ドラえもんとのび太から様々な大冒険を聞いていたベルは、その話に度々出てくるひみつ道具に心を踊らせた。
どこでもドア、タケコプター、タイムマシン……
子供の空想を形にしたような夢のアイテムを不思議なポケットから取り出す瞬間は、成長して、必然的にお伽噺を読む機会が減ったベルであってもワクワクする。
スキルを手に入れて沢山のひみつ道具を使っていると、毎日行っているステイタス更新の時に、スロットに聞いたことがあるひみつ道具の名前がないか胸を高鳴らせる。
今日はそんなドラえもんたちから直接聞いたことがあるひみつ道具の名前をスロットから見つけ、意気揚々とダンジョンに潜っていた。
「見ててよリリ!このひみつ道具はすごいんだ」
「リリにはタダのお団子にしか見えませんが……」
リリの訝しげな反応も当然だろう。
今、僕が持っているのは網状の袋に詰められた丸い団子たち。安っぽいし、とてもすごい能力を秘めているようには見えない。
だが、このひみつ道具にはこれまでの常識を覆す力がある。
「これはお尻印のきびだんごっていうひみつ道具で、このきびだんごを食べた動物は食べさせた人の言うことをなんでも聞くようになるんだ」
「テイマーの存在意義を全否定するアイテムですね」
最近分かってきたけどリリって結構毒舌だ。
隣にギルド公認のテイマーファミリアがいるのに。
「……モンスターに効くのか?あれを動物と一括りにするのは抵抗があるんだが」
今日はモダーカさんが外せない用事があるということで、その代役としてイルタさんが来てくれている。
テイマーとしてモンスターの調教を何度も行っている彼女からすれば、おやつ一つでモンスターが言うことを聞くのはなかなか信じにくいのだろう。
「キューピッドのやは効きましたから、これも効果があるのかなって思ったんですけど」
「ああ、あの花だか蛇だかよくわからん奴か」
ヴィオラスは市民の混乱を避けるという理由で、一般には伏せられて飼育されている。
とは言えあのヴィオラスを見る目は、今のイルタの吐き捨てるような表情と言葉から読み取れる通りかなり悪い。
唯でさえ人間にとって天敵と言っていいモンスターなのに、つい最近オラリオの街で暴れまわったのだ。
都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】としてはこれ以上ない怨敵だろう。
ヴィオラスを見る視線には殺気すら含まれていた。
「図体はデケェし、餌はたんまり食うし……」
必要な情報を抜き取ったら始末すべきだ。
イルタは言外にそう言っている。
多分、それは正しい。
コストから見ても、危険性から見ても、ヴィオラスを生かし続けるのは間違いだ。
それは理解している。理解しているけど……。
「……ベル様?どうかしたのですか?」
「えっ?な、何でもないよ」
危ない危ない。
ダンジョンであれこれ考え込むなんて集中力が足りてない証拠だ。
今のモヤモヤはまた今度改めて考えればいい。
「取り敢えず、このゴブリンで試してみましょうか」
例の如く捕まえたゴブリンにきびだんごを食べさせる。
「ところでベル様。躊躇なくゴブリンの口に入れましたね」
「どういうことだ?」
「ひみつ道具の中には意地の悪い使い方な物もありますから、いつもならもっとあれこれ考えてから使用します」
確かにリリの言う通りだ。
食べ物型のひみつ道具といえども、その使い方は様々。
他者に食べさせて効果が出る物もあれば、自分が食べて効果を発揮する者もある。
場合によってはあのクイックのような騒ぎのもとになりかねない以上、僕がこうした食べ物型のひみつ道具には特に気を付けていたことはリリも知っていた。
だからこそ、迷いなくゴブリンに食べさせた今の行動に疑問を感じているのかもしれない。
けど、今回は例外なのだ。
「実はこのひみつ道具の話を聞いた時、モンスターに効果があるのか気になってドラえもんさん……このひみつ道具を貸してくれる人?……いや、猫?に実際に使ってもらったから見た目で覚えてたんだ」
【きびだんご】という異国情緒あふれる名前のお菓子はひどく印象に残っていた。
だからこそ、スロットに【お尻印のきびだんご】の文字を見た瞬間、あの時のひみつ道具だと喜んで具現化した。
「…………あれ?でも何か名前が違うような?」
「……あの、不穏なこと言うの止めてもらっていいですか?」
きびだんごというワードで浮かれていたから、よく考えずにダンジョンに来たけれど、前半こんな名前じゃなかった気がする。
確か異世界の英雄譚が元になっていると聞いたはず……
お尻という人が英雄なのだろうか向こうは?
袋のマークもよく見たら違うような気がしてきた。
「まあ、使ってみれば分かるかな?」
「ベル様、その楽観で地面を泳ぐゴリラが生まれたのをお忘れですか?」
「す、すいません……」
(どういうことだ?)
リリの最も過ぎる指摘に言葉が詰まった。
あの日の出来事を知らないイルタさんは分かっていない様子だったけど。
「と、取り敢えず一旦吐き出させて……あ、背中叩いたら飲み込んじゃった」
「ベル様のアホーーーー‼!?」
ひみつ道具の検証を自分だけならともかく、仲間がいる時点でグダグダやるべきじゃない。
そう思って手早く終わらせたんだけど、段々不安になってきた。
「大丈夫……なはず。ゴブリンも仲間になりたそうな目でこっちを……」
ゴギュルルルルルルル…………
「ものすごい音がゴブリンのお腹からしてるんですけど」
「お、おい!これ、ヤバくないか……?」
地獄で罪人たちが茹でられるという窯みたいな音が迷宮に響く。
あ、これやっちゃった。
そう悟った僕の目の前で、ゴブリンは絶望的な表情のまま全てを解き放った。
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「……頭が痛い」
「ご、ごめんなさい」
今日ベルが起こしてしまった新しいトラブルにエイナは机に突っ伏しそうになる。
一体この少年は何をしているのか。
「ベル君。ひみつ道具はもっと慎重に扱おうね」
「……はい」
どうも中途半端にひみつ道具の知識があったことによる弊害らしいが、それでも普段の慎重さがあれば探索を中断するほどの大惨事は防げたはずだ。
最近、ひみつ道具を使うことに慣れ過ぎたのだろう、気が緩み始めている。
ベルの沈んだ顔を見るのはつらいが、ここはしっかりと言っておくべきだ。
「君のスキルは色んなことができる。良くも悪くもね?そのことをしっかりと自覚してスキルを使おう?」
ベルがスキルを試しているのは、いざという時に使える能力を把握するため。
しかし、試してる瞬間に大きな事故が起きるようでは意味がない。
今回は被害はベルのパーティーで済んだが、次はどうなるか分からないのだ。
「あまり言いたくないけど、こんな事故が多いとスキルの使用を制限しなきゃいけなくなるかもしれない」
エイナにとってそれは最終手段だ。
命の危険があるダンジョンでわざわざスキルを封印するなど自殺行為だ。
先達がしっかりフォローしてくれる環境があるならばともかく、【ヘスティア・ファミリア】はベルしか団員がいない。【ガネーシャ・ファミリア】の護衛も探索には余り関わらないそうだし、そもそもそんなに長くベルに掛かりきりと言うワケでもないだろう。
そんな中でスキルに制限がかかると、いざという時に動けなくなる。
そうやって悩む僅かな時間が冒険者の生死を分けるのだ。
もしベルのスキルを制限したとして、それが原因で彼が死ぬようなことがあればそれはエイナが殺したも同然だ。
「ごめんなさい……もっといろんな可能性を考えてから試すべきでした」
幸いなことにベルは素直な少年だ。
自分が悪かったと思えばすぐに反省して、次に生かせる。
これならば今回は注意だけで制限を加える必要はないだろう。
(まあ、気が緩んじゃうのも分かるしね)
ベルの成長速度は異常だ。
本来、半年近くかけなければならないアビリティ評価に半月で辿り着いているのだから。
そうなると器や技量に比べて心構えが不十分になるのも頷ける。
更にベルは【ロキ・ファミリア】との戦いに巻き込まれてしまった。
レベル1では異次元ともいえるその戦いを経験してしまったことで、上層のモンスターに対する危機感が麻痺してしまっていたのかもしれない。
きっと何とかなるという漠然とした慢心。
それが今回の事故の原因だ。
今後の勉強では単なる知識以上に、冒険者としての意識を向上させる必要があるだろう。
「二人にはちゃんと謝った?」
「はい。……どっちもカンカンでしたけど」
それはそうだろう。
汚い物を見せつけられれば怒る。
モンスターに下剤を食べさせるなんて、故意でなくてもいい気はしない。
とは言え、悪意を持って行ったことでないことにいつまでもこだわる二人でもないだろう。
ベルの人間関係に致命的な亀裂が入ることは防げた。
……リリは暫く団子を見ると過剰反応するようになったらしいが。
「それで……例のサポーター。リリルカ・アーデ氏とはうまくやれてる?」
「はい……とは言えないかもしれません。まだ、リリは僕に心を開いてくれてないかもしれないですから」
エイナの頭を最も悩ませるのは、最近ベルが契約した
神ヘスティアによれば少々怪しいところがあるという少女と、目の前の少年はあっさりと本契約を結んでしまったという。
その理由は少年らしい、好ましいものだったが、専属アドバイザーとしては気が気でない。
「アーデ氏と契約を結んだ君の理由はとてもやさしいと思うし、尊重もしたい。でもね?少しでも危険だと思ったら、それに固執しちゃいけないよ。冒険はあくまでも君の安全が第一なんだから」
リリの怪しい部分も多感な幼少期に暗黒期を生き延びた故と言われればそれまでだ。
しかし、リリルカ・アーデという少女について何も分からない状況で無視して良い情報ではない。
ベルの優しさは美徳だが、オラリオではそう言った人物が食い物にされてきたという悲しい現実がある。
エイナとしては見ず知らずのサポーターより、まずはベルの安全を確保したい。
「分かってます。決して無茶はしません。神様と約束しました」
冒険者は冒険してはいけない。
エイナの教えをしっかりと守るベルはそれを忘れてなどいない。
ならばいい。やると決めたことにこだわりすぎて、自分を危険にさらさないように線引きするのも冒険者の技能だ。
「うん。ならいいかな」
「はい。今日はありがとうございました」
「気をつけて帰ってね」
近況を報告したベルはヘスティアの待つ【アイアム・ガネーシャ】に帰っていった。
少年がいなくなっても、エイナを悩ませる種は消えない。
(【ソーマ・ファミリア】……)
良くも悪くも一般的な冒険者たちのファミリア。
それが今までのエイナの印象だった。
しかし、最近はソーマ所属の冒険者の素行が気になる。
(ベル君がソーマ・ファミリアの団員と組んだから、過剰に反応してるだけかもしれないけど……)
換金口の職員は口々に言う。
【ソーマ・ファミリア】は妙に金にがめつい。
何かに脅迫されているようにダンジョンで多くの魔石やドロップアイテムを収集し、換金口で少なすぎると怒鳴りつけて来るという。
受付嬢であるエイナも何度かそういった場面を目撃している。
荒くれものが多い冒険者のファミリアだし、珍しくもないと最近までは気にしていなかったのだが、少し観察してみると違和感がある。
(あまり一つのファミリアに肩入れするのは良くないけど……)
調べてみる必要があるのではないか。
ベルが付き合っている団員のファミリアだ。
本当に信頼できるところでなければ、彼がこの先どんなことに巻き込まれるか分からない。
完全にアドバイザーの領分を超えている気がしないでもないが、このまま見過ごしてベルに何かあればエイナはアドバイザーの資格を失う。
これはベルの自己責任で済む話ではない。【ソーマ・ファミリア】の団員との契約時に、正しい情報を渡せなかったエイナにも責任はある。
(素行不良なファミリアの行動の原因が分かればギルドのためにもなる……っていうのは流石に厳しいかな)
もしかしたらこの行動の結果、クビが飛んでしまうかもしれない。
それなら仕方ないだろう。エイナは冒険者に少しでも長生きしてほしいのだ。
(もし、ギルドを首になったら【ヘスティア・ファミリア】に入れてもらおうかな?)
残念なことにエイナは戦闘などには笑えるくらい才能がないが、サポーターくらいならできるだろう。
そうなるとヘスティアが不機嫌になって、ベルは慌てて機嫌を直してもらおうとして空回りし、あたふたする。そんな光景が脳裏に浮かんできて、エイナはクスリと笑った。
イルタは原作10巻に登場するアマゾネスです。
シャクティを姉者と慕っており、ガネーシャ・ファミリアの中でも出番は多いキャラです。
今のところガネーシャ・ファミリア中心の物語はないですけど、団員たちはみんな個性的ですね。