ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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霧に消えた絆

 ダンジョンのモンスターが生まれる頻度は階を下るごとに多くなる。

 下級冒険者が主戦場とする上層でも、到達階層を無理に増やした結果、パーティーの許容量(キャパシティ)を超えてしまい壊滅することがあるのだという。

 だから新たな階層では、それまで以上警戒をもって探索を進めなくてはならないとエイナさんには度々注意を受けていた。

 

(だけどっ、いくらなんでも多すぎる!)

「ヒィエ!」

「ヒギャッ」

 

 ゴブリンに似た体格のモンスターたちに囲まれる僕は困惑を隠せなかった。

 上層後半に現れるこのモンスターの名はインプ。

 10階層以下にも低確率だが出現することがあるモンスターだ。

 その特性は数の暴力……だがこの数はいくらなんでもおかしい。

 インプの群れは精々5体程度のはず。

 しかし今、ベルの前にはざっと見て20体近くの群れがいる。

 霧に隠れている個体も含めればおそらく実際にはそれ以上。

 

「坊主!まだ持ちこたえられるか!」

「はい!」

 

 霧の奥からハシャーナさんの声が聞こえた。

 今日の護衛役として一緒に来てくれていたハシャーナさんは現在、何者かの襲撃を受けていた。

 ちらりと見える複数の影はどれも僕より強い器の昇華を果たした眷属。

 レベル2以上はいないようだが、それでも複数人ならばレベル4のステイタスを持つハシャーナさんと言えども簡単にこっちに来れない。

 

 分断された。

 あの襲撃者たちが僕を襲って来ない。それはつまり、初めからハシャーナさんと僕を引き離すのが目的だったという事。

 つまり、狙いは護衛されていた僕かリリ。

 先日も散々ひみつ道具を使ったことから言って恐らく僕が狙いだろう。

 

(……っ!リリは何処に……!?)

 

 インプたちに対処しているとリリをいつの間にか見失っていた。

 本当に忽然と姿を消したのだ。

 

「リリっ何処にいるの!?せめて返事して‼」

 

 既に手遅れなのではないかと言う嫌な考えを振り払うように叫ぶ。

 大丈夫。ひみつ道具を持っているのはリリだ。

 今日のひみつ道具の中にモンスターを殲滅できるものはないが、【かくれん棒】なら潜伏(ハイド)することでインプたちをやり過ごせるはず。

 それにリリは頭がいい。使い方が分からなかった【親友テレカ】や【夢破壊砲】をこの土壇場で使いこなして逆転してくれるかもしれない。

 胸の内に広がる(もや)のような予感から眼を背け、半ば彼女を盲信した。

 

 だから、こうなることは必然だったのだろう。

 

 ガランッ、と何かが転がる音がした。

 この甲高い音は木製の棒だろうかと思った瞬間、慌てて音がした方向を振り返る。

 音は上方、僕たちが9階層から降りて来た階段がある場所。

 目の前にそびえ立つ断崖の上にリリはいた。

 彼女の手元から棒が転がり、崖下の僕の近くで音を立てて落ちてくる。

 混乱する頭のどこかで、かくれん棒を連続して使ってリリはあそこまで移動したのだと悟った。

 

「終わりにしましょうベル様」

「何を……!?」

「もう、限界だったんです。初めからここはリリのいるべき場所じゃなかった」

 

 表情を変えることなく、平坦な声でリリは僕に話しかけた。

 霧に隠れたその目元はどんな風に僕を見ているのか。

 

「ベル様。ベル様はずっと綺麗なままでしたね。薄汚れたリリが惨めになるくらいに」

「何っ!?何を言っているの!?」

「リリたちは出会うべきじゃなかったという事ですよ」

 

 状況が上手く呑み込めない。

 リリが言う事がちっとも理解できない。

 一体、何が起きているんだ。

 

「巷で最近話題になってませんか?冒険者様方から装備や金品を盗む、手癖の悪い小人族(パルゥム)のことが」

「……!?」

「それがリリです」

 

 確か、リリとサポーター契約するかエイナさんと相談した時にそんな話が。

 ならやっぱり、リリは初めから僕を騙すつもりだった?

 

「随分と良い物をお持ちでしたから、どれを頂くか随分悩みました。そうしていたらいつの間にやら【ガネーシャ・ファミリア】に接近していて焦りましたよ。おかげで十分な吟味もできず適当な物で妥協するしかありませんでした」

 

 おかしい。何かがおかしい。

 ひみつ道具のことなんて初対面の時のリリがどうして知っていた?

 【ガネーシャ・ファミリア】を警戒するなら何故僕と契約した?

 何よりも……

 

「……用済みです。ベル様」

 

 その声が震えているように聞こえるのは気のせいか。

 無表情の仮面が濡れているように見えるのは、霧が見せる錯覚か。

 足元に転がる、この窮地を切り抜けられる有用なひみつ道具は何のために。

 

 ベルはリリについて多くを知っているわけではない。

 けれど、サポーター契約をしてから、絆と呼べるものが二人の間に出来ていたと思っている。

 だから、分かってしまう。

 あれは、リリの本心ではないと。

 そこにいるのは少年を弄んだ悪党ではなく、救いを求めている灰被りの少女だと。

 これは決して勘違いではないはずだ。

 

「さようなら」

 

 だから行かないで。

 分かっているから、それが演技だってことくらい。

 君が今、苦しんでいるんだってことは、君が隠していても伝わってくる。

 だから、行かないで。

 

 けど、僕の想いは届かない。

 僕の前に夢破壊砲が投げ出された。

 

「……ありがとう」

 

 小さく呟いた彼女の言葉。

 掠れるような声はきっと彼女が伝える気がなかったものだろう。

 この距離ならベルには届かなかったはずだ。

 だが、聞こえてしまった。

 落ちてきた夢破壊砲にインプたちが怯えて距離を取ったからかもしれない。

 しかし、何故聞こえたかはベルにとってどうでもいいことだ。

 彼女の本心が垣間見えたことこそ彼にとって重要だったから。

 

「待って!?リリ‼」

 

 霧の中に消えていった少女を追いかけようとするが、インプたちが獲物をむざむざ逃がすわけがない。

 

「っ邪魔だ!」

 

 ここまでモンスターに怒りを覚えたのは初めてだった。

 怒鳴り声と共に両刃短剣(バゼラート)で瞬く間に切り捨てる。

 3つの潰れた犬のような醜悪な首が宙を飛ぶ。

 だが、殺された同族になど目もくれずに残る十数のインプは僕に殺到した。

 これがモンスター。

 決して情を持たず、生まれたときから持っている人を殺すという唯一つの使命にのみ命を捧げる人類の天敵。 

 全く思うように進めない中、ベルの耳は重厚な足音を拾う。

 

「オーク!?こんなときに!」

 

 恐れていた大型のモンスターがよりによってこんな状況で現れる。

 いや、きっとこれは偶然じゃない。

 この襲撃はリリ……その背後にいる誰かが仕組んだものだ。

 あまりにも逃亡するリリに都合がよすぎる。

 

(手元にあるのはかくれん棒と夢破壊砲。だめだ、役に立たない!)

 

 かくれん棒は姿を消せるひみつ道具だが、石ころ帽子のように相手の認識から消えることができるわけではない。使ったところでこの数のモンスターを欺けるはずがない。

 夢破壊砲に至ってはどんな能力なのかもわからないのだ。それを呑気に試していたらリリに追いつけなくなる。

 

「すいません!僕、行きます!」

「おい、ベル!?勝手に動くな‼」

 

 霧の奥からハシャーナさんの声が聞こえるが、止まるわけにはいかない。

 リリがいなくなる。もう、会えなくなる。

 そう考えるだけで心臓の動機が速くなった。

 

(一か八か‼)

 

 尋常ではないインプとオークをまともに相手していたら確実にリリに撒かれる。

 ここでやるべきは殲滅ではなく突破。

 敏捷(逃げ足)の速さには自信があるんだ。やってやる。

 

「ブゴオオオォォォォッッ‼」

 

 オークが雄叫びと共に棍棒を振り下ろす。

 セオリーならば大きく距離を取るのが吉。

 だが、今回はそれをあえて無視する。

 エイナさんの講義は一般的なモンスターの対処法だけではなく、限られた状況下での対応も含まれた。

 例えば、広く回避するだけの空間(スペース)が無い場合。

 その場合は逆にオークに接近することもありなのだという。

 鈍重なオークと長い棍棒は一動作ごとの動きが遅い。紙一重で回避すれば、ピンチは絶好のチャンスに変わるのだ。

 リスクは大きいからおすすめはできないと言っていたが、その動作の隙は逃走のチャンスでもある。

 

 振り下ろされる棍棒をギリギリで回避。

 地面に着弾した棍棒を足で踏み、二撃目を封じる。

 棍棒にかかる抵抗に思わず前のめりになるオーク。

 僕はその隙を逃さず、棍棒を踏みつけにした足でオークの腕を駆け上がり、跳躍した。

 

「ピギィ!?」

「ゲブォア!?」

 

 モンスターの驚倒が僕に殺到するが、気にする余裕はない。

 オークを踏み台にして、モンスターたちの包囲網を飛び越して疾走、リリが立っていた9階層への階段前に到達する。

 

「リリっ、リリ何処!?出てきてよ‼」

 

 大声でリリに呼びかける。

 その声がモンスターの襲撃を引き寄せる危険(リスク)があるとしても構わなかった。

 そうしないわけには行かないのだ。

 

「リリ!?リリ!?」

 

 それでも、遅すぎた。

 ベルは全力を尽くし、持てる能力(ポテンシャル)を最大限に発揮してみせたのだ。

 だが、たかだかレベル1の冒険者が広大な迷宮から、都合よく特定の人物を見つけることがどれだけ難しいか。

 

「リリーーーーーーッ‼‼」

 

 ベルの絶叫が霧の中に木霊する。

 それでも、少年が望む少女の声は終ぞ聞こえることはなかった。

 リリルカ・アーデはベル・クラネルに何一つ胸の内を明かすことなく、その姿を消したのだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 サポーターとは無力な存在だ。

 ベルが次々と倒していたモンスター一匹ですら下手をすれば脅威になりかねない。

 そんなダンジョンに潜るサポーターの多くは、自分を守ってくれる冒険者がいなくなった場合に備え、モンスターが出現しにくい通路(ルート)を持っているものだ。

 リリは自分の活動範囲である1~11階層までの地図(マップ)を網羅していた。

 それを使う際の逃走の対象はモンスターより冒険者の方が多かったが。

 

 全て予定通りだった。

 ハシャーナはあの程度の襲撃ならば護衛対象を守り切れる実力者だが、時間稼ぎに徹した上級冒険者相手では瞬時に対応することは流石にできない。

 それでも、あのままならばベルとリリに合流することは問題なかった。

 リリが自分からあの場を離脱しなければ。

 

『すぐに戻ってくるように』

 

 それがザニスからの指示だった。

 【ガネーシャ・ファミリア】の保護対象であるベルを標的としたリリの八つ当たりの不味さにようやく気が付いたらしい。

 今まで余裕ぶっていたあの男もついに団長命令でリリを帰還させた。

 ついでにひみつ道具を奪うようにとも指示があった。

 何故ザニスがそれを知っているかは簡単だ。リヴィラにいた冒険者がどこかで喋ったのだろう。冒険者の口の流石ともいうべき軽さである。

 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、最も役立ちそうにない親友テレカを盗んで来てやった。

 

 本当はこのまま【ガネーシャ・ファミリア】に全てを話して保護してもらうのがいいのだろう。

 多少なりとも親交を深めたリリの言葉ならば無碍にはできないはずだ。

 ただ、ザニスがそんなものでどうこうならないという確信もあった。

 保身に長けたあの男の尻尾を掴むのは至難の業だ。

 神酒(ソーマ)から醒めた木っ端団員の告げ口程度、予想していないはずがない。

 一時的に【ソーマ・ファミリア】にダメージを与えても、待っているのは裏切り者への制裁だ。

 それが自分だけに向くならいい。矛先が向くのが【ガネーシャ・ファミリア】ならば心配するだけ無駄だろう。

 だが、それがベルに向くかもしれないと思った時、心臓が凍るような気持ちになった。

 

 ベルではきっと抗えない。

 オラリオに来たばかりの世間知らずの彼は、何人もの人々を食い物にしてきた【ソーマ・ファミリア】の闇に対抗できない。

 強力なひみつ道具を持つベルだが、彼を攻略することは実は簡単だ。

 外れのひみつ道具を持ち合わせた状態になるまで継続して彼を襲えばいい。

 損害を無視すればそれが最も簡単にベルを害せる方法だ。

 通常ならば無茶を言うなとなるが、神酒(ソーマ)に魅了された多数の冒険者を擁する【ソーマ・ファミリア】ならばそれが出来てしまう。

 あの少年をそんな未来に導く位ならば、諦めてザニスに降るほうがいい。

 

(いや、これは言い訳ですね)

 

 リリは自分の最もらしい言い訳を否定する。

 その危惧があるのは事実だが、全てではない。

 これだけならば手を尽くせばどうにかなる問題だ。

 

 本当にリリが恐れているのは神酒だ。

 これまでリリの人生を散々滅茶苦茶にしたソーマの神業だ。

 

 リリは怖い。

 またあの酒を飲まされて、餓鬼に戻ることが。

 胸に芽生えた温かなものを忘れ去って、欲望に満ちた醜悪な顔で彼を傷つけてしまうことが。

 あれは本当にそうできてしまうから。

 既に記憶に微かしか残らない幼少の頃、顔も思い出せない誰かの温かさを欲望に負けて放り投げたリリだから、同じことを繰り返してしまうのが怖い。

 

 だから、別れた。

 ただの泥棒になって、彼を裏切ったのだ。

 彼のことを見下す最低の小人族(パルゥム)が勝手に離反しただけならば、彼の心は一時的には傷つくかもしれないが、いつかはそんな子悪党を忘れ去って、少年に相応しい真っ当なサポーターと出会えるはずだ。 

 

(なのに……最後の最後で失敗したなぁ)

 

 つい、言葉が零れてしまった。

 弱虫のリリの素顔が最後の最後で押さえが効いてくれなかったのだ。

 声は届いていないはずだが、違和感は持たれたかもしれない。

 弱くなったのだろう。

 一人だった頃とは違い、ベルと出会ってリリは弱くなった。

 もう、かつてのようにはなれない気がする。

 

(でも、戦わなきゃ)

 

 少年が傷つくのが怖い。

 神酒に再び囚われるのが怖い。

 だが、それでまた【ソーマ・ファミリア】に支配されるのは違うはずだ。

 例え相応しくなくても、自分はベル・クラネルのサポーターだった。

 

 短い時間だけど何度も見てきた。

 自分より遥かに強大な相手を恐れながらも、ちっぽけな勇気で抗うベルを。

 震える手でリリを守ってくれた、英雄の卵の小さな戦いをずっと見てきたのだ。

 

 ザニスはリリをよく分かっている。

 臆病で、卑怯で、姑息で、見苦しい。

 救いようのない最低の小人族(パルゥム)

 だが、このことだけは予想外だったはずだ。

 英雄になりたい、なんて少年の夢物語が好きになってしまったこの愚かさだけは。

 

 この愚かさでいつか必ず神酒(ソーマ)の呪縛に打ち勝つ。

 残る生涯全てを使ってでも、【ソーマ・ファミリア】を終わらせる。

 そうして、命を使い切って終われば、少しはましな結末になるだろう。

 

(……そういえば、死んだら天界で魂は浄化されるんですよね)

 

 子供の頃、そんな話を聞いて死ぬのに憧れた。

 今は間違っても自分から死のうとは思わないが、ふと考える。

 もし、全てをやり遂げてこの薄汚れた魂が浄化されたなら。

 自分は彼に胸を張って会いに行けるようになるのかと。

 無論、自分が転生した頃にはベルも生きてはいないだろう。

 だが、いつかの未来で二人の魂が再び出会う事があるかもしれない。

 そうなれば今度はこの胸に秘めた想いを口にするのも許されるのではないか……

 あまりにも都合のいい夢に小さく笑う。

 そんないつかはきっと来ないけど、少しだけ救われた気になってリリは詠唱(別れ)を告げる。

 

「【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」

 

 さようなら。

 貴方に出会えてよかった。

 灰被りの(ヴェール)を纏い、もう会うことは無い想い人(ベル)の笑顔を脳裏に浮かべる。

 

「──【シンダー・エラ】」

 

 そして、リリルカ・アーデはいなくなった。




 今から感想が怖い作者です。
 前回触れた2つの大きな差異。
 それはアイズと【ソーマ・ファミリア】の団員です。

 原作だとアイズはウダイオス戦を終えて地上に帰還してましたが、18階層の事件がずれた今、まだ彼女は深層にいます。
 よってベルの周りのモンスターを殲滅してくれる存在はいません。
 
 そして、【ソーマ・ファミリア】の団員たちにとって今のリリはアンタッチャブル。
 ダンジョン内で囲んで金品を巻き上げるなんて真似はできません。やったらザニスに目を付けられますし。
 よって、メタ的にはリリの足止めをしてくれた彼らもいません。

 そして使われる変身魔法。
 ……ベルがリリを見つけられるはずがありません。

 ひみつ道具ならワンチャンあるかもしれませんでしたが、そもそもベルはリリにひみつ道具を預けるようにしています。
 そこを利用してリリはひみつ道具を使わせないという方法でワンチャンを潰しました。

 ひみつ道具抜きのベルのステイタスではこの状況はどうしようもなく……
 予想以上にひみつ道具で逆転という展開を予想されていた方が多くて驚きましたが、作中で度々触れられていたように、ベルがこれまで活躍できたのは相手にとって初見だったから。
 ひみつ道具の脅威をよく知るリリはしっかり対策して動きました。
 ひみつ道具頼りで素のステイタスが弱い弱点をもろに突かれたのです。
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