ベル君が冒険者になってからの道筋は正に
勿論【ファミリア】に入団した直後の
それでも多くの幸運や出会いに支えられてベルは冒険者としての第一歩を踏み出している。
しかし人生とは海のようなものだ。
穏やかな顔を見せたかと思えば全てを飲み込む荒々しい一面もある。
それがベルには分かっていなかった。
昨日は上手く行ったから今日も上手く行く。
なんの根拠もない漠然とした慢心をダンジョンは見逃さない。
借金返済のために深い階層でより上質な魔石を採取しようと欲を出したのがいけなかった。
まだエイナからは早いと言われていた5階層に進んでしまったのだ。
出てくるモンスターたちを何体か倒して案外行けそうだと思った瞬間、それは現れた。
通路の向こうに見える人型。
しかし大きさがおかしい。
人の身の丈以上の大型のモンスターは10階層位からのはず、と最近習った事柄を思い起こすベルはこれが
それが中層で冒険者に最も恐れられる牛頭のモンスター・ミノタウロスであると言うことも。
駆け出し冒険者では逆立ちしたって敵わない強敵に仰天したベルは大慌てで逃げ出した。
「ヴオオオオオオオオォォォォォ!!!!」
しかしミノタウロスはその驚異的な身体能力で少年を察知し、
人間の原初的な恐怖を呼び覚ますモンスターの雄叫びにベルは僅かな間、
その僅かな時間の
身体能力で勝るミノタウロスの追跡を初動が遅れたレベル1のベルでは振り切れない。
「ほわあああああああ!?」
間抜けな絶叫と共に5階層を出鱈目に逃走する。
しかしこの階層は今日初めて探索を行う場所だ。
大まかな
あっという間に現在地が分からなくなる。
(不味い不味い不味い不味い!?)
ダンジョンに潜ってから初めてかもしれない命の危機に、パニックになりかけて停止しかける思考をベルは必死に押し留める。
迷宮の名の通りダンジョンは複雑に構成された迷路。
少しでも足を止めることができれば、ミノタウロスの視界から上手く消えることができる筈だ。
この状態を打破できる手段はベルには1つしかない。
ひみつ道具だ。
異世界の驚異的なテクノロジー、それを再現するベルだけの特権を行使する。
「おもちゃの兵隊~」
今具現化できるひみつ道具の中から今の状況に対応できそうなものを選ぶ。
おもちゃと言うのが気になるが如何にも戦闘向きな名前。
このひみつ道具にベルは賭けた。
現れたのは手のひらサイズの人形たち。
軍服だろうか、派手な衣装に身を包んだ人形たちは陣形を組み、隊長格らしき個体の号令によって杖らしきものを構えた。
あれはなんだろうと思った瞬間、杖の先が火を吹く。
人形たちの遠距離攻撃だと悟ったベルは内心喝采を上げた。
よく見ればあの棒の先はくうき砲ににている。
きっとあれは異世界の武器なのだ。
もしかしたら倒しちゃうかも……
そんな期待が過る。
しかしミノタウロスは圧倒的だった。
「ヴヴォオオオオオオ!!!!」
兵隊たちの一斉攻撃など全く意に介さずに踏み潰した。
頼みの綱のひみつ道具を無力化さたことに目を奪われるベル。
それが命取りだった。
無意識に進んだ分かれ道。
しまったと思った時にはもう遅い。
目の前の道の先はない。行き止まりだ。
「あわわわわ……」
壁を背に情けなく狼狽えるベル。
どう考えても
自惚れた冒険者はその対価を自らの命で購うことになる。
(ここで終わり……?これが僕の最期なの?)
ダンジョンに潜るのだ。
いつか、そこで死んでしまうのも覚悟していたつもりだった。
でもこれはあんまりじゃないか。
なんの脈絡もなく沸いたミノタウロスで死ぬなんてどう納得しろっていうんだ。
頭のなかでベルがこれまで生きてきた14年分の人生が浮かんでは消える。
これが走馬灯なのか。
生きたいと願うベルの本能の最後の足掻き。
この状況を打開できる情報をこれまでの記憶をひっくり返して探しだそうとしている。
──幼き日のお爺ちゃんの読む英雄譚
──星空の下で出会った異世界の住民たち
──苦しいこともあったけど多くの人に支えられたオラリオでの日々
泡沫の思い出が脳裏を過る。
しかし、ベル・クラネルはただの一般人。
その記憶の中に逆転の糸口など有りはしない。
よくある話だ。
夢と希望を抱き、オラリオにやって来た若者が道半ばに果てる。
世間話にもなり得ないほどにありふれた日常。
今度はベルの番だというだけ。
そう漠然と気が付いた時、走馬灯も終わる。
思考が現実に回帰し逃れられない現実に直面する刹那、最後に脳裏に浮かんだのはヘスティアの顔だった。
「ッ!」
何を諦めようとしているんだ!
敗北を受け入れようとしていた弱気な自分を叱咤する。
僕はまだあの人たちになにも返せていない。
こんな所で死ぬわけにはいかないだろう、と怯える心を奮い立たせる。
この状況をどうにかできる方法なんて分からない。
でも絶対に死ねない理由を思い出した。
「うわあああぁぁぁ!!!!」
悲鳴混じりに喉から声を絞り出す。
眦に涙を貯めながら安物のナイフをへっぴり腰で振るう姿は御世辞にも格好いいものではない。
しかしベルはそんなことに頓着している余裕はなかった。
(絶対っ、絶対に神様の下へ帰るんだ‼)
お爺ちゃんが死んでしまったあの日の悲しみを忘れた時なんてない。
置いて行かれるあの苦しみを神様に味わわせてたまるものかとベルは滅茶苦茶にナイフを振り回す。
しかしミノタウロスとベルの力の差は歴然。
ナイフはその皮膚にかすり傷すら負わせることはできない。
それでも、こうやって少しでも逃げる隙を作れたらとベルは歯を食いしばって体を動かした。
「ヴゥムウンッ‼‼」
「がっーー」
少年の何の
それはベルに直撃こそしなかったものの、地面を砕き、ベルは衝撃で尻をつく。
「あ、やばい……」
「フゥーー、フゥーー」
荒い鼻息がベルの白髪に吹きかけられた。
自分よりも大きな怪物の姿にベルは今度こそ絶望する。
こんな風に倒れてしまってはもう逃げられない。
口から震えた吐息が漏れた。
諦観がベルから反抗する気力を奪う。
(神様……ごめんなさい……)
ミノタウロスの蹄が振り上げられる。
モンスターの強靭な腕力はレベル1の貧弱な体など見るも無残な姿に砕く。
血しぶきが上がり、そこでベル・クラネルの冒険は終わった。
「────────────────────え?」
否、吹き上げた血はベルのものではない。
ベルを染める赤色はモンスターの返り血だ。
「………ヴオ?」
ミノタウロスは突如として消えた己の上腕を呆然と見ている。
理解が追い付いていないのだろうか、間の抜けた声を上げるその姿からは先ほどまでの絶望的な威圧感は霧散している。
「ヴ、ヴゥモオオオオオオオオォォォ!?」
やがて痛みが追いついたミノタウロスは錯乱しながら己の腕を奪った下手人。
背後に立つ冒険者の存在を察知し、振り向く。
それは瞬きの間の出来事、しかし彼女にはそれだけで十分だった。
胴、胸部、大腿部、下肢、肩口、そして首がバラバラに別れた。
ベルには辛うじて銀の光が走ったと感じられたそれは剣による斬撃。
安物のナイフでは傷一つ付けられなかったミノタウロスは、あっさりと分解されてしまう。
断末魔と共に崩れ去る怪物の体。
その先に彼女はいた。
ミノタウロスだけではない。数多のモンスターを先ほどまで屠っていたであろうサーベルは先端から血が
金の長髪は薄暗いダンジョンの中でも黄金財宝のように輝いていて、華奢な体の上に乗る童顔の金の目がベルを見下ろしている。
女神様に勝るとも劣らない美貌を持つ少女が僕に問いかける。
「大丈夫……ですか?」
その問いに答える余裕はベルにはなかった。
息が苦しい。
破裂してしまいそうなほどに激しい鼓動を奏でる心臓。
ほんのりと染まる頬、少女を写す瞳は潤み、馬鹿みたいな丈の恋心が産声を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ベル君……返り血をまき散らしながら街を走るのは良くないよ。」
「すいません……反省してます。」
劇的なあの出会いの後、興奮のままギルドに向かったベル。
全身のミノタウロスの血を洗い流すのも忘れて街を横断したベルは、案の定担当アドバイザーのエイナに注意を受けていた。
確かにあれは冷静じゃなかったと反省したベルはギルドのシャワーを貸してもらい、少し湿っぽくなった髪をタオルで拭いた。
「それで、なんであんな格好をしていたのか説明してくれる?」
「あ、はい。えっと、今日は調子がいいので5階層に行ったら突然ミノタウロスが現れて……」
ベルの説明にエイナは頭を痛そうにした。
エイナの忠告を無視した階層への進出も問題だがそれはまあいい。
問題はミノタウロスだ。
中層のモンスターが上層に上がってくるなんてとんでもない
しばらくは下層を活動範囲とする冒険者の応対でかかりきりだろうなぁ、とため息をついた。
「ベル君、言いつけはちゃんと守ってね。『冒険者は冒険しちゃいけない』。これはダンジョンを潜る上での鉄則だよ。」
「ごめんなさい……」
ミノタウロスは15階層以下に出現するモンスターだ。
それが5階層に上ってくるなんて本来あり得ない。
しかし、そんなあり得ない事態が起こりえるのがダンジョンだ。
冒険者は臆病すぎるくらいでちょうどいいのだとエイナは諭した。
「それで襲ってきたミノタウロスからどうやって逃げたの?」
「【スキル】を使ったりしたんですけど結局逃げられなくて、【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんに助けてもらったんです。」
「………ねぇベル君。私、ベル君がスキルを持っているなんて初耳なんだけど。」
「あ」
冒険者のステイタスの秘匿は当然のことだからいいけど隠すならもっと気を付けなよ?とエイナはベルの失言を見逃す。
ギルド職員としては追及しなければならない場面なのだろうが、冒険者にとってステイタスは生命線だ。
ギルド職員である前に冒険者たちのアドバイザーたらんとするエイナは敢えてベルの零した言葉を聞かなかったことにした。
(それより気になるのは……)
アイズの話をした時のベルの表情だ。
ベルは良くも悪くも表情に感情が現れる。
あの表情は完全に……
「ベル君。ひょっとしてヴァレンシュタイン氏のこと好きになっちゃった?」
「………………はい」
羞恥と緊張で思わず逃げ出したという話など、ほほえましい限りだが難しい恋をしたものだ。
アイズ・ヴァレンシュタイン。
都市の二大派閥たる【ロキ・ファミリア】の幹部と言う、駆け出し冒険者にとっては正に雲の上の存在だ。
対するベルは【ヘスティア・ファミリア】というできたばかりの新興派閥。
肩書が全然釣り合っていないのだ。
「ベル君。想いを諦めろとは言わないけれど……私はかなり難しいと思うよ。」
少なくとも、今は冒険者として並び立つ努力をする時だ。
言外に伝えられて少しへこむベルを見てエイナは困った顔をする。
その後、換金を済ませたベルを見てエイナは少し
「あのね……さっきはああいったけど、女の人は強い男性に引かれるものだと思うから……」
がんばって、と。
エイナの言葉に少しへこんでいたベルの表情が明るくなっていく。
「エイナさん、大好きーー‼」
「えうっ!?」
「ありがとう!」
顔を赤くしたエイナを横目にベルはオラリオの街を再び走っていった。
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祖父の言っていた言葉。
可愛い女の子との出会いは冒険の
その言葉に従ってこの町まで来たけれど、それはホントだった!
想像していたのとは配役が逆だったけど、素敵な出会いがオラリオにはあったんだ。
こんな頭の悪い考えで冒険者になった僕だけど、この胸の高鳴りが出会いを求めたのは間違いじゃなかったと教えてくれた。
ドラえもんさんは僕が歓楽街で遊ぶ、なんて言っていたけどそんなの嘘だ。
この憧憬を前にハーレムとかそんな考えは吹き飛んでしまった。
この一途な思いを持ったまま他の女の人と付き合うなんて思えない。
ただ、まだ出会いがあったばかり。
ここから先を行くためには今のままじゃダメだ。
今日死にかけて強くそう思った。
ダンジョンもアイズ・ヴァレンシュタインさんのこともきっと簡単じゃない。
成長するんだ。ここから、溢れんばかりの情熱と共に。
ドワーフ、ノーム、エルフ、獣人……市民の溢れる大通りを突き進む。
色鮮やかな人ごみの波の中で聞こえる
あの人に並び立てるような立派な冒険者にいつかなろう。
少年の中で可能性の光が瞬いた。
ようやく本編に入りました。
やっぱりベルの原点はここですよね。
※活動報告にて皆様からひみつ道具のアイディアを募集させていただいています。
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