ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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仮面の襲撃者

 始まりは一つの奇妙な依頼だった。

 30階層に行き、得体のしれない物体を回収する。

 それも、極秘依頼であるがゆえにたった一人で。

 30階層とはギルドの定める基準では下層と呼ばれる領域だ。

 世界を見渡しても眷属たちの質が高いオラリオであっても、単独で下層を突破できるものはそうはいない。

 

 依頼人不明で難易度は最高クラスが予想されるこんな依頼が成立したのは、依頼報酬が抜群に良かったからだろう。

 

 とにもかくにもこの依頼を受け取った冒険者……ハシャーナ・ドルリアは、万全の準備を整えてダンジョンに向かった。

 オラリオでも有数の【ガネーシャ・ファミリア】の二つ名持ちなだけあって、途中、何度か危機的状況(アクシデント)が起きても冷静に対処したその男は無事に依頼された物体の回収を達成する。

 後は報酬が指定の場所に振り込まれていることを確認し、冒険の成功を祝って歓楽街にでも繰り出そうかと18階層の酒場で考えていた時、それは起きた。

 

 最初は喧嘩か何かだと思った。

 ダンジョンの中に好き勝手出来る街をつくる、などという酔狂な奴らが集まるこの街ではトラブルが絶えることは無い。

 冒険者と住民のいざこざはならず者たちの街(ローグタウン)の風物詩とすら言える。

 大方ダンジョンで得たドロップアイテムをボッタクリ価格で買い取る商人と、それに反発する冒険者の喧嘩だろうと、酒に酔った男は野次馬でもしてやろうと酒場のテントから顔をのぞかせた。

 

 そこでまず目撃したのは、非現実的な白装束に身を包んだ集団が冒険者たちに襲い掛かっているところだった。

 

闇派閥(イヴィルス)か!)

 

 一瞬で酩酊していた頭を醒まし、抜刀する。

 こちらに気が付いた闇派閥(イヴィルス)が奇声と共に襲い掛かるが、一太刀で叩きのめした。

 ダンジョンの深層にすら向かったことのある、屈強な冒険者が邪神の誘惑に負ける脆弱な輩に負ける道理はない。

 普通に戦えば、時間はかかるがハシャーナだけでも目の前の集団は鎮圧できるだろう。

 しかし、闇派閥(イヴィルス)が普通の連中ではないことを冒険者たちは良く知っている。

 

「気を付けろ!こいつら自爆装置を持っているぞ!」

 

 速やかに数人の闇派閥(イヴィルス)を眠らせたハシャーナは、襲撃者の持ち物を確認し、大声で周囲の冒険者たちにその事実を伝える。

 闇派閥(イヴィルス)の自爆攻撃は経験のあるオラリオの冒険者ならば誰もが知っている。

 なにせ死の七日間の最初の一日目はそれから始まったのだから。

 あの戦いで多くの先達と戦友を失った【ガネーシャ・ファミリア】だからこそ、同じ失敗を繰り返すわけにはいかないとハシャーナは動いた。

 

(自爆をホイホイやる狂人共をまた量産しやがったな。ふざけんな、死ぬなら一人で死ね!)

 

 自爆が効果的なのは圧倒的格上を相手に、意表をつくことができるからだ。

 既に手の内が割れている状態では意味は薄い。

 

(首謀者はその程度も分からない無能か……或いは他に狙いがあるのか)

 

 冒険者を殺すことが目的ならばただ手駒を減らす悪手だが、自爆兵の使い道は殺戮だけではない。

 爆発と狂人という二つに隠れて裏で小細工を仕掛けるか。

 或いはこの騒ぎの中で何かをあぶり出そうとしているのか。

 どちらにせよ、短絡的な行動は死を招くことを冒険者としての経験が告げる。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】だ!この場は俺の指示に従って動いてくれ!」

 

 こんな時に群衆の主(ガネーシャ)の看板は便利だ。

 凡百のファミリアならばともかく、圧倒的な信頼を民衆から獲得する主神の眷属は、それだけで人々を纏めることができる。

 現在は極秘任務中故にガネーシャの仮面を模したエンブレム入りの装備ではないので、冒険者たちが納得してくれるかは賭けだったが、反発はない。

 誰もがこの場を仕切る存在を欲している。

 

(……その俺がこの襲撃の引き金になっている可能性はあるがな)

 

 奇妙な依頼と闇派閥(イヴィルス)の襲撃がつながっている証拠はないが、全く無関係ということもないだろう。内心苦々しいものを感じながら、彼はその感情を表に出さずに冒険者たちの統率に努める。

 

「……やべぇ‼この前地上を襲った新種どもだ‼」

 

 しかし、闇派閥(イヴィルス)が手を緩めることは無い。

 安全地帯(セーフティポイント)に現れるモンスターたち。

 闇派閥(イヴィルス)調教(テイム)されているであろう極彩色のモンスターは武器で戦う冒険者たちの天敵だ。

 

「厄介な……リヴィラにいる魔導士たちをかき集めろ‼魔法が使えない奴は矢で牽制するか、盾で進行を防げ‼」

 

 そう言うとハシャーナはダンジョンアタックのために用意していた魔剣を取り出す。

 本職の魔導士の奇跡の劣化版とは言え、都市の中でも一二を争う上級鍛冶師(ハイスミス)に造らせたこれも強力な遠距離攻撃手段だ。

 

(魔剣だけじゃなく、不壊属性(デュランダル)も造らせるべきだったな‼)

 

 貯蓄的に無理な話なのだが、彼は内心でそう悪態をついた。

 魔導士が集まるまでの間こちらからは一切攻撃できないのがつらい。

 闇派閥(イヴィルス)の自爆兵の爆発で、極彩色のモンスターも誘爆しかねないのが戦い難さに拍車をかける。

 

(見た目の派手さに誤魔化されそうになるが、モンスターと自爆をうまく組み合わせた戦術と言い、死兵共を高揚させる手腕と言い、木っ端指揮官にはできない仕事だ。暗黒期を生き延びた幹部が関わっているのか?)

 

 あの最悪の時代を切り抜けた闇の眷属が背後にいるのならば自分だけでは荷が重い。

 それこそアパテーやアレクトのような過激派ならば団長(シャクティ)……第一級冒険者が対処しなければならない事態になる。

 

(しかし妙だな……もし狙いが俺ならばこれほどの戦力を動かすか?)

 

 自分の予想が外れているのか。

 或いはそれだけ自分がバッグパックに隠すコレが不味いものなのか。

 それか……これほどの戦力を動かさなければならない相手が近くにいたのか。

 

(ロキ派やフレイヤ派が近くにいるのかもしれん。なら、そいつらと合流して……)

「おい!お前は誰だ!」

 

 今後の方針を思案していると、近くの冒険者が声を上げた。

 彼らの前に現れたのは怪物の(むくろ)を模した仮面を着けた男。

 冒険者の中にはああいった悪趣味は装束を纏うものもいるが、この混戦の中悠々と歩いてくる男に違和感を覚えた冒険者たちは男に警戒を向ける。

 

「見ない顔だな……所属は何処だ!?」

 

 間合いを見極めながら慎重に言葉を重ねる。

 闇派閥(イヴィルス)の多くは白装束に身を包んでいるとはいえ、冒険者に紛れ込んでいる者もいるだろう。

 必殺の間合いに入れないように剣を向ける。

 

「止まれ!それ以上動くな!」

 

 半ば怒号じみた声で告げるが、男は気に留めた様子もなく進んでくる。

 仮面から覗いた口元には爬虫類じみた嫌な笑みが浮かべられていた。

 

「これ以上近づけば敵とみなす!」

 

 戦いにおいて間合いは重要な要素だ。

 戦闘開始時のお互いの立つ位置で勝負が決まることもある。

 故に冒険者たちはお互いの間合いに敏感だ。

 既に相手の間合いに入っている……敵が格上であることにも気づいていた。

 目の前の男が敵であることはほとんど悟っていたが、実力者の中にはこうしたセオリーを軽視する者もいる。そんな万が一の可能性を考えていたのだが。

 

(越えやがった……っ)

 

 相手が自分たちの間合いに入った。

 明らかな敵対的行為についに冒険者たちが動く。

 最もステイタスが高いであろう己を中心に、仮面の男に攻撃を仕掛ける。

 深層のモンスターすら蹂躙する一撃が仮面の男に襲い掛かるが。

 

「なっ!?」

 

 そこで冒険者たちは信じがたい光景を目の当たりにする。

 刃が素手で止められていたのだ。

 

(固い!?)

 

 冒険者は耐久のアビリティを上げることで防御力を上げることは可能だ。

 しかし、第一級……それこそオラリオ最硬のガレス・ランドロックですらこんな防ぎ方はできないはず。

 特殊なスキルを持っているにしても、明らかに異様。

 

「ちぃっ……退くぞ!」

 

 この男は自分たちでは手に負えない。

 そう判断した冒険者たちは撤退を試みるが、仮面の男はそれより早く動いた。 

 冒険者たちの足が動き始める瞬間には、その拳を彼らに叩き込んでいたのである。

 

「がっ」

「ぐあ!?」

 

 警戒していても、その上から振るわれる理不尽な力。

 明らかに第一級の力を見せつける仮面の男は、見つけた獲物を甚振るように拳を振るう。

 返り血に染まった仮面の奥に宿る瞳には、蝶の羽をもぎ取る子供のような残酷な光があった。

 

「くっ、……はははははは‼」

 

 哄笑に喜悦を滲ませる男は、最もレベルが高い冒険者であるハシャーナを集中的に狙いだした。

 冒険者側の意思を砕くためか、より凄惨に血祭りにあげようと執拗に攻撃を加える。

 それを何とか捌きながら、ハシャーナは状況を確認した。

 

(他の冒険者たちはこいつによるダメージで動けない。動けたとしてもこの野郎にやられる。俺もいつまでも持たないっ……どう逃げる!?)

 

 チラリ、と腕に装備していたアイテムを確認する。

 正直、御守り代わりに貰ったものだが、その威力は自分の身で実感済み。

 目の前の男が目を使っている以上、効果はあるはず。

 

(他の冒険者共は倒れ伏しているから直視する心配はない。音に関しては我慢してもらうしかないが。賭けてみるか……っ)

 

 このアイテムは逃走のための隙を作るアイテム。

 その威力は人間ならば暫くは碌に動けないほどだが、目の前の人外にどこまで通用するか。

 全く効かないということは無いと信じよう。

 

(頼むぞ……坊主‼)

 

 このアイテムを作った少年を思い出しながら、ハシャーナは敢えて襲撃者の攻撃を受けた。

 グラリとバランスを崩す体。それを見た男は勝利を確信し、唇を吊り上げる。

 その意識の隙間こそハシャーナが欲したものとも知らずに。

 

 暗い喜悦に攻撃が大振りになった瞬間、ハシャーナは手首に賭けられた紐を勢いよく引っ張った。

 ベルから授けられた発光瓶(フラッシュボトル)は、その効果を存分に発揮する。

 目を焼かんばかりの閃光とともに鳴り響く轟音。世界が崩壊したかの様な錯覚を引き起こすそれを真正面から食らってしまえば、どんな実力者であろうと無事ではいられない。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 熱すら伴う光を直視してしまった仮面の男は、両目を抑えながら悶絶する。

 その無防備な姿に、ハシャーナは絶好の攻撃の機会ではないかと思う心をなんとか戒めた。

 攻撃するという事は居場所を知らせるという事。自分が食らった時のように長時間効果が持続するかもわからない以上、それは愚策だ。

 仕留められなければ、既に手札を見せてしまったハシャーナはいよいよ逃げ場がなくなる。

 敵と自分たちの力の差は明白。欲目を出して自分の首を絞めるわけにはいかない。

 ハシャーナは倒れている冒険者たちを何とか抱えると、そのまま撤退を開始する。

 仮面の男が視力を取り戻した時、冒険者たちの姿は何処にもなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 なんとか窮地を脱したハシャーナであったが、彼は今再び窮地に陥っていた。

 モンスターや闇派閥(イヴィルス)の数が多いのだ。

 自身のファミリアが主催する祭りでも奴らは猛威を振るったという。

 怪物祭(モンスターフィリア)で散々奮発しておいて、一体どこからこんなに戦力を補充できるのだ。

 極彩色のモンスターはともかく、自爆兵などという異常な思考の存在がこうも無尽蔵に産み出されていることが疑問だった。どんな甘言を(ろう)せば人はここまでの狂気を持たせられるのか。

 

(俺一人ならばともかく、こいつらを抱えたままだときついか……)

 

 ハシャーナはレベル4の実力者だ。

 レベルが低い闇派閥(イヴィルス)と動きが鈍い芋虫(ヴィルガ)がいくら来ようと、逃げに徹すれば生き延びられる。

 ……満足に動けない冒険者たちを見捨てられればの話だが。

 

(あの骸骨野郎好き勝手に殴りやがって。おかげで普通の回復薬(ポーション)じゃ効きもしない)

 

 生憎高等回復薬(ハイポーション)は下層探索時に使い切ってしまっている。

 他の連中もこの状況で出さないという事は、持っていないのだろう。

 

発光瓶(フラッシュボトル)闇派閥(イヴィルス)はともかく、芋虫野郎には絶対に通じねぇ)

 

 どう考えても目が無い芋虫の姿。

 音の方では効果はあるかもしれないが、元々足の遅い奴らでは微々たる違いだろう。

 モンスターの恐ろしさはその数にあるのだから。

 地底の楽園とは思えない、極彩色のモンスターがあちこちに蔓延る光景に目を回しそうになりながら、ハシャーナは生き延びるために頭を回し続けた。

 

(一番まずいのはあの仮面野郎に再発見されることだ。次は逃がさんだろう。そうなると、いつまでもこの階層に留まりたくはないが……この数だ。逃がしてはくれないだろう。こっちも対抗して18階層にいる冒険者たちと合流を……)

 

 その時、ハシャーナは背後から魔力の高まりを感じた。

 ファミリアの遠征で経験したことがある、深層の怪物たちを彷彿とさせるような、爆発的な魔素の奔流を。

 

「【レア・ラーヴァテイン】‼」

 

 乱立する無数の火柱がモンスターたちを飲み込み、闇派閥(イヴィルス)を吹き飛ばす。

 その特大の魔法は同階層にいた者たちの驚倒を誘い、視線をある一点に釘付けにする。

 種族はバラバラの集団。しかし圧倒的な位階(レベル)を持つことを共通する彼らを知らぬものは下界にはいない。

 

「【ロキ・ファミリア】……」

「【剛拳闘士】、状況を聞かせてくれないか」

 

 何故ここに彼らがいるかは分からない。

 なにもかも見透かしたような不敵な笑みを浮かべるフィンは、普段ならば冒険者たちの反発を生んだだろう。

 しかし、この状況下でここまで頼もしい存在はいない。

 暗黒期を乗り越えた英雄たちの登場に、どうやら希望の光が見えてきたようだとハシャーナは息をついた。




 レヴィスが地下水路に向かったので、緑の宝玉回収の任務はオリヴァスがすることになったので、こうなりました。
 色仕掛けじゃないからハシャーナさんは装備を外すことなく、発光瓶(フラッシュボトル)を使うことができたのです。

 また、ハシャーナがルルネに緑の宝玉を渡す前にオリヴァスは襲撃したので、ハシャーナの警戒が緩むこともありませんでした。
 面倒くさがりのレヴィスと違い、働き者のオリヴァスだったからこそ起きた変化でした。

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