ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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 アンケートの結果、夕方の時間帯が希望の方が多かったので本日から投稿時間を17時に変更させていただきます。
 アンケートの協力をしていただきありがとうございました。


疑惑の少年

「ヘスティアちゃん。最近調子いいわねぇ~」

「ボクの【ファミリア】は冒険者の子も加わって今は勢いに乗ってるからね。おばちゃんも入らないかい?」

「あははっ、遠慮しとくわ。ヘスティアちゃんもしつこいわねぇ」

 

 ベルがダンジョンに潜るようになって数日経った頃、ヘスティアもヘファイストスに紹介してもらった『ジャガ丸くん』の屋台のバイトに(いそ)しんでいた。

 始めたばかりだった時は屋台の機材を爆破して祟り神呼ばわりされもしたが、ようやく慣れてきた気がする。

 ヘスティアの親しみやすい雰囲気もあって、客からの評判も悪くない。

 

「それじゃあ、今日も頼んだよ!」

 

 獣人の女性が手を振って離れていく。

 仕事を始めたばかりの頃は先輩店員が付いていたが、最近は一人で店番をすることが多い。

 仕事が身についたと思われるのは嬉しいが、やることが多すぎていつもフラフラになって帰ることになる。

 

(でも今日はとっておきのひみつ道具を持ってきたんだ♪)

 

 ニヤリ、とほくそ笑む。

 ビッグライトの件から分かるように、ベルの【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】から取り出したひみつ道具は他人でも使える。

 今朝、ベルが取り出したとあるひみつ道具をヘスティアは職場に持ってきていたのだ。

 

 

 ベルがひみつ道具を取り出す際の特徴的な音程をマネしながら、ランプ型のひみつ道具を取り出す。

 聞いたばかりの頃は驚いたけど聞きなれるとテンションが上がる。実に神好みな趣向だと思う。

 

 見た目はただのランプだが、ヘスティアがランプを(こす)ると中から煙の魔人が現れた。

 新しいホームでこのひみつ道具を使ったときは大騒ぎだったけど、この魔人は素晴らしい存在なのだ。

 

「はあい、ご主人様」

「ケムリ君。確認するけど、ボクのお願いは何でも聞いてくれるんだったよね?」

「もちろんです。ご主人のお望みは何でも叶えることになっているのです。」

 

 どんな仕事でも人手が足りないなんてザラだ。

 しかし、このひみつ道具があれば簡単に働き手を増やすことができる。

 この魔人に機能を聞いた時にヘスティアは思いついたのだ。これがあれば楽ができると。

 元来、怠け者気質のヘスティアは思いついてしまったらその誘惑に抗えない。

 そんなわけで今日もダンジョンに向かおうとするベルに頼み込んで持って来させてもらったのだ。

 

「それじゃあ新しいジャガ丸くんを揚げてくれ、やり方は……」

「待ってください。つまらないことでご主人様を働かせたくありません。大丈夫です。」

「そうかい?なら頼んだよ!」

 

 少し心配だが、厨房にはレシピが書いてあるから大丈夫だろう。

 これでヘスティアは客引きに専念できる。

 この仕事だけなら仕事が終わってもそう疲れることもない。

 

(体が二つになればいいのにっていつも思ってたし、今日ぐらい構わないだろう。頑張ってきた自分へのご褒美だ。)

 

 これを思いついた自分を褒めてやりたい。

 一日だけしか使えないひみつ道具だ。じゃんじゃん使っていかないと。

 

「むふふふふ……ん?なんか向こうが騒がしいな?」

 

 テキパキと開店の準備をしていたヘスティアはストリートの向こうが騒がしいことに気が付いた。

 何事かと野次馬根性全開でのぞきに行くと……

 

「ご主人様がジャガ丸くんを揚げろとおっしゃるのだ。」

「何!?なんなの!?モンスター!?」

「揚げ方を教えろ。」 

「助けてえええぇぇぇ‼冒険者様あああああぁぁぁ‼」

 

 なんと煙の魔人は獣人の女性を捕まえて厨房に引きずり込もうとしていたのだ。

 どうみてもガラの悪いチンピラにしか見えない煙の魔人の悪行に、仰天したヘスティアが割って入る。

 

「待った待った‼揚げ方ならボクが教えるって言っただろう!?おばちゃんを放すんだ!」

「こんなつまらないことでご主人様を働かせたくありません。」

「なら、やらなくていいから!」

「一度受けた命令は必ず遂行します。」

 

 結局、無駄に強い煙の魔人は駆け付けた冒険者を蹴散らして獣人の女性を働かせた後、消えていった。

 顔を真っ赤にして怒る獣人の女性に対し、ヘスティアは武神(タケミカヅチ)直伝の最終奥義である土下座の使用を余儀なくされたのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「な、なんとかクビは(まぬが)れたぞ……」

 

 夕日に照らされた道をふらふらと歩くヘスティア。

 ひみつ道具を使った作戦は完全に失敗だった。

 むしろ余計に疲れた気がする。

 

「あ゛~~~早くベル君に癒されたい……」

 

 ダンジョンで決して多いとは言えないが安定した収入を出せるようになったベルの顔を思い浮かべる。

 最近は家に帰ってからも分厚い専門書とにらめっこしているから遠慮していたが、今日ばかりは眷属(ファミリア)に寄り掛かりたい。

 

「あれ?ベル君?」

 

 ふと、特徴的な白い髪が視界をよぎった。

 少年は武器屋のショウウィンドウを食い入るように見つめていた。

 

(ははぁん?ベル君も男の子だなぁ~)

 

 どうやらベルはヘファイストスの店の武器に憧れているらしい。

 オラリオ有数の鍛冶ファミリアの武器となれば、駆け出しの冒険者の懐にはきついだろう。

 

──よし!ここは主神の威厳を見せる時だ。

 

 ホームが壊滅したとはいえ、ヘスティアにも多少のヘソクリはある。

 ベルにあの武器をプレゼントすれば好感度はうなぎ上りだ。

 ベルはやがてショウウィンドウから離れて帰路につく。

 ヘスティアは十分に少年が離れたことを確認してコソコソと商品の値段を確認した。

 

「どれどれ……んげ!?」

 

 ベルが見ていたのは飾り気のない短剣。

 これならいけるかと期待した瞬間目に入る800万ヴァリスの値札。

 

「あ、無理。許せベル君……」

 

 家一つ建てられる大金にヘソクリ程度が叶うはずもなく、撤退を決めこむ。

 教会が崩壊してギャグみたいな額の借金のある【ヘスティア・ファミリア】に高級ブランドを買う余裕はない。

 

(贅沢は敵だぜ、ベル君……)

 

 情けない言い訳をする自分が嫌でため息をつく。

 さえない顔を写すショーウィンドウを見た女神は愛用していた髪留めが痛んでいるのに気が付いた。

 

「これもそろそろ替え時かな……でもお金ないし……」

 

 ベルが初心者セットという最低ランクの装備でダンジョンに潜っているというのに、主神が贅沢するわけにはいかない。

 気分を変えてロングにしようかな?

 そう考えながら北西のストリートを歩いていると、冒険者用装身具(アクセサリーショップ)鑑賞人形(ビスク・ドール)がつけている青い髪飾りに目を奪われた。

 

「あ、これいいかも……って、うおおおおおおお!?神を誘惑するなああああああああ!」

 

 一瞬湧いた邪念を振り払うように走り去るヘスティア。

 なんだなんだと民衆が振り返る中、ベルもヘスティアの姿を見ていた。

 

「神様?」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ビッグライト事件で教会が崩壊した後、【ヘスティア・ファミリア】はヘファイストスが見つけた地下水路の中にある一室を拠点としていた。

 そんな前回の教会以上に狭い部屋にダンジョンからベルが帰ってきた。

 

「神様!今日の稼ぎです。」

「う、うん。」

 

 ベルから渡されたヴァリス金貨を確認する。

 最近のベルは妙に張り切っている気がする。

 稼ぎも駆け出し冒険者とは思えないくらい多い。

 

 ただ妙だ。

 これは冒険者としてのやる気だけじゃない気がする。

 何かを隠しているのではないか。

 

「むむむ……」

 

 別に悪いことじゃなければ何をしようがベルの自由だ。

 しかし自分に隠し事をされるのはムカつく。

 

(なんだいベル君。ファミリアなのに……)

 

 出会ってまだ2週間もない二人だが信頼関係は確かにできていたはずだ。

 少なくともヘスティアは最初の眷属がベルでよかったと思うくらいには少年に好感を持っていた。

 しかし少年にとってはそうではなかったのだろうか。

 思った以上にショックを受けている自分に驚く。

 

「今日はもう遅いし、寝ようか。」

「そうですね。今日もエイナさんの講義が長引いちゃって……」

 

 嘘だな。

 神に眷属(こども)の虚偽など通用しない。

 

(いいだろう……こうなったらボクにも考えがある。)

 

 布団にくるまるヘスティアの目が妖しく輝く。

 主神がひっそりとわるだくみしている間、当のベルはスヤスヤとソファーで呑気に寝ていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ん……おはようございます、神様。」

「ああ、おはようベル君。」

 

 翌日、珍しく自分より早く起きていたヘスティアにベルは挨拶した。

 それに笑顔で返すヘスティア。

 その裏に潜むたくらみに気づくことなく、ベルは朝食の準備を始めようとする。

 

「ああ、今日はご飯の前に【ステイタス】の更新をしようか。」

「あ、分かりました。」

 

 少し不自然な流れだったがベルは特に疑問に思うことなく主神に従う。

 上着を脱ぎ、ベッドにうつ伏せになる。

 ヘスティアはそんな彼の背中に指から流した血を垂らす。

 

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I51→I59 耐久:I8→I9 器用:I65→I70 敏捷:I100→H111 魔力:I0

《魔法》【 】

《スキル》【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)

     ・ひみつ道具を具現化できる。

     ・使用可能な道具は一日三つ。

     ・一日ごとに内容は変化する。

     ・現在使用可能なひみつ道具。

      【タイムふろしき】【ガリバートンネル】【通りぬけフープ】

 

 

 ステイタス更新の先達であるヘファイストスによると冒険者の成長には個人差があり、一ヶ月で全ステイタスがH評価になれば優秀。Gが一つでもあれば出来過ぎらしい。

 どの程度上がれば成長が鈍化するかはまだ分からないが敏捷はこの調子なら一ヶ月以内にGに届くのではなかろうか。

 

(最も耐久は全然成長していないけど)

 

 ヒットアンドアウェイを忠実に行うベルの戦い方は耐久が上がりにくい。

 そのため敏捷と両極端な数値になっているのだ。

 ……問題はしばらく上がりもしなかった耐久が上がっているということ。

 

(これはつまり、攻撃を何発か食らっちゃうくらいに無茶をしたってことだ。)

 

 自分に内緒の何かのために。

 ぐぬぬ……と不機嫌になるヘスティア。

 やはり問い詰めねば。

 

「はい。これが更新結果だよ。今日のひみつ道具は【タイムふろしき】【ガリバートンネル】【通りぬけフープ】だよ」

「!【タイムふろしき】ですか!?それは知ってます。昔の卵を復元して育てる話が印象的だったので……それに【ガリバートンネル】かぁ!良い物が二つも出てきましたね!」

 

 この珍妙なスキル発現のきっかけとなったと予想される人物を思い出させるひみつ道具を懐かしそうに語るベル。何だかオーバーな反応すぎる気がする。また例の隠し事が関係しているのか。

 そうかーよかったねーと適当に話を合わせつつ、ヘスティアはベルの腕をガッチリとガードした。

 

「へ?」

「これで逃げられないぞベル君!さあ、隠し事を吐け‼」

 

 そのまま少年を逃がさないように上体を倒すヘスティア。

 ギューっと密着した女神の圧倒的なナニカの感触に赤面するベルを問い詰める。

 

「な、なんのことですか!?僕はっ、隠し事なんて……」

「神に嘘はつけーーーん‼」

 

 尚も隠し事を話さないベルにますます強情になるヘスティア。

 そのまま我慢比べが展開されるかと思いきや。

 

 

 ベルが気の抜ける声を発した瞬間、ヘスティアはベルの感触を見失った。

 気が付くとベッドには穴が開いており、そこを通ってベルは拘束を抜け出したらしい。

 ひみつ道具・通りぬけフープをさっそく使用したベルはベッドの隙間から滑るように

ドアに走った。

 

「ごめんなさい神様あああああ!!!」

 

 脱兎のごとく逃げだすベルの背中を見ながらヘスティアは地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがる。

 くそう、あとちょっとだったのに。やるなベル君。

 

「おのれええええ‼夕ご飯までには帰ってくるんだぞおおおおお‼」

 

 元気のいい幼女神の声が下水道に響き渡ったのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「聞いてくれよミアハ‼ベル君がボクに隠し事をしているんだ!」

「これこれ、落ち着けヘスティア。」

 

 零細ファミリア同士、親交のある神に愚痴りまくるヘスティア。

 青い長髪が特徴の男神は困ったように彼女を宥める。

 薬神であるミアハは「これをやるから落ち着け」とできたばかりの回復薬(ポーション)を渡した。

 この癖があるからお金が集まらないんだろうなぁと思いつつも、ヘスティアはありがたく受け取る。お金のない【ヘスティア・ファミリア】は無料(タダ)の二文字に弱いのだ。

 

「しかし、ベルか。今日【青の薬舗】に来ていたな。」

「なんだって?」

「ナァーザと何やら話し込んでいたな。アクセサリーショップがどうとか言っていたな。」

 

 ナァーザとは【ミアハ・ファミリア】唯一の眷属の犬人(シアンスロープ)の女性だ。

 その犬人(シアンスロープ)にベルがアクセサリーショップのことを聞いていた?

 

(まさか、ナンパか!?)

 

 混乱しきったヘスティアの脳裏にはたばこ型お菓子を咥えて女を侍らせるベルが浮かんでいた。

 ガーン!と衝撃を受けるヘスティアには「それと店にあった壊れた呼び鈴を持って行ったな」というミアハの言葉は入ってこない。

 

「ぐぬぬぬぬ‼くっそー‼」

「ヘ、ヘスティア?」

 

 不満に近い感情が積もる中、ヘスティアが店の窓の向こうにベルを見つけてしまう。

 そこでベルはハーフエルフの女性に箱を渡していた。

 女性は箱を開けると何やらからかうようなことを言ったらしい。

 女性におちょくられて真っ赤になるベル。

 

──ムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカ‼‼‼‼

 

「〇※◇ー&×▲‼!??‼!?」

「ど、どうしたのだヘスティア!?」

 

 謎の奇声を上げるヘスティアにもはやミアハの言葉は届かない。

 ベルの隠し事はこれだったのだ。

 所謂(いわゆる)貢物。

 ダンジョンで必死にお金を稼ぐのも、アクセサリーショップを調べていたのも、ヘスティアに隠し事をしていたのも、あのハーフエルフにお熱だったからというのが真相か!

 

「もしや、何か勘違いしているのではないか?ベルは……」

 

 女神の様子に何やら思い当たった様子のミアハはヘスティアを落ち着かせようとするが、その言葉は全く彼女に届いていない。

 ジワリ、とヘスティアの両目に涙が浮かぶ。

 自分が思っていた以上に動揺していることを自覚した。

 しかし、子どもの我儘のようにその感情は抑えが利かずに暴走してしまう。

 

「ち、ちくしょーー‼‼帰ってふて寝してやるーー‼‼」

 

 神友(しんゆう)の奇行にドン引きするミアハを置いて、ヘスティアはピューンと人々が行きかうストリートを敗走した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

(ベル君のばかぁ……)

 

 毛布で体をくるみ、丸い小山となったヘスティアはベッドの上で悶々(もんもん)としていた。

 たかが眷属が女性にプレゼントを渡しただけで何を大袈裟なとヘスティアも思わなくもない。

 自分がこんなに独占欲が強いと初めて知った。

 この子はボクの子なんだ、君はボクだけ見てくれと駄々を捏ねる子供のような思いで胸の中がぐちゃぐちゃになる。

 

「初めての眷属が君じゃなければ、ボクもこんなに執心しなかったんだろうなぁ……」

 

 想像できる自分が悔しい。 

 これ以上考えていると頭がおかしくなりそうだからもう寝てしまおう。

 (まぶた)を閉じるとやがてヘスティアは微睡みに身を委ねた。

 

 

 

 トントントン、とリズミカルに何かを叩く音が聞こえる。

 どれだけ寝ていたのだろうか、体の節々が固まり怠さを感じる。

 何とか首だけ動かしてみるとキッチンに白い髪の少年が簡単な料理を用意していた。

 

「あ、起きたんですね神様。よろしければご飯にしませんか。」

「うん……」

 

 のそのそとベッドから古ぼけたソファーに移る。

 配膳するベルの様子はどこかそわそわしていて、何か良いことがあったのだと察することができた。

 ……気に入らない。

 こんな何でもない瞬間でも嬉しくなってしまうからこそ、ヘスティアは大人げなくそう思ってしまう。

 

「随分ご機嫌だね。何か良いことでもあったのかい?」

 

 言ってから後悔する。

 目を合わせることなく、こんなことを言うなんて嫌な態度だ。

 ベルの前でだけは背伸びして立派な神様でいたかったのに。

 

「え?」

 

 一方のベルは少し狼狽えた後、軽く頬を染めて頷いた。

 どうやら先ほどのあれは上手くいったらしい。  

 自分で話を振って勝手に(へこ)むヘスティアに気づくことなくベルは待っていてくださいね、と部屋を出ていく。

 

 一人になり、心細さからうつむくヘスティア。

 戻ってきたベルはそんな彼女に小さな小箱を渡した。

 それはあのハーフエルフの女性に渡していたものと同じ。

 

「神様……これを受け取って下さい。」

「………………え?」

 

 余りにも予想外の言葉に反応が遅れてしまう。

 これはハーフエルフの女性へのプレゼントではないのか?

 

「前のホームがあんなことになって、神様の小物も満足に買えなくなってしまいましたけど、少しでも神様に感謝を伝えたくて。」

「あ、開けていいのかい?」

「はい」

 

 恐る恐る木でできた小箱を開いた。

 カポ、と木製製品特有の耳心地の良い音と共に蓋が外れる。

 その中にあったのは一組の髪飾りだった。

 上質な材料で作られたと思われるそれは、青と白の花弁のようだ。

 そして、花弁の中央にある鈴は一目見ただけで高名な職人が作った代物だと分かる。

 ふと、ヘスティアは気づく。

 それはあの日、彼女が目を奪われた商品にそっくりだと。

 

「えっと、神様のお召し物が古くなっていたみたいだったので……」

(そうか、あの時見られていたのか……)

 

 赤くなりながらしどろもどろに説明しようとするベル。

 だがヘスティアはそれを聞くより先にすべてを理解した。

 最近のベルの不審な言動は全てこのためだったのだ。

 

「こんなにいい髪飾り、高くなかったのかい?」

「いえ、実はその髪飾りは手作りなんです。ナァーザさんにアクセサリーショップを教えてもらって材料を集めました。」

「て、手作りだって!?」

 

 仰天する。

 言われてみれば高価な素材のわりに技術自体は粗っぽいのかもしれない。

 

「本当はちゃんとしたものを買いたかったんですけど、お金には余裕がなくて……安物じゃ意味ないですし、それなら材料を集めて作ってみようと思ったんです。」

「確かに材料代だけなら比較的安上がりかもしれないけど、これに使っているリボンだけでもかなりの値段の上物だろ?ましてやこの鈴なんて何万ヴァリスとする代物だ!」

「リボンの方は頑張って稼ぎました。鈴についてはズルをしたんです。」

 

 ベルは今朝のステイタスを写した用紙を取り出した。

 少年は文字列の中でも目立つスキルの項目を指差した。 

 

「今日使用可能なひみつ道具、【タイムふろしき】【ガリバートンネル】が役に立ちました。」

「この二つが?どんな能力なんだい?」

 

「【タイムふろしき】は包んだ物の時間を巻き戻すアイテムで、【ガリバートンネル】はくぐったものを小さくするアイテムです。」

 

 どちらもドラえもんなる存在の話に出てきたので覚えていたらしい。

 でもそれでどうやって鈴を?

 

「実は、【青の薬舗】が借金を抱える前に使っていたらしい壊れたドアベルを譲ってもらったんです。」

 

 心地いい音が鳴るようにオーダーメイドで頼んだ一品であり、かつては都市一番の薬剤系派閥【ディアンケヒト・ファミリア】ともしのぎを削っていたという【ミアハ・ファミリア】が大金をかけて用意した秘かな自慢だったのだとか。

 生憎、破損してしまっていたので借金返済の足しにはならず、しかし捨てるのももったいないと物置の奥で(ほこり)をかぶっていたらしい。

 ベルはナァーザとの交渉の末、回復薬(ポーション)一か月分を買うことを条件に譲ってもらえたのだ。

 

 そして入手した壊れたドアベルを【タイムふろしき】で修復。

 鈴部分を取り外した後、ガリバートンネルで大きさを調整してアクセサリーにしたらしい。

 

(今朝の更新でベル君がひみつ道具に反応したのはこれを思いついたからか……)

 

「これをつくるために、ダンジョンでダメージを食らうくらい必死に稼いでいたのかい?」

「えっと、……はい。情けないですけどそうです。」

「君は実に馬鹿だなぁ……」

 

 冒険者になってまだ一ヶ月も経ってない。

 覚えることもやることも多くて、今でもたまに目を回しているのに無茶をして。

 

「それで僕のアドバイザーの人に同じ女性としての意見を教えてもらって、今日ようやく仕上げられたんです。」

 

 それが真相。

 全ては純真な少年の精一杯の真心。

 さてはミアハは知っていたな?

 教えてくれればこんなに恥ずかしい思いはしなかったのに。

 でも、そんなことはいい。

 

「改めて言わせてください。僕は神様に返しても返しきれないくらいに感謝しています。ヘスティア様が僕の主神様でいてくれることは、僕にとって幸福なことなんです。」

 

 自分で言って照れてるのか、耳まで真っ赤なベルは顔が羞恥で下がりそうになるのをこらえながら思いを伝えた。

 そんな少年がひどく愛おしい。

 胸に広がる温かさが彼への気持ちを確定づけたのをヘスティアは感じた。

 

「なぁベル君。つけてくれよ」

「え?」

「この素敵なプレゼントを君に着けてほしいんだ。」

 

 今の自分は世界で一番幸福な神だ。

 自信を持ってそう言える。

 こんな素晴らしい眷属に、こんな素晴らしい贈り物をもらったんだ。

 この幸せを世界中に分けてやりたいくらいだ。

 

「し、失礼します。」

 

 恐る恐るベルはヘスティアの艶やかな髪を束ねる。

 黒瑪瑙(オニキス)のような気品ある色合いにベルの作った青と白の華は良く映えた。

 やや非対称だが、ヘスティアのトレードマークともいえるツインテールが出来上がる。

 ヘスティアは鏡に映る己の姿を決して忘れないだろう。

 

「……なあ、ベル君」

「はい?」

()()()だぜ。」

 

 鏡の中の自分は頬を染めていた。

 悠久の時を天界で生きてきた炉の女神は、今日初めて抱いた気持ちを少年に伝える。

 言葉は何の飾り気もなく。一直線(ストレート)に。

 ややあって、ベルもヘスティアの言葉に嬉しそうに返す。

 

「はい!僕も神様が大好きです!」

 

 少し照れてるようだがそれでもいつも通りの反応。

 やっぱり気が付かないか。

 予想はしていたがそれでも脱力する。

 

「……ま、いいか!」

 

 この晴れ晴れとした気持ちの前にこれ以上の言葉は蛇足だ。

 ボクの大好きの意味は後でじっくり分かってもらえばいいさ。

 

「ボクも君みたいな子が最初の眷属(ファミリア)で幸せだよ。これからもずっと一緒に頑張っていこうぜ。ベル君」

「はい!」

 

 この日、薄暗い地下水路の一室から笑顔が絶えることはなかった。

 何でもない話題で盛り上がり、同じことで喜び合う家族の時間。

 その中で時折少年が贈った髪飾りの鈴だけがリン、と澄んだ音色を奏ていた。




 元ネタは短編小説の「神様へのカンパネラ」。
 アニメのOVAとかで見てみたいエピソードでした。

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