地下水路と言っても、暗くて全く見えないと言うワケではない。
通路には年季の入った魔石灯が存在し、薄っすらとベルたちを照らす。
時折、光が途切れ途切れになっていたり、弱まっているような年季の入ったものも混じっているが、そのおかげで探検ごっこもあまり苦労しない。
だから今、ベルが
安物の魔石灯を片手に死んだ目で歩いているのには違う理由がある。
「あはは‼似合ってる、似合ってるよベル君」
心の底から敬愛している神様ではあるが、今だけはその声が憎い。
ヘスティアに振り回されることが決定した日から、ある程度の心的ダメージは覚悟していたが、これはひどくないだろうか。
アイスブレイクで突如明かされた罰ゲームの存在。
時間終了間際の衝撃発言に対応する間もなく、ベルは無難すぎる絵を完成させてしまう。
当然、面白いことが大好きなヘスティアにそんな中途半端な絵が評価されることなく、ベルは罰ゲームを甘んじることになってしまったのである。
「
罰ゲームの内容は、使い方が分からなかったひみつ道具を身に着けること。
この時点で地雷臭がすごい。
なにせ、どんな効果があるのか分からないのだ。
ヘスティアは「大丈夫、大丈夫、勘だけど」と言っていたが、正直気が気でない。
どんな事故が起こるのか分かったものではないではないか。
ここまででもなかなか酷い罰だと分かるだろう。
しかし、ベルの精神をガリガリ削っているのはそのことではない。
いや、それも無いことは無いが。ぶっちゃけ気が付いたら素っ裸くらいは覚悟している。
そんな『たられば』よりも現在進行形でベルを苛んでいるモノ。
それは……
「
羞恥心である。
現在のベルは主神命令によってマントを身に着けている。背中にひらひらと。
これが上質な装備ならちょっと格好つけているですんだが、このひみつ道具は何と言うか安っぽい。子供のごっこ遊びで使われてる布のような、見るからに大量生産しましたと主張しているチープさである。
絶対に知り合いには見られたくない。
「だ、大丈夫ですよベル様。似合ってます似合ってます。……ぷふっ」
「気遣いが口から
罰ゲームを逃れたリリは呑気にこの状況を楽しんでいるようだ。
非常に上機嫌な少女の笑みがベルを見上げている。
この様子ではアイスブレイクは大成功だったようだ。
リリとヘスティアの距離は縮まったと言える。ベルの心に甚大なダメージを残して。
「……それで?どこを調べるか見当はついているんですか?」
少し不機嫌になりながらヘスティアに今後の予定を聞くベル。
オラリオ全域に広がる地下水路を一々
言い出しっぺのヘスティアはどのあたりを探索するか考えているのか、それをまずは確認する。
「もちろんある程度絞り込んではいるよ。」
ヘスティアはベルのマントを弄りながらそれに答える。
歩きながら何かをするのは危ないのだから止めてほしい。
「何度も声は聞いているから大体の方向は割り出せたし、ちょうどその方向に気になるものがあったから、そこを調べていこうか」
「気になるもの?」
「ほら、覚えてないかい?前にここで迷ったときに見た鉄の扉だよ」
前に迷った時と言うとビッグライトで教会が壊れて、その日のうちに引っ越しすることになったあの日だろうか。
確かに迷っている最中に鉄の門があったのは覚えている。
「今まであんな鉄の扉は他で見たことなかったし、何かあるんじゃないかと思ってね」
ちょうどいい機会だし、そこを探検してみよう!と思ったらしい。
一応モンスターがいる場所なのだから、そんなピクニック気分で来るのはどうなのだろうか。
レイダーフィッシュは大した強さではなくても、地上での神の身体は人間以上に脆いのだから、攻撃を受ければ危険なことに変わりはないのだ。
「結構、大雑把な理由ですね……」
「元々行ってみたかった場所だからね。収穫はなくても構わないさ」
古ぼけた下水道の中にポツンとある分厚い扉。
なるほど、確かに中は気になるだろう。
機会が巡ってくれば、娯楽好きのヘスティアが飛びついたのも頷ける。
「ボクだって冒険はしてみたいんだよ。こんなチャンスは見過ごせないさ」
「……モノ好きですねぇ」
呆れたようにリリは首を振った。
ヘスティアの楽観的過ぎる考えは、リリには理解できないものなのだろう。
「もちろん。こんなことを言い出したのは遊びのためだけじゃないさ。君を見定めるという意味もある」
「!」
「そう……君がベル君を
「……はあ?」
(何言ってるんですか神様?)
クワッ、と。目を見開いて訳の分からないことを言い出すヘスティアに、再び警戒を強めようとしていたリリは困惑し、ベルは内心絶叫した。
本当に神々は時折妙なことを言い出す。
「えっと……ヘスティア様?リリとベル様はあくまでも契約関係でして、ヘスティア様が思っているような感情は……」
「ああそうだろうね!
てっきりサポーターとして信頼に足る人物かどうかを見極めるために、わざわざ呼んだと思っていたのだが、予想外の理由に調子が狂うリリ。
ベルとリリの間に恋愛感情などないと弁明するが、ヘスティアはそんな弁明など気にも留めずに続ける。
「分かってるんだからな!そういう風に言っている奴に限って、きっかけがあればコロッと転んじゃうんだ!おのれ、あざとい事を……っ!ベル君はボクんだからなあああああ‼‼」
(あ、これ聞く気ありませんね)
がおー、と全く怖くない威嚇をするヘスティアにリリの目が遠くなる。
こういった手合いは自分の中に答えがあるので、言い訳など求めない。
リリは聞き手に徹するしかないのだ。
ヘスティアの暴走を前で聞かされているベルの耳はもう真っ赤だ。
今回ばかりはご愁傷様です。とリリは密かにベルに同情した。
仲間の前でこれは恥ずかしい。
(しかし、ずいぶんと愛されているのですね。上手く話を合わせればこの神様の警戒を下げれるかも……)
ベルの愛されっぷりにリリは内心苛立ちを感じたが、それを隠して笑顔でヘスティアの話に同調して見せる。
恋愛感情こそ持っていないがベルに好意的なサポーターを
そうすることでベルとヘスティアのリリに対する印象を操作できる。
「ベル君はなぁ‼いい子なんだ!いい子過ぎて、危ないことにいつも巻き込まれるから心配なんだよ!」
「ええ、分かります。ベル様は本当にお優しいです。リリもベル様なら信じられると思って声をかけたんですよ」
「お金がないのにリボンを作ってプレゼントしてくれたり、ボクみたいな駄女神にはもったいない子なんだ‼」
「いい人なんですね。羨ましいですよ」
突然始まったヘスティアとリリによる褒め殺しに、ベルの顔はいよいよ
そんなベルを見てリリは己の企てが成功したと確信した。
「実を言うとリリにはファミリアでの地位が低くて、お金もなくて。だから近づきやすいベル様に目を付けたわけでして……」
だがここで油断はしない。
ヘスティアは神だ。下界の住民の嘘など簡単に見破る。
どうとでも取れる言葉で相手を勘違いさせつつ、こちらの本音は悟らせないように振舞わなければならない。
「君も大変だったんだな~」
ヘスティアはあっさりと同情した様子を見せる。
ベルと言い、随分とお人好しなファミリアたちだ。
大丈夫ですよ。貴女の眷属にこの鬱憤は晴らさせてもらいますから。
心の中で呟きながら、リリは非対称な笑みを見せる。
「か、神様もリリももうその辺にしてください……」
消え入りそうな声で二人の会話を止めるベル。
もうマントをそのまま頭に被ってしまいそうだ。
「……照れてるベル君も可愛いね」
「神様ぁ……」
ヘスティアの追い打ちにベルはいよいよ目線をこちらに合わせない。
「さて、そろそろ着く頃だね。ベル君はサポーター君に用意しておいた簡易的な地図を渡しておいてくれ」
「よくこんなもの用意できましたね?」
「ん?前にヘファイストスに頼んでもらっていたんだ。ここに引っ越しばかりだった時に」
ヘファイストスは「絶対にアンタは迷うから、暫くは肌身離さず持っていなさい」と言っていた。
子供じゃあるまいし、迷ったりしないぜ。といってホームに置いてきた日にバイトの帰り道が分からなくなり、遭難しているヘスティアをベルが大慌てで探すという事があり、今は言いつけ通りに地図を持ち歩いている。
「……この地図は貰っても構わないでしょうか?」
「どうして?」
「この先、ベル様のホームに向かう時に迷わずに済みますから」
「ああ、それなら……」
「ごめんねサポーター君。これ、一応部外秘らしくてさ。勝手に渡すとヘファイストスに紐を絞められる」
ヘスティアがリリの申し出を断ると、リリは素直に引き下がった。
どこか、リリが不機嫌になったように見えたベルだったがそのことに思考を向ける前に、水をかき分ける音が聞こえる。レイダーフィッシュだ。
「っモンスターです!神様は下がってください‼」
モンスターによる襲撃だと理解したベルは、ヘスティア・ナイフを構えた。
数は二匹。今のベルならば十分に対応できる。
魚型のモンスターが牙をぎらつかせながら同時に飛び掛かる。
狙いは最前列のベル。
こういう時、憧憬ならどう対応するのか。
「ふっ‼」
あの日見たアイズ・ヴァレンシュタインの動きを参考に、レイダーフィッシュを迎撃する。
まず一匹、確実に魔石を砕く。
そして残る一匹を返す刃で切り裂いた。
(浅いっ!)
二匹目のレイダーフィッシュも完全に倒すつもりで放った斬撃は、モンスターを派手に切り裂いたが、魔石は傷一つついていない。
狙いを外した。レイダーフィッシュはまだ絶命していない。
モンスターの持つ人間への敵意がなせる業か、瀕死の状態でありながらもベルに噛みつこうとするレイダーフィッシュ。
それに対してベルはあらかじめ用意しておいた3撃目を繰り出した。
レイダーフィッシュの眼前を赤いマントが覆う。
極彩色のモンスターとの戦いで得た教訓。
それは、モンスターとの戦いでは、決してベルの都合のいいように流れないという事だ。
相手が自分の知らない牙を隠していたり、戦闘の最中に新たな脅威が現れたり、些細なアクシデントでこちらの攻撃が阻止されることもあるだろう。
そんな時、必要なのは次の動作に移るための素早さだ。
第一級冒険者ともなれば反射的にそれが出来るのかもしれないが、ベルには無理だろう。
想定外のことが起きるとパニックになってしまうのは、ミノタウロスの時に分かった。
だからベルはあらかじめ第二、第三の手を用意しておかなければならない。
口で言うのは簡単だが、実際にやるのは難しい。だから、この地下水路の弱いモンスターたちは格好の練習相手なのである。
今回用意したのはマントによる弾き飛ばしだ。
布ではモンスターを絶命させられないだろうが、一時のしのぎにはなる。
面積の大きさから目標を外してしまうということもないだろう。
中々いい考えではないかとベルは自画自賛する。
レイダーフィッシュはマントに触れ、ベルの思惑通りに弾き飛ばされた。
……ベルの想像していた以上の勢いで。
ベルに突っ込んだレイダーフィッシュはマントに触れた途端、逆方向に吹き飛んでいったのである。
ナイフで裂かれた傷から血を流しながら、レイダーフィッシュは暗闇に消えていった。
「え?」
「は?」
「あれ?」
ヘスティアもリリも現実味の薄い今の光景に目が点になる。
最も混乱しているのはベルだろう。
マントで払ったというのに何の感触もなかったのだ。
「……レイダーフィッシュってあんなに軽いの?」
「比較的軽量ですけど、アレはあり得ないです。後ろから糸で思いっきり引っ張られたみたいな勢いでしたよ」
ベル自身もそんなわけないだろうと思った呟きにリリが答える。
まだ突然起きた現象を整理しきれていないようだが、その原因は分かっているようだ。
「ベル様、ひみつ道具を使うなら最初に言ってください」
「い、いや。こんな効果だとは思わなくて」
「なんで説明なしにアイテムを渡されているんですか!あれ下手したらさっきまでマントで遊んでいたヘスティア様がああなっていましたよね!?」
リリの指摘にヘスティアは慌ててベルから距離を取る。
反射的にそういう行動を取ってしまうのは分かるが、ベルの心が少し傷ついた。
「【ひらりマント】のひらりってこういう意味だったんですね……」
「ひらりとしたら相手が吹っ飛ぶマントだったのか」
「分かる様で絶妙に分からない名前ですね」
ひらひらしているだけの外れひみつ道具だと思っていたら、とんでもないアイテムだ。
防御で言ったら名刀電光丸以上ではないだろうか。
「リリ使う?」
「い、いいです。何かの拍子に自分が吹き飛ばされそうですし」
「神様?」
「ボクもいいかなーって。渡されたときにひらりされそう」
すごい道具だけど誰も触りたがらない。
そんなひみつ道具を背中につけていたベルは冷や汗が止まらなかった。
すぐにでも外したいが、外すときに何が起こるか分かったものではない。
その時、風切り音と共にベルの後ろの壁が爆ぜた。
「……どこのどいつだ?血塗れの魚なんぞ投げつけてきた馬鹿は……アァ?」
聞き覚えのある声に全身が固まってしまう。
コツコツと複数人の足音が近づいてくる。
(どうして、この人たちが……っ!?)
牙を模した刺青が特徴的な
髭を蓄え、全身を鎧で包む
紅い髪を持つ、中性的な細目の神。
そして、見覚えのある山吹色の髪の
「【ロキ・ファミリア】……っ」
リリの驚愕した声が地下水路に響く。
ダンジョン攻略の最前線を張るSランクファミリア。
こんな下水道には似つかわしくない、世界中に名を轟かせる巨大派閥の幹部たちがそこにいた。
読者の皆様が鋭すぎて、最近感想欄を見るのが怖いです。
前回のあれとか自信あったのに、その日のうちにバレましたしね。
他の伏線もバレてるのでは?と心配になってきます。
いや、アレはまだ誰にもバレてないから大丈夫……なはず。
こんなこと言ってますけど、伏線に気が付いたら遠慮なく感想で言ってください。
次こそは‼と奮起する起爆剤になるので。
ドラえもんはどの回に登場してほしいですか?
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3巻(VSミノタウロス)
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4巻(日常回)
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5巻(VS黒ゴライアス)