ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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リリルカ・アーデの奇妙な冒険

 翌日、バベルの塔の前でリリを見つけた僕は、神様の考えたレクリエーションを彼女に伝える。

 神様と地下水路を探検して判断するという、型破りすぎる提案には目を丸くしていたけど、リリは快諾してくれた。とは言ってもいきなりレクリエーションを行えるわけないのでリリと相談して3日後を予定日にしたが。

 

「ベル様のことをよく見てくれるいい神様ですね!」

 

 彼女はそう認めてくれたが、お前のことを信用できないと面と向かって言われたようなものだ。

 嫌な思いをさせてしまった。

 ごめん、と頭を下げるとリリはカラカラと笑いながら「それより今日はどうしましょう?」と聞いてきた。

 

(あ……リリはお金がないって言ってたっけ)

 

 神様はその言葉自体を疑っていたけど、もしそれが本当なら大変だ。

 昨日の収入は僕に譲ったせいで皆無だった訳だし、流石に今日もお金がないのは不味いだろう。

 

 その事に頭が回らなかった自分が情けない。

 少し考えれば分かったはずなのに。

 

「そうだね……まだ本契約じゃないけど、今日も一緒にダンジョンに行こうか」

「本当ですか!?」

「僕もお金を稼いでおかないと結構つらいし」

 

 慎重にサポーターを決めるとは言ったが、だからと言って決定まで何もしないでいる余裕は【ヘスティア・ファミリア】にはない。

 固めのパンと安価なジャガ丸くんが主な食事メニューな駆け出しかつ、新興派閥の唯一の冒険者の生活は苦しいのだ。

 

「今日はどの階層まで潜る?」

「そうですね……本契約をしていないのにあまり深い階層に行くのは、ベル様の主神様がいい顔をしないでしょう。今日は5階層辺りでどうでしょうか。安全性が高く、魔石の質が良いのはその階層でしょうし」

 

 すらすらと答えるリリ。

 つい最近ダンジョンの勉強を始めた僕とは違い、何年もオラリオでサポーター業をしていただけあって上層の事情もよく分かっているのだろう。

 

「5階層なら潜るのにそんなに時間もかからないし良いかもね。今日はどれくらい潜る?」

「そうですねぇ……」

 

 神様やエイナさんの言う通り油断は禁物だと思う。

 僕は騙し合いなんて苦手中の苦手だし、そんな奴は悪い人の格好の餌食何だってことはよく分かっている。

 でも、こうやってリリと話していて、初めてパーティーらしい会話をしていると信じていたいと思うのだ。

 簡単に(ほだ)され過ぎなのかもしれないけれど、リリを疑うのは心にくる。

 今だって、簡単にダンジョンに潜るなんて決めるべきじゃないんだろう。上層であっても、命の危険に溢れたダンジョンで信頼しきれていない相手に背中を預けるなんて馬鹿のすることだ。

 

(駄目だなぁ、僕)

 

 分かっていても徹底しきれない。

 もし、本当にリリが困っていたら。そう思って流されがちな自分を自覚する。 

 でもやりすぎれば誰ともパーティーを組めなくなるじゃないか。なんて、誰に向けているのか分からない言い訳を心の中で零した。 

   

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

(レクリエーション、ですか。厄介なことになりましたね)

 

 ベルの申し出に笑顔で応じたリリだったが、その胸中は決して穏やかではない。

 零能に力を制限されているとはいえ、相手は下界の住民の何次元も上の存在である神だ。

 神に嘘は通じないし、嘘を言わずに騙そうとしても神の勘とやらで根拠なく人間の企てを見破ってくるせいで騙し合いが通じない。

 リリのような小悪党には天敵と言える存在だ。

 リリの切り札すら、真実を見抜く神の目には通用しないかもしれない。

 

(まあ、関係ないですけど)

 

 それでもリリの計画の妨げにはならない。

 神の勘は無視できないが、同時に説得力を持つものでもないのだから。

 全知には程遠い下界の住民は神とは違う。筋道だった説明がなければ納得などできない。

 

 神を全く気にしなくていいというわけではないが、必要以上に気負う意味もない。

 リリが欺くのはベルだけでいい。超越存在など関わるだけ無駄なのだ。

 

 そのために必要なのはベルからの信頼だ。

 神の忠告を上回る信頼を得てしまえば、多少の粗は誤魔化せる。

 何ならベルと周囲の分断をするのもいいかもしれない。

 そうしてベルから選択肢を削いでいき、最終的にリリの思う通りの道を提示するのだ。

 ベルはそれを自分が考えて選んだものだと錯覚し、自らこちらの思惑に乗ってくれるだろう。

 

(前回の探索でベル様はかなりリリに気を許している。今回で更に距離を縮めるのは難しいことではないはず)

 

 正直に言えばもっと早くにベルの信頼を得るのは達成できるとすら思っていた。

 それほどまでに少年は無防備だ。

 今もリリを信頼しかけているのに慎重なのは、よほど周りからの教育が良かったのか。

 

 人の人に向ける感情はほぼ第一印象で決まるという。

 そう考えるとベルとの出会いは幸運だった。

 リリが捨て駒にされたところを見ているおかげで、ベルの中でリリ=弱者の構図が無意識のうちに出来上がっているのだろう。

 その同情を利用すればベルはリリに疑心を抱きにくくなるはずだ。

 

「今日はじっくりと潜りたいですね!実を言うともう持ち合わせがないんです」

「ええ!?や、やっぱり昨日の分もちゃんと払うよ……」

「いいえ。サポーターに二言はありません。条件を簡単に(ひるがえ)すサポーターなんて誰も相手にしなくなります。リリのためにもベル様が持っていてください」

 

 そう言うとベルの眉が困ったように垂れ下がった。

 分かりやすい人だ。こちらに引け目を感じている。

 人間は自分のために損をしてくれる人を嫌いにはなりにくい。今、自分が困窮してもベルのために、ベルの得になる行動を取ったリリの印象はきっと良いもののはずだ。

 

 こうした小さなことを積み重ねればいい。

 その積み重ねの分、ベルが心を開くのも早くなる。

 ダンジョン上層はもはや己の庭のようなもの。

 どのルートが効率的か、どこに気を付ければいいのかと言う、初心者が欲する情報はいくらでもある。

 

(今日の探索でリリのサポーターとしての腕をアピールして、後はベル様の自尊心を満たす発言をすれば十分でしょう。) 

 

 多少障害物が増えたからなんだというのか。

 リリのこれまで相手にしてきた冒険者様方の悪辣さに比べたら、ベルなど(ネギ)を背負った兎だ。

 思い通りにするのは容易だとリリは(うそぶ)く。

 

 しかし、リリはまだ知らない。

 少年(ベル)はそんじょそこらの冒険者とは一線を画す存在だという事を。

 そんな少年と関わることでリリに降りかかることになる数々の混沌(カオス)。それに引き起こされる頭痛の日々が迫っていることに、悪巧みに夢中の彼女は気が付かなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 始まりはゴブリンの群れを殲滅した後だった。

 倒されたモンスターを解体して魔石を回収していると、ベルが突然「あっ」と場違いなほど間抜けな声を出したのである。

 何事かと振り返って様子を見てみると、どうも魔石を回収する袋を忘れたらしい。

 挙動不審な様子でレッグホルダーやらズボンのポケットやらを(まさぐ)っている。

 

「ドラえもんさんが言っていたアレなら……ご、ごめん、リリ!すぐに戻るから‼」 

「あ、ベル様!?」

 

 何やら考え込んだ後、ベルは走りだした。

 袋を取りにホームに戻る気か、それとも他の冒険者に譲ってもらう気か。

 後者ならばかなりぼったくられるだろう。

 魔石袋はそこまでして用意しなければならない物でもない。ソロならばともかく、サポーターを雇っているならばあれば便利程度の物なのだ。

 

 だからわざわざ手間をかける必要はない。

 そう伝えようとベルの後を追うリリだったが……

 

「あれ?ベル様?」

 

 通路の曲がり角でベルを見失ってしまった。

 影も形もない、とはこのことだ。

 少年の足の速さは昨日理解していたつもりだったが、ここまでとは。

 

(仕方ありません。少し待ちましょう)

 

 あのベルならば、常識外れな時間をかけてまでリリを待たせたりはしないだろう。

 5階層のモンスター程度ならサポーターであるリリでも負けることは無い。

 降ってわいた休憩時間と思うことにした。

 

(ずっとソロだったとはいえ、リリがいるのに袋を取りに行くと言った失敗……上手く利用できませんかね?ベル様も失敗にはすぐに気が付くはず。そこにリリが失敗をうけ)

「のわぁああ‼痛っ!?」

「わっ!?ベ、ベル様!?何で!?」

 

 悪巧みをしている最中に突然背後にドスンと物が落ちる音。

 何事かと振り返れば何故かベルが悶絶して倒れていた。

 

「っ~~~‼あ、あれぇ?使い方間違った?」

 

 混乱している様子のベルだが、リリの方が驚いた。

 ベルがいないと思い込んでいて、悪巧み中の不意打ちだったので心臓がバクバクいっている。

 なんで先に行ったはずのベルがリリの背後に落ちてきているのだ。

 上層に穴でも開いたのかとでも思ったが、見る限りそんなものは見当たらない。

 というかそんなものがあったら大問題だ。ダンジョンの難易度再調整レベルである。

 

「べべべべル様?ど、どうして上から落ちてきてるんですかっ?」

 

 動揺のあまり、従順なサポーターの仮面が剥がれかけてしまっていることをリリは自覚する。

 ひょっとして何かに勘づいて、蜘蛛がごとくダンジョンの天井に張り付いていたのだろうか。などと馬鹿げた妄想をしてしまう。

 

「あっ、え~と。あはは……」

 

 そんなリリを見てベルはどう説明しようかと迷った後、誤魔化すように曖昧に笑った。

 

(誤魔化されてなるものですか!)

 

 その態度にムッと来たリリは追及を強めようとした瞬間、ベルは脱兎のように逃げ出す。

 

「ごめんリリ‼今度こそちゃんとするからあああぁぁぁ!?」

「今度こそって何ですか!?ちゃんと説明してくださあああい‼」

 

 流石と言うべきか、あっという間に見えなくなるベル。

 何やら身の丈ほどの木の板を抱えながら走っているにも関わらず、とんでもない速度だ。

 

(って、なんで木の板を抱えているんですか……)

 

 というかあれは木製品のドアだろうか。

 ツッコミどころが次から次へと出てくる。

 完全にペースを崩されたリリは息を切らしながら、思考が落ち着くのを待った。 

 

 危なかった。

 不意を突かれたとはいえ、素の態度になってしまった気がする。

 後でベルに不審に思われなければいいが……

 

 その時、通路の向こうから音が聞こえてきた。

 誰かが走る音とジャブジャブという水の音。

 その音を聞いた途端、猛烈に嫌な予感がリリの中に駆け巡る。

 

「……その、ごめんね?」

「今度は何をしたんですかあああ‼」

 

 やはり足音はベルの物だった。

 そして彼を追うモンスターに卒倒しそうになる。

 

 レイダーフィッシュ

 ダンジョン下層『水の都』に生息する魚型モンスター。

 水生のこの怪物は世界各地に存在し、度々下界を騒がせている。

 

 そう、水生なのだ。

 今リリたちがいるのはダンジョン5階層。土の壁に囲まれた簡素な迷宮。

 魚が泳ぐための水などどこにもない。

 しかしレイダーフィッシュは泳いでいた。

 地面から背びれを覗かせ、スイスイと土の中を泳いでいるのである。

 

「……嘘ぉ」

 

 リリの中の常識が崩壊していく音が聞こえた。

 ひょっとしてこれは夢なのでは?と現実逃避しそうになるが、地面から飛び出したレイダーフィッシュの(あぎと)がそれを許さない。

 

「くっ!」

 

 黒いナイフでそれを弾くベル。

 ベルはリリを己の背後に庇うとダブルナイフを構え、応戦の体勢になった。

 水しぶき(土しぶき?)を上げて襲い掛かるレイダーフィッシュの群れを何とか捌き続ける。

 

(レベル1のベル様が対応できているという事は、このレイダーフィッシュたちはダンジョンの外で劣化したモンスターということでしょうか?)

 

 そんな存在がどうしてここにいるのかは気になるが、今考えなくてもいいだろう。ついでにどう見ても魚じゃない奴も飛び跳ねているがそれも無視だ。

 どうせベルが答えを知っているのだから。

 後で絶対に問い詰めると誓いながら、リリはサポーターとして頭をフル回転させる。

 

 ベルが攻勢に移れないのはレイダーフィッシュの動きが見えないからだ。

 レイダーフィッシュはどういうわけか地面を移動している。そのせいで泳ぐ姿が地面で隠されて、ベルはレイダーフィッシュが飛び出す瞬間にようやく動きを知覚できる。これでは後手に回るのも無理はない。

 

「ベル様‼発光瓶(フラッシュ・ボトル)を使います‼目と耳を塞いでください‼」

「分かった!」

 

 ベルの返答を確認すると、リリは手首に巻き付けていたアイテムの紐を引っ張った。

 ベルに教えてもらった時、なんて優秀なアイテムだと思ったものだが、早速頼りになる場面が来たようだ。

 

 地面を泳ぐレイダーフィッシュに光は届かない。

 しかし、発光瓶(フラッシュボトル)の破裂音は別だ。

 レイダーフィッシュの周りの土が水しぶきのように飛んでいるのを見たリリは、何故かは分からないがレイダーフィッシュの周りの土が液状化していると結論付けた。

 液体は音をよく通す。

 

 小人族(パルゥム)の目の良さを活かし、レイダーフィッシュの背びれの動きを予想したリリは、紐を引っ張ったばかりのアイテムをその背びれに向かって投擲する。

 背びれ辺りの液状化した地面に落ちたアイテムは、そのまま地面に潜り込む。

 

 ボンッ、と破裂音が響くと同時にモンスターたちが一斉に浮かび上がった。

 水の中の通り過ぎる爆音は生き物を失神させる。

 リリの予想通りモンスターを無力化することに成功したのだ。したのだが……

 

「あの、ベル様?」

「……なんでしょうか」

「なんでゴリラもいるのですか?」

 

 プカリと浮かぶレイダーフィッシュたちに紛れている森の賢者。

 そう、ゴリラである。

 断っておくがシルバーバックというモンスターではない。正真正銘、ゴリラだ。

 

「ええーと、何ていえばいいか、これも一応レイダーフィッシュと言うか……」

「こんな4足歩行の魚がいますか!何やったんですか!モンスターがダンジョンを泳いでいるのは分かりますよ!?いえ、正直意味不明ですが、それでもギリギリ納得できます!でもダンジョン全く関係ないゴリラまで泳いでいるのはどういうことですかあああ‼‼」

「ご、ごめんなさあああああい!?」

 

 その後、怒涛の勢いで質問するリリだったがベルは逃走。

 結局、謎の疲労感を抱えて、リリは安宿に帰還したのだった。

 ……こんな滅茶苦茶な冒険でも換金した魔石の額は良かったことが何となく腹立たしい。

 ひょっとしてリリはとんでもない問題児に目をつけてしまったのではないかと、ベッドの中で一人考える夜を過ごす少女であった。




 今回は変則的に他者視点からのベルの冒険にしてみました。
 ベルのスキルを知らない人から見ると完全にジョ〇ョのバトルですねこれ。
 皆さんはベルが使った3つのひみつ道具が何か分かりましたか?
 マイナーというか正式名称不明なものも使っています。
 答え合わせは次回。

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