ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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彼女の苦しみに彼の想い

 絶望の底にいる者こそこの世で最も苦しんでいる人間だと思っていた。

 実際、希望を失ったあの日はこれ以上ないと思えるくらいに心が追い詰められたものだ。

 だが、人の心と言うものはそう簡単ではないらしい。

 人間の心は強くない。

 絶望の底にいれば心は外界をシャットアウトし、外からのどんな刺激に対しても鈍感になる。

 底まで沈み切っていたあの時は、苦しかったがそれが当たり前だった。

 空気を吸うように、音を聞くように、心に冷たい絶望が広がっていることが当たり前なのだ。

 当たり前のモノに心が強く揺さぶられるわけがない。

 ならば、絶望の底にいることで感じる苦しみは人が思っているほど大きくはないのだろう。

 

 苦しい。

 これ以上ないと思っていた苦しみをあっさりと超える苦痛が少女を襲う。

 どうしてこうなってしまったのか。

 ただの八つ当たりのはずだった。

 惨めな鬱憤をはらして、余計に自分が嫌いになる。そんな未来を予想していた。

 だけどあの少年は綺麗だったのだ。

 容姿が、と言う話ではなくその在り方が。

 

 当たり前のことに笑って、当たり前に泣いて、当たり前に生きる。

 それがあんな尊いことだと知りたくなかった。

 知らなければ、絶望していた自分がそれ以上の痛みを味わわなくて済んだのに。

 

『──リリ』

 

 彼が自分を呼ぶ声がどうしようもなく温かい。

 その白髪のように汚れ一つない少年は、きっと自分が少女に苦しみを与えていることになど気が付いていないのだろう。

 碌に顔も覚えていない両親が付けたその名を呼ぶ声は、両親からは終ぞ感じることがなかった親愛に満ちている。

 どこか、在りし日に失った温かさを思い出させるその笑みが、少女の心を追い詰める。

 

『おう!嬢ちゃん!お前もやってみろよコレ』

『ベルの今日のひみつ道具は玩具だってよ、ホントに何でもありだなコイツ』

 

 一つ温かさを知れば世界は加速的に変わった。

 いや、変わったのではないだろう。

 今までの自分の視野では見ることができなかったものが、彼との出会いで映り始めたのだろう。

 

『ぐぬぬ、このままだとボクが最下位……サポーター君‼次は君の番だ!』

 

 世界は自分が思っているよりちょっとだけおかしなもので。

 ちょっとだけ間抜けなところがあって。

 ちょっとだけ優しかった。

 

『って!?なんで君が最高得点出しているんだああああ!?』

『ボウガンを使っているリリに射撃で勝とうとするなんて無茶ですよ神様……』

 

 それは自分が見てきた世界とは違いすぎて、哀れな小人族(パルゥム)は情けなく右往左往する。

 懐に隠し持っていたはずの敵意の刃はいつの間にか行き場をなくしていた。

 そんな少女がなし崩し的に居ついた場所は、泣きたくなるくらいに温かい。

 

 ふと、恐ろしくなる。

 この甘すぎる世界は自分が作り出した幻なのではないかと。

 次に目が覚めた時は、またあの酒蔵に逆戻りしているのではないか。

 もしそうなったならば、自分はきっと耐えることなんてできない。

 

『にしてもなんでウエスタンゲームなんでしょうね?これ、どこかに西の要素ありました?』

『さぁ、そこは俺たちには分からない異世界的な言い回しなんじゃないか?つうか何気にお前も嬢ちゃんの次にスコア高いな……射撃の才能あんじゃねえか?モンダンカ』

『温暖化みたいな発音で言うんじゃねぇよ!?自分はモダーカです!ワザとだろ!?』

『そして俺がガネーシャだ!』

『合わせんな!』

 

 いいや幻だ。

 この関係は所詮、リリが薄っぺらい仮面を被って作ったもの。

 すぐにぼろが出て終わりが来る。

 それとも先にザニスが介入してきて終わらせるか。

 どちらにせよ、失うと分かっているのだ。

 そうなれば耐えることはできないと分かっているのに。

 

 知らなかった。知りたくなかった。

 この世で最も苦しいのは絶望の底にいる時じゃない。

 底から引き揚げようとして少し上を向いた瞬間なのだ。

 中途半端に希望を持つから、心の壁が取り除かれてどうしようもない現実を直視するハメになる。

 

 彼らの笑う声につられて笑う自分を自覚して、愕然とする。

 ここまで心を許してしまったのかと。

 他人に、何よりも冒険者に。他の誰でもない自分が。

 

 認めない。

 こんな事があってたまるものか。

 少年は冒険者だ。いつか裏切る敵だ。

 今だって、あの無垢を装った微笑みの裏で無力な荷物持ち(サポーター)を嘲ているに違いない。

 どう金を巻き上げるか、簡単に絆された馬鹿な獲物を前に舌なめずりをしているのだ。

 その仮面を暴いてやる。

 化かし合いならば自分を上回る者などいない。

 自分以上に精巧な仮面を纏えるか。

 

「【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」

 

 そうに決まっている。

 そうに決まっている。

 そうに決まっている。

 そうに決まっている。

 そうに決まっている。

 そうでなければ……今までの自分(リリ)は一体何だったのだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 今日のスロットに現れた【ウエスタンゲーム】は大盛況だった。

 18階層の抗争の後で疲れが残ることもあり、多くの団員がホームで休息を選ぶ中、屋内でできる遊びは退屈に殺されそうになっていた冒険者たちにはぴったりだったのだろう。

 ミニチュアに現れる敵役の人形をちょっと変な形の射撃武器で撃つという遊びは、単純ながら奥が深く、【ガネーシャ・ファミリア】によるスコア大会が開かれるほどに熱狂していた。

 

(でも、リリはいつも通り一歩引いていた)

 

 誰もが童心に帰って遊んでいる中、彼女だけは何時ものように過ごしていた。

 楽しくなかったわけではないと思う。

 だが、心が熱くなる前に自制しているのではないか。

 

(上手く行かないなぁ)

 

 出会ってからそれなりに立つが、心を開くあと一歩まで届かない

 神様が言っていた「あいすぶれーく」のためのレクリエーションを自分なりに考えてみたのだが、やはりその日のうちに考え付いた程度のアイディアでは駄目なのだろうか。

 

(次はもっと一緒になって楽しめるような……ん……?)

 

 リリの心を開くための次の一手を考えていると、通路の脇からヒョコッとこちらを除く顔。

 リリと背丈が同じくらいのエルフの少女だ。

 ちらりと見えた服に【ガネーシャ・ファミリア】の紋章(エンブレム)があったし、見慣れないがこのファミリアの団員の子どもなのだろうか。

 見かけない顔だがエルフとは元来人見知りなもの。

 ずっと新顔である自分から逃げていたのかもしれないとベルは結論付けた。

 

「お兄さん、お兄さん」

「え?僕?」

 

 だが、人見知りと言う予想に反して少女は人懐っこくベルに話しかけてきた。

 思わず動揺するベルをエルフらしい整った可愛らしい顔でクスクスと笑う少女。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「う、うん、僕はいいけど……?」

 

 そう言えばファミリアの団員の子どもは、親と同じファミリアに入ることがほぼ内定しているので、ファミリアの外とのつながりが薄くなりがちだと聞いたことがある。

 ガネーシャのホーム(アイアム・ガネーシャ)にいながら他派閥であるベルに興味を持っても不思議ではないだろう。

 ダンジョンのこととか聞かれるのかな?と気楽に構えていたベルは次の少女の質問で目を見開いた。

 

「あの小人族(パルゥム)荷物持ち(サポーター)って絶対にお兄さんを嵌めようとしますよね?それなのにどうして契約を結び続けているんですか?」

「……」

「この前だってお金をちょろまかしていたらしいですよ」

 

 予想外の言葉に咄嗟に返事が出来ず、沈黙してしまうベル。

 それをベルの心が揺れていると判断したらしい少女は畳みかけるようにリリの悪事を暴いた。

 

「アイテムだってお兄さんから相場以上の値段を吹っかけてるらしいし、この前なんて預かっている荷物を勝手に広げて漁ってましたよ?泥棒でもしたんですよきっと」

「……」

「おまけに陰でお兄さんの悪口ばかり言ってるんですよ?散々お兄さんにお世話になっている身分のくせに自分勝手だと思いませんか?」

「……」

「あんな奴とはさっさと縁を斬っちゃえばいいんですよ。あっ、そうだ!ここは【ガネーシャ・ファミリア】ですし、捕まえてもらえばいいんです。なんなら慰謝料で搾り上げて……」

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 気づけばリリが逮捕されそうになっていて、慌てて少女の言葉を遮る。

 一体この少女はどうして他人が逮捕されるという話を嬉々として話すのか。

 憲兵だらけの環境で過ごすとこうなるものなのかもしれない、とちょっと偏見を抱きつつもヒートアップしていた少女を止める。

 

「えっと、まず、はっきり言っちゃうとリリを【ガネーシャ・ファミリア】に引き渡そうとは考えていないよ」

「なるほど!つまり調子乗ってるサポーターへ分からせるのは自分一人でやると。きっと公的機関ではできないような過激な拷問を……」

「全然違うよ!?君の中で僕はどんな外道に見えてるの!?」

 

 何故明らかな犯罪行為についてそんなに楽しそうに語りだすのか。

 一応、都市の憲兵の子どもなわけだし、もうちょっと穏やかでいるべきだと思う。

 

「ならお金を巻き上げるとか?最初に騙そうとしてきたのは向こうですし、社会的地位が底辺な荷物持ち(サポーター)ならどんなに吹っかけても許されるでしょう」

「一旦犯罪から離れて!?僕リリにそんなひどいことする気はないよ!?」

 

 ぜぇぜぇ、と息を切らしそうになりながら突っ込み続けたベル。

 この少女はリリに何か恨みでもあるのだろうか。

 

「騙されてるのは何となくわかってるよ?でも、嵌めてやろうとか、仕返ししてやろうとか考えているわけじゃないんだ」

「なんでですか?酷いことされているんじゃないですか」

「本当に大した理由じゃないんだけど……今のままリリと離れるのは嫌なんだ」

「……は?」

 

 ベルの返答がよほど想定外だったが、少女は先ほどまでの猫を被った声色と違って素らしき声を上げる。

 心なしか、少女の表情は全く似てないにも関わらずリリと重なって見えた。

 

「本当はね?色んな人にリリとの契約を続けるのはやめたほうがいいって言われたんだ」

「……当然です。あの小人族(パルゥム)は最低なんですから」

 

 だからこそ、先ほどのベルの発言が理解できないと少女は返す。

 

「皆、僕より頭のいい人たちだからきっとそれが正しいんだと思う」

「だったら何故そうしないんですか?」

 

 何故そうしないのか。

 その問いにどう答えるべきか迷った。

 理由ははっきりしているのだが、かなり馬鹿らしいものだから。少女を納得させる説明がなかなか思いつかなくて。

 少女のどこか非難するような視線を前に、言葉を探しつつ自分の想いを伝えた。

 

「えっと、寂しそうだったんだ」

「……」

「ボクの勘違いかもしれないけれど、時々あの娘が見せる表情が悲しくて……放っておけないんだ」

 

 レクリエーションを行った日の神様との会話を思い出す。

 リリを観察して、良からぬ事を考えているんじゃないかと僕に言ってきた時。

 僕が神様に返した言葉を。

 

『……神様、一つだけ教えてください。さっきの心理テストの結果。あれって神様がさっき言ったことが全てですか?』

『……どうしてだい?』

『リリは僕よりずっと頭がいいから、騙されているかもしれないけれど。彼女の行動が悪意によるものだけだと思えないんです』

 

 どこか、自分に取り入るために猫を被っているらしいことには気が付いていた。

 ただ、その仮面はどこか脆くて、時折少女の本音が垣間見えている気がする。

 

『今日も僕と神様を見て寂しそうだったと思いました。ファミリアに居場所が無いという言葉にも嘘は無いと思います』

 

 もしかしたらリリを信じたいあまりに無理やり作り出した錯覚なのかもしれない。

 それとも、そう思わせること自体がリリの計画なのか。

 でも、間違っているならそれで構わない。僕が馬鹿だったというだけの話なのだから。

 そんな僕に神様は一つため息をついた。

 

『あぁ、ベル君の言う通り。バウムテストから分かったのは彼女の欺瞞だけじゃない。あの子自身が気が付いていないであろう願望も映し出されていた』

 

 幹が黒く塗られていることが示していることは自己嫌悪。

 周りにぽつぽつと描かれた草から読み取れるのは助けを求める心。

 

『でも、このテストは完全に人の心を暴くわけじゃない。あくまでも参考程度にとどめておくものだぜ』

 

 神様が僕にこのことを教えなかったのは、僕がこういうと分かっていたからだ。

 でも、仮に心理テストの結果が違っても僕はリリと契約したと思う。

 

『君は優しすぎるよ……』

『違いますよ。僕は神様から貰ったものを別の誰かに返したいだけなんです』

 

 一人は寂しい。

 オラリオに来て、どのファミリアにも入れてもらえずにいた僕はそれがよく分かる。

 僕は神様に出会って救われた。

 なら、リリは?

 

『あんな寂しい顔をして欲しくないから、僕はリリと契約したいです』

 

 ひどい出会いだったけど、この出会いが少しでも彼女にとって意味のある物であって欲しいから。

 愚かだと分かっていても僕はリリを選んだ。

 そんな僕に神様はやっぱりこうなったかと笑った。

 

「そんな……そんな馬鹿なことを考えていたのですか!?」

 

 少女の怒声に思考を現在(いま)に引き戻される。

 食って掛かるように詰め寄る少女は、僕が想像していた以上に僕の答えを否定した。

 

「え、えっと……」

「あのサポーターはそんな奴じゃありません!自分勝手でずる賢くて汚れた最低の小人族(パルゥム)なんです!ベル様がそんな風に背負い込む価値もない屑なんです!いつか必ずベル様の想いを裏切るに決まってる!」

 

 凄まじい勢いでリリへの罵詈雑言を発する少女。

 やはり何かリリに恨みでもあったのだろうか。

 僕で初犯じゃないならあり得そうな話ではあるが。

 

「そ、そこまで言わなくても」

「いいえ、言います!それはベル様の妄想です!あのサポーターはただのコソ泥で、自分がやって来たことを棚に上げて悲劇のヒロインぶる救いようのない愚か者で、いつか惨めな最期を迎えるのがお似合いで……」

 

 仲間を侮辱されているはずなのに、何故かベルに怒りが湧いてくることは無かった。

 言葉を発するたびに目の前の少女が傷ついている気がして、何かに追い詰められている少女を責める気になれなかったのだ。

 どうしてリリに対する想いを語って目の前の少女が追い詰められているのかは分からなかったが。

 

「それでも、リリは僕のパートナーなんだ」

「……っ」

「勘違いならそれでいい。でも、彼女が本当に困っているのなら力になりたい。僕は馬鹿で弱いからできることなんて限られているけど……傍にいるくらいならできるでしょ?」

「あなたは……」

 

 何かを言いたげにして結局言葉が見つからなかったのか俯いた後、少女は耳を揺らし、逃げるようにその場を立ち去った。

 それと入れ替わるようにモダーカさんが通路の奥から現れる。

 

「おーいベル。お前の主神様が呼んでたぞ」

「あ、はい。今行きますモダーカさん」

 

 少し、少女の様子が気になったが神様が呼んでいるのなら行かなければ。

 その前にモダーカさんに立ち去ったエルフの少女へのフォローを頼む。

 

「……うちにそんな子供いたか?」

 

 流石に【ガネーシャ・ファミリア】ほどの巨大派閥だと団員全員を覚えてはいられないのか、モダーカさんは怪訝そうにしていたけど。

 あんなに取り乱していたし、見ればその子だと一発で分かるだろう。

 後はモダーカさんに任せて神様の待つ部屋に向かおうとして……

 

「……あれ。そう言えばあの子、ベル様って」

 

 少女が口にしていた自分への呼び名にほんの少し違和感を覚えた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……」

 

 少女は苦しかった。

 嘘であってくれたならよかったのにと。

 彼が自分すら欺く悪人だったのなら、自分はこの関係を簡単に捨てられたのだ。

 

 なのに、現実は何処までも優しくて。

 少女にとってどこまでも厳しかった。

 

「どうして……」

 

 こんなになってしまってから出会ったのか。

 もし、まだ汚れを知らなかった頃に出会えていればこんな気持ちにはならなかったのに。

 届かないのならせめて知らずにいさせてくれてもいいではないか。

 

 きっとこれは報いなのだろう。

 自分勝手な小人族(パルゥム)に与えられた罰。

 何もかも手遅れなこの状況はいっそ運命的だ。

 

 仮面は剥がれた。

 ここにいるのは誰にも手を取ってもらえず、泣いている少女。

 綺麗な少年には全くもって相応しくない泥まみれの少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女宛にザニスからの手紙が来た。




 ウエスタンゲームはM.A.G.様のリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 前作でうまく使えなかったリリの魔法を今作では話に組み込めました。
 ベルの偽りなき思いに触れてリリは何を思うのか。
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