オラリオは騒動が絶えることはない。
【ファミリア】が数多く存在し、荒くれ者揃いの冒険者を中心に回るこの迷宮都市は抗争が風物詩とすら言える場所。
そんな街で暮らす住民たちは争いに敏感だ。
特に、小競り合いではない本気の戦いになればその嗅覚は最大限発揮される。
【ファミリア】同士の抗争に巻き込まれるものなどこの都市に来て間もない新参者くらいだ。
故に、この瞬間に街から人の姿が消えているのは当然だ。
彼らの直感は歴史に残ることもないような小さな戦いすら察知する。
降りしきる雨を迷宮産の素材でできたアーマーが弾く。
水溜まりをバシャバシャと乱雑に踏み越えて、同じように身軽だが堅固な冒険者用の防具を纏っていた。
「白髪のガキはまだ仕留められねぇのか!?」
「応援を呼べ!」
「ヤバイッ、このまま時間がたてばザニスが黙ってねぇぞっ!?」
雨音に掻き消されないような大声で怒鳴り合うように報告する冒険者たち。
殺気だった男たちの声は住民たちを震え上がらせた。
冒険者たちが共通して身につける月と杯の
乱暴な言動によってあちこちで騒ぎを起こす。悪い意味で典型的な冒険者。
市民に危害を加えかねない【ファミリア】がこれ程殺気だっていることに住民たちは良くないものを感じた。
すぐさま家に閉じ籠り、窓を閉めきる。
間違っても見物しようなどとは思わない。
そんな呑気な事をしていれば、超人たる冒険者の戦いに巻き込まれることは確実だから。
「ギルドか【ガネーシャ・ファミリア】に早く連絡を……っ!」
単なる喧嘩ならば兎も角、ここまで組織だった行動ならばオラリオの法に触れる。
都市の秩序を守る二つの組織ならば【ソーマ・ファミリア】を止めてくれると期待して市民たちの間に瞬く間に抗争の噂が伝達された。
「馬鹿どもが……」
この状況を不満げに感じるものが1人。
【ソーマ・ファミリア】の団長たるザニスだ。
冒険者たちの動きは決してザニスが命じたものではない。
組織として何段も格上なギルドと【ガネーシャ・ファミリア】と事を構えるなど自殺行為もいいところだ。
君臨すれども目立ちすぎることは嫌いなザニスからすれば、無用な反感を買うのは本意ではない。
だが、冒険者たちの考えは違う。
冒険者たちからすれば正規の手段しか行わないギルドや【ガネーシャ・ファミリア】などよりザニスの方がよほど怖い。
そのザニスの手駒である
このまま見つけられなければ自分達はどうなるのか。
肥大化した恐怖は彼らにあり得ない選択肢を選ばせた。
則ち、人海作戦。
そんなことをすれば他の【ファミリア】に即座に感づかれる。
しかし彼らはそんなことは意に止めず。あのサポーターを血眼でさがす。
それがザニスの不興を買っていることにも気づかず。
(酒で頭が回っていないのか馬鹿どもめ)
恐怖心に駆られ、市民たちに当たり散らすように少女の探索を続けるその様を見れば、【ファミリア】間のもめごとには基本的に腰が重いギルドも団長であるザニスに罰則を与えることを検討するだろう。
そうした小さないざこざから芋づる式に【ファミリア】の闇が明らかになって逮捕……などという事はこのオラリオで稀に見かけることだ。
そうならないようにヘイト管理に注力していたザニスからすれば、この状況は面白くない。
少女を探すなら探すでもっとましな方法はあっただろうに。
(それにアーデ。白髪の冒険者についていったという事だが、情にでも絆されたか?その冒険者は余程口が上手いのか、それとも私が奴を過大評価しすぎていたのか)
酒に溺れて本能そのままに生きる猿以下になり果てている団員たちの中で、あの非力な少女は違った。
怒りをその瞳に宿し、あの狂乱の中生き延びる選択を取る意志力。
冒険者への憎しみを糧に頭を使って周囲を翻弄する悪辣さ。
実にザニス好みの団員だったが、それが何故今になって感情的な行動に出たのか。
少なからぬ失望と共に、ザニスの頭脳は少女を逃がすことでのリスクを計算する。
少女一人逃げたところで【ソーマ・ファミリア】は健在だ。
今回の件からこちら側に引き込んだことで多少の情報は漏洩したが、決定的な証拠となるものは渡さないように立ち回った。
暫く良くない噂が都市に流れるだろうが、ここは世界の中心だ。
次から次へと流れる新たな噂によって、中堅派閥の都市伝説じみた黒い噂など人々の記憶に埋没する。
だが、少女を連れて逃げる冒険者が問題だ。
奴は【ガネーシャ・ファミリア】と多少なりとも交流がある。
公平をモットーに活動する【ガネーシャ・ファミリア】とて所詮は人の子。
親交のある相手の言葉には甘くなるかもしれない。
つまり、不十分な証拠であっても「取り敢えず調べるか」となる可能性があるのだ。
そんな時に街で暴れる挙動不審な団員たち。いくら何でも怪しすぎる。
(馬鹿どもをしっぽ切りできるように私は直接指揮をとらず、尚且つアーデを確保できるように干渉するか。アーデを探してはいたが、暴れている奴らは私とは関係ない末端の暴走だ)
少女の初仕事を見届けるために先にダンジョンに向かっていたのが初動の遅れにつながった。
行方不明の少女を探すために自分の周りを張り込んできた場合を想定してのことだったが失敗だ。一体どのようにして少女の変身魔法を見破ったのか。
(アーデと契約していた冒険者が持つマジックアイテムの効力か?)
はっきり言って眉唾物レベルの効果で、あまり噂を真に受けてはいなかったのだが認識を改める必要があるかもしれない。
もし、噂通りの規格外のマジックアイテムを所持しているのならば、今のこの状況も納得できる。
「おい!まだ見つからないのか!?」
「いや、ダイダロス通りで発見した!だが荷台が荷物をぶちまけたり、急に道路が陥没したりと奴が行く先々でアクシデントが起こる!」
「おい、不味いぞ!カヌゥの馬鹿がギルド職員に暴行しやがった‼」
レベル1の駆け出しに
見つかりさえすれば容易く捕らえられるという予想は外れた。
何故か少年たちの行く先々でトラブルが起き、ギリギリの所で取り逃がしまうのだ。
それに苛立った団員の一人が巡回中のギルド職員と口論にあり、暴行を加えたらしい。
本人は「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」とほざいているらしいが、ザニスは冷静に来期のカヌゥに渡す
(この奴らに都合の良すぎる展開が単なる幸運とは思えん。恐らくはマジックアイテムを使っている)
だが、一体どのような効果なのか。
断片的な情報だけでは推測も難しい。
聞いた印象ではアーデを【ソーマ・ファミリア】に返そうとしない何らかの存在が透けて見えるが。
ザニスは冷徹に思考する。
脳内に浮かぶ自身の参戦も考慮に入れて。
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じっとりと水を吸って重くなった前髪が額にくっついている。
少し視界を塞ぐ形になっていたので、腕で乱雑に拭う。
ここまでは上手くいっている。
リリに食べてもらったもう一つのひみつ道具。
昔、のび太君が食べたという恐ろしいひみつ道具はしっかりとその効果を発揮している。
「この先を左に曲がった後、石壁の隠し扉を利用しましょう!」
盗賊業で逃げ回る際に、この入り組んだ街並を利用することもあったというリリの指示で縦横無尽に駆けまわる。
知っていたけど【ソーマ・ファミリア】はとんでもない団員の数だ。
真正面からぶつかったらまず勝ち目はない。
だからこその逃走。
逃げて、逃げて、逃げ回って、か細い勝利の糸を手繰り寄せる。
「いたぞ‼」
「……っ!」
しかし、相手は熟練の冒険者。
簡単に逃がしてくれるはずもなく、僕たちはあっさりと居場所を特定された。
男たちの手が迫る。
リリをあの監獄のような
(そんなことはさせない!)
今目の前にいる冒険者は2人、背後から3人が追ってきていた。
挟み撃ちだ。
それを理解した僕はリリを抱えて思い切り地を蹴り、近くの建物の壁に飛び移る。
壁の出っ張りに何とか足を足を掛けて、更に屋根の上へ移ろうと跳躍しようとした。
「逃がすか!」
だがレベル1の僕にできることは同じレベル1の冒険者ならばできる。
前と後ろからそれぞれ一人ずつ、冒険者が跳躍して僕の左右に立つ。
この足場では満足に武器を振ることもできず、捕らえられるだろう。
だからリリは手を伸ばした。
ベルの後方から跳んだ冒険者に手を伸ばす。
あっさりと態度を翻し始めた少女に面を食らいながらも、冒険者は反射的にその手を取ろうとする。
その瞬間。彼らが足場としていた出っ張りが崩れた。
千年前、ダイダロス通りが巨匠ダイダロスの手で造られてから、ダイダロス通りは度々建築系ファミリアによって修繕されている。
……とは言ってもダイダロス通りは貧民街。
満足な報酬も出せるはずがなく、修繕はギルドが出す保証金頼り。
よってこの街の中には老朽化した場所が多々あり、ある日突然建物が崩れ落ちたとしても不思議ではない。
「うわっ!?」
「何!?」
「くそ……っ」
このタイミングで老朽化が露になるという展開にベルも冒険者たちも驚きの声を上げる。
だがベルは何が起こるかまでは分からなくても、何かが起こることは察していた。
全くの無警戒だった冒険者たちとの小さな差が初動に現れる。
ベルは空中で体制を整えると同時に壁を大きく蹴った。
そしてまさかのアクシデントに固まっていた、前方のドワーフの冒険者に向かってそのまま全体重を乗せた膝蹴りを叩き込む。
小柄とは言え人一人分の重さは絶大な威力に変換される。
それこそ
本当なら気絶しているであろう冒険者の安否が気になるが、それを確認している余裕はない。
ベルは前方に誰もいないことを確認するとそのまま全速力で逃亡を再開する。
「待てこらぁ!」
「アーデ置いてけや‼」
冒険者たちもすぐにベルを追撃するが、ベルのステイタスは既にレベル1上位。
特に敏捷はとにかく速く、誰にも追いつけない。
兎の様にあちこちを駆け回り、冒険者たちを撒いた。
「ベル様っ、お怪我は!?」
「大丈夫!ありがとうリリ、助かったよ!」
危なかった。
リリがひみつ道具の効力を使ってくれなければ、詰んでいたかもしれない。
(【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】ほどじゃないけど……やっぱり【ソーマ・ファミリア】全体と戦うなんて、持ちっこない!)
分かっていたことだが悔しい。
あの場にいたのは追っ手の中の一部。
多対一なら次々と来る増援に飲み込まれるだけだ。
無謀な戦い。エイナさんが見たら卒倒するくらいに。
だけど、勝機はある。
「その団長さん……ザニスさんはあの中にはいなかった?」
「はい、あのヒョロガリはまだ来ていないようです」
この戦いに【ガネーシャ・ファミリア】の助力は受けられない。
【ソーマ・ファミリア】の悪行の証拠は何処にもないから、都市の憲兵が介入する口実が無いからだ。
そのことを告げるシャクティ団長は苦々しそうにそう口にした。
『我々のやり方ではアーデが一線を超える前に【ソーマ・ファミリア】を検挙することはほぼ不可能と言える……情けない話だが』
それを僕に言ってくれたのはせめてもの誠意なのか。
だから僕は決めた。
決定的な証拠を今日引っ張り出してやろうと。
それを可能にするのがひみつ道具【スナオン】。
その名の通り人を素直にするこの緑色の錠剤で【ソーマ・ファミリア】の悪事を根こそぎ明らかにする。
ゴブリンに飲ませても何の変化もなかったから、毒はないだろうという事でモダーカさんが代わりに試してくれた所本当に素直になった。
正確には素直じゃなくて無知というか、ハシャーナさんによって黒歴史を引き出され、歩いて喋る黒歴史ノートとなった挙句、『実はヒューマンだと偽っているがそれは仮の姿。本来は象の仮面に宿る妖精さん』という嘘を信じ込まされて新たな黒歴史を量産していたが。
モダーカさんの心の傷と引き換えにこのひみつ道具の効果を知れた僕はこっそり【アイアム・ガネーシャ】を抜け出し、リリを探していたのだ。
……神様にはしっかり見破られていて「ちゃんと帰ってくるんだよ」と言われてしまったけど。
悪事を暴くという意味ではこの上なく強力だけど、問題はどうやって飲ませるか。
ザニスさんの所に持って行って健康にいいんですよー試してみましょーと飲ませることも検討したが、それより倒してから無理矢理飲ませたほうが早いと思う。
この後の計画を聞かれたとき、そうリリに言ったら「ベル様ってやっぱりあほなんですね」と可哀そうなものを見る目で言われた。
自覚はあるから止めてほしい。
兎に角、スナオンを飲ませるために【ソーマ・ファミリア】の団員を翻弄し、団長自ら出てくるように誘導しているのだ。
聞いた限りザニスさんはかなり用心深いから上手くいくか心配だったけど。
『多分、レベル1のベル様ならザニスは警戒しません。本質的には策士じゃなくて、弱い者いじめが大好きな獣のような男ですから』
力で叩き潰せる相手と侮られているのなら真っ向勝負もできる。
弱者だと思ってくれれば僕たちの前に姿を現す。
そう仮定して逃亡し続ける。
なけなしの牙を隠して、愚かな弱者で居続ける。
実際に愚かな弱者だ。
レベル1のくせにレベル2に勝とうとする愚か者だ。
臆病な自分が泣きそうになるのを叱りつけた。
やると決めたならやり通せ。
守ると誓ったリリの前で無様を晒しても、恐怖を見せるな。
戦え、戦え、戦え!
緊張で乾いた喉が水を求める。
永劫かとも思える時間の終わりは早かった。
大雨のカーテンの奥に見えた黒い人影。
目がいい
水たまりの音をさせながら、人影はゆっくりと近づいてきた。
「私たちの仲間を返してもらおうか、坊や」
痩せた体躯に灰色の髪。
水滴に濡れた眼鏡の奥に光る嫌な視線。
【ソーマ・ファミリア】団長 ザニス・ルストラ。
【
この人がリリを縛る悪意。
この人がこれまでの歪み。
この人が僕が倒すべき敵。
「貴方たちのじゃない。僕の仲間です」
今日、【ソーマ・ファミリア】と事を構えてから初めて武器を抜いた。
二刀に必勝の念を込めて、上級冒険者と向かい合う。
さあ、リセットの時だ。
行くぞ。
僕は貴方を倒して、リリと本当の仲間になる。
スナオンは国辱超人様のリクエストです。
コメントありがとうございます。
現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。
今回のひみつ道具は【ももたろう印のきびだんご】【スナオン】【??????】
さて、最後の一つは何でしょう。
ヒントは全部食べ物です。