ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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秘密基地を作ろう!

 黄緑の触手に手を伸ばす。

 上級冒険者すら脅かす怪物の鞭は、そんなことを忘れさせるほどに怯えていた。

 モンスターが怯えているのは、目の前の人物が恐ろしいからではないだろう。

 手を伸ばす少年のレベルは1。

 怪物の脅威になどなり得ない、弱い存在だ。

 それを哀れなほどに恐れるモンスターの姿は、下界の常識から逸脱していて、世界が滲んでしまったような錯覚を与える。

 

 拒絶しないで。

 恐れないで。

 受け入れて。

 

 そんなことをモンスターが考えるはずないのに、そうモンスターが訴えているようだ。

 子犬の様に狭い檻の中で震える姿を見ると、虐待、なんて人類の天敵に相応しくない印象すら感じられる。

 

 少年は伸ばした手で、そっと怪物の触手を撫でた。

 割れ物を扱うかの如く、優しく、丁寧に。

 何度も、何度も繰り返し触れられる温もり。

 それは怪物の触手を強張りから徐々に解き放っていた。

 爪を立てないように、等とやり過ぎなくらいにモンスターを気遣った少年は、己に害するものではないと気付いたのか触手は恐る恐る動き、少年のほほに触れる。

 怪物の触手は血濡れた凶器だ。

 ほんの少し力を入れれば少年の首は容易く爆ぜるだろう。

 

 しかし、少年は少し驚いた後、少し苦笑してそれを受け入れた。

 モンスターの触手ははしゃぐように少年に絡み付く。

 その喜びで怪物は牙だらけの口を笑みの形に歪めた。

 

 その姿は本来、人間の生理的嫌悪感を呼び覚ますもののはずだが、それに自然と微笑み返す自分を何処か奇妙に思いながら、少年は己の頬に触れる触手を、左手でそっと包み込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「今、ヴィオラスが入れられているケージを、もっと広いものには出来ないんでしょうか?」

 

 ベルの言葉にヘスティアは唸る。

 ベルがあのヴィオラスに情を移し始めていることは何となく気が付いていた。

 少年はあのモンスターにもっといい環境を整えてあげたいのだろう。

 

 しかし、それは茨の道だ。

 モンスターと人類の確執は深い。もし、ベルがモンスターと友好的な関係を築いていると分かれば、下界の住民たちは一斉にベルのことを非難することは想像に難くない。

 そうならないためには秘密裏にヴィオラスを匿うことになるが、ヴィオラスはデカすぎる。隠ぺいなどどう考えても不可能なほどに。

 そんなこと【ヘスティア・ファミリア】ではどうにもできないから、【ガネーシャ・ファミリア】を頼ったのだ。

 彼らのやっていることに口を挟むべきではない。

 

 ……主神としてはそういうべきなのだろう。

 眷属(わが子)を思うならば、それ以外に対しては鬼になるべきだ。

 だが、ヘスティアは孤児たちの神。

 あのヴィオラス……感情を持ってしまった異端児(ゼノス)のことを知ってしまった以上、慈愛の女神たるヘスティアは知らぬ存ぜぬを決め込むのは無理な話だった。

 

(ヴィオラスの今の境遇は酷だ。ベル君には言ってないけど、あのヴィオラスには心がある。話はしないけど、暴れることのない温厚な性格なのは今までの様子から見ても間違いない)

 

 ならば、通常のモンスターとは違って相互理解の可能性があるのだ。

 一方的にサイズの合ってない、小さな檻に閉じ込めている現状は決して好ましくない。

 

(ただ、【ガネーシャ・ファミリア】にそれを頼むのは……)

 

 だが、そんな対応になるだけの理由がある。

 まずはモンスターとしての能力値(ポテンシャル)

 ダンジョン攻略の最先端たる【ロキ・ファミリア】の幹部が数人がかりで鎮圧したその力は、警戒されてしかるべきものだ。

 だから、今のヴィオラスは劣悪な環境下で徐々に弱らせている。

 

 二つ目は感情の問題だ。

 ヴィオラスはもとはと言えば闇派閥(イヴィルス)の手札だったものだ。

 何故かひみつ道具でベルに懐いたとは言え、悪の手先であったことは変わらない。

 そうなる前に何人殺していたか分かったものではない。

 

 そして、これはヘスティアが勝手に感じているだけのものだが、未知に対する拒絶も理由なのではないか。

 このヴィオラスは明らかに他のモンスターと違う。ガネーシャが真実を知らしている眷属は、団長のシャクティのみであるが、それでもヴィオラスに関わった団員は大なり小なり違和感を覚えるはずだ。

 神は未知を愛するが、眷属(こども)は時に異常なまでに未知を嫌悪する。

 今回も、理解できないモンスターへの反発が、ヴィオラスへの対応を過激にしているのではないかとヘスティアは考えた。

 

(統率のとれたガネーシャの眷属すらこうなんだ、やっぱりモンスターとの確執は根深い)

 

 ガネーシャならばベルの頼みを聞いてくれるだろう。

 しかし、ガネーシャの冒険者は別。

 主神権限で強引に通そうとも、カリスマ性が溢れるガネーシャであっても、必ず不満が残る。

 他派閥のベルがそんなことを言った日にはどんな反発があるか、想像もしたくない。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】にお願いするのは大変そうだし……ひみつ道具に頼るくらいしか思いつかないかな……」

 

 結局、答えになってない答えしか返せなかった。

 馬鹿げた返答をした自分に嫌気がさすヘスティアだったが。

 

「あ、それもそうですね」

 

 ベルはまるで天啓を得たようにその提案に乗った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ガラガラと崩れ落ちた石造りの建物。

 所々散乱するガラス片を踏まないように進むリリは、隣のベルに話しかけた。

 

「ベル様、この辺りですか?」

「うん。この辺りに壊れた女神様の像が……あった」

 

 顔半分を失っている石像を見つけたベルは、一度だけ来た記憶を頼りに祭壇があったと思しき場所を割り出す。

 瓦礫だらけになったこの場所で、ちゃんと見つけられるか不安だったが、奇跡的に原形を保っていた。

 

「……神様たちが降臨された神時代(げんだい)に、こんな場所があったんですね」

「大分古い教会みたいだったよ。……僕が止め刺しちゃったんだけど」

「正確にはボクが、だね。ベッドが巨大化してホームを突き抜けるとか、ひみつ道具ってやっぱり理不尽だよ」

 

 今、彼らが来ているのは元【ヘスティア・ファミリア】のホームだった教会だ。

 ビッグライト事件で人が住めるような状況ではなくなったが、一応ヘスティアの所有物だ。

 こんなもの持っていても仕方ないが。

 

「えっと、この本棚の裏ですよね?」 

「うん。地下室はもう、見るに無残って感じだけど」

 

 元は階段だったと思われる空間の先には、不自然に空いた大きな穴。

 ヘスティアが用意していた生活空間は今や立派な廃墟だ。

 

「ええっと……【みちび機】によると、ここで二番目のスロット……じゃなくて、えっと、もう一つのひみつ道具を使うんだそうです」

 

 手に持った小さな紙を確認しながら、ベルは持ってきていたひみつ道具を取り出した。

 スキルのことを知らないリリを誤魔化すための言い回しに苦戦しながら、ベルは用意していた二つのひみつ道具を取り出す。

 一つは鳥居のような形をしたみちび機、もう一つは四角い箱に線がつながったポンプのようなものがくっついている道具、【ポップ地下室】である。

 

「使うってどうやってだ?」

「ちょっと待ってください……『ポップ地下室はどうやって使うの?』」

 

 みちび機のスイッチを押して、ベルが質問をすると鳥居の額塚(がくづか)から出現した紙に書かれた指示を確認する。

 これこそ、みちび機の能力。

 その名の通り、使用者に助言し、導きを与えるひみつ道具らしい。

 

「ふんふん……分かりました。ちょっと離れていてください」

 

 そう言うと、ベルはベッドで滅茶苦茶になったかつての地下室に降り立った。

 レベル1とは言え、そこは恩恵(ファルナ)で力を高めた冒険者。

 結構な高所から飛び降りたが、着地の瞬間に足がジーンとなっているだけだった。

 

 ベルはポップ地下室を地面に埋めると、埋めたひみつ道具から距離を取り、一気にポンプを押し込む。

 するとポップ地下室は爆発し、その地点に小さな穴が残された。

 爆発によってできたとは思えない、綺麗な四角形型だったが。

 

「か、階段?」

 

 おまけに鉄でできているらしい階段が付いてくる始末。

 やはりひみつ道具とは摩訶不思議だ。

 

「さ、驚くのはいいけど降りようか」

 

 ヘスティアの言葉に従い、一行は梯子を滑って地下に向かう。

 そこには妙に金属質(メタリック)な部屋が大きく広がっていた。

 

「本当に地下室が出来ている……」

 

 ポップ地下室と言う名前からある程度の推測はしていたが、実際に見ると度肝を抜かれる。

 家どころか、何かの倉庫にもなりそうなほどに大きな部屋が、あんな小規模な爆発で生まれるとは。

 これなら今回の目的、ヴィオラスを匿える空間の確保もできるだろう。

 ふと、その時リリはあることに気付く。

 

「これ、下水道とか大丈夫なんでしょうか」

「……ちょっと調べて来よう」

 

 想定していたより大きな地下室だ。

 或いは地下水路にも影響があるかもしれない。

 リリの言葉に神妙な表情になったモダーカが、階段を上がって地下水路に確認するようにベルたちに指示を出したところ、地下水路は何の問題もなく存在していた。

 

(なにこれこわい)

 

 ひょっとして異空間的なものなのだろうか。

 だとすればどこまでも部屋を大きくできたりして。

 そこまで考えて、慌てて首を振る。

 余計なことは考えないでおこう。今必要な分の地下室は確保できたわけだし、早く次の段階に移らないと。

 そちらの方が時間を食うのだから。

 

「地下室は完成したし、次は家具だ。ガネーシャのホームを出たら、ヴィオラスだけじゃなくて、ボクたちもここに住むことになるかもしれないし、ちゃんと作っておこう」

「これを使うんですよね?」

 

 そう言って、リリが取り出したのは一冊の大きな紙だ。

 ひみつ道具【かみの工作 きりぬく本】。

 これも名前でその使い道が分かる、使いやすい部類のひみつ道具だ。

 その効果はとんでもないが。

 

「こんなもので家具が作れるのか?」

「はい。これを(はさみ)で切って、紙工作すればちゃんと実物と同じように使えるんです」

 

 実際にカンテラを作ってみたところ、問題なく使用できた。

 今もこの暗めの空間で、力強く輝いてる紙工作を見るに、他の家具もこれで揃えられるだろう。

 

「ボクとサポーター君は小さめの家具を作ってみるから、ベル君とモダーカ君はでっかい家具を作ってみて」

「「「はい」」」

 

 人数分の鋏を配り終えると早速作業に取り掛かる。

 リリとヘスティアはまず、明かりになりそうな小道具を次々と切り抜いていく。

 これからここを使っていくには照明は必須であるし、ベルがよく使う「~ライト」というひみつ道具の名前のおかげで、それが光を発するものだとは容易に想像ができたので、まずは使い方が分かる物から作っていくことにしたのだ。

 

「結構作りましたけど、まだ部屋全体を明るくするのは難しそうですね」

「全部照らそうとしなくてもいいさ。それをやってたらすぐに返却期限である明日が来る」

 

 一方、ベルとモダーカは冒険者としての身体能力を作り、女性陣以上のペースで大型の家具を作っていく。

 しかし、ここで問題が起きる。

 

「この洗濯機って、洗濯のためのアイテムなのか?」

「多分……機って言うのはこれまでのひみつ道具の名前からして、何かをするためのアイテムって意味ですし」

 

 異世界発祥のアイテムなだけあって、どのように使うのか分からない家具が非常に多いのだ。

 タンスやベッドならまだいい。異国情緒はあるが、問題なく使える。

 しかし、中にはどんな使い方をするのかまるで分らないものもある。

 エアコンとか、一体どんな能力があるのだろうか。

 

「ちょっと待っていてください。『エアコンはどう使うの?』……えっと、このりもこんって言うもので操作して、部屋の温度を調整するみたいです」

「このバカ広い部屋で使えんのか?」

「難しいみたいです」

 

 こんな時に活躍するのがみちび機だ。

 普段なら手探りで探していく使い方を、簡単に教えてくれる。

 

(普段からこれが使えればなぁ)

 

 便利なひみつ道具が出る度に思ってしまう。

 これがあればひみつ道具を見当違いな使い方することもない。

 色んな事に対する近道だってできるはずだ。

 

(あ、そうだ。春姫さんのこと、聞いてみようかな)

「『春姫さんをあの状況から救いたいんだけど、どうすればいい?』」

 

 ベルの質問に対するみちび機の回答は『【イシュタル・ファミリア】から奪う』。

 想像していたより過激な回答に面食らうベル。

 

(何かこのひみつ道具抗争しろって言ってるんだけど!?)

 

 春姫はただの娼婦ではないのか?

 【イシュタル・ファミリア】はそれだけ退団に厳しいのだろうか。

 抗争しても勝ち目などないのだから、そんな選択肢は避けたいのだが。

 

「も、もうちょっと質問を」

「お~いベル君‼お昼休憩にしようぜ‼」

「あ、はい!」

 

 ヘスティアに呼ばれたベルは、一旦思考を切り上げる。

 既に作業を止めて休憩を始めているヘスティアたちの所に慌てて合流した。

 

「さあ、ベル君。食べたいものを切り取るんだ」

「え?ひょっとして食べ物もあるんですか、紙工作」

 

 ヘスティアに渡された本の中からいくつかの食べ物を発見し、ちょっと顔が引き攣る。

 お腹壊さないのだろうか。

 

「いや、触感は独特だが普通に旨い」

 

 バリボリバリッ!とシルのお弁当のような音を出しながら、紙工作のハンバーガーを頬張るその姿からは想像できないが、真っ先に食べたモダーカによると美味しいらしい。

 すごい躊躇のなさだ。耐異常のアビリティを持っているのだろうか。

 

「い、いただきます……」

 

 ベルも自分が作った骨付き肉の紙工作に噛みつく。

 触感は間違いなく紙だが、味は豪勢な肉料理だ。肉汁すら感じられる。

 

「ベル君ベル君!じゃーん、ケーキワンホール~!」

 

 ヘスティアも普段は食事にお金をかけられない分、豪華なメニューにしている。

 カルパッチョとか、ドリアとか、とにかくたくさん作っていて、食べきれるか心配だ。

 

「ひっ、誰ですか!団子なんて作ってるのは!?」

「俺だがどうかしたのか?」

「トラウマなんですよ……」 

 

 リリはモダーカさんの作った肉団子に怯えている。

 ……これって十中八九あの事件のせいだよね。お尻印の。

 ごめん、と心の中で謝った。

 

「しかし、この広さならヴィオラスを収容できるだろうが、ここまで連れてくるのは骨が折れるな……」

「あの、モダーカさんたちはどうやってここまでヴィオラスを連れてくる気なんですか?」

「昔、暗黒期だった頃にガネーシャ様の神輿を担いで都市中を回ったことがあってな。あれを今回もやるんだと」

 

 遠い目になったモダーカに、何とも言えない表情になるベル。

 再び闇派閥(イヴィルス)が暴れ始めている今、ガネーシャがそう言った行動に出るのはおかしくない、というのがオラリオの住民たちの認識だ。

 そのいくつかある神輿の中の一つに、ヴィオラスを入れて運ぶつもりらしい。

 

「あの……ヴィオラスってかなりデカいんですけど……」

「神輿はもっとデカくなるってことだろ、笑えよ」

(ご迷惑をおかけしてすいません)

 

 後日、完成した地下室の中にヴィオラスを移すためにくっっっっっっそ重い神輿を担ぐ【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちの姿があった。

 彼らは途中から吹っ切れたのかイイ笑顔だったが、ヴィオラスは恐縮しきりだったという。

 そんな極彩色のモンスターの姿に、ちょっと【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちのヴィオラスへの警戒が緩んだのだとか。




 ポップ地下室は亡女相心様のリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 ドラえもんはこういう工作系の話も多かったですよね。
 子供心にワクワクしながら見ていたのを覚えてます。

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