の経験でも察せられる格の違い。

 しかし、多数の仲間に囲まれている状態で逃げ出すことに抵抗を感じたのか、ゲドはそんな本能の警告を無視してしまう。

 

「や、やれ!やっちまえテメエら‼」

「おおおーー‼」

 

 雄叫びを上げて迫る冒険者たちにベルは怯える心を奮い立たせる。

 やるしかない。

 覚悟を決めてナイフを握る力を強くするが……

 

「戯け」 

 

 ベルの目の前に迫っていたドワーフの男が突然宙に浮く。

 リューが小太刀の柄で思い切り殴ったのだと分かったのは、聞いているだけで痛そうな鈍い音と、いつの間にか彼女がベルの前に立っているのを確認したからだ。

 

「なっ……」

「嘘だろ……」  

 

 リューがしたことは単純だ。

 走って殴っただけ。

 技術の欠片もない攻撃。

 なのに、この場の誰も全く反応できなかった。

 

 力自慢のドワーフをエルフが力で圧倒する。 

 種族間の特性を無視した眼前の光景は、ランクアップを果たした者とそうでない者の差を如実に示している。

 

「くっ……この女ァ!」

「囲め囲め!いくら強かろうがこの人数に勝てるはずかねぇ‼」

 

 一斉に抜刀し、仲間を瞬殺した少女に切りかかる冒険者たち。

 そんな彼らを前に青空の様な蒼眼は冷たく細められた。

 

 そして疾風が吹き荒れる。

 リューは刀を鞘に収め、腰を低く姿勢をとると言う奇妙な構え。

 それが戦意喪失を意味するのではないことは、彼女の身体から(ほとばし)る剣気から分かる。

 

「技を借ります、カグヤ。」

 

 刀身が鞘の中を滑る。

 刀という特殊な形をした武器を最大限に生かした型。

 それは、あらゆる剣術の理想である一撃必殺の一つの答えだった。

 極東の地にて独自の進化を遂げた武の奥義。

 

 居合い斬り。

 煌めいた、としか感じ取れない一瞬の斬撃。

 気が付けば冒険者の剣の一つの刀身がズルリ、とこぼれ落ちた。

 

「はっ??」

 

 冗談のように甲高い音を立てて転がる刃を、どこか現実味の薄そうな表情で見る犬人(シアンスロープ)

 

(剣を斬った……!?)

 

 斬鉄という言葉がある。

 第一級冒険者ならば世界最硬の鉱石であるアダマンタイトですら、その身に宿す恩恵(ファルナ)のみで破壊してしまうという。

 人々が好き勝手に流す噂のひとつ。それを思い浮かべてしまう規格外ぶり。

 

「言ったはずです。やり過ぎてしまうと。」

 

 顔を引きつらせる冒険者たちに最後通告とばかりに小太刀を向ける。

 意地を張るのも馬鹿馬鹿しいほどに圧倒的な力の差を見せつけられた彼らの心が折れるのは当然の流れだった。

 

「こ、こんな化け物相手にしてられるか‼」

「俺は関係ねぇ‼あのガキに関わったのはゲドだけだ‼」

 

 背を向けて一斉に逃げ出す冒険者たち。

 

「お、おい!お前ら!?」

 

 一人取り残されたゲドの声が裏路地に空しく響く。

 ゲドはワナワナと剣を握る手を震わせると、憎々し気にベルを睨みつけた。

 

「ふざけやがって……っ!?テメェさえいなけりゃ……!」

 

 破れかぶれになって標的をベルに移したのか、剣の切っ先をベルに向ける。

 リューの無双劇にすっかり気を緩めていたベルは慌ててナイフを構えなおす。

 正直このままリューが一人で全部終わらせられる気がするが、だからと言って何もやらないのはいくらなんでも格好が悪すぎる。

 対人戦は怖いがやるしかない。

 

(ちょうど対人戦で役に立ちそうなひみつ道具もある。やってやる!)

 

 【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】を起動する。

 初心者冒険者でも、時に格上殺し(ジャイアントキリング)すら達成させるひみつ道具を具現化する。

 

 今回呼び出すのはまさに対人戦のためのもの。

 名前も分かりやすく、どんな効果なのか想像しやすい。

 正にこの状況にうってつけなひみつ道具だ。

 

「…………なんだテメェふざけてんのか」

「違うんです!?」

   

 いつもの調子でひみつ道具を具現化するための声を出していたら、心なしかゲドの殺気が増大した気がする。

 ……苛立った口調とかじゃなく、素らしきトーンだったのが印象的だ。

 

 き、気を取り直して具現化したひみつ道具を確認しよう。

 予想通り現れたのは手袋……否、これはグローブだろうか。

 思っていたより大きくて面食らったが、これはこれでいい。

 大きくてとても頼もしいことだ。

 

(……あれ?でもこれだとヘスティア・ナイフ使えない。)

 

 両手を覆うグローブをつけていては十分にナイフは使えない。

 そうなるとナイフは鞘に仕舞うしかないけど……

 いや、使わないほうがいいだろう。

 僕まで刃物を出していたら殺し合いになっていたかもしれない。

 あくまでも喧嘩レベルに収めるべきだ。

 

「テメェさえいなければあああ‼」

 

 襲われたのは僕であり、完全に八つ当たりだ。

 こんな理不尽な言いがかりをそのまま受け取るつもりはない。

 人と傷つけあうのは嫌だけど、無抵抗に攻撃を受けるならやり返してやる。

 

「ああああああああぁぁぁぁぁ‼」

 

 なけなしの気合を振り絞って、けんか手袋に包まれた右腕で殴り掛かる。

 ゲドの顔に目掛けて強烈な右ストレートは、最近急成長したベルのステイタスに合わせて驚異的な力を発揮し。

 その拳は何故かベルの頬に刺さっていた。

 

「………アレ?」

「何やってんだ……?」

 

 今度こそ、左フックを決めてやる。

 再度力を蓄えてゲドに狙いを定め……

 やはりベルの反対の頬に突き刺さっていた。

 

「へブッ!?んっぎゃ‼ゲハァ‼」

 

 そしてとうとう腕が勝手に動き出し、ベルが勝手に叩きのめされていた。

 

(まさか……けんか手袋って喧嘩が強くなるひみつ道具じゃなくて……)

 

 名刀電光丸のような自動戦闘を期待していたのだが、現実は甘くなかった。

 自分で自分をボコボコと殴る異常事態にベルは、ようやく今回のひみつ道具の用途が理解する。

 これは、自分と喧嘩するための手袋だ。

 ……何の需要があるんだ?

 前のウマタケのほうが奇天烈な見た目だけど、まだ使い道がある。

 

「……なんだコイツ」

 

 頭のおかしい奴を見る目でベルを見るゲド。

 羞恥心で死にそうだ。

 

「フッ‼」

「がぁっ!?」

 

 目の前の異様な光景に気を取られて、無防備になったゲドを峰打ちするリュー。

 ゴギャッ、とすごい音がしたが死んではいないだろう。 

 

 結局リューだけで終わらせてしまったが、今のベルはそれどころではない。

 

(こ、これ、いつになったら終わるの……?)  

 

 冒険者たちがいなくなっても自分を殴り続けるけんか手袋。

 自分の敵は自分自身とでも言う気だろうか。ふざけろ。

 いい加減、顔中が痛くて泣きたくなる。

 

「……失礼します。」

 

 リューはそんなベルに対して小太刀を振った。

 斬られたかと思い身を固くするが痛みはない。

 けんか手袋のみが切り裂かれ、地面に落ちていた。

 

(僕を傷つけずに手袋だけ斬った!?)

 

 今日何度目の驚きか。

 余りにも高い熟練度であろう『器用』のアビリティ。

 滅茶苦茶に動いていたのに、あっさりと目標だけを斬るなんて、まるでヴァレンシュタインさんみたいだ。

 

「無事ですかクラネルさん」

「えっ!?えと、あのですね!?」

 

 あまりの絶技に半ば放心していたが、リューに声をかけられてふと現状の自分がただの変質者なこの状況に気が付き、大慌てで釈明を始めようとする。

 

「クラネルさん。あの呪詛装備(カースウエポン)はどこで?」

「へ?カ、カース……?」

所謂(いわゆる)呪いの装備です。使用者にデメリットを与える悪質な武具が出回ることは、稀ですがあります。」

 

 なんだか勘違いされている。

 けど、都合が良かったのでその話に乗らせてもらおう。

 助けてもらったのに勝手だとは思うけど、さっきエイナさんにあんな注意を受けておいてペラペラとひみつ道具のことを話すほうが問題だ。

 

「こ、これは貰い物でっ、どこで買ったかは……」

「そうですか……故意かどうかは分かりませんが、その人物には注意してください。」

「は、はい!」

「恐らくこのグローブは使用者に対して自動的に攻撃させる呪いが付いていたのでしょう。呪いの解呪には大金が必要ですから、思い入れがない限りはこのグローブは破棄すべきかと。……あの光もこのグローブの効果なのでしょうか?」

「じ、実は光を出すアイテムがありまして‼目くらましに使ったんです!発光瓶(フラッシュボトル)って言いまして……」

 

 自分でも分かるが嘘の出来が酷い。

 しどろもどろだし、リューの疑問に過剰反応しすぎだ、

 

「そうでしたか。昔と違ってそんなアイテムがあるのですね。」

 

 しかし、ベルの動揺を襲われたことに対するものと思ったらしいリューは、特に違和感を覚えることは無かった。

 

「気を付けてください。先の一件以来、あのような冒険者による事件や(いわ)くつきのアイテムによる被害が急増しているようです。」

「そ、そうなんですか?」

 

 確かに最近妙に街を巡回する【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちがピリピリしていると感じたが。

 

「……クラネルさんはまだオラリオに来たばかりですから、暗黒期と呼ばれたあの頃を知りませんでしたね。」

「はい。一応、話だけは先輩の冒険者の方々に聞いたんですけど。」

「あの大規模テロの後、闇派閥(イヴィルス)に関与していると思われる者たちによる活動が活発しています。その様はまるで暗黒期のように。」

 

 そう言って、どこか遠くを見つめるリュー。

 

「じゃあ、また闇派閥(イヴィルス)は何かを企んでいるんですか?」

闇派閥(イヴィルス)にも次の計画はあるのでしょうが……恐らく、今都市を賑わせている騒動は末端構成員による暴走です。」

 

 よく分からない。

 闇派閥(イヴィルス)は今回、直前まで尻尾を見せないくらいに統制がとれていたはず。

 どうして今になって末端の構成員が暴走しているのだろうか。

 

「まず、闇派閥(イヴィルス)とは単一のファミリアではありません。犯罪行為を行う者たちが所属を超えて互助しあう寄り合い所帯に近いものです。」

「よ、寄り合い所帯?」

「はい。明確なトップが存在せず、組織自体も実体が無い故に大きな力はありませんが、それ故にいくら検挙してもキリがなく、根絶が難しい。」

 

 あれだけのことをしでかした組織に大きな力がない?

 にわかには受け入れがたい評価だ。

 

闇派閥(イヴィルス)が大規模な作戦を展開する際は、必ずその背後に強大な後ろ盾が存在しています。……死の7日間と呼ばれるあの時もそうでした。」

 

 かつて起きた正義と悪の『大抗争』。

 そこにどんな思い出があるのか、彼女は目を閉じた。

 

「今回もそうした支援者(スポンサー)が付いたのでしょう。そうでなければあの規模の戦力は説明できない。……しかし今回の黒幕はエレボスとは違う点がある。」

「……それは?」

「これは私の推測ですが、独断専行をあの神より行いがちなのでしょう。あの時の闇派閥(イヴィルス)の動きにはちぐはぐな点がありましたから。そのことが組織全体に影響を及ぼし、末端構成員の管理ができなくなっているのかと」

 

 独断専行の結果、作戦が成功していたのならこうはならなかったのかもしれない。

 だが、あの作戦の被害者は0。明らかに赤字だ。

 現在の闇派閥(イヴィルス)では幹部や支援者(スポンサー)による責任の押し付け合いによる分裂が始まっているのだとリューは語る。

 

「もとより利害によって成り立っていた関係です。利より害が大きくなれば容易く決裂するでしょう。彼らは家族(ファミリア)ではないのですから。」

 

 闇派閥(イヴィルス)が弱体化していくのはいいことだが、そのせいで末端による暴走の被害が増えている。

 一体どれだけ力をため込んでいたんだと言いたい。

 千年以上の歴史を持つ、オラリオの闇なのだから当然と言えば当然だが。

 末端の暴走の影響を受けて一般の冒険者すら素行不良が目立つという。

 

「失礼ですが、貴方にそのグローブを与えた者もまた、闇派閥(イヴィルス)と関係のある人物かもしれません。」

「い、いやーそれはないかと……」

「物事に絶対はありません。よろしければ私がその人物を調査して……」

「いえいえいえいえ!?そこまでしなくても大丈夫ですよ!」

 

 不味い。

 このままだとウソがばれてしまう。

 

「あ‼僕この後に用事があったんだった!」

 

 強引に話を断ち切って逃げるしかない。

 明らかにレベルが上な人だけどやるしかないのだ。

 

「ありがとうございましたリューさん‼このお礼はまた今度‼」

 

 リューさんの()()()()()感謝を伝える。

 リューさんが妙に驚いているのが気になるが、今がチャンスだ。

 

「それじゃまたああああぁぁぁぁ‼」

 

 大慌てでその場を離れるベル。

 あとでエルフは他人との接触を嫌う習慣があり、下手したらリューに嫌われかねないことに気付いてベルは一人ホームでへこんだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 少年が走り去ったため、路地裏にリューは一人取り残される形となった。

 

「……」

 

 リューはしばらく信じがたいものを見るように己の手を凝視した後、この場を後にする。

 メインストリートに出ると、既に夕日は燃えるように赤く染まっている。

 それはまるで記憶の中の彼女が纏う炎のようで……

 

『──逃がしちゃダメよ‼』

 

 思い浮かべたかつての友人の言葉を頭を振って掻き消す。

 あの日を思い出させる話をしたことで少し、感傷的になっているようだ。

 

「時間をかけすぎてしまった。ミア母さんに叱られてしまう。」

 

 買い出しの袋を抱えて人々が行きかう道を歩む。

 向かう先は【豊穣の女主人】。

 そこが彼女の今の居場所だ。 




 けんか手袋は目路輪様のリクエストでした。
 コメントありがとうございます。
 他の方のリクエストにも可能な限り応えていきたいと思います。

 現在も活動報告にて絶賛コメント募集中なので気軽にリクエストをください。

 それにしてもダンメモの3周年は凄い。
 ネタバレは言わないけど読み終えた後、放心してしまった。
 エレボスのあのセリフ早くボイス付きでみたいな……
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