ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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揺れる心

「暫くはダンジョンには行くな」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】のホームである【アイアム・ガネーシャ】に逃げ帰った僕たちが治療を受けていると、団長であるシャクティさんからそんな指示が下った。

 明らかに第一級冒険者並みの相手に襲撃を受けたわけだし、正しい判断だと思う。

 あれが闇派閥(イヴィルス)だったかは分からないけど、もう一度襲撃してくる可能性がある以上、ダンジョンにはしばらくはいけないだろう。

 

(早く強くなりたいのにままならないな)

 

 あの戦いでモヤモヤがちょっと晴れた気がした身としては、早く体を動かしたくて仕方ないのだが、勝手な行動をして【ガネーシャ・ファミリア】の人たちに迷惑をかけるわけにもいかない。

 暫くは自主練習で何とかするしかないか。

 経験値(エクセリア)って訓練でも稼げるのかな?

 

「聞けば聞くほど絶望的な状況だったようだな……よく生きて帰ってくれた」 

「自分もあっさりと叩きのめされちゃいましたからね……面目ないです」

 

 モダーカさんは頭にぐるぐると包帯を巻いたまま項垂れている。

 あの襲撃で僕が怪我をしていることを悔いているらしい。

 

「……上級冒険者一人で十分だという判断を下した私の落ち度でもある」

 

 申し訳なかったと二人で僕に頭を下げて来るのを慌てて止める。

 今回は本当に相手が悪かっただけだ。あんな強い相手がレベル1を襲うなんて想像できるわけがないし、それを止めろなんて無茶を言うつもりはない。

 

「いや、どんな理由があれ、守るべき存在を傷つけさせてしまったことに変わりはない。窮屈な思いをさせてしまうが、今しばらくの辛抱だ。協力してほしい」

 

 ダンジョンに行けないのは残念だけど、こんな真剣に僕のことを考えてくれているのを無碍にはできない。

 また体を休めることができると思えばいいか。

 

「リリもごめんね?変なことに巻き込んで」

「いえ、ベル様が庇ってくださったおかげでリリには大した怪我はなかったですし」

 

 それでも命の危険があったわけだし、恨み言の一つも覚悟していたんだけど、リリは気にした様子がない。

 というよりは他のことが気になっているみたいだ。

 時折何か考え込んでいるのが気になる。

 

「そういえばサポーター君。ファミリアには連絡を入れたのかい?」

「いえ……色々ごたごたしていて忘れてました」

「なら、俺が行ってくる。このまま何もしないのも申し訳ないからな」

 

 モダーカさんの言葉にリリは曖昧な反応をするだけだった。

 ……ファミリアには伝えてほしくないのかな。

 リリと【ソーマ・ファミリア】の関係はあまり良くはないみたいだし。

 

「……君にも色々あるんだろうけど、流石に伝えない訳には行かないからね」

「分かっています」

 

 神様もそんなリリの心情を考えてフォローしているが、効果は薄いみたいだ。

 どこか、諦観のようなものを浮かべている。

 

(……ダンジョンだけじゃなくて他の店もダメだよね)

 

 話し合う二人を横目に僕はあれこれ考えていた予定を変更する。

 シルさんに借りていた本はどうしようとか、春姫さんに会いに行けないとか。

 女の人に会うために外に出させてくれっていたら、絶対に怒られるよね。

 特に春姫さんは娼館だし。

 

(一度、春姫さんには会っておきたいんだけどな……)

 

 あのまま時間が経つと関係が自然消滅しそうだし、どんな形でも会っておきたかったんだけど。

 しょ、娼館に通うお金がどのくらいかかるか分からないからとにかく稼ごう!って思ってたんだけど。

 や、やましいことは考えてないから。春姫さんに会うだけだから。

 

(物語の中で僕が娼館通いしてるってドラえもんさんは言ってたけど、どうなんだろう)

 

 ヴァレンシュタインさんと出会ったときはそんな訳ないって思ってたけど、なんか自信がなくなってきた。

 春姫さんってとんでもなく美人だし、つい手を出しちゃった可能性も……っ。

 いやでものび太君が僕に内緒でストーリーを教えた後、ドラえもんさんは勘違いだったって謝ってきたし違うか。

 

 なんにせよ、娼館に通うのは難しいかもしれない。

 この状況で娼館行くんですとか言う勇気はないです。

 

(どうやって娼館に行くか、誰かに相談したいけど……)

 

 神様、リリ、イルタさん、シャクティさんは論外だ。

 そんなことを【ガネーシャ・ファミリア】のホームでした日には、僕の寝床が客室から牢屋に変わる。

 モダーカさんはそういうとこ行くのかな……真面目そうだし行かないかも。

 ガネーシャ様?あの独特なガネーシャ語を解読しきる自信がない。 

 

(ハシャーナさん……早く戻ってこないかな……)

 

 あの人なら聞ける気がする。

 なんか女の人にホイホイついて行ってそうだし。

 僕に会った日にいっていた依頼(クエスト)はまだ完了してないらしい、ファミリアの人たちも知らないかなり極秘の内容らしいけど……

 こう音沙汰がないと不安になる。

 僕が作った発光瓶(フラッシュ・ボトル)、役に立ったかな。

 

「あーあのさーベル君?」

 

 再開の約束をした恩人に想いを馳せていると、ツンツンと神様が指を僕の背中に当ててきた。

 物凄く言いにくそうな顔でこちらを上目遣いしている神様。

 猛烈に嫌な予感がしてきた。

 

「借金……増えちゃったみたい……」

「え゛っ」

 

 遠い目で爆弾発言を告げる神様。

 

「ちょっと聞いておきたいんだけどさ、魔導書(グリモア)って聞いたことは無いかい」

「な、なんですか?グリモア?」

「うん。これ、なんだけどさ」

 

 そうして出してきたのはシルさんから借りた白い本。

 あれ?これ、僕がやらかしちゃった……?

 

「簡単に言っちゃうと魔法を強制的に引き出すマジックアイテム」

 

 やらかしちゃってた……

 ダラダラと汗を流しながら、処刑宣告を待つ罪人のような気持ちで神様の言葉を待つ。

 

「分からないとは思うけど、これをつくるためには【魔導】と【神秘】って言う二つの発展アビリティが必要で……」

 

 分かっちゃいました神様。

 二つの発展アビリティが必要という事は、最低でもレベル3の人が作ったという事。

 眷属の平均レベルが高いオラリオでも、かなり希少な人たちによるマジックアイテム。

 という事はお値段も相応に……

 

「い、いくら位なんですか?」

上級鍛冶師(ハイスミス)の中でも、さらに一握りの巨匠の作品並、下手したらもっと」

 

 そして一度使えば二度と効果は発揮されない。

 その言葉が僕を石に変えた。

 

(教会の修繕費と……武器(ヘスティア・ナイフ)の購入費に加えて……ウン千万ヴァリスの借金……)

 

「……ウーン」

 

 バタリ、と完全に頭の中が絶望一色になった僕の頭は、速やかに動作不良を引き起こし、意識はそこで途切れたのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「本当に騒動が絶えませんね。ベル様の周りは」

 

 ノックダウンしたベルが部屋に運ばれたのを見て、呆れたようにため息をつく。

 何度も危機的状況に遭っているのだが、少年の周りはどうもシリアスになり切れない。

 

(それにしても、嫌な展開になりましたね)

 

 【ソーマ・ファミリア】に近況を知られるという事は、正直痛い。

 ザニスがこれまでリリを放置してきたのは、リリの行動が自分には何の影響も与えないと考えていたからだ。

 実際、無名の冒険者をリリが嵌めたところで、ザニスには何の関係もなかっただろう。精々、リリが後始末に失敗しないかどうか程度しか懸念するものはなかった。

 

 しかし、今の状況をザニスが知れば必ずあの男はリリから引きはがすだろう。

 何せ、件の冒険者は現在、【ガネーシャ・ファミリア】の保護下に置かれているのだから。

 その傍にいるなど、いつ【ソーマ・ファミリア】の暗部が彼らの目に留まるか分かったものではない。

 それが分かるからこそ、リリはザニスに今回の件が知られるのを嫌がった。

 事情を知らない【ガネーシャ・ファミリア】が、ファミリアに所属する眷属の保護を無断で行うわけにもいかないだろうから、仕方のないことだと分かっているのだが。

 

(きっと、【ガネーシャ・ファミリア】の保護が終わった後、リリはベル様たちから距離を置くように指示を受けるでしょう。もう、この人たちと会うのも残り僅か)

 

 元々少しの間だけの関係のつもりだったはずだ。

 騙して、裏切って、そしたら姿を消して二度と会うことは無い。

 過程こそ思い描いたものと違ったが、予定通りの結末を辿ろうとしているだけ。

 なのに、どうして心がざわつくのか。

 

 初めは八つ当たりのためだった。

 それが【ソーマ・ファミリア】の呪縛からの逃避のための居場所になり。

 気づけば仮面の内から笑みがこぼれ落ちていた。

 

(いつからだろう、彼の真っ白な笑みに苛立ちを感じなくなったのは。いつからだろう、彼の前で従順なサポーターを演じなくなったのは) 

 

 あの時、どうして魔剣を抜いたのか。リリには分からない。

 自分のことだというのに、あの瞬間、己の行動に最も驚愕していたのはリリだ。

 自分の最大の武器は誰にも頼らず、卑怯な手で裏切れることだったはず。

 あんな自殺行為、リリはするはずがないのに。

 ベルに刃が迫る瞬間、リリは本当に何も考えていなかったのだ。

 目まぐるしく動く状況に、蚊帳の外だった少女は置いてけぼりを食らっていたのだから。

 

 そして魔剣を放ったところで無意味だった。

 襲撃者は強大で、ダンジョン上層なら切り札足りえる炎の魔剣も、あの男には何の脅威にもなりえない。

 そんなの分かっていた。

 頭のいいリリなら分かっていたはずなのに。

 どうしてあんな無意味なことをしたのか。

 あの行動の結果、一体何をリリは手にした。

 ただ、襲撃者の眼中になかったはずのリリの存在を晒しただけで終わったではないか。

 

(リリは……)

 

 否。

 本当は分かっていた。

 気が付かないフリをし続けている。

 

(駄目、気が付いちゃいけない)

 

 思考を閉じる。

 繋がりそうになった真実に蓋をした。

 それに向き合える純粋さはとうに失っている。

 それを信じるだけの勇気は今のリリにはない。

 なにより、気が付けば向かい合わなければならないのだ。

 それはリリの抱いていい感情(もの)ではないと。

 

 本心(こたえ)に行きつく前に、疑問は放り投げろ。

 自覚などするな。

  

(ベル様は冒険者なんです。いつか、いつか……) 

 

 そうだ、知っているはずだ。

 何年この都市で生きてきた?

 奴らが餌に群がるハイエナの群れだと、あの日、あの人たちに見放された時から理解していたではないか。

 

 きっとベルは裏切る。

 冒険者である限り、荷物持ち(サポーター)との力関係は歴然。

 リリ、と自分を呼ぶ裏で弱者である自分を(あざけ)ているに違いない。

 なら、そうだと弁えて対応しろ。

 あんな奴ら、深く関わるだけ損なのだ。

 だから、()()()()()

 

 ダンジョンの地面を粉々に砕く大剣。

 飛び散った偽りの大地の破片が、少年の真っ白な髪を汚す。

 それでも彼は少女の小さな体を抱き込んでいて……

 密着した耳は、少年の鼓動をリリに伝える。

 バクバクと破裂しそうなほど高まるリズム。

 その体が、恐怖で竦んでいることもリリには分かっていた。

 それでも少年は決して少女を離さないように、固く、強く、その体を抱きしめて。

 

(違う、違う、違う!)

 

 必死に頭からその情景を追い払う。

 それは毒だ。リリルカ・アーデという灰被りの少女を溶かす、致命の毒。

 自分の心に気が付けば、リリは苦しむことになる。 

 だったら、気が付かなくていい。いいのだ。

 

「……」 

 

 ふと、少年の顔が見たくなった。

 きっと気の抜けた顔で借金に(うな)されているベルの顔が。

 物語の住民のようにコロコロと表情を変えるあの白兎が自分の中で、どんな存在になったのか分からなくなったからかもしれない。

 彼らの傍にいれば、自分も、大嫌いな自分を変えれると思ってるのだろうか。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

 呟いた声は弱弱しくて、リリの感情を逆撫でさせる。

 散々裏切られて、裏切って、それでも何かを期待しそうになっている自分。

 滑稽だ。こんな道化劇。

 

「サポーター君」

 

 自分の想いに気付かず、気付こうとせず。

 再び仮面を纏いなおそうとするリリにかけられる声。

 少年をベッドに寝かしつけた女神(ヘスティア)は、リリの内心を見透かすように声をかける。

 

「自分の心は騙せないよ」

「……なんの話でしょうか」

「未来の話。その誤魔化しはいつかきっと限界が来るってことを言ってるんだ」

 

 何を言っているのか。

 分からないし、分かりたくない。

 

「……今すぐその想いを受け止めろって言うのは難しいかもしれない。けど、いつか君は、あの子の本心を知ることになるだろう」

 

 これだから神様と話すのは嫌なのだ。

 いつも、何かを分かったかのように話して。

 だったら、どうして神様はリリたちに何もしてくれないのか。

 指先一つであらゆる不幸を消し去れる力があるくせに。

 

「失礼します」

 

 これ以上ヘスティアの前にいると、いよいよ後戻りできないくらいに自分を暴かれそうで。

 リリは無礼と知りながら、話を強引に断ち切ってその場を離れる。

 ヘスティアはリリの行動を止めようとはしなかった。

 ただ一言、投げかけただけだった。

 

「あの子はこの出会いをなかったことになんかしないよ」

 

 その一言がずっとリリの中で繰り返される。

 濡れる氷の心に走る小さな罅。

 決して大きいと言えないそれは、しかし、確かに現れ始めていた。




 いつも通り騒がしいベルと。
 そんな彼と一緒にいることで覚えてしまう心地よさに戸惑うリリ。
 そして、そんな彼女の決断を見守るヘスティア。
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