ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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心の距離

 組織として既に崩壊しているも同然の【ソーマ・ファミリア】だが、荒くれ者ばかりの団員たちが遵守している決まりが一つある。

 それは月の報告会。

 団員たちが課されたノルマをこなしているかをチェックする、面白みのない集会。

 堅苦しいことを嫌う傾向のある冒険者はこうした会議などは軽視しがちだ。

 ファミリア内の規範がいいわけではない。むしろ底辺に近い。

 そんな派閥でありながら、毎回の報告会が欠席者ゼロを記録している理由。それは()()()だ。

 

 団員たちを狂わせる魔性の存在。

 神々にすら敬意を払わない、野蛮な冒険者たちが信仰する唯一絶対のそれのためにオラリオ有数の団員数を誇るファミリアはホームに勢ぞろいする。

 

 ヒューマン、獣人、ドワーフ、エルフ、アマゾネス……

 様々な下界の住民たちが自身の成果を報告し、与えられる報酬に熱狂する。

 ある者は(よだれ)をまき散らしながら報酬にむしゃぶりつく、ある者は少ない報酬に激怒して半狂乱で配布した者に掴み掛る、そして、ある者はノルマを果たせずに他の冒険者に泣き縋った。

 (やかま)しいといえるほどの雑音。

 その中で、小人族(パルゥム)の少女は周囲とは真逆に、静寂を纏っていた。

 表情を消し、一歩離れた距離から同じ恩恵(のろい)を持つ者たちの醜態を見ている。

 

 無様で、滑稽。

 そう嘲うことができればどれだけ楽だったか。

 

 リリは知っている。

 魂を狂わせるこの世非ざる神の奇跡を。

 悪夢に侵された人々の狂気を。

 

(リリにソーマは与えられない。だから早く終わってください……っ)

 

 盗賊紛いのことをして稼いだ金を献金すれば、リリもノルマ達成とみなされるだろう。

 だがリリはそんな真似をするつもりはない。

 良心の呵責などという真っ当な理由ではなく、その末路を知っているからこそ。

 酔いから覚めたリリは、このファミリアの団員としては珍しい成果の秘匿を行う。

 

(煩い、黙れ……お願いですから他所で勝手に騒いで……)

 

 周りの熱狂についていけないリリは、耳を抑えたくなる衝動を必死に抑える。

 周囲との温度差で半ば発狂した彼らが遠く感じる。

 こんなファミリアの眷属の子どもとして生まれるなど、冗談ではない。

 報告会の度に頭がおかしくなるような狂気の渦を見せつけられるリリは、こんな場所で自分を産んだもう顔も碌に覚えていない両親を恨んだ。

 

 眷属の子どもは基本的に両親が所属するファミリアに強制加入させられる。

 リリは生まれた時から【ソーマ・ファミリア】の眷属なのだ。

 それが許せない。

 自分の意思でこのファミリアを選んでいたのなら、自己責任だとまだ納得はできた。

 だが、生まれた時からこのファミリアの呪縛を受けるのは我慢できない。

 そんなのインチキだ。自我が芽生えたその時から、リリの人生に未来などなかったのだ。

 

「おい!荷物持ち(サポーター)!」

 

 必死に壁と同化していた努力も空しく、リリは団員の一人から呼びつけられる。

 それに対しリリは、若干の驚きをもって反応する。

 

(この人は今のリリの状況を理解してないのでしょうか?)

 

 今のリリはあのザニスの手駒。

 全く嬉しくない話だが、自分の背後には【ソーマ・ファミリア】の団長が付いているのだ。

 リリに手を出せば、ザニスに睨まれる。

 あの男はこのファミリアの頂点。支配者だ。

 彼らが一喜一憂している報酬も、ザニスの胸三寸でどうとでもなるのに。

 

 考えられることは二つ。

 団長の怒りを買うことを全く恐れていない大物か。

 ファミリアの人間関係の変化にも気が付かないほどに情報弱者なのか。

 

「おい、役立たず。お前の持ってる有り金全部出せ」

「リリの所持金ではノルマには届きませんから……」

「うるせぇ!とっとと出せっつってんだよ!腕の一本もおられなくちゃ分かんねぇのか!?」

 

 恐らく後者だろう。

 目の前の団員のことは知っている。

 

 つい最近まで頭角を現していた団員だ。

 上納金が多く、報酬もたくさんもらっていたことを自慢げに周囲に触れ回っていた。

 それが自分の首を絞めることになるとは予想できない頭の悪さだったが。

 こんな団員間の仲が悪いファミリアで新人が目立ちすぎればどうなるか。

 大方の予想通り、出る杭は打たれたのだろう。

 

 仲間同士の足の引っ張り合いは【ソーマ・ファミリア】の名物だ。

 団員たちはありとあらゆる手段でそのルーキーを妨害したのだろう。

 そして、以前のような成果を出せなくなり、焦って弱者(リリ)から搾取しようと考えたと言ったところか。

 

 よくある光景だ。

 リリが冒険者として芽吹かなかった時から、飽きるほど繰り返された一場面(ワンシーン)

 勘の良い者は露骨にリリから距離を置くようになった今では、少なくなっていたが。

 

「……なんだその目は……お前も俺を馬鹿にしているのかぁ‼」

 

 どうやらリリの眼差しが気に入らなかった様子の団員は、逆上してリリを殴りつけた。

 身体能力(ステイタス)では圧倒的に劣るリリは、抵抗する間もなく吹き飛ばされる。

 口の中が切れ、鉄の味が校内に広がるのを感じ、リリは顔をしかめた。

 そんな光景を見て、カヌゥたちはニヤニヤと笑っていた。

  

(成程、リリを攻撃させて、この団員に対するザニスの心証を悪化させようというわけですか)

 

 余りにも下らない真実にうんざりする。

 そんな縄張り争いにリリを巻き込まないでほしいと心の中で呟いた。

 どっちが勝とうが負けようがリリには関係ないのだ。どちらも等しく無価値なのだから。

 こんなファミリアが嫌だったからこそ、リリは必死に脱退のためのお金をかき集めていたのだ。

 

 口に出さないリリの考えが団員に伝わるはずもなく、団員は興奮収まらぬ様子でリリを睨みつける。

 それを見てもリリの心は動かない。この後の結末なんて分かり切っているからだ。

 

「この……っ」

「良くないなぁ、そういうのは」

 

 その声を聞いた瞬間、団員は冷や水を浴びせられたかのように真っ青になった。

 慌てて振り返った団員の視界に痩せ庫気味の男が目に入った。

 

「ザニス団長……っ」

「アーデは大切な家族じゃないか。これから私の仕事を手伝ってもらうことになっている。その振り上げた手を下ろしてくれないだろうか」

「はい……」

「それと、カヌゥ。今後こういうことがあったら先達として止めるように。アーデが傷つく所など見たくはない」

「はいはい、分かりやしたよ」

 

 眼鏡の奥にある細目を怪しく光らせながら、ザニスは優し気な口調で語り掛ける。

 内容は暴力を振るった団員と、彼を誘導したカヌゥの釘をさすものだったが。

 

(随分と都合のいい登場ですね。まるで陰から見ていたようです)

 

 先ほどまであれほど熱気に包まれていたホームが今は静かだ。

 ザニスという絶対権力者の登場で、この空間は完全に支配されてしまった。

 

「この場にいる皆も聞いてくれ、アーデは私の仕事を手伝ってくれるほどに仲間思いな娘だ。そんな娘が寄ってたかっていじめられるのは私には耐えきれない。どうか、優しくやってくれ」

 

 この言葉を額面通りに受け取る者は【ソーマ・ファミリア】にはいない。

 要はリリはザニス直々から仕事を与えられるという事である。

 自分の今の状況の不味さに静止(フリーズ)した団員はみっともなく狼狽えている。

 

 リリを依怙贔屓(エコひいき)しているような内容だが、団員たちからの反発は薄い。

 まず、ザニスに逆らうことの恐ろしさは全員が分かっているから。

 そして、ザニスに気に入られるという事は決していいことばかりではないと知っているからだ。

 

「アーデも慣れない仕事で戸惑うこともあるだろう。そんなときのために皆は彼女のことを気にかけてやってくれ」

 

 続く言葉で、団員たちはリリが特大級の厄ネタに巻き込まれたのだと悟る。

 リリを気に掛ける。

 これはつまり、監視の指示だ。

 リリが決して逃げないようにファミリア全体で見張れと命令している。

 

 ちょっとした犯罪ならばここまでやらない。

 にもかかわらずやるというのは、それだけ重要な案件がリリに課されるということだ。

 つまり、【ソーマ・ファミリア】の暗部。酔っ払いでも関わろうとはしない、団長(ザニス)の悪事。

 当然、それに関わった者は知ってはいけないことを知りすぎる。

 その末路は想像に難くない。

 

 リリルカ・アーデはこの日から不可侵(アンタッチャブル)な存在となった。

 

 新しい首輪がつけられた気がして、リリは思わず首元を触れる。

 この(おぞ)ましいホームはより、リリの檻としてその姿を変えているように感じてしまう。

 月と杯の紋章の呪いがリリを追い詰めていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「リリ……リリ?」

「……っ!」

 

 ぼんやりとしていた少女は、少年の声で我に返る。

 

(ああ、駄目です。ダンジョンでこんなに集中力を切らしてしまうなんて)

 

 とんだ失態だ。

 それほどまでに自分は追い詰められていたらしい。

 ダンジョンで警戒を怠るなど、死にたいと言っているようなものではないか。

 

「リリ……大丈夫?疲れてるみたいだけど」

「ええ、問題ありません。少し、昨日の集会を思い出しただけです」

 

 目の前の鈍い少年にすら気取られているなど、それほど分かりやすく自分は疲れていたようだ。

 標的(ターゲット)にすら心配されるとは、いよいよ自分も終わりらしい。

 

 ……標的(ターゲット)。そう、標的(ターゲット)だ。

 疲れているせいか、最近は何もせずにサポーターの仕事をこなして帰ることが多くなってきているが、ベルはあくまでも自身の鬱憤(うっぷん)を晴らすための八つ当たり相手。

 そんなことを今思い出したことに驚く。

 

(肝心の嫌がらせも碌に行ってない……いえ、当然です。連日のファミリア内での立ち位置の変化にリリは疲れているのですから、(はかりごと)を一々考える余裕のないだけのこと)

 

 今が特別忙しいだけだ。

 落ち着けばいつでもベルを嵌めるために動き出せる。

 情に絆された、なんて甘い考えは即座に否定した。

 

「ベル様の方こそ、どこか疲れているようですよ?休日疲れをダンジョン探索で癒すなんてあまり褒められたやり方ではないです」

 

 リリの指摘に言葉を詰まらせるベル。

 大方、冒険者になって日も浅いベルは、休日中に遊び過ぎて疲れているのだろう。

 冒険者になったばかりの者にはよくあることだ。

 中には歓楽街にのめり込んで財布の中身までボロボロになるものもいるが……まあ、少年はそんなことは無いだろう。あんな世界とは縁遠い人物だ。

 

「ベル様はオン・オフが下手そうですからね。休日もおかしな事件に首を突っ込んでないか、リリは心配ですよ」

「!?ベべべべ別にそんなことは無いよ!?」

「いや、分かりやすすぎですよ。一体今度は何をしたんですか」

 

 ちょっとした冗談(ジョーク)のつもりだったのだが、どうやらまた何かやらかしたらしい。

 はっきり言ってベルはトラブルメーカーだ。

 本人に悪意はないが、そういった運命を司る神様に愛されているのかと思うくらいには厄介事の方から飛んでくる。

 金払いはいいが、今までのリリだったら関わろうとしないタイプ。

 ただ、今は離れようという考えが浮かばないくらいには心地いい。

 

 言葉では責めるようなことを言ってはいるが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 そのままやり取りを楽しんでいたリリだったが。

 

『アーデ』

 

 再び浮かぶ先日の光景に再び心が凍る。

 嫌な男の声。

 あの報告会の時に言われた言葉が再生される。

 今この場にいないにも関わらず、リリを束縛する呪い。

 

『趣味を持つことはいいことだが、そのせいで実生活を疎かにすることは良くない。何事も節度というものを持たなければな』

 

 遠回しにいつまであの獲物と遊んでいるのかと聞いている。

 どれだけ時間が経っても罠にはめるどころか、罠を用意しようとすらしないリリに対する警告。

 早く仕事に掛かりたいザニスは、リリの遅々として進まない準備に苛立っているのだろう。

 

『怠惰でいることはよくない。人は勤勉でなければな』

 

 潮時だ。

 いい加減、あの冒険者と縁を切れ。 

 言外の言葉を正確に理解したリリは、しかし何も言えなかった。

 歯向かえばザニスはあれを使う。そうなればリリはまた餓鬼に堕ちる。

 ザニスもそれを理解している、醜悪な笑みを張り付けて狼狽えるリリを見下ろしていた。

 

 そう、この逃避は長くは続かない。

 ベル・クラネルとの別れ(決別)も近づいているのだ。

 そしてリリは完全にソーマの呪縛に囚われ、あのホームから出ることができなくなる。

 

 現状が仮初であることを、ザニスの言葉で再度理解させられたリリの言葉が途切れる。

 それを見たベルは心配そうに眉を下げ、ポケットからある物を取り出す。

 

「リリ、これを持ってて」

「……これは?」

「多目的お守りって言うひみつ道具。今日、ダンジョンにいる間はリリに持って欲しいんだ」

 

 そう言って極東にあるという、厄除けのアイテムに似たひみつ道具をリリの首にかける。

 それがリリを労わってのことだと理解し、リリは顔を背けた。

 

「……厄除けなら、厄そのものなベル様が持っていたほうがいいのではないですか?」

「あ、あははは……」

 

 口から出た嫌な言葉にも、ベルは気にする素振りはなく、困ったように笑うだけ。

 そんな言葉を出した自分が嫌になりながらも、リリは少し心が軽くなった気がした。

 

 その後、リリはお守りに『金運』『交通安全』『恋愛運』『受験合格』4つのボタンがあることに気付き、なんのボタンか分からなかったが、何故か惹かれた『金運』のボタンを押してしまったことでその日の探索は強引なものになり、護衛役のモダーカに怒られた。

 結局、疲れは増したばかりだったが、今までとは違ってどこか気持ちの良い疲労感にリリは微笑むのだった。




 そろそろザニスが現状に痺れを切らしたようです。
 とは言ってもリリの話はもうちょっとだけ続きますが。

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