ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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力無き者たち

 止まっていた時を動かしたのはいくつかの足音。

 突然ホームに衝突音が響いたわけだし、敵対派閥の攻撃かと焦るのは当然だ。

 足音以外にもガチャガチャと金属の音が聞こえるのは、その人たちが武装しているからだろう。

 

(あ、謝って許してもらえるかな……?)

 

 幸いなことに部屋にいた狐人(ルナール)に怪我はない。

 とは言え、これだけの騒ぎを起こしたのだから、何のお咎めもなく釈放ということは無いはずだ。

 せめて神様に迷惑が掛からない形で収められるように交渉しよう。

 敵意が無いことを示すために武器類は外したほうがいいだろうか?護身用に短刀を持ってきただけだが。

 そんなことを考えていると、狐人(ルナール)の女の人に袖を引っ張られた。

 

「は、早く逃げてくださいませ……‼」

 

 極東にごく少数存在するという希少種族の彼女は、その神秘的な美貌を青ざめさせていた。

 腕を引っ張って僕を部屋から出そうとする。

 そんなに怖い人が来るのだろうか?

 

「ご、ごめんなさい。こっちの不注意で騒がせてしまって……今からくる人たちにも謝らないと……」

「いけません!?あの人が貴方のような殿方を見たら……っ」

 

 何だろう。何かが食い違っている。

 どうして彼女は僕を逃がそうとこんなに必死なのだろうか。

 

 疑問に思い、彼女の言葉の意味を問おうと口を開きかけたその時、ドスンッと部屋が揺れた。

 

「「……」」

 

 少女は表情を諦観に染め、少年も致命的なナニカが近づいていることに気が付く。

 ドスンッ、再び部屋が揺れる。

 それが一人の人間による足音なのではないかと僕は感じた。

 

(この足音だけ他の足音たちよりこの部屋に近い。さっきまでの何人かの足音が完全に掻き消されている)

 

 先ほどまでの少女の慌てようが僕の嫌な予感を掻き立てる。

 ここは直感に従って逃げるべきなのか。

 いや、でも謝罪もなしにいなくなるのは非常識すぎるし……

 直感か常識か。揺れ動く間に足音はすぐそこまで来ていた。

 こうなったら仕方ない。誠心誠意謝ろう。

 僕は覚悟を決めて足音がする方向の(ふすま)から足音の主が来るのを待ち。

 

「若い男の臭いがするよぉ~!」

 

 現れた巨体を見た瞬間、僕は石ころぼうしを深く被った。

 

(え!?あの、なに?モンスター?)

 

 2M(メドル)を超える体躯。

 露出の多い服から覗く浅黒い肌の色が、彼女がアマゾネスであることを教えた。

 

(アマゾネス……アマゾネスだよね?)

 

 僕の知るアマゾネスとは妖艶な色気を放つ美女だったはずだが。

 目の前の存在は筋肉で横幅がずんぐりとしていて、手足と胴体のつり合いもアンバランス。

 正直、本当に女かどうかも疑わしい。

 

「フ、フリュネ様……」

「ああん?ここらに旨そうな雄の気配を感じた気がしたんだけどねぇ?気のせいだったか?」

「おい!フリュネ‼」

 

 ギョロリと蠢く目玉で部屋を見渡すモンスターのようなアマゾネス。

 そこにおくれて何人かのアマゾネスたちが現れた。

 幸いというのも変だが、彼女たちは普通のアマゾネスだ。

 

「お前、今度は何しでかした!春姫の部屋をこんなに滅茶苦茶にしてどうする気だ!」

「やかましい不細工どもだねぇ~、アタイは何もしてないよ!」 

 

 リーダー格と思われる長髪のアマゾネスが、フリュネと呼ばれたそのアマゾネスに抗議している。

 どうやら僕が落ちてきた穴をフリュネさんの仕業だと思ったらしい。

 誤解を解いたほうがいいのだろうが、説明のために石ころぼうしを脱いだが最後、碌なことにならないだろうと僕の第六感が告げている。

 

「アタイはただ、この部屋から旨そぉ~な雄の臭いがしたからいただけだって言うのにぃ、顔も頭も悪い不細工どもの嫉妬で言いがかりつけられて……アタイはなんて可哀そうなんだろうねぇ‼」

「何わけわかんないこと言っているんだヒキガエル」

 

 ギシギシと空気が軋んだ気がした。

 そんな中、明らかに非戦闘員の狐人(ルナール)の女の人があわあわと右往左往する。

 

(この人たち……同じファミリアじゃないの?)

 

 余りにも険悪な様子に動揺してしまう。

 僕にとってファミリアとは家族だ。

 主神という柱をもとにした絆で結ばれた家族。

 けれど、この人たちからはそんなつながりは見えてこない。

 むしろ敵対的な様にすら見える。

 

「ゲゲゲゲゲッ……いいのかい?美しさだけじゃなく、強さでもアタイに敵わないお前らがアタイとやり合おうってのかい!?えぇ!?」

 

 フリュネさんの挑発に他のアマゾネスたちから殺気とも呼べる怒りが発せられる。

 間違っても仲間に向けるようなものではない視線を受けても、フリュネは飄々としたまま。

 いよいよ我慢の限界にきたアマゾネスたちがぶつかろうと思われたが。

 

「っち。止めだ止めだ馬鹿馬鹿しい。フリュネの騒ぎに一々付き合っていられるか。春姫、とりあえず穴は適当なカバーで塞いでおく。業者が来るのは少し遅くなるだろうからね」

「それはこっちの台詞さぁ、良い雄がいないなら、こんな辛気臭い不細工のとこにいる意味がないねぇ。春姫、いい男を見つけたら教えるんだよ‼」

 

 お互いに吐き捨てるように言葉をぶつけ合うと、アマゾネスたちは部屋から出ていった。

 足音がドンドンと遠ざかっていくのを聞いて、僕はほっと胸をなでおろす。

 流石にあの空気の中出ていく勇気はなかった。

 

(とは言え、謝らないわけにもいかないし……)

 

 この部屋の持ち主らしい狐人(ルナール)の少女に何も言わずに出ていくのは失礼だろう。

 さっきの人たちがいなくなったし、この人とこのファミリアの主神様に謝らないと。

 そう考えた僕は石ころぼうしを脱いで話しかける。

 

「あの、すいません……」

「はうっ!?」

 

 ぎょっとした様子で目を丸める少女。

 やっぱりすごいひみつ道具だ。

 天井を突き破った不審者なんて怪しさ満点の存在すら、このひみつ道具なら忘れてしまうのか。

 

「驚かせてごめんなさい。その、天井のこと謝りたくて……」

「い、いえ。少し驚いただけですので……どうして今の今まで忘れていたのでしょうか?」

 

 彼女は僕のことを忘れていたことを疑問に思っているようだ。

 神様にはひみつ道具のことを口止めされてるけど、どうしてこうなったかを説明するのに上手い言い訳が思いつかないから、僕の持つアイテムによる効果とだけ教えた。

 スキルで具現化していることさえ言わなければ問題ないはず……だよね?

 

「気配を消す帽子に、空を飛ぶマジックアイテム……そんなものがあるのですね」

「元々は知り合いの持ち物なんですけど、一日だけ貸してもらってるんです」

 

 嘘は言ってないけど、誤解させる言い方がスラスラ出るようになってきちゃったことがちょっとショックだったが、決して顔には出さない。

 

「これから、そちらのファミリアの神様にも謝りたいんですけど、どちらにいらっしゃいますか?」

「それは……お止めになったほうがよろしいかと」

 

 少女だけではなく、主神様にも謝りに行きたいと告げたら、何故か断られてしまう。

 ひょっとして神様に危害を加えるかもしれないと思われているのかもしれない。

 

「武器を持ってるから信頼できないって言うならそちらに預けます。だから……」

「いえ……そう言った問題ではないのです。(わたくし)たちの主神様……イシュタル様は少し、怖い神様なのです」

「……どういうことですか?」

 

 少女の含みのある言い方が気になって質問するが、彼女は困ったように微笑むのみ。

 具体的なことは言えないという事だろうか。

 

「幸い、大きな騒ぎにもなってはいませんし、お気になさらず」

「いや、でも……」

 

 こんな迷惑をかけておいて何もしないのは違う、でもしつこく言ってこの人を困らせるのもダメだ。

 悶々としていると彼女は代案を出してきた。

 

「どうしても気になるのでしたら……代わりに日が落ちるまでの少しの時間、お話をして頂けないでしょうか」

「それだけでいいんですか?」

「はい。私はこのお店の外には出ることができませんから。外の人と話す機会は貴重なのです」

 

 羞恥を感じているのか、頬を赤らめながら彼女は僕に提案する。

 貴重、という言葉に嘘はないのだろう。少女が僕を見る目はまるで御伽噺の人物を見るかのようだ。

 僕はその提案を快諾した。人に中々会えないその境遇に違和感はあったが、今は彼女がしたいと思うようにさせてあげたい。

 尻尾を揺らして破顔する彼女を見れば、その選択はきっと間違ってないと思えた。

 

 生まれ故郷を問われれば、オラリオの北にある山奥の名前のない村だと答える。

 どんな人たちがいるのかと問われれば、北にはヒューマンが多いのだと答える。

 どんな景色が広がっているのかと問われれば、畑を照らす夕焼けが好きだったと答える。

 

 質問に答える度に少女は表情豊かに反応を返した。

 落ちてきたときや、同僚らしきアマゾネスたちが言い争っていた時は暗い雰囲気だったのが、打って変わって好奇心旺盛なお嬢様の顔になる。

 きっと好奇心旺盛なあの表情こそ、少女本来の顔。

 何かによってそれが抑圧されているように感じた。

 もし、ボクが感じた通りなら、彼女は何に苦しんでいるのだろう。

 疑問は湧くが、踏み入った話をするのは気が引け、こちらからは当たり障りのないことしか聞けない。

 

「あ……も。申し訳ありません。私ばかり聞いてしまって」

 

 僕ばかりが喋ってしまったことを気にしたのか、少女が謝ってきた。

 恥じる年上と思しき少女に僕は苦笑した。

 

「気にしないでください。貴女はやっぱり極東出身なんですか?」

「はい。ここより四季がはっきりとした島国でした」

「ひょっとして、貴族の方なんですか?」

「えぇ!?何故お分かりになられたのですか?」

 

 話し方や立ち振る舞いが僕たち庶民とは違いすぎるからだけど……

 あれだけあからさまなのに気が付かないのはなんだかなぁ。

 

「おっしゃる通り、私は神事を司る家系でした。……もっとも、私は5年前に勘当されてますが」

 

 え、勘当って……親子の縁を切られたってこと?

 詳しく聞くと神様への献上物を寝ぼけて食べたことが原因らしい。

 話を聞く限り妙に話がトントン拍子に運んだ気がするが。

 沈んでいる少女を見ているとこちらもやるせなくなる。

 

 その後、商人に引き取られたが、道中でモンスターに遭遇。

 足手まといな少女を囮に商人は逃げ出したらしい。

 その後、盗賊団に奴隷としてこのオラリオに売り飛ばされたのだという。

 

「──────」

 

 あまりにも壮絶な話に絶句する。

 そもそもオラリオで奴隷は違法だ。

 にも関わらず、巨大派閥の【イシュタル・ファミリア】が堂々と人身売買を行えるのは、ギルドがその行為を黙認しているからに他ならない。

 冒険者の街、オラリオは世界でも有数の力を持つ眷属が数多く存在する。一般人では手も足も出ないほどに強力な存在だ。

 そういった荒くれ者たちが犯罪に走らないようにするための捌け口。それが歓楽街なのだという。

 その機能の維持のために、彼女のような存在は数多く都市外から運ばれている。

 

 頭がぐらぐら揺れているような気がする。 

 優しかった自分の周りの世界の歪みに直面した少年は思考が追いつかない。

 こんなこと知りたくなかった。

 

 なんて言えばいい?

 「ここから逃げましょう」なんて妄言は口にできない。

 思い知らされる。僕は力のない、無力な子供なんだって。

 

「……日も落ちてきました。楽しい時間でしたが、これで終わりでございますね」

 

 どこか寂し気に微笑む少女はその思いを振り払うように笑みを浮かべた。

 

「どうかお気になさらないでください。私は娼婦です」

「……!」

「日銭のため、何人もの殿方と一時の夢を共にしてきました」

 

 無意識に目を背けようとしていた現実。

 この人が置かれている境遇を思い出す。

 間違ってる。こんなの絶対おかしい。

 でも、その思いは言葉となることは無く、それまでの間に霧散する。

 

「貴方のような優しい人に気にかけていただける身ではないのです」

 

 綺麗に、儚く。

 笑い続ける彼女と僕はこんなに近いのに、途方もない断絶があった。

 

 その隔たりを乗り越える力は彼女にも、今の僕にもなかった。

 

「さぁ、もうすぐお客様が来店される時間になります。そうなれば、見たくないものも見てしまうでしょう」

 

 でも、このまま別れてしまっていいのだろうか。

 彼女の自由を求める視線。

 それを感じ取っていながら、無視してしまうのか。

 確かに何の力もないけれど、それでこの出会いを終わらせたくない。

 出会いにはきっと意味があると信じたいから。

 

「……ぁ」

 

 なにか、なにか言うんだ。

 僕と彼女の関係を一時だけのものにしてはいけない。

 繋がりが途切れれば選択の余地すら失う。目を背けることしかできなくなる。

 

「えっと、な、名前!」

「え?」

「まだ、名前を聞いていませんでした。貴女を何て呼べばいいですか?」

 

 これは意思表示。

 ここで終わる関係ならお互いの名前を知る必要はない。

 それでも聞くのは、今後もあなたにかかわり続けるという表明だ。

 

 どうやって関わり続ければいいかはまだ分からない。

 何もできない間は彼女の苦しみを知りながら放置するしかない。ある意味、今以上に少女を苦しめることになる。

 でも、考えるより先に僕の口は動いていた。

 

「……」

 

 あっけにとられる少女は僕の問いにすぐに反応できない。

 意表を突かれたというのもあるだろう。

 けど、それ以上に葛藤があるはずだ。

 僕とかかわりを持っていいのか、その葛藤が返事を送らせている。

 

 お願い、名前を教えてください。

 貴女に拒絶されれば、僕は繋がりを持つなんてできない。

 どくどくと心臓が暴れる。

 痛いほどの静寂の後、少女は口を開いた。

 

「…………サンジョウノ・春姫です」

「僕はベル・クラネルです……また来ます」

 

 僕はそう言い残し、石ころぼうしを被り直す。

 店の外を出ると歓楽街には徐々に人や神の姿が見えた。

 華やかな夜の街。男たちに一時の夢を見せる楽園。

 その裏にあるありふれているであろう悲劇。

 

 この選択は賢くない。

 白とも黒とも答えが出せない僕の情けない現状維持。

 自分の無力に打ちのめされ、痛いくらいにこぶしを握り締めた。




 歓楽街周りの設定は全て公式です。
 オラリオは結構闇深い都市なんですよね。
 そしてそれ以上にヤバい場所が都市外にはゴロゴロあるんだとか。

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