ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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無力の代価

 街を彷徨う。

 あの栗色の髪を探し、当てもなく広大な迷宮都市を歩き続けた。

 数多くの種族が姿を見せるこのオラリオでも、他種族に比べて体格が劣る小人族(パルゥム)は目立ちやすい。

 だから、いなくなってしまった彼女の姿もどこかにあるのではないかと期待して、けれど、そんな微かな願望が叶うことは無かった。

 

 あの日から僕はずっとリリを探し続けている。

 きっともう彼女は姿を見せないだろうという予感から眼を背けながら。

 

『リリルカ・アーデ氏が所属するファミリアはね、語弊を恐れずに言うならオラリオでも屈指の歪みを持つ派閥だった』

 

 先日、エイナさんが伝えてくれた情報が脳裏を過る。

 神を敬わず、神が作り出した神業の酒を信仰する狂気のファミリア。

 それがリリが所属していた【ソーマ・ファミリア】の正体だった。

 

『神ソーマに派閥を統率する意識はなくて、実権は殆ど団長のザニス・ルストラ氏が握っているみたい。団員たちは過酷なノルマと引き換えにザニス団長が与える神酒(ソーマ)を奪い合っているんだって』

 

 あまりにも【ヘスティア・ファミリア】とかけ離れた神と眷属の関係。

 理解なんかできなかったし、したくもなかった。

 そんな過酷な生存競争の中、冒険者として芽が出なかったリリはどんな扱いを受けていたのか。

 それを思うと震えが止まらなくなる。

 自分の傍にそんな恐ろしい世界があったなんて気が付かなかった。

 

 ……いや、気付こうとしていなかったのだろう。

 ヒントはいくらでもあったはずだ。

 記憶の中にあるリリとの何気ない会話。

 その中で僕は何度もリリに違和感を覚えていた。

 その違和感を解いていけば答えに辿り着けたはずだったのに。

 

 追求しなかった。

 無理に聞くものじゃないなんて分かったようなことを口にして、リリが伝えてくれることを待った。そんなに簡単に話せることなら、そもそも隠したりするはずがないのに。

 

『これは想像だけどアーデ氏はファミリア内でずっと搾取される存在だったんだと思う。調べたら同じ【ソーマ・ファミリア】内の団員でも、冒険者とサポーターには明確な格差が存在しているみたいだから』

 

 その結果がこれだ。

 リリは何も話すことなく去って行った。

 泥棒の仮面を被りながら。

 

 どうしてこうなったのかと自問すれば、出てきた答えは単純だった。

 弱いからだ。

 ひみつ道具がなければ何もできないくせに、それを自分の実力だと勘違いした愚か者が、そのスペック通りの結末を迎えただけ。

 あまりにも下らない答えに笑いたくなった。

 

 ひみつ道具ありきの冒険者になっちゃいけないなんて言っておきながら、心の何処かでひみつ道具があるから大丈夫だと慢心していたのだ。

 だからもし失敗しても取り返しがつくと錯覚してしまった。

 今まではただ運が良かっただけという事を都合よく忘れて。

 

『……その団長の人を捕まえることはできないんですか』

『できないと思う。神酒(ソーマ)は麻薬とかじゃなくて、ただ単純に美味しいお酒だから違法性はないし、ファミリアの団員たちによる被害も今まで埋もれていたようによくあることでしかないから』

 

 真っ先に【ソーマ・ファミリア】に行きリリの居場所を聞いたが、当該のサポーターは先日からダンジョンに戻ってきていないという返答だけがあった。

 おそらく、もうリリルカ・アーデと言うは少女はその存在を抹消されたのだ。

 

 こうして手がかりもなく街を彷徨う僕は一体何なのか。

 無力な冒険者だ。身の程も理解してなかった蔑むべき弱者だ。 

 僕がもっと賢く、強くあればこうはならなかったはずだったのに。

 

 焦燥に支配される頭を空にするために、一つ深呼吸をした。

 背丈に小さな小人族(パルゥム)を探すために下を向き続けていた僕は、その時ようやく上を見たことでいつの間にか曇り空なったことを知る。

 

「……ベル?」

 

 その暗い色が彼女の未来を暗示しているようで余計に心をかき乱されていた僕は、聞き覚えがあるゆっくりとした口調に振り向く。

 そこには貧乏ファミリア同士で親交がある【ミアハ・ファミリア】の唯一の団員である犬人(シアンスロープ)のナァーザさんが、薬草が詰め込まれた紙袋を抱えて立っていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

「……うん。ちょっとベルの言う小人族(パルゥム)の女の子には心覚えが無いかな」

「……」

 

 ベルの状態があんまりにも変だったのか、【ミアハ・ファミリア】のホームである【青の薬舗】に上げられ、ナァーザに話を聞いてもらっていた。

 あまり期待はしていなかったが、今日何度目とも分からない外れにやはり気落ちするのは避けられない。

 

「でも、そっか。ベルはその女の子を……」

「リリはきっと苦しいと思うんです。じゃなきゃあんな顔をするはずがない」

 

 最後に見せたリリの無表情。

 それが感情を抑えているが故のものであることは、あの時の会話や行動から簡単に理解できた。

 だから、助けてと言ってくれればよかったのだ。

 行ってくれればベルは喜んで力を貸したのに。

 

「僕がもっと強ければ……早ければ。リリに追いつくことだってできたかもしれないのに……」

 

 一度蓋を開けてしまえばベルの口はもう止まらなかった。

 ずっと心に秘めていた抑圧していた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

 

「ホントはこのままじゃダメだって分かっていた。分かっていたんです。でも、ならどうすればいいのかが全く分からなくて。何もできないまま時間ばかりかけてしまっていたら、ドンドン新しいことが積み重なってしまって。それでも全部、全部抱えようとしたら手が回らなくなっていって……もう、どうすればいいか分からない……」

 

 ベルの吐き出す言葉をナァーザは静かに聞いていた。

 いつものように感情が読み取りずらい表情のまま、決して口を挟むことなく。

 そして、全てを言い切ったベルが俯くと、用意していた飲み物に持っていたポーションを混ぜる。

 

「ベル。まずは飲んで」

「……?」

精神力回復薬(マジックポーション)を入れた。一旦これを飲んで喉を潤すと良い」

 

 脈絡のない言葉に戸惑うベルだったが、ナァーザに言われるがままに飲み物を飲み干す。

 水で薄まった柑橘色の色合いは、魔法を最近使えるようになってからよくお世話になっているものだ。

 

「あの、これは?」

「落ち着いた?」

「あ、はい」

 

 というより困惑で頭の熱が引っ込んだというほうが正しい気はするが。

 精神力回復薬(マジックポーション)には興奮を抑える作用でもあるのだろうか。

 

「知らない?精神力回復薬(マジックポーション)を飲むと気分が落ち着くって話」

「は、はぁ」

「まあ、迷信なんだけどね」

「……は?」

 

 精神力回復(マジックポーション) はあくまでも魔法を使用する精神力(マインド)を回復するもので、人の心を癒すわけではないのだが、名前が紛らわしいのでそう言った効果もあると勘違いする者も多いのだとナァーザは語る。

 

「味はジュースみたいなものだから、全く効果はないってことは無いんだろうけど」

「……???」

「ん。眉間の皴が消えていつものアホっぽいベルに戻ったね」

「ひどくないですか?」

 

 許せ許せと妙に長い裾をフリフリと揺らすナァーザ。

 いつものようにマイペースな人で思わず流されてしまう。

 ただ、いつもと違いその目にはベルを気遣う色が見えた。

 

(……ひょっとしたら元気付けてくれたのかな)

 

 素直に感謝しがたいが、少し冷静になれたベルはもう一度コップに口を付けた。

 よくよく考えれば街を適当に歩き回るという非効率極まりないやり方だったと思い返す。

 そんなことに気が付かないほどに思考が狭まっていたらしい。

 

「それで?落ち着いたベルはここからどうする?」

「……リリを探そうと思います」

「当てはないんでしょ?」

「【ソーマ・ファミリア】の近辺を探ってみます。リリが立ちよる可能性があるところがそこ以外に考えられないですから」

 

 死んだことになっているが、本当は生きていると仮定した時。

 暫くはファミリアに隠れているという可能性がもっとも高いのではないか。

 ファミリアのホームではなくても、酒造をしている【ソーマ・ファミリア】ならば酒蔵なども候補になるかもしれない。

 そうして張り込み、聞き込みを続けていればリリが見つかるかもしれない。

 そうして時間が経てば、役に立つひみつ道具が出てくることだって……

 

「それで?」

「え?」

「見つけてどうするの?一度逃げた娘が素直にベルの話を聞くとは思えないけど」

 

 全く考えていなかった指摘に言葉を詰まらせる。

 リリを見つけることばかり気にして、その後どうするかまで考えが及んでいなかった。

 動揺するベルを見て、ナァーザは大きくため息をつく。

 

「考えなし」

「うぅ……」

 

 ストレートな言葉に反論できない。

 

「でも、見つけた後どうすればいいんでしょうか」

「話を聞いただけじゃ二人の関係はよく分からないけど……まずはもう逃げないように説得するべきだと思うよ」

「説得?」

「そう説得。何て言うか、話を聞いてるとそのサポーターの娘は一見計算ずくで逃げているようで、結構感情的になっている気がするから」

 

 最後の最後で言葉をこぼしたことや、かくれん棒を態々返したことがその証拠だという。

 自分を律しようとして、ギリギリのところで失敗しているのではないかとナァーザは予想した。

 

「そ、そうなんですか?リリは凄い頭がいいし、感情に振り回されるなんて……」

「頭の良さと感情を分けることは別だよ。むしろ頭が良いせいで感情的な行動を無理矢理合理化しようとしてこんがらがってるんじゃない?」

 

 リリはいつも冷静沈着というイメージを持っていたベルからすれば、リリが感情に振り回されるところなど俄かには想像しにくいが確かにリリの行動は整理すると滅裂だ。

 

「でも、それなら説得はやっぱり難しいんじゃ」

 

 感情的なものが原因ならば聞く耳を持ってもらえる気がしないが。

 だが、そんなベルの考えをナァーザは否定する。

 

「逆。もしそのサポーターが感情的になっていて、自分でも制御できないくらいに暴走しているなら。その感情に訴えかければいい。知的な説得よりよっぽどベルに向いてる」

「感情に訴えるって言ったって、どうすれば」

「ベルが思っていることをそのまま伝えればいい。その娘の力になりたいって」

 

 それだけでいいのだろうか。

 ベルにはリリの事情など分からない。

 そんな人間の言葉が彼女に届くのだろうか。

 

「さあ?」

「さあって……」

「話を聞いただけじゃ私には分からないことだらけだし、そもそもそのサポーターが普通に泥棒したのをベルが現実逃避している可能性だってある」

 

 ナァーザはそこで一旦言葉を区切る。

 この件に関してナァーザは徹頭徹尾部外者だ。

 そもそも問題の中心である小人族(パルゥム)の姿すら知らないのだから。

 ただ、ベルの話を聞けば分かることもある。

 

「でも、二人はまだぶつけ合ってないでしょ?自分たちの想いを」

「……!」

「まずはそこから始めないと、どの道説得なんてできないと思う」

 

 それは単純なことだった。

 きっと聞いた多くの人が「そんなことか」と笑うような当たり前のこと。

 だが、ベルとリリは一度も自分たちの想いを見せてはいなかった。

 ベルは伝えるようなことではないと思って、リリは伝えるべきではないと戒めて。

 心の奥底を(さら)け出すことなくあの関係に落ち着いていたのだ。

 

(そっか、僕たちはスタートラインにすら立っていなかった。それじゃあ上手くいくはずがない)

 

 リリとの関係が居心地よくて踏み出すことができなかった本音。

 それを聞かない限り、説得なんて到底不可能だ。

 

 伝えよう、この胸にある想いを。

 彼女が胸に秘めたままの想いを引き出すために。

 

「ありがとうございました。やるべきことが見えた気がします」

「私は大したことを言ってない。お礼も必要ないよ」

 

 ベルはナァーザに頭を下げる。

 ナァーザは大したことは無いと言うが、あのままリリを見つけても、どうするべきか答えを出していなければ説得などできなかっただろう。

 ベルがアドリブで他者を説得できるような文句を思いつける訳がないのだから。 

 

「ご馳走さまでした。また、リリを探しに行こうと思います」

「うん。頑張ってね……あ、飲み物に使った精神力回復薬(マジックポーション)代は払ってね」

「あれ有料なんですか!?」

 

 最後にちゃっかりとお金を巻き上げるナァーザに苦笑する。

 リリがいなくなってからずっと張りつめていたからか、こんなことでもおかしくてたまらなかった。

 コップの中身を全て飲み干すとベルは、今もオラリオのどこかにいると信じている少女に誓う。

 

(きっと見つけ出すからね。リリ)

 

 空は曇天のまま、雲はいつ晴れるかは分からない。

 それでもあの鈍色の空の向こうに光は確かにある。

 そして必ず、灰被りの少女を温かく照らすのだ。




 リリを見つけ出すのはひみつ道具でも、リリを説得するのはベルの言葉だという話。
 ひみつ道具を使いこなすとはそういう事ですよね。

 そしてアニメ勢にはいつの間にか仲間になっていると思われているナァーザさんの登場です。
 原作ではちょこっとしか出てませんでしたが、リリの葛藤を代弁できるキャラは彼女ぐらいしかいなさそうだと思い、ベルの悩みを晴らしてもらいました。
 ついでにベルから8700ヴァリスを巻き上げました。

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