ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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捕獲作戦

 勝利の定義と言うものは何だろうか。

 一対一の決闘ならば単純に戦いの末に生き残っていることだ。

 戦術的に見るならば自身より相手に多くの損傷を与えることだと考えていい。

 だが、戦略的な勝利とは何かと聞かれれば、その定義を簡単に説明するのは難しいだろう。

 極論、戦術的には勝利を収めていたはずが戦略的にはむしろ自分の首を絞めていた、などと言う話は歴史上では間々あることだ。

 

 このリヴィラにおける防衛戦で冒険者たちの目指す勝利とは何か。

 まず、闇派閥(イヴィルス)の撃退は言うまでもなく絶対条件だ。

 飛んでくる火の粉は払わなければならない。

 

(リヴィラをアスレチックハウスで要塞化できたおかげで死者なく闇派閥(イヴィルス)を撃退できる。だが、これはあくまでも闇派閥(イヴィルス)に対する勝利だ)

 

 フィンの想像通りならば、この戦いの裏には闇派閥(イヴィルス)を扇動した存在がいる。

 冒険者と闇派閥(イヴィルス)を潰し合わせて漁夫の利を狙っていたであろう何者かが。

 その何者かは闇派閥(イヴィルス)を撃退したところで、何の被害も受けないのである。

 

(正確には闇派閥(イヴィルス)からの信頼を多少は失うだろうけど……どうも、敵の布陣を見る限りは織り込みの引き算らしい。初めから失うものと分かっているのなら大したダメージにはならないだろう)

 

 冒険者側に死者はいないと言っても、決して消耗が無いわけではない。

 リヴィラの街が襲撃の傷を癒し、従来の機能を取り戻すまでにはある程度の時間が必要であるし、ダンジョン探索の中継基地であるこの街の復旧が進まないとなれば、それを当てにする探索系ファミリアの収益は確実に下がる。

 ダンジョンからの魔石採掘で経済が回っているオラリオ……その行政機関たるギルドが受ける悪影響は計り知れない。

 リヴィラの街が闇派閥(イヴィルス)に襲撃を受けた時点で、オラリオへの攻撃はある程度の成果を既に出している状態なのだ。

 

 現状、最も被害を被ったのは、多くの戦力を溶かす羽目になった闇派閥(イヴィルス)である。

 次いで、街の機能が停止するであろう冒険者側にも無視できない損害が出た。

 そして、未だに姿を見せない何者かは殆ど失っていない。

 

 このままでは姿の見えない第三勢力の一人勝ちである。

 

(未だに詳細がはっきりしない第三勢力……今回の闇派閥(イヴィルス)の消耗を強いる戦い方をした指揮官がその何者かとつながりがあるのは間違いない)

 

 このまま終わるわけにはいかない。

 オラリオを脅かす悪意は未だ無傷のままだ。

 ただ戦いに勝つだけでは、冒険者たちの勝利にはならないのである。

 

(敵は何者なのか。その真実につながる糸をようやく見つけたんだ。逃す手はない)

 

 フィンがどこでもドアで冒険者たちを退避させなかった理由はここにある。

 一瞬で街を要塞に変えるマジックアイテム。

 異常な速さで疲労なく届いた援軍。

 そして敵に宝玉を渡さないとっておき。

 こんな好条件が揃った戦いなど滅多にない。今、この時こそ勝負の仕掛け時だと百戦錬磨の指揮官は判断したのだ。

 

(第一級冒険者に比する敵は厄介だが……連携されなければ幹部やシャクティが揃う僕たちならば問題なく対処できる)

 

 冒険者たちをフィンの指定した場所にどこでもドアで送るベルを見た際、あの扉が虚空から現れているのを見たことで思いついた作戦だった。

 あれならば相手の意表をついて、強制的にこちらが有利な戦場に飛ばすことができる。

 扉の大きさだけはネックであったが、そうした作戦の不安要素を埋めるのが個々人の力と言うものだ。

 

「レフィーヤがあの戦いで一皮剥けていたことが大きかった。以前のレフィーヤならここ一番で高精度の魔法は放てと言われても即座に頷くことは無かっただろう」

 

 準幹部級の団員が着実に成長している事実に、つい頬が緩む。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】の後継者と言う肩書も、今の彼女ならば重荷に感じることは無いだろう。

 

「あの仮面の男が第三勢力の中では最も崩しやすい」

 

 援軍が来るまでの数日間でフィンは男の実力を看破していた。

 身体能力こそ第一級冒険者に匹敵するが、それを駆使する戦闘技能が余りにもお粗末だ。

 自分たちと同等の身体能力の敵など、深層ではいくらでもいた。

 それを何度も乗り越えているのは、【ロキ・ファミリア】が培ってきた戦闘技術の賜物であり、幾度も【冒険】を経験したからに他ならない。

 

 自分の体に振り回される未熟者など敵ではない。

 用意された有利なフィールドならばなおのことだ。

 そんな状況でだからこそ、()()()()()()()という最大の勝利を目指すことができた。

 

「いつまでも何者か、なんて呼んでいたら格好がつかないからね。いい加減、その顔を拝ませてもらおうか」

 

 第三勢力の不気味さの根源は不明なことである。

 何者であるか分からないから十分な警戒が出来ず、謎に包まれているからある種のカリスマ性をもって盤上に影響を与え続けていた。

 逆に言えば、その正体こそ分かれば世界最強の眷属が集うオラリオが対処できない道理はないのだ。

 

「さあ、勝ちにいくぞ!」

 

 勇者の声に冒険者たちは雄叫びで返した。

 闇派閥(イヴィルス)を倒し、敵の情報を奪う。

 それこそこの場における冒険者たちの完全勝利なのだ。

 決して敵を逃がさない盤石の体制の中に放り出される哀れな生贄が現れる瞬間を、怒りに燃える冒険者たちは今か今かと待ちわびる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 フィンがベルに下した指示は単純だ。

 リヴェリア・レフィーヤを送り届けた後、指定のカウント後にある地点にどこでもドアを繋げて扉を開いておくだけ。

 それだけで戦況は一変するのだと。

 

 どこでもドアは戦闘向きのひみつ道具ではない。

 そう考えたベルからしてみれば、こんなに極悪な使い方ができるひみつ道具だったのかと戦慄する思いだ。 

 フィン・ディムナは寒気がするほどに頭の回転が速い人物だという評は正しかったらしい。

 これだけ冴えていなければ団長など務まらないのだろうか。

 

(……もし団員が増えたら、その人に団長は任せよう)

 

 少なくとも自分がここまでできる気がしない。

 あまり頭の性能がよろしくはないことを自覚するベルは、フィンと自分を比べてそう思ってしまった。

 

(きっとこの人ならひみつ道具の使い方一つであたふたしないんだろうな……)

 

 リリと言い、小人族(パルゥム)は皆頭が良いのだろうか。

 大役を任されてちょっと現実逃避気味に考えているベルの横で、モダーカが淡々とカウントを数えている。

 そして、ハシャーナは緊張しているベルに作戦のおさらいを提案した。

 

「坊主、最終確認だ。ドアから仮面野郎が飛び出して来たらすぐに扉を閉めて、俺たちと同時に戦場を離脱する」

「は、はいっ」

勇者(ブレイバー)はカウント通りに仮面を吹っ飛ばすと言っていたが、想定外のアクシデントがあるかもしれん。時間通りに跳んでこなくてもドアの中を覗くな。飛んできた野郎とぶつかる可能性がある」

「そして5秒経っても飛んでこなかったらどこでもドアを閉める……ですよね」

「そうだ」

 

 ドアノブを握る手に力が入る。

 もし、指揮官が飛んでこなかったら凄い居たたまれないと思う。

 正否は既に参戦している二人次第と言うワケである。

 

(向こうの状況が分からないって怖いな)

 

 離れた場所で起きていることを把握できるひみつ道具はない。

 ひょっとしたらアスレチックハウスにその機能があるのかもしれないが、冒険者側の生命線ともいえるひみつ道具をあれこれ弄るわけにもいかないので確認はしていなかった。

 生きている心地がしないとはまさにこのことだ。

 

「10…9…8…7…6…」

「来るぞ!」

「5…4…3…2…1…0‼」

 

 永遠にも思えるカウントがついにゼロを刻むと同時に、どこでもドアを指定の場所に繋ぎ、解放する。その途端にドアから飛び出る白い影。

 

「仮面野郎だ!」

「よし!坊主、退くぞ‼」

 

 作戦通りにベルの首根っこを掴んで一目散に逃げる二人。

 そんな彼らを飛び出てきた仮面の男が追うことは無かった。

 正確にはできなかった。

 

「!?!?」

 

 飛ばされた仮面の男に絡む縄。

 何故か水晶の柱が乱立していた戦場にいたにもかかわらず、突如足場も建物も網でできている異様な光景の中にいる現状が理解できず、混乱する仮面の男。

 絡まる縄を振りほどこうとする男だったが、その耳に無数の何かが風を切る音が入る。

 同時に、この状況に頭の中で何かが掠めた。

 

(待て、網?網だと?確か報告の中に……)

 

──南区、街が網でできた迷路に変貌している!行軍しようにも、網が足に絡まり、そこに魔法が飛んでくるため突破できない!

 

 レヴィスがアリアの風を見つけて飛び出す前、闇派閥(イヴィルス)を指揮していた際に耳に入っていた意味不明な戦況報告の一つ。

 この網でできた街と言う奇妙な光景が、その報告と重なる。

 

「……待て、待て待て待て待て!?ここが南区だと言うのなら!?」

 

 風切り音の正体に気が付き、仮面の下の顔色を蒼白にする男。

 このままでは不味いと慌てて縄を引きちぎりにかかるが一歩遅かった。

 男に襲い掛かったのは魔法と矢の雨嵐。

 数日間にも及ぶ籠城の末、フラストレーションが山の如く溜まっていた冒険者たちは、その怒りを全てぶつけんとばかりにこの地に集結していた。

 アイズを捕えるために南東地区に戦力を集めていたことが仇となり、この場所に戦力を集める余裕ができた結果、何とリヴィラの街の冒険者のおよそ五割が獲物を待ち構えていたのである。

 

 各々が詠唱を待機させ、或いは弓を引いて今か今かと待ちわびていた所にノコノコと現れた敵の首魁。

 生け捕りにせよと言う命令こそあったが、仮面の男の異様な打たれ強さは既に冒険者の知るところ……ならば、殺す気ぐらいがちょうどいい。

 そう解釈した冒険者たちをフィンが止めることはなかった。

 実際、レフィーヤの魔法を受け止められるだけの耐久があるわけなのだから、第二級・第三級の冒険者の攻撃では生半可な物は通じないのは事実であり、血の気の多い冒険者のご馳走を態々奪って不興を買う理由もなかった。

 

「ぎぃやあああああアアアアァァァッ!?!?!?!‼!?」

 

 そうして仮面の男に降り注がれる魔法と弓矢。

 いかに打たれ強い体を持とうとも限度と言うものがある。

 体を焼き、凍てつかせ、痺らせ、抉り、切り裂く魔法の数々は着実に仮面の男の体力を奪っていく。

 縄が絡まって動けない男など体のいい的でしかなく、次々と冒険者たちの攻撃は命中していた。

 

(だ、だが、彼女の寵愛を受けたこの身はこれしきのことで……っ!)

 

 ダメージは積み重なるが第一級以下の冒険者たちの攻撃は決定打にはなり得ない。

 苦痛に口元をゆがませながらも、ひび割れた仮面の奥で無駄な攻撃を繰り返す冒険者たちを睨みつける。

 動けないでいるこの状況は逆に好機。

 力を蓄えて耐久を上げ、回復に努める。

 魔法が止み、弓矢が尽きたらその時こそ反撃の時だと憎悪を燃やす男。

 だが、フィン・ディムナと言う男がそれを見逃すはずがない。

 

「やれ、ティオナ!」

 

 待機していた魔法が尽きるタイミングで発せられるフィンの号令。

 アマゾネス特有の柔軟な四肢を存分に発揮して、上空に跳躍した褐色の少女は砲弾のように弧を描いて仮面の男に迫った。

 

「殺しちゃわないよう、にっ‼」

 

 アマゾネス専用装備である大双刃(ウルガ)の刃ではなく、剣の腹をぶつける。

 戦闘種族にしか扱えない馬鹿げた質量の得物は、絶大な威力をもって仮面の男の頭に振り下ろされた。

 ゴッスッ‼と鈍い音が響く。

 冒険者の中には思わずその音に顔をしかめる者もいた。

 仮面が割れていないことを見るに、衝撃を仮面の下に直接浸透させるという無駄極まりない高度な技術が発揮されたようだ。

 

「グッ、ガハッ……」

 

 鉄塊に脳を揺さぶられた男はそれどころはなかったが。

 冒険者たちの攻撃で弱っていたこともあり、受け身を取ることもできず白目を剥くほどの衝撃をもろに受けてしまう。

 たちまち平衡感覚を失い、最早体を動かすことすら覚束ない。

 意識が飛びかけるが、それだけは舌を噛んで耐えた。

 

(逃げなくては……早く逃げ……)

 

 朦朧とする意識で自分が縄で雁字搦めになっていることすら忘れ、芋虫のように無様に、滑稽に藻掻く仮面の男。

 そんな男に告げられる幕引きの言葉。

 

「【リスト・イオルム】」

 

 光の鞭が仮面の男の体に巻き付き、締め上げる。

 僅かに残された動く力も奪われた仮面の男は、この魔法を行使した下手人に視線を向ける。

 

「魔法はあまり得意じゃないけど、一発で成功したみたいね」

 

 先ほどの少女と同じアマゾネス。

 ティオナ・ヒリュテの姉であるティオネ・ヒリュテが姿を見せる。

 先ほどまでの魔法や弓矢は本命であるこの束縛魔法を隠すための物だったか、と仮面の男は朧げながら悟った。

 魔法種族(マジックユーザー)ではなく、本人も積極的に魔力のアビリティを習熟していないとはいえ、第一級まで器の昇華を果たしているこの魔法の鞭は、階層主すらも封じることが可能だ。

 多少頑丈なだけの男が突破することは不可能。

 

「いい加減こっちも我慢の限界だったのよね……一発殴らせろこの野郎‼」

 

 一見大人しいようでその実、妹よりも気性が荒い。

 そんな彼女の噂を脳裏に浮かべながら、仮面の男は脳天に突き刺さる拳の衝撃に今度こそ意識を失うのだった。




 オリなんとかさん退場回。
 終わってからそう言えばこいつの名前出てなかったなと気が付く。
 でもこいつの名前なんてそこまで重要じゃないしいいか!と開き直りました。

 それはそうと、この人が早期退場したことでとあるエルフがハードモードになりました。ごめん。

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