ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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FROM LILI to BERU

「10階層?」

「はい、ベル様の成長速度を考えれば既に安全マージンは確実に満たしているとリリは愚考します」

 

 今日のステイタス更新を終えた僕は、部屋の前で待ち構えていたリリの意見に首を傾けた。

 10階層と言うのはダンジョンにおける1つのターニングポイントと言われている。

 何故なら、この階層から現れるモンスターにはいくつかの特徴があるからだ。

 

 一つは大型のモンスターが出現するということ。

 上層に現れるモンスターは今まで人間以下の大きさのものばかりだった。

 だが、この階層からはオークなどの人間を圧倒するような体躯を持つ怪物が姿を見せるのだ。

 体がでかいというのはそれだけで驚異だ。単純に体に蓄えられるエネルギーが違う。

 筋肉だってたっぷりと付けることができるし、遠心力によって攻撃の破壊力も増す。

 そして何よりも怖い。

 上から見下ろされるというのはそれだけで人に精神的な苦痛を引き起こすものだ。

 

 二つ目は天然の武器(ネイチャーウエポン)だろう。

 天然の武器庫とも称されるこの階層は貧相な木々が乱立する。しかし、ダンジョンに生えている木がただの木な筈がない。

 この一見すると何の変哲もない枯木はモンスターが握ることで強固な棍棒に変化する。

 人間の強さは突き詰めれば他の生き物を寄せ付けない頭脳と、自らの非力を塗りつぶす武器にある。

 素手ならば問題なく倒せる相手がこの武器を身に着けるだけで、やりづらい難敵と化すのだ。

 

 何より、霧に覆われた階層が不味い。

 ダンジョンが冒険者を殺し来る、と言うのはそれなりにダンジョンに潜った経験があれば、誰でも一度は経験したことがあるのだと聞く。

 この10階層は明確にダンジョンが侵入者に対して妨害を仕掛けている。

 毒性の無い霧ではあるが、情報取得のほとんどを目に頼る人間には視覚を奪われるという状況は最悪だ。

 気が付いたら棍棒を振り上げているオークと鉢合わせ、なんて笑えない報告もたくさんある。

 

 ダンジョン探索にまだ慣れているとは言い難い僕はまずは9~8階層で経験を積んでから……と思ったんだけど。

 

「ベル様なら大丈夫ですよ、11階層まで降りたことのあるリリが保証します。そもそもアドバイザーの方にもお墨付きは貰っているんでしょう?」

「まぁ、厳重注意付きだけど」

 

 本当に細かい注意書きを実際に渡された。

 僕のステイタスはそろそろAに届くものもあるし、魔法が使えるのも理由の一つだ。

 リリの言う通り、客観的に見れば僕は十分に10階層に行ける。

 ……それでも行く気になれないのは、あのミノタウロスたちがトラウマになっているからだろうか。

 

「それにいざとなればベル様にはひみつ道具があります!万が一なんてありえません!」

「あまりスキルに依存したくないんだよなぁ」

「だからといって使わないのは宝の持ち腐れですよ」 

 

 確かに多少のトラブルなら大丈夫だろう。

 だがそれはひみつ道具ありきの冒険者になってしまう危険性もある。

 そもそも【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】は出てくるひみつ道具が完全にランダムだ。

 頼りすぎれば運が尽きた瞬間が僕の命日となる。

  

「取り敢えず今日貰ったひみつ道具で何か役立ちそうなものはありますか?」

「えっと……今日のひみつ道具はどれも戦闘向きじゃないと思う」

「……それは残念です。オークに囲まれても無双するベル様は見れそうにありませんね」

 

 ひみつ道具の力で無双してもカッコ悪いだけだと思うが。

 そう返そうとした僕は、リリが見せた表情に一瞬口ごもった。

 冗談を口にしているとは思えない、何かにがっかりしていたような……

 

「……我ながら女々しいですね」

 

 何と言ったかは声が小さくて聞き取ることができなかった。

 そして、何かを振り払うように一つ深呼吸をすると、いつものように子栗鼠のように人懐っこく笑いかけて来る。

 そんな姿が僕と出会ったときのリリに重なる気がして、僕はどうも落ち着かなかった。

 

「まあ、ひみつ道具がなくても問題のない実力を今のベル様は所持していることは確かです」

 

 ひみつ道具が使い物にならないことを確認されてから言われても、素直に喜べない。

 知識は詰め込んでいるけれど、実戦でどこかで使いこなせるかは分からないのだ。

 エイナさんとの勉強で10階層のことは大体分かるが、緊急時にそれが思い出せるかの自信がない。

 僕の頭は全然良くないのだから。

 

(現状維持か……それとも前に進むか)

 

 安全を第一に考えるならば現状維持で一桁台の階層に留まれば、危険はない。

 それこそ下の階層から超絶強いモンスターが現れるという異常事態(イレギュラー)でも起きない限りはそこそこの生活が保障される。

 前に進むというのはハイリスクハイリターンな選択だ。

 どんなにステイタスが万全でも新階層では万が一がある。

 ターニングポイントと言える10階層ならば尚更のことだ。

 

(……現状維持なら安全だけど、それでいいのかな)

 

 一方で、引っ掛かり(ネック)を覚えるのは経験値の件だ。

 恩恵(ファルナ)はその行為にどれだけ全力を注いだかで熟練度の伸びを決定する。

 安全階層での狩りは流れ作業になりがちだ。とても全身全霊をもって……とは言わなそうだ。

 噂だとあのダンジョン攻略の最前線で戦う【ロキ・ファミリア】の幹部の中には、現在の探索領域内では経験値は微妙な変動になっている者もいるという。

 器と環境が釣り合わなければ、冒険者に先はないのだ。 

 

 このままベルが進まなければ、いかに成長期と言えど、限界が来る。

 どこかで踏ん切りをつけなければならない。

 そうでなければ憧憬を目指すなど夢のまた夢だ。

 

(なら、答えは決まっている)

 

「……分かった。リリの言う通り、そろそろ10階層を視野に入れて活動していこうか」

「はい!」

 

 先ほど見せたリリの表情は気にかかるが、今は意識から除外する。

 10階層は様々な変化がある階層。

 行くのであればしっかりと前準備してから。

 エイナに場合によっては赤字になってもいいからやるように散々言われている。

 

「10階層への準備はご心配なく。リリが用意しておきます」

 

 こんな時、11階層まで経験のあるサポーターの意見は貴重だ。

 座学だけでは実感として分からないものだが、彼女は一々根拠がはっきりしていて分かりやすかった。

 

「それと、ベル様。これを」

 

 ゴソゴソと懐から白い布に包まれたものを取り出すリリ。

 布を解くと中から現れたのは黒色の柄の短剣。

 神様の刃(ヘスティアナイフ)の刃渡りが20C(セルチ)位だとすると、これはそれより少し大きい50C(セルチ)程の長さ。

 形はシンプルな短剣で、両刃短剣(バーゼラート)とでもいうべきものだろうか。

 

「リリ、これは……?」

「霧が立ち込める10階層ではナイフによる近接戦闘は危険です。速攻魔法(ファイアボルト)があるとは言え、対策は必要でしょうから。そもそもナイフと言うものは主力武器(メインウエポン)として使うべきものではありません。大型のモンスター相手ならばこのくらいのリーチがあれば安心です」

「その、くれるんだよね?これいくら位……」

「タダで大丈夫ですよ。リリの我儘を聞いてくださった恩返しみたいなものです」

 

 そういうことなら貰ってもいいのだろうか。

 武器と言うのはかなり値の張る物だから、ちょっと恐縮しちゃうけど。

 特に、忘れがちだけどここはダンジョンのある街だ。

 地上より強いモンスターの凶悪性は他の場所とは比べ物にならない。

 上層レベルの武器であっても、業物と言われるにふさわしい武器なのである。

 

「うまく使えるかな?ナイフの延長線みたいなものだけど、短剣で戦ったことは無いし」

「そこは途中の階層で慣らしていきましょう。ひみつ道具の確認も兼ねて」

 

 一度、鞘から両刃短剣(バゼラート)を抜いて左右に振ってみる。

 ヒュンッ、と子気味の良い音をさせながら空気を斬る短剣は思っていた以上に軽い。

 これならば剣を使ったことが無い僕でも振り回されることは無いかも。

 剣帯が無いのがネックだったけど、エイナさんに貰ったプロテクターにちょうど両刃短剣が入れられる収納スペースがあり、そこに取り付けた。

 

(これで落とすことは無いよね)

 

 プロテクターに両刃短剣(バゼラート)を入れた状態で腕を適当に動かす。

 ……うん、ちょっと重さは感じているけど、動きにくいということは無いかな。

 

「これだけの準備があれば、ターニングポイントである10階層も危なげなく突破できるはずです」

 

 今までのことでリリの目の良さは知っているし、そのリリがここまで太鼓判を押すという事は僕が10階層に挑戦できることは事実なのだろう。

 いよいよ大型のモンスターに戦うことになるのかと緊張を感じた。

 10階層の大型モンスターはベルにとっても一つのターニングポイントだ。

 もし、あの猛牛の影を感じて竦んでしまうようならば僕の冒険者としての道のりは確実に遠回りする。

 最短で憧憬との距離を縮めたい僕としてはそんな足踏みは困るのだ。

 

(でも、リリが突然こんなことを言うなんて珍しい気がする)

 

 リリはどちらかと言うとエイナさんのような慎重に事を進めるタイプだと感じていた。

 準備を入念に行って万が一の可能性を一つ一つ潰していく。

 そんなリリから10階層に行こうという提案は僕の予想外の言葉だった。

 提案するにしてももっと時間に余裕を持った状態で提案してくるものだと。

 そんなに僕は自分の適性に合わない狩場でくすぶっていると思われたのか。

 

(それとも……何かあった?)

 

 団員が一人しかおらず、神様自体かなりルーズな【ヘスティア・ファミリア】ではあまり実感しにくいが、基本的に探索系のファミリアには団員たちに対して一定のスコアをノルマとして課しているのだと言う。

 【ソーマ・ファミリア】のノルマを確認する日が近いのであれば、サポーターであるリリの稼ぎが目標数に達していないのかもしれない。

 お金のことだからリリは正直に言えず、より高純度な魔石が手に入る10階層へ進出しようと提案したのではないだろうか。

 もしそうなら、リリが稼げなかった原因の一端は事件に巻き込まれて暫くダンジョンに行けなかった僕にもある。

 何とか協力してあげたいが。 

 

「……ベル様」

「な、なに!?リリ!?」

「なんでそんなに驚いているのですか?」

 

 リリがお金で困っているのかもしれない……とは流石に言えず、愛想笑いで誤魔化す。

 リリは少し訝しげだったが、一つため息をついた。

 

「まあ、いいです。ベル様の事ですからまたしょうもないことを考えていたのでしょう」

 

 出会ったばかりの頃に比べて大分遠慮がなくなった気がする。

 こう言う対応になるくらいには色々やらかしちゃったのは否定できないけど。

 

「ベル様は後悔してませんか?」

「?……何を」

「リリをサポーターにしたことをです」

 

 本当に今日のリリはどうしたのだろうか。

 何かあったのかと聞きたかったが、真剣な顔でこちらを見つめるリリを前に話を逸らすことは出来なかった。

 

「ないよ。後悔なんかしてない」 

「……」

「リリがいなかったら、とても10階層になんて行けなかったし、もしかしたら今も7階層から先にいけなかったかもしれない。今の僕があるのはリリのお陰なんだ」

「言い過ぎですよ。ベル様なら1人でもそれくらいの階層に到達してました」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、僕はリリがいたからここまでこれたんだと思ってるよ。大袈裟かもしれないけど、リリとならどこまでも行けると思うんだ」

 

 嘘偽りない言葉を口にする。 

 出会ってまだ数週と言うのが信じられないくらいにこの少女に救われた。

 リリへの恩は両手じゃ数えきれないほどある。

 この出会いを後悔することなんてきっとこの先もないだろう。

 

「それを言ったらリリはどう思う?僕と契約して後悔はなかったの?」

「ありましたよ……もっと早く出会えていたらって」

「え?」

「きっと凄く楽しかったでしょうから」

 

 やっぱりおかしい。

 きっと楽しかった何て言っておいて何故そんなに辛そうな顔をしているのか。

 ずっと感じていたリリとの心の距離。

 今まで漠然としていたそれを明確に意識した。

 

「リリ……」

「さぁ、日が沈むのは早いですしそうと決まれば早速準備しましょう!!」

 

 その感覚を言葉にするために口を開いたが、リリはいつもの口調で話を打ち切った。

 まるで、その先を拒絶するかのように。

 逃げるように離れていくリリに僕はなにも言えなかった。

 

 何か、大切な機会を逃してしまった気がする。

 この話を後で蒸し返そうにも、もうこの話をリリはする気がないだろう。

 

(気のせい……だよね……?)

 

 胸に芽生えた不安から逃避するように、僕はリリにもらった両刃短剣(バゼラート)を握りしめた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇   

 

 

『リリとならどこまでも行けると思うんだ』

 

 まだ朝日に照らされていない【アイアム・ガネーシャ】の西側の通路の端。

 ひんやりとした夜の名残が残るその場所に少女はいた。

 太陽の光を直接受けることのないそこで、少女は影の内に浸る。

 この闇が弱くなってしまった自分の心を覆い隠してくれると信じて。

 

「リリもですよベル様……」

 

 団員も滅多に通らない通路で、少女は小さく呟いた。

 その口元に悲しげな笑みを浮かべながら。

 泣きそうな瞳は窓の外に映る、誰の手入れも受けていない雑草が伸び放題になった庭にたたずむ、葉っぱ一つもない木を見つめていた。




 久々に原作と大きな変化がないお話でした。
 とは言え、この前までの展開でこの先に2つの大きな差異が生まれています。
 それがこの物語にどう影響するのか……

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