ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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相談・面談

 ダンジョンから帰還した後、ギルドの換金所でベルは今日の収入を受け取る。

 リリには「今日の分はベル様がお納めください。」と半ば強引に魔石袋を押し付けられてしまい。返そうにも彼女はさっさといなくなってしまった。

 ベルの信用を買うためだとは言っていたけど、これで良いのだろうか。

 

(次の探索の時は赤字でもちゃんとお金を払おう)

 

 ここまでされて彼女と契約しないという選択はベルには取れない。

 他のサポーターは知らないが腕も悪くないだろうし、そろそろ魔石を入れる袋が小さいために、何度もダンジョンに潜るというソロの弊害にはウンザリしていたところだ。

 おかげで到達階層が増えて、魔石の質も上がっているのに階層を往復する手間でプラスマイナス0なのが現状である。

 

 それが今日の探索では大きな黒字に変わった。

 サポーター一人加わるだけでここまで違うのかと驚きを隠せない。

 

(やっぱりサポーターは絶対欲しいけど……スキルがなぁ……)

 

 本来なら一も二もなく飛びつくべきなのだろうが、ベルの【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】の存在が短絡的な契約を躊躇させる。

 ひみつ道具を使えばどんなことだってできるのだ。それこそ人を貶めることだって容易なものはこれまでもいくらでもあった。

 疑いたくはないが万が一はあってはならないのだ。

 

「ベル君。お待たせ」

 

 色々悩んだ末、一人で考えてもしょうがないと恒例のエイナへの相談をしに来たわけである。

 すっかり慣れてしまったギルド本部の面談用ボックスを借りて、【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】を知る数少ないこの人に意見を求めた。

 

「うーん、サポーター契約かぁ……」

「やっぱり、不味いですか?」

「ベル君はその子のことはどう思うの?ファミリア間でもいい関係を築けているパーティーはあるし、ベル君自身は自分と合うと思った?」

「はい、良い子でした」

 

 ベルのリリへの心証は悪くない。

 迷惑をかけてしまったという罪悪感もあるし、もしかしたら憐憫みたいな感情も含んでいるのかもしれないけど。あの子のことは放っておけない。そう感じるのだ。

 

「……あの、【ソーマ・ファミリア】ってどんな所なんですか?」

「基本的には探索(ダンジョン)系のファミリア。でも、商業展開もしているところがちょっと独特かな」

「商業?何か売っているんですか?」

「うん、お酒をね。結構評判良いみたいだよ。それくらいかな……情報が少ないんだよね、あのファミリアは」

 

 【ソーマ・ファミリア】の主神である神ソーマは他の神とは違い、物静かな神らしい。

 大昔に人々がイメージする孤高の超越存在。

 全く周りに関わらないから、情報も断片的なものらしい。

 

 だから出てくる情報を見る限りは超無難なファミリア。

 友好的でも敵対的でもない。故に判断に困るファミリアのようだ。

 

「ただ、これは私の主観なんだけど、何ていうか【ソーマ・ファミリア】の冒険者は、普通の冒険者より必死な気がする。みんな死に物狂いというか……仲間同士でも争っていることもあるし」

 

 喋っているエイナ自身困ったような表情だ。

 何かがおかしい、でもそれをはっきりと言葉にできないもどかしさ。

 リリの事情はファミリア内のいじめとか、そんな単純なものじゃないのだろうか。

 

「神ソーマの事情を考えたらファミリア間での問題はおきにくそうだけど、問題になるのはベル君のスキルかな……」

「やっぱりそこが問題ですよね……」

「うん、死に物狂いってことは何をするか分からないってことだから。ベル君の希少なスキルを知ったらどう反応してくるのか、想像できないからね」

 

 【ソーマ・ファミリア】が何を目的に、そんなに熱心な活動をするのかもよく分からないのだ。

 ベルのスキルを見て悪用する危険性は考えなくてはならない。

 それこそ自身が直接悪用しなくても、情報を他の誰かに売ればいいだけなのだから。

 

「サポーター間のネットワークは馬鹿にできないからね……よくサポーターを蔑視する冒険者はいるけれど、彼らも弱者なりにこのオラリオを生き抜く知恵はある。油断していると足元を(すく)われかねないよ」

「……エイナさん。サポーターって冒険者に差別されているんですか?」

「そうだね……特に専業のサポーターはかなり身分が低いかもしれない。オラリオは実力至上主義な所があるから」

 

 リリの言葉の端々から(にじ)み出ていた彼女に向けられた悪意。

 本当にそうだったのかと、ベルはショックを受けた。

 

「サポーターは基本的に弱い人がなるものなの。その階層には適さない下っ端とかね」

 

 考えてみれば当然だ。

 サポーターの仕事は戦闘に直接関与しない。

 強いなら後方で遊んでないで前線に行けとなるだろう。

 

「勉強のために先輩冒険者についているならともかく、専門職ってことは冒険者としての道を諦めたってことだから……」

 

 冒険者からみればサポーターは落ちこぼれの集まり。

 人は己より劣る相手にはどこまでも冷酷になってしまう。

 

 神の恩恵(ファルナ)を持っていても全ての人が平等に強くなれるわけではない。

 素質だったり、モンスターに怯えずに戦える精神性だったり……そうしたものが欠けていたり、可能性が芽吹く機会に恵まれなければ強くなどなれないのだ。

 ベルが急成長できているのは彼に元々そうした素質があって、たまたま出会い(きっかけ)があったからだ。

 

 子供の頃から憧れていたオラリオの冷たい一面にベルは言葉を失った。

 重苦しい空気が相談室に立ち込める。エイナの表情を見る限り、彼女もこのことを快くは思っていないのだろう。

 自分のことじゃないのに、やり切れない思いが胸をかき乱す。

 ベルはなけなしの自制心を働かせて立ち上がった。

 これ以上考えていると思考が暴走しそうだ。

 

「ありがとうございました。エイナさん」

「うん、また、いつでも相談しに来てね。いろいろ言ったけどサポーターはパーティーに必要な存在だし、じっくり考えていこう。」

 

 軽く伸びをしてからドアを開く。

 エイナに礼を行った後、ベルはギルド本部を出てヘスティアの待つホームに向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ソーマかい?うーん、生憎だけどボクも関わりはないなぁ……」

「そう、ですか……」

 

 ダメもとでヘスティアに神ソーマについて聞いてみたベルだったが、特に神脈(じんみゃく)が広いわけでもないヘスティアの反応は芳しくない。

 そもそもソーマと付き合いある神っているのか?というくらい天界でも付き合いの悪い神だったらしい。

 

「サポーターかぁ……ベル君の安全が少しでも高まるなら欲しいけど、厄ネタ持ってくる可能性もあるんじゃちょっと怖いよね」

 

 ヘスティアの懸念はもっともだ。

 ベルのスキルもそうだが、他のファミリアの眷属とパーティーを組むこと自体リスキーな行為。

 些細なトラブルがドンドン大きくなって、最終的にはいくつものファミリアを巻き込んだ抗争に、なんてこともざらにあるのがファミリアの恐ろしいところだ。

 

「初回だからって魔石を全部譲ったっていうのも気になるんだよ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、ベル君を責めているんじゃなくてね。金に余裕がないって話だったのに妙にサービスしてるっていうか……ちょっと食わせ者かもしれないよ。(タダ)より高い物はないって言うし」

 

 どうやらヘスティアは、リリが困窮していると言っているにも関わらず、初回の魔石を全部渡したと言うところが引っかかっているらしい。

 果たしてベルはそこまでして契約する価値のある人物なのかと。

 成長性は凄いが、はっきり言ってベル程度の冒険者ならばゴロゴロ転がっている。

 本人は信頼を買うためと言っていたが、コストと得られる物が釣り合っていないのではないかとヘスティアは言う。

 

「それだけ信頼関係を重視しているのか、あるいは本当の目的は別にあるのか……」

「でも僕とリリがあったのは事故みたいなものですし、初めから僕を狙っていたとは思えません」

「確かに狙って会うのは無理だろうなぁ」

 

 リリと出会ったそもそものきっかけはベルにある。

 ひみつ道具の実験に失敗して超高速で動くゴブリンを追っていたら、たまたま襲われていた彼女を助け出しただけなのだ。

 これが予想できていたのならもはや超能力だ。

 ヘスティアもそう思うからこそ、確信を持ってリリを黒だと断定できない。

 

無所属(フリー)のサポーターはいないのかい?」

「エイナさんも探してくれてはいるんですけど、流石に見つからないみたいです」

「それもそうか、恩恵(ファルナ)抜きで探索する奴なんていないだろうし」

 

 そもそも冒険者からのドロップアウトした人が多いサポーターは、大抵の場合はそのままそのファミリアの眷属として所属し続けるものだ。

 フリーの人っていうのは自分の所属するファミリア探し中って人が多い。パーティーを組むのだってその冒険者の所属するファミリアの雰囲気を知るためというのが大きいだろう。そんな人が心惹かれる条件を【ヘスティア・ファミリア】が出すのはちょっと無理がある。

 

「他をあたるっていうのは流石に難しい。となるとそのサポーター君をベル君は信頼できるかという事を話していこうか」

「すごく気が利いていい子なんです。それに、ちょっと放っておけないと言うか……」

「ちょっと聞きたいんだけど、その子、女の子だったよね」

 

 ベルが今日感じたリリの印象についてヘスティアに話していると、ヘスティアが話を遮った。

 

「?ええ、小人族(パルゥム)の女の子です。こう、髪は栗色でどこか栗鼠(リス)みたいな……」

 

 質問の意図が分からず、リリの容姿を思い出してヘスティアに伝える。

 するとヘスティアの表情がドンドン険しくなっていった。

 

「また女の子……!?ついこの間まで全然だったのにいつの間にか増えている、だと……」

 

 なにやらぶつぶつと呟くヘスティア。

 こういう時は何かおかしなこと考えているのだろうと、半月ほどの同居で理解しているベルだったが、鬼気迫る様子で考え事に没頭するヘスティアの圧に押されて話しかけにくい。

 

「えぇい、(なにがし)だけでも厄介だというのにこれ以上増えたら厄介なんてものじゃないぞ‼」

 

 (なにがし)というのはヘスティアがアイズを指していう名詞だが、なぜここで彼女の名前が出てくるのか。全く心当たりのないベルは首をかしげるばかり。

 一人ヒートアップするヘスティアはやがてピコン!とツインテールを立たせる。

 

「そうだ!ベル君‼君とサポーター君にクエストを出そう!」

「ク、クエ……?何ですか?」

「クエストだよ!冒険者への依頼!そのサポーター君に直に会ってその子の性質を見極めるんだ!」

「そんなことできるんですか!?」

「まあ、一応神だし」

 

 ヘスティアによると、ビッグライトで教会が壊れてから引っ越した今の地下水路のホームでゴロゴロしていると、時々妙な音が聞こえてくるらしい。

 初めは気のせいだと思っていたが、何度も聞こえてくるので気になっていたそうだ。

 そこでベルとリリにその調査と、同行するヘスティアの護衛を依頼することにしたんだとか。

 

「名付けて『地下水路に響く謎の声を暴け』!」

「聞こえている音って声なんですか?」

「響きすぎてよく分かんないけどそうじゃない?」

 

 そうやってクエスト形式でレクリエーションを行うことで、ヘスティアが実際にリリを見て、彼女の性根を確かめるのが目的らしい。

 「ハーレムルートなんて認めないぞ!」とも言っていたが。

 

「ではベル君‼早速明日バベルの塔に行ってサポーター君に伝えてくれたまえ!」

(なんて説明しよう……)

 

 前のサポーター体験の時と言い、ヘスティアの行動力(バイタリティ)は凄い。

 もう意見は求めん!とばかりに探索の準備を始めている。

 

(リリにどう説明しよう……)

 

 既視感(デジャヴ)のある光景を眺めながら、ベルはリリにこのことをどう説明しようか頭を悩ませた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「これしか持ってねえのか!」

 

 散々殴りつけられて石造りに舗装された地面に倒れ伏す自分に、投げつけられる空の袋。

 中身を奪い取った獣人の男(カヌゥ)はそんな自分の姿に満足しなかったのか、更に顔を蹴りつけた。

 

「お前みたいな役立たずが、今日まで生きてこられたのはファミリアの金のおかげだ!なら、その金は誰が稼いだものだ?んん?」

「ぼ、冒険者様たちのものですっ」

「分かってんならしっかり恩返ししないとなぁ‼」

 

 この男がこうして暴力を振るい、リリから搾取するのは今日が初めてではない。

 いい金蔓(かねづる)と目をつけられたリリは何時ものように、この時間が過ぎ去るのを待った。

 そう、いつものようにその日も過ぎると思っていたのだ。

 

「止めたまえ、カヌゥ」

「ああ?……だ、団長!?し、失礼しやした!」

 

 今、最も見たくない男の顔がリリの視界に入った。

 先ほどまでの横暴な態度が嘘のように小さくなるカヌゥは、慌ててザニスに頭を下げる。

 

「いやいや、これが君のアーデに対する愛の鞭だという事は理解している。よーく理解しているとも。」

 

 紳士然とした笑みを浮かべる眼鏡をかけた細面のヒューマン。 

 しかし、その本性をしるカヌゥは冷や汗を流しきりだ。

 

「だが、アーデは我々の()()()仲間だ。やりすぎは良くない」

「は?」

 

 思わず漏れたカヌゥの声にザニスの目が細まる。

 慌てて口を閉じたカヌゥだったが、その反応も無理はない。

 何年間もリリに対する暴行を放置してきた男とは思えない台詞。

 時にはこの男の目の前で今以上の暴行を加えてきたのだ。誰だってこんな反応になる。

 そんな男がこう言い出した意味を理解できないほどカヌゥは愚かではなかった。

 

「……っち。いくぞ、テメェら」

 

 取り巻きの冒険者たちを連れてその場を離れるカヌゥ。

 「また新しい鴨を探さねぇとな」と仲間たちと話しながら離れる彼を鼻で笑いながら、ザニスは覗き込むようにリリを見た。

 

「大変だったなぁアーデ。ケガはないか?今後の仕事に響いてしまう」

「……何の用ですか」

「そろそろお前の仕事を説明してやろうと思ってな、様子を見に来たんだ。これからは冒険者に関わる必要はない」

「……サポーターはもうやめろと?」

「んん?そんな必要はないとも」

 

 リリの言葉をザニスは笑みを持って否定する。

 

「やりがいを持って行えることとは素晴らしいことだ。是非とも最後までやり遂げたまえ」

 

 その瞳が嘲りを含んで細められたのを見て、リリは悟った。

 バレている。

 自分の情けない八つ当たりが、この男には筒抜けなのだと。

 どうせ、その程度しかできないと嗤っているのだ。

 

「では、その仕事が終わったら早速取り掛かるぞ。悔いの残らないようにすることだ」

 

 そう言って男は去っていった。ボロボロのリリを放置して。

 大切な仲間と(のたま)っておきながら、随分と雑な扱いだ。

 リリはそう皮肉を言おうとしたが、体中がだるくて口も満足に開けない。

 

 しばらく、仰向けになって空を眺めた。

 日はとっくに落ち、星々が輝いている。

 しかし、リリが見ていたのは星々ではない。その間に存在する暗闇だった。

 綺麗なものの陰でぼんやりと存在するもの。

 誰もが輝く光に注目して、その傍の闇には目もくれないのだ。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 随分と感傷的な思考を自嘲し、リリは立ち上がった。 

 そして、体中の傷を無視して計画の調整に没頭する。

 それは現実逃避だった。

 ザニスが見通したように。リリにはそれしかできないのだから。

 

(感触は悪くなかった。お人好しのベル様なら絶対にあの条件を受けるはず)

 

 現在宿泊している安宿に向かうリリは、確かな手ごたえを感じていた。 

 無償の善意などと言うものを信じているであろうあの少年なら、確実にその好意を無碍にできずにズルズルと仲間入りを認めるだろう。

 サポーターに困っていたことも本人の口から確認済み。パーティー入りは決まったも同然だ。

 

(ここで気を緩めてはいけない。しばらくはベル様の信頼を得るために地盤を固めないと。)

 

 笑顔を振りまいて。

 悩みを聞いて。

 失敗しても、大丈夫ですと寄り添って。

 時には贈り物を送り。

 親愛をこめてベル様の名前を呼ぼう。

 

 そして、

 そして、最後の最後で見捨てるのだ。

 

 汚物を見るように、嫌悪と非難を込めて睨みつけよう。

 それまで与えた好意を全て反転させて彼にぶつけるのだ。

 そうすれば、心は簡単に壊れる。

 (リリ)がそうだったのだ。

 

 雨の音が聞こえた。

 周りを見てもどこも濡れていない。空はあの星々の自己主張が今も続いている。

 だが、リリには聞こえていた。見えていた。

 いつかの日のような体も心も冷やす雨が、彼女の歩みを重くするのだ。

 

 その重みは少年の絶望で誤魔化せると信じて、彼女は暗いオラリオの闇に消えた。 




 ダンまち世界のステイタスはシビアです。
 才能があっても努力しなければ成長できず。
 逆に努力しても才能がなければ成長できない。
 第一級冒険者が何であんなに畏れられるのかよく分かります。
 化け物じみた才能を持っていながら、何度もそれ以上の修羅場をくぐり抜けなければその域にはたどり着けないんですから。
 下級冒険者にとってみれば、そんなことをやって来た奴はモンスター以上の化け物でしょう。

 それはそうと、これを出す直前に感想で地下水路の伏線についてニアピンした人がいて心臓飛び出るかと思いました。

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