ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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悪意を呼ぶ風

 リヴィラの街は水晶と岩に囲まれた絶景で知られる地下の楽園だ。

 多くの上級冒険者たちは、ダンジョンの中で初めて体験する安全地帯(セーフティポイント)の安らぎと美しい輝きに魅せられる。

 中にはこの階層を自分たちの骨を埋める地に選ぶものもいるらしい。

 そんな多くの人々を引き寄せてきた水晶の柱は今、階層主にすら匹敵する大きさに伸びてバリケードのように乱立していた。

 

 この美しくも残酷な結界を生み出したのは、あの日出会った少年のひみつ道具と言うマジックアイテムだ。

 名をベル・クラネルと言うらしき、兎を彷彿とさせる白髪の少年は18階層の援軍として現れ、圧倒的な戦力差に押し潰されようとしていたリヴィラの街を要塞に変えた。

 その常識外れな能力に闇派閥(イヴィルス)たちが怖気づく中、【ロキ・ファミリア】の幹部たちはその一騎当千の力を存分に示す。

 組織だって動いているならばともかく、異様な状況に怯え、浮足立っている今は自爆兵と芋虫など足の遅い雑兵でしかない。

 第一級の力に叶うはずもなく、見る見るうちにその数を減らすのだった。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 眼前を覆い尽くさんばかりに蔓延る怪物たちを一掃するために、南東地区を担当するアイズは攻防一体の魔法、【エアリエル】の行使に踏み切った。

 剣を一振りするたびに極彩色の怪物たちが千切れ飛ぶ光景は、彼女の支援を目的とした冒険者たちに勝利を確信させる。

 だが、何かがおかしいと当のアイズは感じていた。

 

(これだけ攻撃していても敵が途切れる様子が無い。それどころか、増えている……?)

 

 アイズは戦術においては素人もいいところだが、ここまで一方的に損害を被ったのならば、一度退き、体勢を立て直すのが常道なのではないか。

 数が多いのは厄介だが、剣姫の脅威にはなりえない。

 自分の周りにいる冒険者たちが狙いかとも考えたが、大半はアイズが削っているうえに、残った僅かな生き残りも適切に処理している。

 このままでは誰一人殺せないだろう。

 

(他の戦場の音が小さくなった。……まさか、この地区に戦力を集中させている?)

 

 一体、何のために。

 フィンからも水晶の柱が乱立しているだけのこの地区が一番力攻めで落としやすいから、注意するようにとは言われていた。

 だが、それはこの地区の突破が容易と言うワケではない。

 鬼のような難易度の中で比較的マシなものを選ぶとしたら、という但し書きが付くのだ。

 

 アイズの幼少期はダンジョンと同じくらいに闇派閥(イヴィルス)との抗争の記憶で形成されている。

 その記憶が疼く。良くない傾向だと。

 これが人間の思惑によって起きた襲撃である以上、違和感には何らかの意図がある。

 そこを読み違えると手痛い傷を負いかねない。

 

ベル(あの子)のどこでもドアで援軍は来る……でも、あの子がここにいることを闇派閥(イヴィルス)に悟られないためにも、あの力を必要以上に使いすぎるわけにはいかない)

 

 ベルの持つ力は本人の脆弱さに対して、余りにも強力。

 闇派閥(イヴィルス)が目を付けないように、ベル本人が目立つ使い方はさせないで欲しいと言うのがシャクティの要望だった。

 アイズとしても、あの少年が闇派閥(イヴィルス)に能力を把握され、利用されるようなことは許容できない。

 出来る限りは自身で解決しなければならない。

 

(後衛の人たちにフィンに状況を伝えてもらって、それから……)

 

 人を使うことが余り得意とは言えないアイズが、脳裏をかすめる違和感を形にしようと必死に頭を回転させていた時、背筋に戦慄が走る。

 アイズの死角となる水晶の陰から急襲する朱い影。

 深層のモンスターを幻視してしまうような鋭い一撃に、アイズは纏った風を駆使しして体勢をずらし、紙一重で回避する。

 

「厄介な風だな……アリア」

(!?どうして、その名前を?)

 

 水晶の柱に取り付けられた円形の足場に着地したアイズは、自身を襲った女の言葉に目を見開いた。ドクンッドクンッ、と鼓動の音が頭に響く。

 衝撃のあまり、口が何かの形を発しようとして、結局言葉は意味をなさず、震え大気として吐き出された。

 

「……いつまでも喧しい声を聞かされるのはいい加減、うんざりとしていた所だった……来てもらうぞ」

 

 一体女が何を言っているのか。

 どうして、あの人の名前が出てきたのか。

 分からない分からない分からない……

 

 混乱するアイズを見ても、女の表情が変わることは無い。

 動じず、まるで彫刻のように無表情。

 ただ、その女から発せられる圧力は、彼女がアイズの敵であることの何よりの証となるだろう。

 

「別に持っていくのは死体でも構わん」

 

 先に動いたのはアイズだった。

 地に降りた赤髪の女と水晶の柱に取り付けられた足場に立つ自分。

 地の利を得ているのは上段に立つ己だと確信し、その優位が崩されないうちに先制攻撃を仕掛け、場の流れを支配せんとする。

 

 初撃が防がれるのは織り込み済み。

 女が迎撃のために振るった剛腕を利用して、アイズは再び上空へ打ち上げられ、反対方向にある別の水晶に跳ぶ。

 そして足が水晶に到達したと同時に、力強く踏みしめて、女に向かって再度跳躍した。

 風による加速も相まって、先ほどとは次元の違う速度で女に向かうアイズ。

 先ほどの一撃が頭に刷り込まれていたであろう女は、目を見開くが即座にその一撃にも対応して見せた。

 

「くっ!」

「な……」

 

 驚愕に声を漏らすアイズだが、二撃目が防がれるや否や即座に女を蹴り飛ばした。

 それを腕でガードする女であったが、風を纏った一撃は脚撃であっても尋常ではなくその体は吹き飛ばされる。

 

(痛っ……!?)

 

 そのまま追撃を仕掛ける気であったアイズだが、女を蹴り飛ばした足に残った痛みに思わず体を止めてしまう。装備の薄い、生身の体を蹴ったとは思えない硬さ。

 風で守られていなければ、蹴った足に支障があったかもしれない。

 

 痛みを感じ、動きを止めたのは一瞬。

 その一瞬で女は体勢を立て直す。

 

「……」

 

 沈黙が二人を包む。

 アイズは得体の知れない女の異様な硬さを警戒して。

 女はアイズの纏う風の厄介さに目を細めて。

 互いの出方を探り合った。

 

 次に動いたのは赤髪の女だった。

 緑色の瞳に殺意を漲らせ、握る武骨な長刀を地面に滑らせる。

 剣士と言うよりは怪物じみた粗雑な一撃。

 神々から剣姫と言う異名で呼ばれるアイズから見ればギリギリ及第点な技術、それを出鱈目な身体能力が必殺の一撃に変えている。

 

 アイズは僅かに体を沈め、自身の首筋を狙った一撃を回避すると同時に最小限の動きでカウンターの一閃を見舞った。

 返す刀で冷静に受け止めた女はそのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 しかし、一連の攻防で身体能力(ステイタス)で劣ると理解していたアイズは力勝負を拒否し、風を解放して吹き飛ばす。

 

「便利なものだな。それがなければ死んでいる」

「っ‼」

 

 女の挑発に(まなじり)を吊り上げるアイズ。

 今度は体勢を立て直す暇は与えないと再び水晶の柱をいくつも蹴り、三次元的な攻撃を仕掛ける。ヒットアンドアウェイによる超高速戦闘。

 それを女は山のような堅固さで防ぎきって見せた。

 

 (エアリエル)を解放し、水晶の柱と言う無数の足場に恵まれ、常に相手の上を位置取れる最高の条件下での戦い。そんな有利な条件下で戦ってようやく五分な状況に、アイズは無表情の仮面の下で焦りを見せる。

 

(この状況は長くは続かない。向こうが慣れる前に勝負を決めないと)

 

 【ロキ・ファミリア】の幹部の名は重い。

 万が一にも敗北してしまえば、現在の冒険者たちの勢いにも陰りが生じてしまう。

 何より、自分が突破されれば他の冒険者に間違いなく被害が出る。

 

(ただ、あの人はこの戦闘に集中しきれていない)

 

 時折、何かを探すようなそぶり。

 と言うよりは何かに困惑していると言った方が正しいか。

 

「……近くにあるのは間違いない。だが、この違和感は何だ。……ここより下にあるのか?」

 

 女の呟いた言葉をアイズは聞き逃さなかった。

 何かを探すような言葉。

 恐らくは闇派閥(イヴィルス)の目的である緑の宝玉。

 

(あの人は緑の宝玉を探知できる……?)

 

 ハシャーナ・ドルリアが下層から回収したとされる未知の物質。

 それが闇派閥(イヴィルス)の目的の一つだとは聞いていた。

 一度見た時、アイズが覚えた奇妙な感覚を思い出す。

 薄い透明な膜につつまれた液体と、髪が生えた不気味な胎児。

 眩暈と共に襲う、思わず膝を折るほどの強烈な吐き気。

 

 あれが何かは分からない。

 しかし、あの嫌悪感を引き立てる緑色が、極彩色のモンスターと無関係とも思えない。

 一連の事件に深く関わっていることは明白だった。

 

(フィンは闇派閥(イヴィルス)たちの目標は冒険者の抹殺に切り替わっていると言っていた……でも、それはあくまでも闇派閥(イヴィルス)にとってのもの)

 

 存在するというもう一つの勢力にとってまだ無視できないものだとしたら。

 あの宝玉がこの階層にある限り目の前の存在の行動を抑制できているのかもしれない。

 

(宝玉が見つかることはまずない。あの子の三つ目のひみつ道具の効果で普通の手段じゃ見つからないし、見つかっても手が届かない)

 

 あの宝玉が守り切られるのは冒険者たちにとって確定事項。

 故に安心して目の前の闇派閥(イヴィルス)の殲滅にのみ集中できた。

 反則によって闇派閥(イヴィルス)たちの一歩先を行っているこの状況を逃すわけにはいかない。

 

(このまま押し切る‼)

 

 相手が思考を切り替える前に、片をつける。

 必殺の一撃(リル・ラファーガ)はモンスターにのみ使う技と決めていたが、ここで拘っていてはいずれ押し返される。自身のありったけの力を込めて相手に打ち込む。

 

 アイズは身をひるがえすと三度水晶の柱を足場とする。

 それを先ほどまでの焼き直しと考えたのか、女は迎撃の姿勢を取るが甘い。

 この技はモンスター……階層主級の強敵を想定した絶技だ。

 足場を蹴って、風を纏い、突進する。

 文字に起こせばそれだけの単純な一撃をアイズは純粋な必殺技にまで昇華させていた。

 真っ向から受け止めようなどと言う愚策は通じない。

 

「──【リル・……」

 

 風が吹き荒れる。

 暴威を持って巨悪を飲み込まんとする颶風(ぐふう)は女に自らの選択が違えていたことを悟らせる。

 だが、遅い。

 

「ラファー…っ!?」

 

 今まさに力が発揮されようとした瞬間。

 アイズはこの領域に侵入した何者かを察知する。

 何者かはアイズの後方の水晶を跳躍し、その拳を叩きつけた。

 咄嗟に技の構えを解除し、飛びのくアイズ。

 彼女が足場としていた柱が轟音と共に揺らぎ、吹き飛ぶ破片に光が反射する。

 

「ようやく追いついたぞ……レヴィス」

 

 アイズを襲った仮面の男は、攻撃を躱されたことは気に留める様子もなく赤髪の女……レヴィスに話しかけた。

 

「将の真似事をしていろとまではいわんが、独断専行は慎め。おかげでお前の尻拭いをする羽目になった」

 

 レヴィスと呼ばれた女の仲間らしき男は、どこか侮蔑的な話し方だ。

 仲間であっても、あまりいい関係ではないらしい。

 

「それで……本当なのか?剣姫がアリアだと?」

「あぁ、あの風が何よりの証拠だ」

「信じられん……しかし、お前が言うのだからそうなのだろう」

 

 仮面の奥からアイズを凝視する男は、粘着質な視線を飛ばす。

 やがて、クツクツと笑い出した男は何かに打ち震えるようにその興奮を吐き出した。

 

「元々目障りな【ロキ・ファミリア】の幹部が一人でも死ねば僥倖、程度の策だったが面白い!【ロキ・ファミリア】の中でも白兵戦は最強と名高い剣姫を葬り、彼女が望むアリアを献上できるとなれば、我が宿願は大きく前進する‼」

(また、アリア……)

 

 何故、母の名前がここで出るのか。

 優しい思い出を汚されるかのような感覚に、アイズはいよいよ苛立ちを隠せない。

 一方で、経験豊富な第一級冒険者としての冷静な自分が、この危機的状況を分析する。

 

(あの仮面の男の身体能力(ステイタス)も高い。多分、レベル5くらい)

 

 第一級の実力者が二人掛かり。

 五分だった状況が一気に向こう側に傾いた。

 

(フィンもここに敵の戦力が集まっていることは気が付くはず。なら、私がやるべきことはこの二人を足止めすること)

 

 自爆兵やモンスター程度ならば、アスレチックと化した水晶群を駆使すれば時間稼ぎはできる。

 ならば、自分はこの怪物二人に集中し、万が一にも他の冒険者にその凶刃が振るわれることを避けなければならない。

 

「【風よ(テンペスト)】‼」

 

 風の出力を上げ、二人を見据える。

 その瞳に怯えはなく、握る剣に迷いはない。

 

 仮面の男とレヴィスが攻撃を仕掛ける。

 アイズは自らに迫る脅威を前に集中力を研ぎ澄まし、迎撃を開始した。

 




 原作と違い、足場となる水晶の柱があちこちに乱立している。
 モンスターたちと戦いまくっているので体が温まっていた。
 宝玉を気にしてレヴィスが集中しきれていない。
 等の条件が重なり、レヴィスとは互角に渡り合えていました。

 オリヴァスが合流して結局ピンチだけど。

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