仮面の男はその実、
それこそ、リヴィラの街に立て籠もる冒険者たちなどその名を聞いただけで震えあがるほどの。
とは言っても現在は紆余曲折あって
(愚か者共が……彼女の寵愛の欠片すら受けれぬ、神に惑わされた凡俗共め。今更
相変わらず「聖戦だ」「神意の代行だ」と耳障りのいい言葉を吐けば、簡単に乗せられる狂信者たちに内心侮蔑の視線を投げかける。
来世での再会などという何の意味もない報酬のために命を投げ捨てる姿は、彼には理解しがたいものだった。
彼自身歪んでいる自覚はあるが、ここまで盲目的ではない。
敬愛に足る彼女のためならばともかく、勝手に死んだ脆弱な人間によくもあそこまで入れ込めるものだと呆れてすらいた。
全く持って共感できない考えを持つ集団だが、死を恐れない駒というのは使い勝手はいい。
どんなに危険な役割を押し付けても、二つ返事で命令に従うのだから。
最も、死にたがりばかりで構成されているため、短絡的な判断で被害を拡大させることが多く、何度も苛立たされたが。
理性と狂気の共存はそれだけ困難な物。
むしろ、簡単に死んでくれる方がありがたい。
(
質では自分たちに敵う者は
しかし、奴らの強さは畑にでも生えているのではないかと疑いたくなるような数だ。
量より質の時代といわれる現代のセオリーに真っ向から対立するような思想。
だが
人間を殺すために大袈裟な力をつける必要はない。どんな無能の集団でも、一般市民程度なら群れれば殺戮できる。
そんな考えだから、ダンジョンで鍛え上げられた冒険者たちに蹂躙されるのだが。
(数など我らの敵ではないが、鬱陶しいのは事実。ならば、今のうちに減らしておくべきだろう)
もちろん、何も考えずに殺してしまえば
いずれ破綻する関係だったとしても今は奴らにも使い道はある。
ならば奴らも納得する使い捨て方をすればいいだけのこと。
例えば、目下最大の障害である【ロキ・ファミリア】への襲撃の捨て駒にすると言った。
(冒険者共こそ最大の敵。ならば
無論、狂信者如きにあの【ロキ・ファミリア】をどうこうできるとは考えていない。
あくまでも
大群で囲まれれば冒険者たちは必ずリヴィラの街に立て籠もるだろう。
そこに
当然、冒険者たちは
だが、
連鎖的に奴らは爆発を続け、リヴィラの街は溶解液に覆われることになる。
そして冒険者共はヨーグルトのようにドロドロの亡骸を晒す。
(この策では馬鹿げた頑丈さを誇る第一級冒険者ならば深手を負っても死ぬことは無い……だが、奴らはリヴィラの街の冒険者共を見捨てられない)
ここで【ロキ・ファミリア】がリヴィラを捨てて、自分たちだけで18階層を突破すれば
だが、それをしてしまえば【ロキ・ファミリア】の名誉は失墜する。
リヴィラを見捨てて、自分たちだけ尻尾をまいて逃げた
故に奴らはその手段を取れない。
何者よりも栄誉を求めるフィン・ディムナが指揮をするがゆえに、【ロキ・ファミリア】は英雄でいることを強いられるのだ。
(【ロキ・ファミリア】がリヴィラに足を引っ張られていれば、確実に隙ができる。そうなれば奴らの幹部を孤立されること等私には容易)
今回の作戦で【ロキ・ファミリア】を全滅させる必要はない。
幹部の首を落とすだけでいいのだ。
【ロキ・ファミリア】は平均レベルこそ高いが、幹部以下の団員たちは半ば幹部たちの強さに依存している。一つ幹部が消えるだけで、大きく動揺し、士気は確実に下がることを男の指揮官としての勘は看破していた。
そうなれば人心掌握の達人たるフィンでも、すぐに立て直すのは不可能。
【ロキ・ファミリア】からのプレッシャーが薄くなれば、それだけ自分たちは大手を振って活動がしやすくなる。
(オラリオ崩壊のシナリオは事前準備がモノを言う。厄介な障害は纏めて片付けるに限る)
末端のメンバーのほとんどはそう言った化かし合いに気づくことはない。噴飯ものの話だが、中には自分たちが
馬鹿馬鹿しい。ここまで愚かだと嘲る気すら失せるというもの。
お陰で男は容易に末端たちを心酔させることができた。
もはやこの自爆兵たちは男の忠実な僕だ。
先のオラリオの街を襲撃した件で、あれほどの規模の作戦を展開しておきながら、死者ゼロ等と言う醜態をさらしていたお陰で現在の上層部に不信感が高まっていたのが効いた。
不甲斐ないリーダーたちより圧倒的力と狂気を併せ持つ仮面の男に支持が集中するのは当然の結末だったと言える。
(最も、
どうせなんの意味もない契約だ。
手違いがあろうと知ったことか。
悲痛な願いを踏みにじる悪意の使徒は、仮面の奥でそう嗤った。
「蹂躙せよ!かの神は必ず契約を履行するだろう!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ‼‼‼」
男の内心を知らない狂信者たちは、大地を揺らすかのような雄叫びと共にならず者たちの街に雪崩れ込む。
更に彼女の使徒の権能たるモンスターたちを統べる力で
──血を捧げよ‼愚かな大衆共に闇の恐怖を叩きつけ、世界を死の宴に誘うがいい‼
異様な熱を持って進軍する狂信者たち。
彼らにとって現世は残酷な本性を取り繕った絵画だ。
この世こそ地獄だと信じ、憎む彼らは殺戮と狂乱と言うペンキでその絵画を汚さんと吠える。
世界の真理を悟れぬ怠惰なる者どもよ。
無責任に
知るがいい。世を是正する闇の使徒たる我らの怒りこそ正義なのだと。
自分たちを戦場へ導いた仮面の男が、その後ろから冷笑を持って見ていることに気付かぬ彼らは、
天然の防壁となっている水晶と岩壁を超えて、冒険者たちを駆逐せんと口々に鼓舞の言葉を発していた。
「広場を目指せ‼」
冒険者の逃げ足は速い。
このまま突っ込み、街を荒らしたところで彼らはあっさりと街を見限り逃げ出すだけだ。
しかし、それを出来ない者たちもいる。今日までの小競り合いで負傷した冒険者たちだ。
リヴィラの街にある大水晶を中心とした広場に奴らは集まっている。
負傷した冒険者を狙えば、必然的に残る冒険者も彼らを守るために、この街に残ると言う選択をすることは想像に難くない。
そうして足止めさえできれば、後は
仮面の男は、街に踏み入った
「……は?」
だが直後に、街に踏み入った途端にポーンと吹き飛ぶ自爆兵と
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街に突入した狂信者たちは混乱の極致にいた。
リヴィラの街はダンジョンの中にあるという都合上、常日頃から屈強なモンスターたちの襲撃を受ける場所だ。
故にその警備は厚いであろうことは間違いと覚悟していたし、あの勇者が指揮をしている以上、どう考えてもその防御は要塞並みになっているだろう。
一筋縄では行かないが、自分たちの殉教ならば必ずやその困難を超えられると信じていた。
だが、実際にリヴィラの街を突入すると自分たちの想像をはるかに超えた光景が広がっていた。
「南東地区、乱立する巨大な水晶の柱に阻まれている!」
「北東地区、無数の丸太が振り子のように道を阻み視界を遮っている!その中には冒険者たちが潜んでいる模様、被害甚大‼」
「南区、街が網でできた迷路に変貌している!行軍しようにも、網が足に絡まり、そこに魔法が飛んでくるため突破できない!」
「正門‼床が異様に弾力性を持ちまともに前に進めない!その弾みで
酷い悪夢でも見ているようだ。
いっそ冒涜的とでも言っていい異常事態にとある狂信者は遠い目をしてしまった。
ちなみに北西区を攻めている彼の目の前に広がっているのは奈落である。
ダンジョンの奥底とつながってしまうのではないかと言うくらい深く、底が見えない。
空を飛べない人間は地続きになっていなければ、どんなに強い意志を持っていようが目的地にはたどり着けない。
だが、ここには例外があった。
こちら側とあちら側を繋ぐロープ。
馬鹿みたいに長い距離だが、それを伝っていけば確実に向こう側につくだろう。
……その向こう側からの狙撃がなければ。
「また同胞が落とされたぞ‼」
「魔導士たちが集中しているのか!?」
こんな長距離に渡るロープをえっちらおっちらと渡る人間など、誰が考えても絶好の的だ。
予想に違わず、ロープを渡り始めた途端に魔法の雨嵐が飛んできた。
ちなみに最も同胞を撃墜している光の魔法は必中属性らしい。糞が。
(こんな……こんなことのために契約したわけではない‼)
死は覚悟していた。
なんならそれを歓迎すらしていたと言ってもいい。
だが、こんな意味の分からない場所で、曲芸じみたことをさせられた挙句、誰の糧にもならない無駄死になどしてたまるか。
この異常事態を前に、
死にたくないと本能の声が、脳裏にちらついた。
(おかしい。こんな状況はあり得ない)
彼は幸運にも……或いは不幸にも、まだ死んではいない。
必死にロープを両手で握り、耳を掠める魔法の炸裂音に身をすくめさせながら必死になって前に進んでいた。
だからだろうか、この状況の異常さに気がついてしまう。
(冒険者たちは妨害している。だが、この街の造りは逆だ。俺たちを歓迎していやがる)
耳に飛び込んでくる情報と、実際に目で見た現実。
そこから浮かび上がるのはこの建物から感じられるとある思惑だ。
「これを超えられるかな?」「楽しんでもらえるかな?」という無邪気な意図。
どれも常識はずれな作りになっているが、そのすべてに攻略の道筋が用意されている。
行軍を防ぐためには突破されること等あってはならないのに。
(リヴィラを攻める前に視察で訪れた時はこんなものはなかった。勇者たちが合流して作ったのなら途轍もない技術力だ……だが、その力で何故こんな遊びを入れる!?)
きっとこれの制作者はこの困難を踏破されることを望んでいる。
自分たちの誰かが向こう側に辿り着けばその誰かは笑顔すら見せて労わるだろう。
おめでとうと。
(理解しているのか!?我々は都市を滅ぼそうとしているのだぞ!?それなのに何故、こんな風に遊んでいるのだ‼)
理解できないものに人は恐怖を感じるという。
これを造らせたであろう勇者は彼の中ではもはや化け物だ。
本能のまま暴れまわるモンスターの方がまだ理解できる。
「南西区‼街の建物がすべて繋がり、滅茶苦茶な建造物になっている!中に冒険者たちが潜んでおり、奇襲によって部隊は壊滅状態‼応援を求む‼」
(く、狂っている……)
これを考えた勇者は狂人だが、それを了承したリヴィラの住民共も頭のネジがまとめて飛んでいるに違いない。
分かっているのか?もし、今回の襲撃を防げたとしてもここに住み続けるんだぞ?
こんな頭の可笑しくなるような街に嬉々として改造する精神は異常だ。
度重なるダンジョン探索で、常識と言うものを奈落の底に落としたのではないだろうか。
そんな風に戦場を
「あ」
トスッ、と軽い音がして彼の体が揺れる。
見ると彼の右肩に深々と木の矢が刺さっていた。
どうやら魔法に紛れて矢も放たれていたらしい。
破裂音に誤魔化されて完全に気が付かなかった。
その衝撃によってロープから手を放してしまう彼は、呆然としながらこの地獄に未だ残り続ける同胞たちを見つめた。
誰もが街に攻め入る前に持っていた熱を忘れ、必死に生にしがみついている。
その姿に自分がどんな感情を抱いたのか。
答えが形になる前にその体は重力に従い落ちていく。
(来世があるなら……オラリオには近づかないでおこう……)
そうして彼は奈落の闇に姿を消した。
そういえば闇派閥視点をやったことがないなと思い至り、入れてみました。
なんか感想欄ではめっちゃ侮られているオリヴァスですが、やれることを分析していくと正直怪人たちの中では一番ヤバイかもしれません。
個人としては大したことなくても、扇動者としての力をフルに発揮すればとんでもない被害を出せます。
……まぁ、全部ご破算となったわけですが。
ついでになんだか勇者がとんでもない誤解をされています。