ベル・クラネルと言う少年がリヴィラの街に現れたのは先刻のことだ。
なんの予兆もなく、唐突に現れた桃色の扉から現れた【ガネーシャ・ファミリア】の援軍。
一目で精鋭と分かる彼らの中に紛れ込んだ少年は、明らかにレベルが劣っていた。平時の18階層でさえ、彼には不適格な階層だろう。
しかし、彼にはこの状況を一変させる力があった。
(ひみつ道具か……話には聞いていたけど想像以上だ)
曰く、規格外のマジックアイテムを使う少年がいると。
(戦術、場合によっては戦略級の手札を持っているとは)
ガネーシャたちを連れてきた【どこでもドア】もそうだが、リヴィラの街を一瞬で要塞に変えた【アスレチックハウス】も凄まじい。
説明を聞いたときは聡明なフィンでさえ現実味がわかなかったものだが、実際に使ってみると反則だ。
どんな内容かこちらで指定できなかったのは困りものだったが、そこは腐っても複雑怪奇な迷宮に潜り続ける冒険者。
第一級冒険者たちが手分けしてアスレチックと化したリヴィラの街を調査し、どこでもドアでフィンの指揮の下、部隊を適切な地点におけば難攻不落の都市の完成だ。
極東の一夜にして城を作り上げたと言う伝説を彷彿とさせる偉業、それをヒューマンが抱える程度の大きさのアイテムが為すとは。
(常識外のマジックアイテムの数々。彼ならあの魔石の大量発生に関与していても不思議はない……と言うのは発想が飛躍しすぎかな)
自分が探していた誰の意図にも存在し得ないイレギュラーである可能性を持つ少年、フィンはそれを静かに見つめた。
都市を騒がせた事件に関与しているとは思えないほどに平凡な少年だ。【ガネーシャ・ファミリア】の指示をよく聞き、テキパキと動けているところから、よく勉強していると感心こそできるが、大成するような器には見えなかった。
恐らく、自身を取り巻く環境すら十分に理解できていない少年の心は、彼の髪のように真っ白なのだろう。
無邪気なその笑みは、世間一般で想像される欲深な冒険者とは程遠いものだ。
一昔前のオラリオに来ていたら、間違いなくカモにされていたことは容易に想像できる。
(そんな人間だからあんなことを言えるんだろうけどね)
あんな規格外のマジックアイテムを引っ提げて来たのだ、正直、かなり吹っ掛けられると思っていた。しかし、少年はなにも求めなかった。
「お世話になった人の手助けがしたいんです」と大真面目に言うその姿に、無償で来たと言う言葉を疑っていたリヴィラの冒険者たちも毒気を抜かれていたのには笑いそうにすらなったものだ。
「しかし……参ったな。借りが積み重なる一方だ」
向こうは見返りを求めてなくとも、それに甘えて本当に何も返さないとあっては【ロキ・ファミリア】の名が廃るというもの。
出来れば感謝の言葉だけでも伝えたいが、忙しそうにあちこちをどこでもドアで繋いでいるところを見ると、わざわざそれを中断させて引き留めるのは迷惑だろう。
この戦いが終わった後、改めて礼を言える時間が作れると良いが。
(とは言え、一番最初に感謝を伝える役目をレフィーヤから奪うわけにはいかないか)
レフィーヤが暇を見つけては、礼を言うために少年を探し回っていたことに気が付いているフィンは二人が会える時間も用意しておかねばと頭の片隅にメモする。
それにアイズやティオナも興味を持っていたようだ。
彼との繋がりを保つために彼女らには是非とも頑張ってもらいたい。
(ベル・クラネルの主神とロキが相性最悪なのは痛いが、団員同士が個人的に親交を深める分には文句はないだろう。言ってきても酒でも握らせて黙らせるけどね)
後日、本当に酒を握らせてきたフィンにロキは「ウチのことなんやと思っとるん?」と大層悲しげな顔になったという。
だが、その酒を飲んだらすぐに上機嫌になったので、文句は言えないだろう。
(さて、先のことを考えるのはここまでだ。
フィンは一秒にも満たない刹那の雑念を切り捨て、再び指揮に集中する。
その目には勝利のみが見据えられていた。
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冒険者たちからは高い評価をされているベルだったが、残念ながら今の彼がそれに気付くことは無かった。
理由は単純。忙しすぎて余計なことを考えている暇がないのである。
アスレチックハウスでリヴィラの街をアスレチックにしたのは良かったが、そこからが大変だった。
ベルはてっきり、相手がアスレチック内を迷ってる隙にどこでもドアで脱出するものとばかり考えていたが、それに
このまま逃げても、芋虫たちが18階層に蔓延ったままであり、オラリオの冒険者は商売あがったりな状況になってしまう。
ならば、この状況を利用して
アスレチックハウスは使用したベルにもどんな地形になるかは分からない。
冒険者も
(なんであっさり地形把握してるのコワイ)
【ロキ・ファミリア】の幹部たちが一斉に散開したかと思ったら、なんか簡素な地図ができあがっていた件。
そして、それを見て瞬時に冒険者たちの配置を決める彼らの首領。
僕もリヴィラの住民もポカーンとしてしまったのは仕方ないことだと思う。
(こんな人たちがいるなら僕が来た意味あったのかな)
非常に悲しい考えだが、僕が来なくても【ロキ・ファミリア】だけで何とかなった気がする。
そう思う位には規格外な人ばかりだ。
とんでもなく大きな差があるってわかっていた。
でも、それを実感のある形で見せつけられてしまうとちょっと、いや、かなりへこむ。
「坊主、難しい顔をしているみたいだな」
そこにこの街で再会したハシャーナさんが話しかけてくる。
幸いなことに五体満足でいてくれた彼との再会は、驚くほどあっさりと終わった。
フィンさんに挨拶に行って、何故か反撃作戦が出来上がっていて、いつの間にか作戦に組み込まれて、護衛が必要だという話になって、気心の知れたモダーカさんとハシャーナさんを付けようとなって、ハシャーナさんが連れてこられたと思えばすぐさま作戦開始である。
何と言うか気持ちの整理が追いつかない。
どこでもドアでショートカットしたこともあって、時間の感覚がおかしくなっているのかも。
「なんだ?外の戦場のヤバさにビビったか?ここが地獄みたいな所だと分かって居たろうに……そんなところに俺を助けに来るとは可愛い奴め‼」
「ハシャーナさんキモイです」
「うるせぇハダーカ」
「とんでもない言い間違いスンナ!?自分はモダーカです‼」
あっさりしていたというのはあくまでも体感時間的な話であり、ハシャーナさんの反応が薄かったわけではない。
むしろ、今みたいにずっと僕をイジってくる。
ついでに一緒に護衛しているモダーカさんもイジる。
「まあ、そういうなよ。実際ちょっと面倒見た後輩がこんなとこまで追いかけてきたら、超うれしいからな」
そう言ってカラカラと笑うハシャーナさん。
ちょっと恥ずかしくなり、僕はつい顔を背けてしまった。
それをハシャーナさんはさらに面白がり、イジリ倒すという悪循環。
「……そうとも、感謝している。お前と会ってなければ俺はきっと生きてなかった」
「そんな、大袈裟じゃ……」
「いや、大袈裟じゃないだろうさ。そんな確信がある」
そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、いくら何でも限度があると思う。
僕のやったことなんて本当に僅かで、今、ハシャーナさんが生きているのは彼自身の選択の結果だ。
「しかし、すげぇなひみつ道具ってのは。さっきのあれなんか
「確かにアレはひどい。少なくともハシャーナさんから例の物を奪還するって言う奴らの目的の一つは絶対に果たされなくなったからな」
そうはいってもひみつ道具は完全にランダムだ。
今回はたまたま運がよかったに過ぎない。
それこそ、この前の襲撃者の時のように全く役に立たないひみつ道具が出てくる可能性だってある。
それに、ひみつ道具を具現化したら、もう僕は役立たずだ。
完全に冒険者としての力で劣っている。
(もっと、強くなりたいな……)
どれだけ悩んでいても強くなんてなれやしない。
だからこそ、重要なのはウジウジするばかりじゃなく、今できることをすること。
あの日、襲撃者から学んだ教訓は今もこの胸にある。
いい機会だと考えよう。
僕は本来、来れるはずもない階層で、参加する資格もないような戦場の端っこにいる。
つまり、今日見れる景色は僕より先にいる人たちが見ている世界。
それを先取りで見れることに感謝して、成長の糧にするんだ。
アスレチックの中をピョンピョン飛び跳ねてあっさり攻略している【ロキ・ファミリア】はあんまり参考にならない気がするけれども。
(でも、目立って活躍しているのは【ロキ・ファミリア】だけど、他の冒険者たちも凄い)
何百体いるんだと言いたくなるような
だが、冒険者たちは野性的ともいえる勘でそれに対応している。
ハシャーナさん曰く「変化する状況にすぐに対応できなければ、ダンジョンの中層以下ではすぐに死ぬから上級冒険者は戦況の変化に敏感」なんだとか。
それに、何よりも勉強になるのは集団戦だ。
【ヘスティア・ファミリア】はまだ僕一人しか団員がいない派閥だから、今まで僕はソロで探索をしていた。
サポーターのリリと契約はしているけれど、共に戦う仲間と言うものは今まで縁がなかったのだ。
だからこそ、近くに仲間がいる状況での戦い方は全く知らなかった。
正確には【ロキ・ファミリア】の人たちと一緒に
正直、連携がしっかりとれているとはいいがたい。
他派閥の冒険者たちだし、お互いに息が合わなくて怒鳴り合いをしている人もいる。
だけど、訓練とかをしていないからこそ、ここでは自分の役割をすぐに見極めなくてはならないのだと思う。
それがこの街の冒険者たちはとんでもなく上手い。
だから寄せ集めの連合でも、ひとつの軍として戦えている。
「
どこでもドアで冒険者の部隊を移動させるだけの僕とは違い、ちゃんと戦いに参加している彼らはみんなステイタスの器を昇華した人ばかりだ。
僕とは状況を認識してから動き出すまでの速さが違う。
(何日も膠着状態が続いたはずなのに、状況が少し変わればここまで圧倒できるんだ……)
冒険者の方がステイタスの有利は圧倒的に上。
そう言ったフィンさんの言葉は間違いじゃなかった。
すでに勝利の女神は冒険者に微笑んだ……少なくとも素人の僕にはそう見える。
(フィンさんは
そう判断した僕の考えは後から考えても正しかったと思う。
もう、相手が何をしようとも冒険者の勝利と言う流れは変えられない。
……問題は、相手の目的が勝利ではないことを僕は気付けなかったことだ。
「南東地区にモンスター共が集まっていやがるぞ‼」
「え?南東地区?」
なんと、
こんな戦闘中に無理に部隊を動かせば戦力の消耗は避けられないはずなのにも関わらず。
「やはり諦めはしないか……」
相手の動きの意味が分からず、混乱する僕とは違い、指揮官であるフィンさんはこの状況を予測していたらしい。険しい表情で南東に視線を向けた。
「
「もう一つの勢力だと?」
フィンの言葉にハシャーナさんが反応する。
その表情を見るに、彼も聞かされていなかったのだろうか。
「ああ、この襲撃は
「……お前が秘密主義なのは今更な話だが、それを言わなかったのは?」
「余計なプレッシャーを皆にかけたくなかったというのが一つ。後は、僕にとっても漠然とした存在だから確証がどうしても持てなかった」
存在するだろうと親指は疼いていたけどね、とよく分からない言い回しをしながら苦笑いを浮かべるフィンさんはその表情に反して目は笑っていなかった。
つまり、今の状況はそれだけ切迫しているということ。
「南東地区にいるのはアイズか……風を纏ってる彼女を態々狙うなんてその策に余程自信があるのか、或いはこの状況も相手の指揮官には不本意なものなのかな?」
アスレチックハウスは屋内だけではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、今回出てきたのはアニメ版のアウトドアバージョンです。
表記の中にその記述が無いのは、あくまでもスロットには【アスレチックハウス】としか書かれておらず、これが特殊なバージョンであることにベルが気が付いてないからと思ってください。
次に【アスレチックハウス】が出てきても、今度は通常版の屋内限定のものかもしれません。
同じ名前のひみつ道具でも、毎回微妙に効果が異なる……というめんどくさい設定の開示でした。