「じゅ、18階層……」
冒険者歴がようやく1か月に届くかどうかと言う新米が、ギルドが設定する適正レベルが2である18階層。
それも第一級クラスの実力者による襲撃の真っ最中に飛び込んだというのである。
「街がアスレチックになったとか、首魁を無理矢理包囲網に転移して囲んだとか、何だか嫌な予感がしたと思ったら……」
「ご、ごめんなさい」
ベルを見る目がついジト目になったことは許してほしい。
だが、ギルドに上がってきた意味不明な報告のせいでギルド側も混乱し、職員達が地獄のような確認作業をさせられたのだからつい不満を持つのも無理はないことだ。
「確認するけど
「はい。ずっと裏方でしたし、僕を見たのは
ベルの返答に小さく安堵の息をつく。
ベルはつい先日に
こんな短期間で何度も顔を見られてしまっては完全に顔を覚えられてしまう。
そうなればダンジョン探索どころの話ではない。
「ベル君。私の言いたいことは分かるよね」
「でも……」
「でもじゃないの」
ベルが恩人を助けたいと思っての行動だったことは分かっている。
ひみつ道具が有用だったことも認めよう。
だがそれはベルが死地に出ていい理由にはならない。
「ダンジョンじゃ死んだら終わりなの。やり直しなんてできないんだよ」
都市中の冒険者の情報が集まるギルドに所属するエイナはそのことをよく知っていた。
ベルのスキルは破格の効果を持つが、穴が無いわけではないのだ。
効果が安定せずに運頼りになる点。
ひみつ道具の使い方が手探りなため、実戦で思わぬ落とし穴が発覚する可能性。
何よりも、ベル本人の強さは何処までもレベル1であるということ。
ひみつ道具は強力だがそれに比する、或いは凌駕するスキルや魔法が全くないわけではない。
それこそ、人狩りを得意とする
気配を隠し、一撃必殺の毒で相手を仕留める暗殺者など、正に地力が足りないベルの天敵ではないか。
冒険者の寿命は短い。
レベル1の下級冒険者はもちろん。器の昇華を果たした上級冒険者ですら次々と死んでいく。
期待のルーキーも、熟練のいぶし銀も、怪物と恐れられた逸材も。
ある者はモンスターの牙にかかり、ある者は迷宮の罠かかり、ある者は同じ人間の悪意に屈してあっさりと死んでしまうのだ。
「【
神々も
だが、この状況は長く続くことは無いだろう。
既にベルが起こした奇跡の数々は隠蔽できる物ではない。
点と点を線に結ぶことなど、このオラリオに生きる者たちからすれば造作もないことだ。
既に導火線に火はつけられた。爆弾に着火することはもはや避けられない。
「部外者だった私には君の判断が絶対に間違っていたとは言えないよ。君が行かなければとんでもない被害が出てたかもしれない。でも、今回のことは態々君が出る必要はなかった。リスクを負わず、【ガネーシャ・ファミリア】に任せるって言う選択肢もあったよね」
エイナの言葉にベルは俯いた。
ベルもそれは分かっていたのだろう。それでも居ても立っても居られなかっただけで。
それが少年の美点であることは事実だが、今回のように何でもかんでも背負い込んでいればいつか潰れることは目に見えている。
アドバイザーとして、ここは心を鬼にしなければならない。
「今後はひみつ道具を使った適正階層以外への移動は許可しません。まずはちゃんと実力を上げること。いい?」
「はい……」
この先も同じようなことをしていれば間違いなくベルは死ぬ。
自分の身を自分で守れる程度の力を得るまでは、中層以下に行かせるわけにはいかない。
もしその必要がある時は、エイナに相談してからだ。
エイナの言葉をベルは沈んだ様子で受け止める。
打ちひしがれる少年に内心苦笑しつつ、エイナは場を切り替えるように優しい口調になる。
「……少し厳しい物言いになっちゃたけど、暫くは安全だろうし、ゆっくり力をつけていけばいいよ」
「はい……」
「頑張っていこう?私も一緒に手伝うからさ」
「はい!」
「じゃあ、早速勉強しようか」
「はい?」
ドスンッ、と机に置かれる本の山。
心なしかいつもの二倍以上ある気がするそれにベルの顔が引き攣る。
「あの……エイナさん?」
「ベル君からドラえもんさんたちの話は聞いていたのに、移動系のひみつ道具を想定してなかったのは私の落ち度だった。これからも何かの拍子に下層に落ちてしまう可能性がある以上、上層の知識だけで満足してたら駄目だったよね。これからはいつもより厳しめに行くよ」
いつもあり得ないくらいに厳しかった気がするが。
一日に参考書数冊を暗記させられていたのは厳しくなかったのだろうか。
「【ヘスティア・ファミリア】は
ふんすとばかりに張り切るエイナは可愛いが、実質死刑宣告されているベルがそう感じる余裕はなかった。
3か月もあれば大まかな所は網羅できるスケジュールらしい。
つまり3か月はあの量の勉強をさせられるという事か。逃げたい。
「あ、これだけだと足りないかもしれないからもうちょっと持ってくるね~」
違った。もっとあるらしい。
バタン、と閉められた扉を凝視するベル。
今なら逃げられるかもしれないが、呆然自失と言った状態でノロノロと参考書に手を伸ばす彼はエイナに完全に
その日、兎の哀れな唸り声がギルドに悲しく響いた。
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(やっぱり本部の資料じゃ目新しい情報はないか)
一日の業務を終え、担当冒険者に付きっきりで講義をした後に資料室に通い詰めという、他の職員がドン引きするような過重労働を行うエイナは手に持っていた資料を棚に仕舞いながらため息をついた。
ベルのサポーター。リリルカ・アーデが所属する【ソーマ・ファミリア】に関する調査は未だ芳しい成果を上げられていない。
【ソーマ・ファミリア】所属の冒険者を担当するアドバイザーにもそれとなく聞いて回ったが、妙に金に執着しているという事以外は分からないのが現状である。
(やっぱり足で探すしかない)
既に今日の勤務時間は過ぎているからこのまま街に出向いても問題はない。
同僚たちに挨拶をしてから本部を出ると、既に日が傾き、街は茜色に染まっていた。
(アーデ氏が本当に良からぬことを企んでいるかは分からないけど、所属するファミリアのゴタゴタに巻き込まれる可能性も十分にある。ちゃんと見極めないと)
18階層から戻ってきてすぐに
アドバイザーとして万全を期するのは当然だろう。
(……って言うのは流石に厳しいかな)
確かに【ソーマ・ファミリア】に怪しい点があるのは間違いない。
だが、今回の行動は流石にベルに肩入れしすぎだ。
公平・平等を謳うギルド職員としては失格かもしれない。
事が明るみになれば最悪解雇もあり得る。
それでも、彼が傷つくのも、悲しむのも嫌だから。
エイナは間違った選択を後悔しない。
「ここ……だよね?」
やがて一つのアイテムショップの前で足を止める。
石造りの2階建ての建物。『リーテイル』という店名らしきこの店は様々な商業系ファミリアの商品を入荷しており、冒険者たちからの評判も高い。
そんな店にエイナがやってきていたのは、この店に入荷される商品の中に【ソーマ・ファミリア】製の酒があるからだと聞いたからだ。
とにかく少しでも新しい情報が欲しいエイナは、冒険者たちやギルドとはまた違った視点から【ソーマ・ファミリア】を見ている商人たちに話を聞こうと思い至ったのだ。
(結構人気の店って聞いてたけど、今日はあまり人がいないみたい)
この店の商品はいいものが揃えられているだけあって、値段が相応に高い。
今エイナが手に取っているソーマ製のお酒など、何と6万ヴァリスもする。
この適当なラベルと瓶でベルの装備一式より高いのだ。
ギルド職員として高い給与をもらっているエイナですら躊躇する金額。こんなものを日常的に買えるのは高ランクの冒険者くらいだろう。
そんな高ランクの冒険者の多くはリヴィラの街の復興作業で18階層にこもりきりになっている。
そのあおりで客足が減っているのかもしれない。
「おや、この店に冒険者でもない人が来るとは珍しい」
「ひゃっ!?」
その時、突然背後から声をかけられて思わず飛びのく。
そこにいたのは首まで伸びるややクセが付いた金髪に、柔らかな美顔を持つ一柱の神だった。
比較的穏健な神としてギルド内でも評価が高いその神の登場にエイナは驚く。
「神ディオニュソス……?」
「それは『ソーマ』か。それに目を付けるとは中々目の付け所がいいお嬢さんだ」
エイナの持つ酒瓶を見て頷く神に、そう言えば神ディオニュソスは無類の酒好きとしても有名だったと思い返すエイナ。
「あの、神ディオニュソスは『ソーマ』を買いに?」
「いや、私の好みは葡萄酒だ。『ソーマ』もいいが今日は新たな味に巡り合えないかと歩き回っていた所だよ」
「そうですか……つかぬことをお伺いしますが、この『ソーマ』は普通のお酒なのでしょうか」
「……ふむ?」
冒険者たちの異様な熱を思い出し、もしかしたら何かしらの関係があるのではないかと詳しそうな神ディオニュソスに問う。
すると、神ディオニュソスは一瞬だけ感情の見えない目を細め、興味深そうにエイナを見た。
その視線がどこか居心地悪く、つい早口で言葉を付け足す。
「え、えっとですね?【ソーマ・ファミリア】の冒険者たちの噂を聞いていると偏見があって……」
「いや、いいとも。少しでもあのファミリアを知っていれば気付けることだ。お察しの通りこの酒は普通の物ではない。正確にはこの酒の成功作は、か」
「成功作?」
「ああ、あのファミリアが敬う唯一の物。それが成功作……【ソーマ】だ」
ディオニュソスの言葉に思わず酒瓶に巻かれたラベルの文字を凝視する。
『ソーマ』。杜撰な外見のラベル故に主神の名前を適当につけただけだと思っていたが……
「成功作はこんなただ質の良いだけの酒とは一線を画す出来……正に神業としか言えないものになるという。そしてそれは私たち酒呑みの間では有名な話だが、市場には出回らず、ファミリア内でのみ共有されるという」
「……」
「ピンと来ていない、と言う様子だね?ようはとんでもなく美味い酒だと思ってくれればいい。それこそ、人生の全てを投げ売ってでも、他者を蹴落としてでもまた飲みたいと思わせるほどのね」
そのディオニュソスの言葉で背筋が寒くなった。
恥も外聞を捨て去って、他者を蹴落とす。
まさに異常な狂気に取りつかれる【ソーマ・ファミリア】そのものではないか。
「ここで注意しなければならないのはあくまでも【ソーマ】はただの酒だという事だ。危険薬物を使って脳に異常を引き起こすドラッグとは違い、法的には何の危険性もない材料で造られている」
飲んだものが狂気に囚われるのはただ美味すぎるから。
人の常識を超えた領域を垣間見て二の句が継げないエイナは、自分が今持っている失敗作が恐ろしく思えた。
「なら……【ソーマ・ファミリア】の団員は皆【ソーマ】に酔って……?」
「それはない。
リリルカ・アーデは他の冒険者から虐げられているほどに弱い存在のはず。
ならば後者に当てはまるのだろうか。
この事実をベルに伝えたのち、すぐに彼女の状態を調べなくては。
「……神ディオニュソス。申し訳ありません。少し急用が出来ました」
「やはり酒を買いに来た……と言うワケではなかったか。見目麗しい酒呑み仲間ができると思ったのだが残念だ」
話の途中から話題が酒からファミリアに移行したことで彼も薄々察していたのか、肩をすくませながら小さく笑みを浮かべる。
そして、何やら考えた後、店から出ていこうとするエイナに声をかけた。
「お嬢さん。一つ忠告しておこう。あのファミリアは怖いところだよ。
「何故ならあの歪なファミリア形態を作った団長はレベル2。酔ってなどいない」
「にも関わらず酒の配布をノルマ制にするなんて言う暴走を助長させるやり方をしている」
不気味なほど穏やかに忠告を重ねるディオニュソス。
どこか貴族然とした立ち振る舞いの中に破滅的な空気を漂わせる。
そんな彼を見て、エイナは目の前の存在が人類とは違う視点を持つ
「ここまでの話で【ソーマ】が恐ろしいと思ったのならばそれは違う。本当に恐ろしいのはそれを利用した者だ」
そこを理解しなければあのファミリアの闇に飲み込まれるよ?
ディオニュソスはそこで、どこか遠くを見つめた。
目の前のエイナではないどこかを見る瞳は何かに酔うように陶然としていて……
「神酒はきっかけであっても、
とある理由で原作読者から物凄いヘイトを買っているディオニュソスがついに登場!
なんでリヴェリアじゃないのかと言うと、今のリヴェリアはリヴィラに残っているので地上の店には来れないからです。