一目見て、才能はないと分かった。
本来ならば大成する器ではない。何処にでもいる少年。
我の強さとでも言うべきか、奇怪なアイテムに身を包む少年からは、
しかし、ダンジョンで少年と偶然出会った都市最強は、この男は必ず強くなると確信した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リリの持つ小剣から放たれた炎はあっさりと防がれた。
規格外のステイタスを持つ男に劣化した魔法など通用するはずがない。
それでも、ホンの僅かではあるが男の意識が逸れる。
無論、隔絶した実力差のある少年にそれを活かせる道理はない。
攻撃するにも、逃走するにも小さすぎる隙。
だが、ベルにはその隙に意味を持たせられる魔法を手にしている。
「【ファイアボルト】‼【ファイアボルト】‼【ファイアボルト】‼」
三条の炎の矢が襲撃者に殺到する。
詠唱破棄という対魔法の根幹を破壊する炎雷は、規格外の襲撃者に対しても有効だった。
無詠唱故に威力は低く、大したダメージは与えられていないが、視界一杯に広がった火の華が男の動きを止める。
その隙にベルは滑り込むようにリリの前に移動した。
「リリ、大丈夫!?」
「……」
「リリ!?」
「え、あ、まだ腰が抜けてて……」
呆然とした様子で魔剣らしき小剣を見つめるリリは、僕の声に弾かれるように反応する。
こんなリリは珍しいと思いつつ、あんな強い相手に攻撃することがそれだけ勇気のいることだったのだろうと納得する。あれがなければ無詠唱とは言え、魔法すら撃つ隙ができなかっただろう。
「戦っている時に強力うちわ「風神」を警戒しているみたいだった。多分、ひみつ道具を知ってるのかも」
「すでに何度も使っているんです。地獄耳の持ち主なら把握していてもおかしくないですが……」
炎を形作る魔素が分散し、襲撃者の姿があらわになる。
やはり無傷。分かっていたけど、改めて力の差を感じてしまう。
「無詠唱か……あの方も喜ばれる」
……あの方?
「ベル様……分かっていると思いますが……」
「うん……遊ばれてるよね」
目の前の男と僕との力の差は歴然だ。
ダンジョンの奥深くで待ち構えているという
それほどの格差がありながら、僕がまだ息をしていられる理由なんて一つしかない。
遊ばれてる。いや、あの戦いの中でこちらの出方を伺い、評価するような態度から推測するに試練のつもりかもしれない。
どちらにしても相手に何らかの思惑があるのは確かだ。
まあ、相手の攻撃は所々致命的なものも混ざっているので、積極的に殺す気はないが、うっかり死んでも仕方ないとは思ってるかもしれないが。
「向こうが何を考えているかは分かりませんが、格下の相手に対して手加減をしている……これがリリたちの活路になります」
「殺しも気絶させるのも積極的じゃない……ひみつ道具を警戒しているけど、こっちを無力化させようとはしてないみたいだし」
ならば強力うちわ「風神」を使うチャンスはある。
そのためにさっき以上の隙を作るんだ。何か、相手の予測を上回る一撃で。
「……」
問答は済んだかとばかりに圧力を増す襲撃者。
少し体が揺れたと思った瞬間には、風を伴ってベルの目の前に現れた。
「リリ!」
動けない少女を左腕に抱えて横に跳ぶ。
先ほどまでベルがいた地点は大剣によって粉々に砕かれる。
飛んでくる地面の破片が当たるのを感じながら、ベルは空いている右腕を突き出し砲声した。
「【ファイアボルト】‼」
宙に浮いた状態でも放たれる炎の魔法は、雷の軌跡を描いて男の顔に迫る。
だが、襲撃者はそれを僅かに体勢を落とすことで回避する。
(至近距離の速攻魔法を避けた!?)
それも最小限の動きで。
たった一度の行使で魔法の特性を理解した男は、そのまま地を這うようにその巨体の重心を倒し、拳を握る。
「……っ!」
リリを身体で庇えるように、上半身を捩じる。
下から衝撃が来るぞ。耐えろ……っ。
歯を食いしばると同時に脇腹が燃えるように痛む。
内臓を直接殴られたかのような衝撃を感じるが、それに悶えてる暇はない。
続く第二撃がベルの頭を狙って放たれていることを確認したベルは、言う事を聞かない鈍い体を無理矢理動かして、その軌道上に右腕を入り込ませた。
ガツンッ、と途轍もない重みが腕の骨に罅を入れる。
そして、踏ん張りの効かない空中で受けてしまった僕とリリは仲良く吹き飛ばされた。
「ぎっ!?」
「あうっ!?」
直撃を喰らった僕だけ伝なく、庇ったはずのリリにすら伝わる衝撃。
苦痛に歪むリリの顔を見て、今更ながら感じる喉を込み上げてくるような異物感を食い止めようと必死になる。
女の子の前でそんな無様なものは見せたくない。なんて、この状況に似つかわしくない馬鹿なことを考えたベルはどうやらお祖父ちゃんの教えは根深いらしい、つい笑いそうになった。
「足手まといを抱え込むとは余裕だな」
淡々とこちらを挑発するようにかけられる言葉。
それに怒りを覚えるが、腕の中の少女の鼓動が、辛うじて僕の冷静さを保たせる。
感情に惑わされるな。冷静に現状を分析しろ。
僕たちが今、武器として使えるのは強力うちわ「風神」とファイアボルト、後はリリの魔剣。
ただし、先ほど攻撃を防いだ右腕は動かすたびに激痛が走る、ファイアボルトの命中精度はやや落ちる。あまり精密な攻撃はできない。
「リリ……魔剣はあとどれくらい持つ?」
「はっきりとは分かりませんが、あと数度が限界でしょう」
おまけに魔剣には耐久限界というものがある。
後手後手に回り続ければすぐにジリ貧になってしまう。
勝負に出るならすぐに。時間は僕たちの味方じゃない。
「ベル様、リリに考えがあります」
必死に頭を回していると、腕の中のリリがある提案をする。
それは博打だった。
頭が決して良くない僕でも、成功の可能性は低いだろうと思えるもの。
でも、それ以上の作戦なんて思いつきそうにない。
「リリ……これをお願い」
「!」
「僕は守ることで精一杯だから、君に使ってほしい」
左手に握っていた強力うちわ「風神」をリリに託す。
彼女は少し、迷うようなそぶりを見せた後、それを手に取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦場には空気の流れがある、とオッタルは感じていた。
各々の行動、心理によってその流れは気まぐれに形を変える。
戦士はそう言った空気に変化を敏感に察知して、己の正しい役割を導き出すものだ。
この戦場でも、さざ波程度の小さな揺らぎが生じたことを歴戦の勇士は感じ取った。
「……来るか」
こちらを真っ直ぐと見つめる
その顔はオッタルがよく知るものだ。
圧倒的不条理に抗うための、人間の意地。
覚悟を決めた戦士の証だ。
それでいい、とオッタルは口には出さないがベル・クラネルの選択を認めた。
何やら抱え込んで、その重みに押しつぶされそうになった様だが、人がそんなに器用に立ち回れるわけがない。
故に、必要なのは三昧の意識。
まずは一つ、次に一つ、やるべきことを片付けていけばいい。
そんな
(どう出る?足手まといの少女を連れて何が出来る?)
オッタルが試練で手を抜くことは無い。
相手のレベルに合わせて加減はしても、手心は加えない。
乗り越えることができないのならば、男は容赦なくその刃を振り下ろす。
「【ファイアボルト】!」
ベルの速攻魔法が再び咆声する。
フレイヤが送った
モンスターよりは対人向けの魔法なのだろう。
(しかし……少し乱れているな)
先程の攻撃よりも狙いが荒い。
恐らく、腕の負傷が効いてるのだろう。
オッタルではなく、地面に着弾する魔法すらある始末だ。
最も、ベル自身も予想していたようで驚きはなかったが。
(焦りの感情も見えない。つまりこれは本命ではなく陽動か)
(ベル・クラネルが持つ不可思議なアイテムか)
フレイヤがベルを見初めた日から、ベル・クラネルの成長は逐一報告されている。
その中に度々出てきた既存の技術を明らかに超えているアイテム。名はひみつ道具……と言ったか。
レベル1が剣姫たち第一級冒険者の戦いについていけるほどの力を持つ規格外。
その時その時で使用するアイテムは異なり、詳細は謎に包まれた未知。
オッタルはベル・クラネルとの戦いにおいて、このひみつ道具こそ最大の危険要素と考え、現在判明している限りのアイテムを頭に叩き込んでいる。
(最も警戒していた刀型のひみつ道具はここに来ても出さない……というより出せないか。あまり自由度は高くなさそうだな)
無論、出したところで正面から突破できると確信はしていたが。
オッタルにとってひみつ道具が危険要素である理由は、どんな力を秘めているか初見ではわからないからだ。
そういった意味では、能力が判明している刀型のひみつ道具よりも、情報がない扇形のひみつ道具の方が恐ろしい。
ひみつ道具をサポーターに持たせ、オッタルを足止めせんと魔法を連射するベル。
レベル1の
無詠唱による燃費の良さを考慮しても、そろそろ
現に今のベルは
しかし、オッタルはベルが自滅するまで待てるかと言えばそうでもない、魔法による連射は薄暗いダンジョンを照らし、音は狭い空間によく響く。
他の冒険者が異常を感じるのも時間の問題だ。
そうなれば、他派閥の目に晒される危険がある。
そして、万が一にも襲撃者の正体がオッタルと知られれば、大なり小なり女神の名に泥を塗ることになる。
故に、オッタルはベルを無視できない。
速やかにベルを無力化させる必要がある。それがベルたちの狙いと知りながら。
狙ってやっているのかは定かではないが、良くできた駆け引きだ。
しかし、それを実行できる力があるのか。
「試させてもらう」
炎の弾幕を大剣で打ち払い、強引に前に出る。
ベルはオッタルの頑強さに瞠目するが、すぐさまぎっしりと緑色の薬が入った瓶を投げる。
(これもひみつ道具か)
薬入りの瓶を投げたという事は爆発する可能性がある。
その僅かな隙を狙う。
「やあぁぁ‼」
リリの持つ強力うちわ「風神」が
荷車を数十
生物ならば本能的に恐怖を感じるであろう大災害の力。
しかし、オッタルは動じなかった。
その日、初めて大剣を両手で握ったオッタルは、裂帛と共に真っ向から嵐とぶつかり合う。
「────オオオオオオオオォォォォォォォォォッ‼‼‼」
獣じみた咆哮と共に、不可視の力の塊に剣で立ち向かう。
冗談のような光景にベルの思考は止まりかけた。
「ベル様!」
しかし、リリの声に我を取り戻し、モダーカの下に駆け寄る。
どんなに強くてもあんな一撃を受けて無傷であるはずがない。
作戦通り、今のうちに離脱すべきだ。
懸命に駆け、唯一の生存の道であるダンジョンの出口を目指すベル。
「逃がさん」
しかし、そんなベルの隣にオッタルはいた。
空気の塊は確かに強かった。だが、オッタルにとってそれは十分乗り越えられる壁。
下級冒険者の想像をはるかに超える力が、その男にはあったのだ。
ベルも、リリも、速すぎるオッタルの追撃に反応しきれない。
背を追いかけるように滑る大剣の凍るような気配に戦慄しながら、とどめの一撃を待ち。
「させっ、るかああああ‼」
前方から飛び出した影がその一撃を受け止める。
「モダーカさん!?」
「悪ぃ、さっき起きた!」
器の昇華を果たしている上級冒険者は、ベルやリリでは反応できなかったオッタルの攻撃にも辛うじて対応できた。
後先考えず、全力で突進して勢い任せにオッタルの大剣を止める。
だが、あくまで止めただけ。モダーカは全神経を注いだ一撃で止めたのに対し、オッタルは即座に立て直せるほどの余裕を持っている。
だが、一拍置いた後ならばレベル1の反応も間に合う。
リリはボウガンによる射撃を試みる。
小人族専用装備である【リトル・バリスタ】はそのサイズに見合わない威力を持つが、あくまでも上層の範囲ではのこと。
レベル7に至っている猛者には通用しない。
それが通常の矢であれば。
「──────!?」
防いだ大剣が爆発したかのような手ごたえ。
吹き飛びそうになった得物を反射的に強く握りしめる。
この戦いにおいて、初めてオッタルは裏をかかれた。
(魔剣か!)
振るだけで奇跡の力を再現する神秘の武器を、矢の代わりにボウガンで撃ち出したのだ。
ひみつ道具に警戒を置くあまり、魔剣の力を軽視したオッタルのミス。
高価な魔剣を使い捨てにすることによる高火力。
それによってできた大きな隙。
「……いっけええええええ‼」
ボウガンを撃つために、リリの手から離れた強力うちわ「風神」を空中で掴み、ベルは渾身の力で振った。
リリ以上のステイタスを持つベルによる一振りは、先ほど以上の威力を伴ってオッタルを襲う。
「くっ」
咄嗟に防御の姿勢を取るが、地面にしっかりと足を付けた先ほどと違い、体勢が不安定になったオッタルはズルズルと風に押されて後退していく。
「失礼します!」
「痛ててててて!?」
前のめりに体勢が崩れていたモダーカを夢たしかめ機で捕まえる。
頬を
「……追いつかんか」
5
「曇りは未だに晴れず……しかし、あの様子ならば」
フレイヤが次に
あの日、ダンジョンですれ違った少年と気づき、驚きと共に納得した。
才能は名だたる英傑たちに劣るだろう。
血筋も、それまで歩んだ人生も、きっと見劣りするはずだ。
しかし、そんなことはオッタルにはどうでも良かった。
才能はあくまでも強くなりやすいだけ。
その芽が開花しないこととてあるだろうし、成長を運命が待ってくれるわけでもない。
現に、オッタル以上の才能などいくらでもいるが、今、都市最強なのはオッタルだ。
今日までにそう至ったのは、自分が特別だったからとはオッタルは考えない。
むしろ逆、自分が無様に壁にぶつかり続け、泥にまみれたからだとオッタルは確信する。
人はその泥を飲み干して、冒険することで成長する。
その原動力は心だ。
「そうだ。壁にぶつかり泥を飲め。お前には、それでも抗い続ける
あの少年が特別だとすれば、溢れんばかりの想いを持っていることだ。
一目見ただけであふれ出していると分かる原動力。
打算も何もない、純粋無垢な衝動がオッタルの目に留まった。
「賢しくあろうとするな。それはお前の想いを鈍らせる」
故に、その魂に曇りがあるとフレイヤが言った時、オッタルにはその原因がすぐに分かった。
想いを見失いかけている。
次々と背負ってしまった事情に、
だからこそ、試練を与えることでそれを呼び起こそうとしたのだが……
「余計な世話だったか。あれなら直に吹っ切れる」
絶望的な戦力差を理解しても仲間のために立ち向かう愚かさ。
あの少年は賢くあろうとしても、できないだろう。
良くも、悪くも。
挙句の果てに自らの未熟を思い知らされるのだから、世話がない。
「まだ青い……」
普段の彼を知る者がいたら、苦笑いを浮かべる彼に驚いただろう。
やはり、己は人を導くことは苦手なようだ。
「己の未熟を棚に上げて言う。いつか、冒険しろ。ベル・クラネル」
美の女神に見初められたお前にはその責任がある。
勝手な言い分だとは思うが、オッタルにとっては主の願いこそ全て。
なればこそ、少年の超克を望む。
そして、願わくばその果てに、主の神の願いが成就されることがあらんことを。
人知れず、女神の従順たる眷属はそう願った。
その後、勝手な行動をとったオッタルは、それはそれは美しい笑みを浮かべたフレイヤによって、持って帰ったひみつ道具の中身を食べるように命じられ、数日間食事にありつけなくなった。
フラフラになったオッタルに、普段から仲の悪い【フレイヤ・ファミリア】の眷属たちはここぞとばかりに一斉に襲い掛かったという。
最終的に、空腹と絶え間ない襲撃にキレたオッタルによって団員たちがフルボッコにされたと言う噂が都市に流れ、ベルは「怖いなー【フレイヤ・ファミリア】には近づかないでおこ」と他人事のような感想を持ったという。
オッタル強すぎぃ……
ベルと一緒にどう攻略すればいいのかひたすら悩んでました。
リリが魔剣を矢として使うのは劇場版から。
イメージはエミヤの壊れた幻想です。
想定していたものより長くなりそうなので、この戦いにおけるリリの心情は次回にさせてください。