「さあ!今日から頑張っていこう!」
熱は一日経っても冷めることなくベルをダンジョンへと駆り立てた。
今までが気合を入れて探索してなかったわけじゃないけど、目標が見えると心意気も違ってくるのかもしれない。
今朝ステイタスを更新した神様が何やら不機嫌そうだったのは気になるけれど、まずは冒険だ。
アイズさんに並ぶためにも、借金を返すためにも、まずはダンジョンを攻略していかないといけない。
どれだけ時間がかかるかは分からないけれど頑張ろう。
そんなことを考えていた時、どこからか視線を感じた。
(……?)
思わず周囲を見渡す。
辺りにいるのは巡回する【ガネーシャ・ファミリア】の仮面を着けた団員、荷車を押す獣人、窓を開けている女の人に……後は飲食店だろうか、お店の開店準備をする店員たち。
怪しい人はいない。
(僕の勘違いだったのかな。)
よく考えなくても僕に注目する人なんているわけがない。
多分、自分の舞い上がりようを自制する心が生み出した錯覚だろう。
気合いを入れるのは良いけれど、節度は守らなきゃいけない。
自分を戒めていると、またあの視線らしきものを感じた。
「!」
「あの……どうかしましたか?」
そこにいたのは灰色の髪をした女性だった。
メイド服のような制服を着ている彼女はどうみても一般人だった。
後ろに立たれたからといって過剰に反応した自分が恥ずかしい。
「す、すいません。ちょっとびっくりしちゃって……」
「いえ、私の方こそごめんなさい。驚かせちゃいましたよね。」
お互いに頭を下げ合う。
道の真ん中でこんなやり取りをしているから道行く人々の視線が集まっている。
僕より少し年上らしき彼女はさっき開店準備をしていた店員のはず、どうして声をかけてきたのだろうか?
そんな疑問が伝わったのか、彼女は手に持った紫の石を見せた。
「これ、落としましたよ」
「あれ?昨日全部換金したと思ってたんだけど……」
腰に着けた小袋の中を確認する。
記憶通りそのなかは空っぽ。
(でも一般人の彼女が魔石を持つ意味がないし、多分破片が残ってたのかな。)
お礼をいって魔石を受け取った。
「あの…こんなに早くからダンジョンに行かれるのですか?」
「はい。この時間帯ならダンジョンも空いているので、倒せるモンスターの数が増えるんです。」
それ以外にも使えるひみつ道具の性能の確認という目的もあるのだけど。
僕のスキルは神様いわく神々にとって最高の暇潰しになり得るのだそうだ。
つまりスキルが
いつかバレるにしてもできるだけ隠した方がいい。
幸い僕は農民だったから早起きには慣れている。
この早いサイクルでの生活もさほど苦ではなかった。
しかしあまり話し込むと他の人の迷惑かも。
あと少し話したらこの人とは別れよう。
そう考えていたのだが空気を読まない僕のお腹がグゥと情けない音を鳴らす。
音はびっくりするくらい響いて彼女との会話を途切れさせた。
「………」
すごい恥ずかしい。
彼女はクスリ、と笑みを漏らした。
「お腹、空いてらっしゃるんですか?」
「はい……今日はちょっと神様が不機嫌そうだったのでつい朝食を食べずに出ちゃいました。」
「なるほど……ちょっと待っていてくださいね。」
彼女はいったん店内に戻ると、バスケットを持って戻ってきた。
その中にはパンとチーズが見える。
「よろしければどうぞ。」
「そ、そんな悪いですよ!それにこれは貴女の朝ご飯なんじゃ……」
「このまま見過ごすと私が心苦しいんです。だから冒険者さん。どうか受け取ってくださいませんか?」
そう言ってはにかむ彼女はズルいと思う。
ヴァレンシュタインさんや神様みたいに目が覚めるような美人ではないけれど、気が付けば可愛さに引き込まれるタイプの女の人だ。
それでも、と渋る僕に彼女は少し意地悪そうな顔で僕の目の前に寄って来た。
「なら、こういうのはどうでしょう。冒険者さんは腹ごしらえできる代わりに今日の夜は是非当店で」
「もぅ……ずるいなぁ」
この人は本当にすごい。
上手くやり込められたはずなのに、全く悪く思えないのはこの人の話し方が上手いからだろう。
最初にあった壁みたいなものが気が付けば取り払われていた。
「それじゃ、後で伺わせてもらいます」
「はい、お待ちしています。」
バスケット片手にダンジョンに続く摩天楼施設に向かおうとするが、まだ彼女の名前を聞いてなかったことに気付く。
「僕、ベル・クラネルって言います。貴女は?」
「シル・フローヴァです。ベルさん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日はエイナさんに許可されている2階層で探索を行うことにした。
昨日あんな目にあっているのに5階層に行くほど僕だって無謀じゃない。
昨日は満足に稼げなかったし、さっきお店に行く約束をしてしまった。できるだけお金を貯めないと。
2階層に到着してすぐにゴブリンを発見する。
初日に複数で囲まれてぼこぼこにされたあの失敗を繰り返さないように辺りを確認する。
近くにいるのはこのゴブリンだけのようだ。幸先がいい。
向こう側が僕に気が付いて戦闘態勢を整える前に先制攻撃を仕掛ける。
「ギャッ!?」
首筋をナイフで断たれたゴブリンは小さく悲鳴をあげて倒れる。
まだ冒険者になって間もないけど、初日の醜態に比べたらなかなか良くなっているんじゃないだろうか。
「おっと、魔石もいいけれどひみつ道具を確認しないと。」
昨日のミノタウロス戦ではあの様だったけどこのスキルが全く役立たずかと言われれば否だ。
あんな危機的状況が上層でもまた起きてしまうかもしれないなら、せめて自分の手札の確認くらいはしようとベルは考えた。
今日はただモンスターを倒すのではなく、スキルの検証をしつつ探索を進めて行く予定だ。
(今日使えるひみつ道具は【くろうみそ】【アセッカキン】【具象化鏡】)
どれから呼びだそうか。
この中で一番効果が分かりやすそうのはアセッカキンだ。
名前からして汗がかきやすい体質になる薬だろうか。
ちょっと気になったからこれにしてみよう。
「アセッカキン~」
手の中に光が宿り形を成す。
今まで全然気にしてなかったけどひみつ道具を光が構成するのには少し時間がかかる。
今のところは5秒くらいしてひみつ道具が現れるみたい。
(声といい、光といい、本当に目立っちゃうな……)
隠密活動が多いダンジョン探索ではなかなか大きなデメリットだ。
しかも手元にひみつ道具が現れるまでの5秒は、昨日のピンチではかなり長く感じた。
スキルを使いこなせるようになれば構成にかかる時間も短縮されるのだろうか。
(でも練習しようにもひみつ道具を出せるのは1日3回までだし……)
一度呼び出したひみつ道具は任意で消すことができるが、消してしまったひみつ道具をもう一度呼び出すことはできない。
「ドラえもんさんみたいに僕のスキルも取り出し可能だったらなぁ……」
自分のスキルに文句をつけても仕方ないがつい思ってしまった。
ひみつ道具を出した後は仕方なくバックパックにいれているが、これが結構スペースをとるのだ。おかげで動きにくくて仕方ない。
バックパックに余裕がないということは入れられる魔石の数も少なくなるということ。
何度もダンジョンとギルドを行き来するのは効率が悪い。
「やっぱりサポーターがいてくれればいいんだけど。」
ないものはないのだから仕方ない。
スキルの検証を続けないと。
手に現れたひみつ道具を観察する。
アセッカキンという名前から勝手に薬系のひみつ道具だと予想していたけど、なんとアセッカキンはバンダナの形をしていた。
ただ額の部分には妙なマジックアイテムらしきものがつけられているけど。
「バンダナで汗かき?確かにバンダナは汗を染み込ませるためのものだけど……」
これをつけると汗をかくなんて本末転倒ではないだろうか。
それとも別の効果があるのだろうか。
早速近くにいたゴブリンを捕らえて巻き付けてみる。
しかし変化は特にない。
「取り敢えず目に見えて悪い効果はないかな」
ゴブリンからバンダナを回収して止めを刺した。
ゴブリンからしたら意味不明な行動だったかもしれないが、いざ自分が使ったときに落とし穴に嵌まることを防ぐためには大切なことなのだ。
今度は自分で着用してみる。
絶対に合ってないんだろうなと思いつつ頭に巻いても変化はない。
凄い汗が出ると思ったけどそれすらなくて拍子抜けしてしまった。
「もしかして動かないと効果がないのかな?」
そもそも汗とは動くか暑くなるかで出てくるものだ。
汗の量が促進されるだけでなにもせずに出てくる仕組みではないのかも。
ベルの推測通りなら非常に下らないひみつ道具だがベルはその使い方を探ろうと躍起になった。
「階層中を駆け回ってゴブリンを10体くらい倒せば汗も出てくるかな。」
そう考えたベルはゴブリンを探すために駆け回った。
ダンジョンの上層はしたの階層に比べてモンスター出現までの頻度が少ないと聞く。
オラリオに存在する冒険者の半数近くがレベル1で狩り場が集中しているためにモンスターの取り合いになることが多い。
モンスターはともかく人間と戦うのは怖いので、モンスターだけではなく同業者たちにも注意して探索を行った。
念のために15体ほどゴブリンを倒したベルは自身に変化があるか確認する。
(汗の量は特別変わってない気がする。結局何なんだろうこのひみつ道具?)
あちこち駆けまわったせいで喉が渇く。
飲み物が欲しいしちょっと一休みしようかな、なんて呟いていたら突如どこからともなく水筒が現れた。
「え?」
突拍子もなく現れた水筒に間抜けな声を出してしまうベル。
振ってみるとチャポチャポと中身があるのが確認できる。
(汗をかくと飲み物が出てくるひみつ道具なのかな?便利と言えば便利だけど……)
スッキリしないが分からないものにいつまでも拘っていても仕方ない。
違うひみつ道具を試してみよう。
バンダナを巻いたまま次のひみつ道具の名前を言う。
「具象化鏡~」
さっきより早く出せるように手に力を入れてみるが……ダメだ。
むしろ光がブレて構成が遅くなっている気がする。
出てきたのは……
スイッチのついた如何にもマジックアイテムといった見た目のひみつ道具だった。
「具象化ってはっきりするって意味だよね。鏡は……どこが鏡なんだろうこれ」
名前だと意味が分かる様で分からない。
鏡に映ったものをはっきりさせるのだろうか?
とりあえずこのひみつ道具にはスイッチがあるし押してみよう。
「………なにもないかな?」
これも使い方が良く分からない。
アセッカキンもそうだけどこうなると正解が見つけられないのに泥沼に落ちたように悩んでしまう。
不意にベルは視界に違和感を感じた。
何だかさっきより天井が広くなっているような。
「いや違う!これは!?」
異変に気が付いたベルがあたりを見渡すと足元に今まで存在していなかった泥沼が生まれていた。
あたりが広くなったのではなく、泥沼に体が沈み込んで視線が低くなっていたのだ。
大慌てでベルは泥沼から脱出する。
(ダンジョンのトラップ?でも確かトラップがあるのは中層の後半からだったはず)
こんなダンジョンの始まりに有っていいものではない。
ならこれはひみつ道具によるもの。
アセッカキンではない気がする。あまりにも名前と関連がなさすぎる。
「なら具象化鏡?確かに具象化は分かりやすくするって意味だから、この泥沼は何かが分かりやすくなったってこと?」
泥沼というとさっき頭の中で考えた言葉が浮かぶ。
泥沼に落ちたように悩む。
言葉の表現を現実に反映しているのではないだろうか。
そう考えた瞬間、ベルの頭から霧らしきものが吹きだし霧散した。
「え?えぇ?……あ、頭の中の霧が晴れたってことか!」
何に使うんだろうかこのひみつ道具。
技術に反して用途がくだらなすぎる。
ダンジョン探索にはあまり使えなさそうだ。
「最後は……くろうみそ~」
今度は逆にリラックスしてみるが出せるスピードは最初と然程変わらないみたいだ。
ひみつ道具を出現させる速度に関してはいったん保留にしよう。
光が収まり、現れたのは片手で持てるくらいの壺だった。
なんだが極東っぽい雰囲気の造りに感じる。
「中身は……なにこれヌルヌルしている」
中にあるのは茶色の物体。
触れてみると粘ついている。
臭いは結構強烈だ。というか腐っているのではないだろうか。
「こっちが薬系のひみつ道具だったかな?じゃあゴブリンを捕まえて食べさせてみよう。」
ちょうど近くに現れたゴブリンを捕まえて、指で掬い取ったくろうみそを口にねじ込む。
噛まれないように鞘付きのナイフで口をがっしり固定しながらゴブリンの口に手を突っ込む僕は果たしてどんな風に見られるのだろうか。
客観的に考えてかなりやばい奴に見えるこの状況を心配しながらゴブリンの変化を待つ。
すると突然ダンジョンの天井から大きめの破片が落ちてきた。
「うわ!?」
「グギャ!?」
間一髪ベルは躱したが、ゴブリンは直前まで組み敷かれていたこともあって反応が遅れた。
ゴスッ、と鈍い音と共に破片がゴブリンにめり込んだ。
「うわっ、ってしまった!逃げられる!」
痛そうな音に引いていたベルだったがゴブリンを解放してしまったことに焦る。
ベルの予想通り逃走を始めるゴブリン。
慌ててそのあとを追いかけようとしたが……
「ガッ、ブギャ!?、ギャアアアァァァァ!?」
そこからひどかった。
ゴブリンは通路の
これ追いかけていいのかな?
思わずそう考えてしまうくらいボロボロになったゴブリンはそれでも諦めずに足を進めた。
しかし現実は無常だった。
「邪魔だ」
「ペギャッ」
通路の向こうから現れた
壁に激突した最弱のモンスターは跡形もなく砕け散った。
一方ベルは絶句していた。
目の前の冒険者に心当たりがあったからだ。
正確にはその
戦乙女の紋章──【フレイヤ・ファミリア】。
あのアイズ・ヴァレンシュタインさんの【ロキ・ファミリア】と双璧を成す都市最強。
(【フレイヤ・ファミリア】の
都市最強の冒険者。
冒険者なら誰でも知っているその名前に驚愕する。
しかし今のベルにあったのは世界的有名人に会えた感動ではなかった。
(よりによって最強の冒険者と鉢合わせるなんてあのゴブリンついてなさすぎる……)
あの不運はくろうみそを食べさせた時から始まった。
つまりそれがこのひみつ道具の効果。
食べた者に次々と苦労が押し寄せて来るという厄物。
人類にとって
あれをベルが食べていたら無限に敵が湧くダンジョンだし、碌でもないことになっていたのは確実だ。
流石にそこまでして強くならなくていい。
「む?……ほぅ」
自分のしたことにドン引きしていたベルをオッタルは興味深そうに見つめた。
な、なんだろうか?
たじろぐベルを僅かな間見ていたオッタルはすぐに視線を外すとダンジョンの奥に消えていった。
「何だったんだろう?僕に変なところ……でも…」
ふと自分の格好を振り返り絶句する。
物凄くダサいバンダナ。
右手にはゴブリンの
左手には何故か持っている壺。
そして腰で激しく自己主張する装飾品だらけの小槌らしきもの。
今のベルはまごうことなき不審者だった。
(は、恥ずかしい!)
ちょっと見た後に目を逸らしたのがなお恥ずかしい。
うわきっつ、とか思われてるよあれ!?
カアアアァァと顔から火が出るような羞恥心がベルを襲った。
「うわああああああ……って熱っ!?あちちちちちち‼‼!??」
違った。物理的に燃えていた。
突然自分を襲った炎にパニックになるベル。
必死に炎を手でかき消す。
すぐに火は消えて助かったが、ベルはこの原因であろうひみつ道具を睨みつける。
「今の具象化鏡のせいだよね。これ危なすぎない?」
絶対にもう使わないしもう消してしまおうか。
そう考えつつくろうみそをバックパックに仕舞っていると、通路のほうが騒がしいことに気付く。
何事かと様子を見るとモンスターの群れがこちらに迫っていた。
「え!?なんで!?」
先ほどまでの騒ぎを聞きつけたらしいモンスターの群れに動揺しながらもナイフを抜刀する。
その数はおよそ十体。
ゴブリンだけじゃなく犬頭のコボルトまでいた。
「シャアアアア‼」
コボルトの先制攻撃を躱して次の攻撃に備える。
四方八方からベルを狙うモンスターたちを相手に
まずは攻撃を見極めるのに専念しよう。
「ガアア!」
「ギギャア‼」
なるべく背中は見せないようにモンスターたちを正面から捉える。
多勢に無勢だけど上層のモンスターは殆ど連携しない。
それどころか今も
だったら攻撃の波にも隙はできるはずだ。
「うわああああああ!」
まず一匹。コボルトの心臓にナイフを突き刺す。
突然反撃したベルに動揺するゴブリンの
「ギャ?」
思わず目を点にするコボルトたち。
具象化鏡によって文字通り点になった目は死角だらけだ。
流れるように三匹を切り倒した。
「グ、グオオオオ!?」
あっさりと半数が倒されたことに動揺するゴブリンが攻撃してくるが、破れかぶれの攻撃は通じない。
スライディングして回避し、ゴブリンの背後から足を引っかける。
倒れこんだゴブリンも仕留めるとその勢いのまま残りのモンスターたちも片付けようとした。
しかし、首筋に冷たいものが走る。
ベルが自分の直感を信じて横に飛ぶと、そこにはイモリ型のモンスターであるダンジョン・リザードが落ちてきた。
(危なかった……)
攻撃の熱に浮かれて奇襲に対する備えがお粗末だった。
冷静になると体の疲れを感じる。
おまけに汗もひどい。
汗もさっき走り回ったことも相まって、まるで滝のようにダラダラとダンジョンの地面を濡らしていたのが目についた。
「あ」
やってしまった、と気づいた時には遅かった。
具象化鏡によって言葉通りに滝のような汗がベルから流れ出る。
(ちょ、前が見えない!)
隙を見せたベルにモンスターたちが喜び勇んで向かてくる。
目が見えないからボコボコにされるベル。
滝のような汗で向こうも攻撃しづらいようだが、こっちはモンスターたちを視認すらできない。
「ガボガボ……」
おまけに汗が口に入ってしょっぱいし溺れそうだ。
割と切実に命の危機かもしれない。
(ああ、もう‼このひみつ道具だしてからこんなんばっか!)
流石に温厚なベルでもこれではフラストレーションが溜まっていく。
モンスターに殴られまくるし、体はびしょ濡れだしで本当に今日は厄日なのかもしれない。
「せめてっ、魔石がいっぱい手に入らないと割に合わない!」
その時、不思議なことが起こった。
アセッカキンが赤く光りだしたのだ。
ベルの願いに反応するかの如く強い輝きを放つそれはやがて奇跡を起こす。
「え?」
「ギャ?」
「キャウン?」
ベルもコボルトもゴブリンもダンジョン・リザードも。
全員その光景に呆気を取られる。
そこにあったのは紫の海。
数えるのもばかばかしくなるような魔石が突如彼らの目の前に現れたのだ。
ベルの願い通りに。
(具象化鏡?いやあれはあくまでも言葉を形にするもの。願いを叶えるものじゃない。)
ベルの思考が加速している。
そう、魔石は彼らの目の前にあった。
夥しい量の魔石は戦場となっていた
(と言うことはアセッカキンかな?あれは汗を掻いたら飲み物をくれる道具じゃなくて、汗を掻くことをすれば願いを叶えてくれるひみつ道具だったのかも……)
人間もモンスターも迫る魔石を前に立ち尽くしていた。
最近知ったのだが、人間と言うものはいざという時に頭の回転が速くなるものらしい。
さっきまで全く分からなかったアセッカキンの能力がピースの嵌ったパズルのように分かる。
……なんかパズルが出てきた。こんな時まで仕事しなくていいよ具象化鏡。
(そう、具象化鏡。あれによって僕の汗は正に滝のように流れていた。汗の量に応じてよりアセッカキンの効果が大きくなると考えるのならこの結果も納得できるかな。)
ひみつ道具の組み合わせってすごいな~
半ば現実逃避のようにアセッカキンの考察をしていたがそれももう終わりらしい。
いよいよ自分と魔石の洪水がぶつかる。
「………僕はくろうみそ、食べてないんだけどなぁ」
ベルとモンスターは仲良く魔石の波に飲み込まれたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダンジョン2階層で起きた魔石の大量発生という前代未聞の
冒険者たちは
事態はダンジョンの上層がギルドの調査によってしばらく閉鎖されるというところまで発展したが、詳細は不明のままこの【竈の魔石大洪水事件】は都市伝説の仲間入りをした。
ちなみにこの事件名はこの1ヵ月後の
そしてオラリオがてんやわんやする中で、頭を抱える幼女神と白髪の少年の姿があったんだとかなかったんだとか。
アセッカキンはササカズ様のリクエストでした。
コメントありがとうございます。
他の方のリクエストにも可能な限り応えていきたいと思います。
現在も活動報告にて絶賛コメント募集中なので気軽にリクエストをください。