ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

35 / 154
 ご意見・ご感想、誤字報告をよろしくお願いいたします。


その出会いは早すぎる

 神の刃が紫紺の光を瞬かせる。

 ベルのステイタスが反映されたナイフは本来、上層のモンスターなど然したる抵抗なく切り裂けるはずだ。

 しかし、ニードルラビットの首筋に叩き込んだ時に感じた抵抗が腕にのしかかる。

 

 ニードルラビットが固いわけではない。

 【ヘスティアナイフ】が突然なまくらになったわけでもない。

 ただ、ベルの振る腕に力が十分に籠らなくなっていた。

 

 ゼェ、ゼェといつの間にか肩で息をしていることに気づく。

 喉が熱い。

 痛いくらいに喉を行き来する空気が少年を苛んでいた。

 

(なんだか……体が上手く動かない……)

 

 規格外の強さを持つ個体と出会ったわけではない。

 常識はずれな数のモンスターたちと戦ったわけでもない。

 あくまでもいつも通りの探索。

 なのにどうしてこんなにも息が切れているのか。

 

「キチキチキチッ」

 

 口を鳴らしながらキラーアントがベルに迫る。

 本来ならば、ここ数日何体も倒した問題のないモンスターだが今は不味い。

 体の疲労によって万全のポテンシャルを発揮できない今のベルは反応しきれていない。 

 不吉な光沢を放つ爪が、少年の体を引き裂かんと風切り音を発しながら線を描く。

 

「ベル様!?」

 

 少女の焦燥に満ちた声が遠くから聞こえた気がした。

 

 このままではやられる。

 そうベルは判断し、今日使える反則(ひみつ道具)を使用した。

 

「っ……ああああああぁああああぁぁぁぁぁ‼‼」

 

 ベルがあらん限りの力を振り絞って大声を出すと、ベルの口から大きな文字のような塊が飛び出す。

 固体は音速の勢いでキラーアントにぶつかり、攻撃を防いだ。

 

 【コエカタマリン】。

 その名の通り、服用者の声を固体にする効果があるらしい。

 叫んだ内容によって形は異なるので、恐らくこの形はドラえもんたちの世界の文字なのだろう。

 残念ながらベルには読めないが。

 

「はぁ、ぐっ……かはっ」 

 

 しかし、それは悪手だった。

 ただでさえ酸素が不足した体で、力を振り絞って叫んだのだ。

 当然、ベルの体内から酸素はなくなり、体が悲鳴を上げる。

 

 ぐらりと揺れる体。

 それはすぐに立ち直れる程度のものだった。

 ニードルラビットが追撃をかけてこなければ。

 

「──キィッ!」

 

 人によっては可愛らしいと感じるかもしれない兎の鳴き声。

 しかし、額から生えている赤黒い汚れが見える突起がそんな呑気な感想を許さない。

 体がよろめいたことで、全体重を乗せる形になってしまった右足。

 それが標的になっていると気づくベルは、腰を捻って無理矢理モンスターの突進を回避した。

 その代償にベルは重力に逆らうことができず、無様にダンジョンの地面に尻餅をつく。

 

「ジャアアアアアアッ!」

 

 そんな致命的失敗を犯したベルをモンスターたちは見逃さない。

 コエカタマリンによって吹き飛ばされていたキラーアントが再び襲い掛かる。

 咄嗟に左腕のプロテクターで鉤爪を防ぐが、体勢が不味すぎた。

 圧し潰すように全体重をかけてもたれかかってくる。動きを制限しようというのだろう。

 生半可な刃を弾く甲殻に包まれたキラーアントは超重量のモンスターだ。細身の少年が押し返せるものではない。後は動きを封じてその凶悪な爪で獲物を引き裂くのみ。

 ベルはエイナに散々叩き込まれた、新人殺し(キラーアント)の有名な攻撃パターンに自分が見事にはまってしまったのだと気づいた。

 

(ぁ──────)

 

 終わった。

 ミノタウロスの時と同じ、詰みの状況。

 キラーアントがあざ笑うかのように口腔を開ける。

 粘着質な唾液が滴る光景に、ベルは嫌悪を感じてもどうしようもない。

 時間が止まってしまったかのような錯覚。視界の隅に懐から剣らしきものを取り出そうとした姿勢のまま、表情を凍らせるリリの姿が見えた。

 

「おっと」

 

 だが、ベルにとっては絶望的な状況も、この男にとっては違うらしい。

 全く気合の入っていない声で、モダーカは蟻型モンスターを蹴り上げた。

 すると、ベルがいくら腕に力を込めてもピクリともしなかった巨体が嘘みたいにあっさりと宙に浮き、ダンジョンの天井に激突したのだった。

 一瞬だけ何が起きたのか分からずに混乱していたベルだったが、キラーアントが再び自分に落ちて来る前にその場から飛びのく。

 

 同時にベルが先ほどまでいたところにズドン、とキラーアントが落ちてきた。

 

「うわあああああああ!?」

 

 キラーアントが体勢を立て直す前にその首を【ヘスティア・ナイフ】で切り飛ばす。

 そして振り返ると今、まさにベルを貫かんと跳躍したニードルラビットに対して、短刀をカウンター気味に見舞った。

 

 既に力強く空中に跳躍していたニードルラビットはその勢いのまま刃に頭を突っ込ませた。

 当然即死である。

 落ち着いて対処すれば、今のベルなら問題なく倒せる程度のモンスター。

 そんな相手に命を脅かされたという事実が恐ろしくて、ベルは知らず肺に溜まっていた息を出した。

 今更になって汗が噴き出してきている気がする。

 

「……あ、危なかった」

 

 探索の中で、これほど命の危機を身近に感じたのは初めてかもしれない。

 いや、モダーカがいなければ起死回生の魔法も持たないベルは間違いなく……

 

「……俺が言いたいことは分かるよな?」

「はい……」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ええ!?だ、大丈夫だったのかい!?怪我はないかい!?痛いところはないかい!?」

「お、落ち着いてください神様……」

 

 ホームに戻ってから今日の不調を神様に伝えると、神様は大慌てで心配してくれた。

 

「原因は分かっているのかい?」

「はい。どうも、疲労が気づかないうちに溜まっていたみたいで……」

 

 冒険者になってまだ1カ月程だというのに情けない。

 モダーカさんが言うには、闇派閥(イヴィルス)との度重なる遭遇が新米冒険者である僕の心身を削っていたのではないかという事だった。

 それに加えてヴァレンシュタインさんに追いつくために、ダンジョンに潜る頻度を増やしていたことが重なってしまった。詰まる所過重労働(オーバーワーク)だ。

 

「……そうだよね。そもそも大怪我をしたのもついこの間の話だし、もっとボクが注意するべきだった」

「そんな、神様は悪くありません」

 

 これに関しては、自分の体調すら把握できていなかった自分が悪い。

 モダーカさんにも「自己管理もでないようじゃまだまだ」だと叱られてしまったし、リリにも「今のは意地悪な状況ではありましたが、ベル様も迂闊過ぎます!」と怒られてしまった。

 

「そんな体調で息を切らしながらコエカタマリンを使ったことが不味かったみたいで……」

「便利そうなひみつ道具だと思ったけど、そう甘くはなかったか……」

 

 そんなコンディションで大声で叫んだわけだから、立ち眩みくらいする。

 そんな簡単なことに気付かなかった自分が恥ずかしい。

 【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】をそれなりに使うことができる気がしていたがこの様だ。知らず芽生えていた自信のようなものはポッキリと折れてしまった。

 

「ベル君。ちょっと言いづらいけど……」

「分かっています。モダーカさんやリリにも、明日の探索は中止するように言われてしまいました」

 

 収入が僕の探索の結果に依存するリリのことは心配だったけど、本人が「そんなこと気にしなくていいですから‼」と強引に押し切るものだから言葉に甘えてしまった。

 勝手に自滅してパーティーに迷惑かけるなんて、情けな過ぎて穴があったら入りたい……

 

「うん。それがいい。明日は早朝の鍛錬も休んで体を労わるべきだ」

「え?鍛錬もですか?」

「ちょっとした体操くらいならともかく、汗をダラダラにするような運動をしたら休暇の意味ないだろう」

 

 鍛錬を休む、かぁ。

 一日でも休んでしまうと腕が上がらなくなりそうだが、しょうがないと受け入れる。

 それもこれも、結局自己管理できなかった自分が悪いのだから。

 

(でも、何をしよう?)

 

 降って湧いたような休暇に僕は戸惑いを隠せない。

 オラリオに来たばかりの頃はファミリア探しでいっぱいいっぱいだったし、最近はモダーカさんやリリに指摘される通り、ダンジョンに潜りっぱなしだった。

 おかげで僕はオラリオに何があるのか、ろくに知らない。

 暇をつぶそうにも、どんな娯楽があるのか分からないのだ。

 

 日頃のお礼に神様とちょっと豪華な食事にでも、とも思ったが神様は明日はバイトのシフトが入っていたはず。

 ビッグライト事件によって膨大な借金を抱える今の【ヘスティア・ファミリア】を少しでも支えようと、神様も過密なスケジュールを組んでいる。

 しばらくはこの提案が実行できる日はないだろう。

 

 神様の本は僕には難しいし、目的もなくぶらぶらと街を歩くのも気が乗らない。

 さて、どうしようか。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 結局、良い考えが思いつかなかったからひみつ道具を試すという日課をこなすことにした。

 そんなに体を動かすわけでもないし、良いだろう。

 きょろきょろとあたりを確認する。

 ここはいつものダンジョンではない。「ダンジョンで試すとそのまま探索を始めそう」という信頼度ゼロのお言葉を神様から貰ってしまった。

 ダンジョン以外でひみつ道具を試せそうな場所なんてここくらいしか思いつかなかった。

 

 それは荒れ果てた街並みの広がる北西区画の路地裏。

 一度しか訪れなかった【ヘスティア・ファミリア】の元のホームがあった場所だ。

 壊れた景色のまま放置されたこの場所には人が来ることは滅多になく、存在を秘匿しなければいけないひみつ道具を試すにはうってつけの場所だから、ちょっと感慨深い気持ちになりながらスキルを発動する。

 

 

 何だか久々な気がする掛け声とともにひみつ道具を具現化する。

 最近はダンジョンにリリと一緒に行くから、スキルの秘匿のために予め具現化してから持って行っていた。

 

 そんなことを考えながら手の中に現れた物体を確認する。

 これは……名前通り石のような見た目の帽子だ。

 正直格好悪いが、ひみつ道具の見た目に関しては今更過ぎるので気にしない。

 

(これは簡単だな)

 

 石ころ帽子なんて名前だ。

 きっと被ると石頭になれるひみつ道具に違いない。

 つまりは頭突きの威力を底上げしてくれるのだろう。

 これは分かりやすい能力だし、すぐに検証に移ろう。

 

 見た目がかなり恥ずかしいのでもう一度辺りを確認。

 良し誰もいない。

 すぐに頭に被って近くで折れている太い柱に近づく。

 今までのひみつ道具の力から考えて、このくらいの柱は粉砕できるに違いない。

 

 やるぞ!

 ふんッッッッッ‼‼‼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら僕は石畳に倒れ伏していた。

 全く整備されていないので、石ころがゴロゴロと転がっていて痛い。

 いや、痛いのは顔だけじゃない。

 額もガンガンと揺さぶられるように痛い。脳が震えているみたいでぶっちゃけ吐きそう。

 

(つ、使い方違った?)

 

 割と自信をもって出した答えだったのだが、見事に外したらしい。

 未だに痛む頭を押さえながら太陽を見た。

 位置的に今はもうお昼時だろうか。

 結構長い間気絶していたらしい。

 

(確かモダーカさんが見守ってくれているって話だけど、こうなっても来てくれないのかな?)

 

 護衛をする上で僕の知らないあれこれがあるのかもしれないが、護衛対象が街中で気絶していても放置はするものなのか。……違う気がする。

 常識的に考えてそんなわけないし、モダーカさんの性格的にも考えにくい。

 呆れはしても、放置はしないと信じたい。

 

(っていうことはこれが石ころぼうしの能力?)

 

 石ころのように誰にも気にされなくなる能力。

 隠密行動が多いダンジョンでは重宝するかもしれない。

 

(それにしても見当違いな答えを出してたんだな、僕)

 

 ひみつ道具の名前というのは本当に難しい。

 コエカタマリンのように分かりやすいものもあれば、具象化鏡のように名前だけでは効果が想像できないもの。

 そして、石ころぼうしのように勘違いしやすい名前まである。

 

「あっ、でもこれを使えば‼」

 

 ダンジョンに潜らない今日は必要ないかと具現化を解除しようとしたとき、ある使い方が思い浮かんだ。

 早速、実行してみる。

 

 

 タケコプター。

 それはドラえもんさんやのび太君から聞かされた冒険の中で、何度も出てきたひみつ道具。

 空を自由に飛べるという正に夢のアイテムだ。

 早速スイッチを押して飛翔する。

 

「おお~凄い!」

 

 ふわりと体が浮かぶ感覚に思わず声を出した。

 青空に向かって真っすぐと飛ぶタケコプター。

 オラリオの街並みが足元でドンドン小さく見えるのが快感だった。

 天界の神様たちは皆こんな風に僕たちを見てるのかな、なんて不敬な感想が出てしまう。

 

 空を飛ぶ冒険者なんて、当然誰かに見られたら大騒ぎだ。  

 世界の最先端であるオラリオにも空を飛ぶすべはない。

 すごい魔道具製作者(マジックアイテムメイカー)なら違うかもしれないが、空を飛ぶことは全人類が未だ果たしていない夢なのだ。

 そんな体験ができたことに胸がいっぱいになる。

 石ころぼうしの効果で騒がれる心配もないから、今日は思う存分空を楽しもう。

 

「それにしても腕、疲れてきたな……」

 

 現在の僕はタケコプターに両腕でブラさがっている状態だ。

 タケコプターは存在は知っていても、使い方なんて分からない。

 恩恵(ファルナ)を持たないのび太君でも使えたなら、こんな使い方ではないのだろうが。

 

「……ん?あれは、南東区画?」

 

 オラリオに来て一度も訪れたことのない場所の上空を通る。

 そこは僕の知る華やかなオラリオとは少し違う、寂れた街だった。

 なんだろう、神様は「南東区画だけにはいくな」っていていたけど。

 行くなといわれると興味があるもの。チラリと視線を下に向ける。

 ほとんどの建物は窓や扉を閉めているが、ぽつぽつと空いているらしい店もある。

 

 ……そのなかではおとこのひととおんなのひとがあーんなことやこーんなことを……

 

「いいいいいい‼!?あっ」

 

 お子様な白兎には衝撃的すぐる光景に、思わず両手で顔を隠した。

 タケコプターを手放して。

 

「ちょ……あああああああああっ!?」

 

 タケコプターなしで人が飛べるはずもなく、ベルはそのまま極東風の建物へ落ちていく。

 ドガンッ、ガラガラ……

 派手に天井を突き破ってしまったベルは顔を青くする。

 

(やっちゃった!これ、弁償しないと!?)

 

 ここで逃げるという考えが出ないところが少年の美徳なのだろう。

 衝撃で脱げた石ころぼうしを慌てて手に取る。

 その瞬間、視線を感じた。

 恐る恐る振り返ると、そこには憧憬を想起させる光沢を帯びた金髪と(みどり)の瞳。

 耳と尻尾の形状から、彼女は狐の獣人であると分かる。

 細い首に着けられた黒いチョーカーが淡く光沢を放つ。

 

 その美しさと、瞳に宿る見覚えのある感情に僕は時を止めた。

 それは最近、間近で受け続けた眼差し。

 何の呪縛もない僕に対する、羨望と憧れ。

 僕たちはこうして早すぎる出会いをした。




 石ころぼうしはハコニシ様のリクエストでした。
 コメントありがとうございます。
 他の方のリクエストにも可能な限り応えていきたいと思います。

 現在も活動報告にて絶賛コメント募集中なので気軽にリクエストをください。

 タケコプターは有名なひみつ道具ですけど、事前知識抜きだとどう使えばいいのか分からないですよね。
 ベルはアニメや漫画でなく、あくまでも口伝なので正しい使い方は分かりませんでした。

 あ、あと護衛として見守っていたモダーカさんは石ころぼうしのせいでベルを放置して帰りました。
 後でシャクティ団長に滅茶苦茶叱られます。

追記

 感想欄でタケコプターは反重力で飛んでいるので疲れないのではないかと指摘がありました。
 タケコプターの原理を調べたところ、作者が知っていた揚力を使ったもの以外にも、反重力によって飛ぶと説明されているものもありました。
 今回は揚力によるものだったと思っていただければ。

 作者は「こんなもん首につけたら死ねるだろw」と思っていたので、反重力の方が納得できる原理でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。