危機一髪の状況だったが、冒険者たちは【ロキ・ファミリア】と合流出来て一件落着……とは流石に問屋は卸さなかった。
【ロキ・ファミリア】の活躍でリヴィラの戦力が壊滅することは免れたが、
如何に一騎当千の【ロキ・ファミリア】の幹部たちといえども、森で視界の悪い地形を強引に突破するのはリスクが大きい。
相手の出方を伺うことに徹する両軍。だが、先に音を上げることになるのは冒険者だという事は誰に目にも明らかだった。
ダンジョンの中に造られた街なだけあって、物資も施設も確保できるこの場所が冒険者の砦となるのは当然のことだろう。しかし、リヴィラは決して難攻不落の要塞ではない。
山脈ともいうべき断崖に築かれているこの街は、地形から言えば攻撃しにくい立地なのだろう。
元はダンジョン内に中継地点となる施設を作るという目的で開発されたのがリヴィラだ。18階層において、この場所以上に防衛がしやすい場所はない。
そんな最高の立地と言ってもいいこの土地を利用したギルドの計画は失敗に終わった。
それは何故かと問われれば簡単なことだ。それぞれのモンスターが強靭な力を有した無限の戦力を持つダンジョンにとって、地の利など些細な問題だという事だ。
頓挫した計画を酔狂な冒険者たちが勝手に引き継いだのがこのリヴィラの街だが、この街は3033回も崩壊している。
それを一番知っているのはこの街で生活する冒険者たちである。
何度も壊滅しているリヴィラがしぶとく残り続けているのは、その街を築く冒険者たちが不味くなったら逃げるを繰り返したからだ。住民が生きてさえいれば、リヴィラは何度でも蘇る。
しかし、
お得意の逃げるが勝ち戦法を封じられているのだ。
こうなれば冒険者たちは一致団結して
だが、リヴィラの街の冒険者はそれぞれ別のファミリアの眷属だ。おまけにその殆どが荒くれ者。足並みそろえて仲良く行軍、なんてことができる人種ではないのだ。
このまま籠城のストレスが溜まれば、内部崩壊する可能性すらある。
「だから援軍を頼めってことか?」
「ああ、この膠着状態を確実に打破できる手としてはもっとも堅実だ」
急遽造られた指令室代わりの酒場に呼び出されたハシャーナは、フィンの要請を聞き、渋い顔をする。
確かに【ガネーシャ・ファミリア】の援軍が来れば確実に戦況は好転するだろう。
「だが、俺たちだけでも勝算は低くないはずだ。態々団長たちを引っ張り出す必要はなくないか?」
「ああ。向こうがこのままの戦力ならば……という但し書きが必要だけどね」
「隠し玉があるってことか」
ハシャーナからすれば、極彩色のモンスターだけで十分すぎる戦力に見えるのだが。
【ロキ・ファミリア】にとってみればあの大群はそこまでの脅威には映らないらしい。
「あの新種たちは初見ならともかく、何度かやり合った相手だ。もう攻略法は見えているよ。数が多いのは厄介だけど、ここには守るべき民衆もいない」
(そういやあの新種どもは一度地上で暴れてるんだったか)
オラリオの民衆が危機にさらされている時に、己がダンジョンに潜っていたせいで防衛戦に参加できなかったのは口惜しい限りだったが、それはいい。
オラリオにいた冒険者たちが犠牲一つ出すことなく街を守り抜いたのだから。
たったそれだけの経験で極彩色のモンスターを丸裸にしたというのだから、ダンジョン攻略の最先端を突っ走る最強のファミリアは恐ろしい。
「あれだけなら僕たちは確実に勝利する。……ただ、僕が気になっているのはあの数だ。先日話してくれた緑の宝玉を奪うためだけにあの戦力を回しているとはとても思えない」
「じゃあ、俺の勘違いだってのか?」
「いや、最初の襲撃が君を狙ってと言うのは間違いないだろう。明らかに君を包囲する形でモンスターが展開していたからね。ただ、あの戦力が初めから君を目的としたのではなく、別の目的で編成したものを急遽君の襲撃に使ったように僕には思えた」
確かにハシャーナ一人を襲うためだとしたら過剰戦力だとは、ハシャーナ自身も戦闘中に思っていた。
どれだけ緑の宝玉が重要でも、一人に向ける戦力ではない。
「じゃあ、あいつらは何なんだ?」
「恐らく、狙いは僕たちだろうね」
ハシャーナの疑問にフィンはあっさりと答えた。
「元々、僕たちが18階層に来たのは
「おいおい……
「僕が裏を掻かれたというより……あいつらの足の引っ張り合いに巻き込まれた、の方が正しいかな」
【ロキ・ファミリア】を罠に嵌めることが
どうもこの
「僕たちを標的にしているなら、もっと別の本命があると考えられるだろう。……親指も疼くしね」
有名な話だが、勇者の勘は時に神すら凌駕する。
勇者は直感したのだろう。
【ガネーシャ・ファミリア】に協力を要請するほどの危機があると。
「僕たちは天井の白水晶が再び発光し始めると同時に、敵本陣と思われる陣地に攻撃を仕掛ける。それを陽動として君たち別動隊がティオネの18階層を突破を援護してくれ」
「【
「18階層の入り口は確実に
いざとなれば君が持っているアイテムを使うこともできるだろう?とフィンはハシャーナの手首に巻かれた新しい
本当にこいつには助けられることになりそうだと、ハシャーナは小さく笑った。
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18階層を突破したティオネによって、数日間音信不通となっていたハシャーナからの一報はすぐさま団長であるシャクティの下に届けられた。
「姉者‼すぐにでもハシャーナを救援に行くべきだ‼」
イルタは声を荒げてそう訴えるが、シャクティの反応は芳しくない。
「ハシャーナが危機的状況なのは事実だろう。応援もすぐに出すべきだ。だが、勇者の言う通りに私が直接その場に向かうのは早計だ」
本心を言えばシャクティとてハシャーナの救援に向かいたい。
同じ
しかしシャクティは団長であり、【ガネーシャ・ファミリア】の最大戦力であるレベル5。
迂闊に行動することは許されない立場だ。
「フィンの言う
ダンジョン18階層は単純に深い。
行軍中に地上の状況が届くまでにはタイムラグがあり、それを察知してから反転しようにも時間がかかり過ぎる。
平時ならばともかく、
「姉者の言うことは最もだ‼だが、18階層へはどの道救援が必要なはずだ!その時、生半可な戦力では死人を出すだけになる‼」
イルタもシャクティの苦悩は分かっている。
だが、フィンの直感を知るがゆえに、勇者の
シャクティをダンジョンに送るか、それとも地上に残すか。
他の団員たちも意見を出し始め、混沌としだす執務室。
そこに、男神は現れた。
「俺がガネーシャだ‼」
「ガネーシャ。今は静かにしてもらえないだろうか」
「ガネーシャ。今真面目な話だから」
「スマン‼間違えた‼」
いつものノリのガネーシャに冷たい目が殺到し、ちょっと落ち込むガネーシャ。
団員たちもこういった時に茶々を入れるガネーシャではないのは分かっているが、いかに敬愛する主神と言ってもシリアスな場面で奇行をされれば誰だってイラッとする。
「ゴホンッ、気を取り直して……ベル・クラネルがシャクティに話があるようだ!聞いてやってくれ‼」
「ベル・クラネル?なぜ彼が……ああ、例の報告の時間だったか」
何故ベルが来たのか少しの間疑問に感じたシャクティだったが、恐らく今日使えるようになったひみつ道具の報告に来ていたのだろう。
ベルが具現化するひみつ道具はどれも強力であるがゆえに、その詳細はシャクティの下に毎日届けられていた。今もその報告のために来たら、大声で怒鳴り合っている会話を聞かれたという事か。
(こんなことを失念したとは、私も動揺していたという事か)
未だ未熟な己を自嘲しながら、シャクティはベルを執務室に通す。
ベルは空気の読めない少年ではない。この状況で尚、話をしようという事は何か考えがあるのだろう。恐らくはひみつ道具関連で。
(保護対象者の力を借りなければならないのは忸怩たる思いがあるが)
一手間違えれば都市崩壊にも繋がりかねない。
そんなシャクティの感覚は
幸いにもこの場にいるのは全員ベルのスキルを知る者のみ。この場ですぐに聞くことができる。
「あ、あの、すいません。盗み聞きするつもりはなかったんですけど……」
「構わない。あんな大声で話していた我々の落ち度だ。それで、何か考えがあるのか?」
「はい。今日使えるひみつ道具で使えそうな物が結構あって……」
少しオドオドしながら話し始めるベル。
先ほどまで紛糾していた執務室なのだから、居心地が悪いのは仕方のないことだ。
せっかちなイルタは少し苛つき始めているが、シャクティに目で制されて黙っている。
やがて、その詳細が語られるとその場にいた全員が絶句していた。
正直に言えばベルの保護体制はやりすぎだと考えている者もおり、実際にシャクティ自身もそう感じる部分はあったが、ベルが発現してしまったスキルの規格外さを完全に侮っていたと思いなおす。
「……恐ろしい道具だな」
「それだけで
「世界中の戦略家が一斉に頭抱えるぞそれ」
「うむ!ガネーシャだな‼」
一柱だけ通常通りの神がいたが、眷属たちはベルが説明したひみつ道具の効果を半分引きながら聞いていた。
そんな【ガネーシャ・ファミリア】の反応にベルも苦笑いするしかない。
(僕はこのひみつ道具を聞いた時は単純に便利だな~って思っただけだけど、大人の人が聞くとやっぱりとんでもない効果なんだ)
「それ下手したら永久機関ががががが……」と聞いた途端に壊れだしたヘスティアを思い出しながら、改めて自分に宿った
他の二つのひみつ道具も18階層の状況に上手くハマるはずだ。
ベルは思い切って切り出した。
「レベルは全然役に立たないですけど……僕も一緒にダンジョンに連れていってもらえませんか‼」
はっきりいって危険だ。
確かにリヴィラからすればこれ以上ない援護になりうるひみつ道具だが、ベル自身がダンジョンに行く理由にはならない。
ベルのスキル【
ベルが具現化したひみつ道具を他の団員に渡せばそれで充分なのだ。
態々保護対象者のベルを
そんなことはベルにも分かっている。
しかし……
「いや、ベル・クラネルがダンジョンに同行する必要はない。そこまで君にさせるわけには……」
「団長、行かせてやってください」
シャクティは当然断ろうとするが、モダーカがそこに待ったをかけた。
「そのひみつ道具があればすぐに逃げられますし、その近くにコイツを配置してやればいい。万が一ひみつ道具が奪われたりした時、自由に消すことができるコイツがいる意味はありますよね?」
「……確かにその配置ならばベル・クラネルのリスクは低い……だが、それだけでは不十分だ。お前が護衛していろ……モブーカ」
「ちょっと考えた挙句間違わないでください!?自分はモダーカです!?」
考えたくはないが、これが
一日しか具現化は持たないが、一日あれば主要なファミリアを片っ端から潰すことすら可能なひみつ道具だ。
万が一を考えればベルもつれていくべきか。
(最も、モダーカにはそれ以外の考えもありそうだが)
護衛として、最もベルと関わっていたのはモダーカだ。
人好きのするベルに対して多かれ少なかれ情も湧いているのだろう。
今も「ありがとうございます!」と礼を言うベルに先輩風を吹かせている。
他の団員たちもその光景を仕方のない奴らだと受け入れていた。
妹が生きていれば彼とどんな関係になっていたのか。
シャクティも時折そう考えてしまうくらいには、彼は【ガネーシャ・ファミリア】と距離を詰め始めている。
(あまり連れていきたくはなかったがな……先ほど言ったことももちろんだが、彼の能力は目立ちすぎる)
間違いなく勇者には目を付けられるだろう。
せめて
「どこでもドア~」
ひみつ道具を具現化させる少年を見ながら、シャクティはこの後の後始末を考え、密かに嘆息するのだった。
どこでもドアはハコニシ様のリクエストです。
コメントありがとうございます。
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出ました日本人なら誰でも知ってるチートひみつ道具。
真面目に使い方考えると色々出来過ぎて怖いです。