『人を惑わす神酒の恐怖!』
『酒守、自分は守れなかった!?』
『歪な組織構造?暴かれるソーマ・ファミリアの闇』
全てを自白したザニスによって、【ソーマ・ファミリア】が隠してきた数々の違法行為が衆目の目に晒された今回の事件はオラリオに衝撃を与えた。
【ソーマ・ファミリア】自体は団員数こそ多いものの、何の変哲もないありふれたファミリア。強いて言うなら主神が趣味で造っている酒が一部で人気である程度。それが一般からのこれまでの評価だった。
そんな人々の日常に自然と溶け込んでいたファミリアが隠していた悪事の数々。
巷を騒がせる
当然、そんな悪事が明らかになった【ソーマ・ファミリア】に対して、ギルドは重い腰を上げて厳しい罰則を与えた。
派閥として蓄えた資産は罰金としてほとんどが没収され、その活動には無期限の停止命令が下される。
また、このファミリアの支配体制の根幹であった主神が造る
今回の一件で新たに逮捕・検挙された人物や組織は多く、全盛期を過ぎた
市民たちはいまだ健在な
そして神々は新たな騒乱を予感し、胸を躍らせるのだった。
世間がザニスの自白に右往左往する中、この状況を作り出した少年と少女はそんな社会の流れとは裏腹に、新たな日常を送る。
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【アイアム・ガネーシャ】の入り口。
小悪党時代には絶対に近寄らなかった、この主神である象神を模した建物になし崩し的に保護されてどのくらい経つだろう。
身の丈よりも大きなバッグパックを地面に置き、そこにもたれかかるリリはそう思い返す。
待ち合わせの時間よりちょっと早めに来てしまったリリが見る空の色は南国の海がそのまま写されたような青。曇り一つもない晴天だ。
ポカポカと日の光を浴びていると、つい眠気が刺激される。
早朝にこんな風にゆったりとする時間が作れると、今の【ソーマ・ファミリア】から抜け出した平和な状況を再認識できると言うものだ。
「うーん……早すぎました」
デートでもないのに気合を入れて集合時間より早く来てしまった自分に苦笑する。
あれほど億劫だったサポーターをやることが、こんな風に待ち遠しくなるとは思わなかった。
(恵まれすぎているなぁ……)
先日の【ソーマ・ファミリア】の団長であるザニスを突き出した時、リリもまた罪の清算のために【ガネーシャ・ファミリア】に自首をしていた。
間違いを間違いのまま放置はできない。
自分のこれまでの過ちを全て打ち明けたリリに対し、ガネーシャもまた群衆の主としての顔で罰を下す。
それは【ソーマ・ファミリア】捜査のための協力の要請と、多額の賠償金。
ベルから離れる際に雇った冒険者たちに、貯蓄のほとんどを報酬として与えていたので少し厳しい額だったが借金という形で少しづつ返済することになっている。
甘すぎる罰だと思ったがガネーシャは「罰則にこだわって更生の余地をなくすほど俺は厳しくないのでな‼」と言ってこの内容を強行した。
公的機関としてはあまりいい顔はされない判断だ。
しかし、全知たる神である彼がそれでもそれを選んだのは情なのか、或いは下界の人間では見通せない何かを見ているからなのか。
少し、納得ができない……というよりは拍子抜けしてしまったリリだが、軽い罰で済んだことを無邪気に喜ぶベルを見ていると厳罰にしてくれとも言い出せず、この罰を受け入れていた。
(今思えばベル様を隣に置くことでリリの反論を防いでいたような……)
そんなわけで再び温かい日常に戻ることができたリリだが、そこからが大変だった。
主神が半分廃人状態なので【ソーマ・ファミリア】からの脱退ができないのである。
トラウマがある神とは言え、勇気を振り絞って交渉に臨んでもブツブツと何事かを呟くだけで碌に返事が返ってこない。というよりアレはリリの言葉が聞こえていないのだろう。
意地悪で聞こえないふりをしているわけでもないから困りものだ。
同行していた【ガネーシャ・ファミリア】の団員も完全に自分の中に閉じこもるソーマに呆れてしまっていた。
おかげでファミリアの脱退が全く進まず、リリの背中の
(大変と言えばヘスティア様も大変でしたね……)
ベルがリリを追いかけることは見逃していたヘスティアだが、決してこの展開を歓迎したわけではない。
ヘスティアからすればリリはベルを嵌めようとして近づいたわけだから良い印象などあるはずがない……と言うワケではない。
少年の主神なだけあってヘスティアはあまりそう言ったことにはとらわれない。
釘は刺してもリリの未来を思いやれるのは正真正銘、彼女が慈愛の女神だからだろう。
リリが頭を悩ませているのはもっと単純な理由だ。
『一先ず問題が解決したことにはおめでとうと言っておこうサポーター君。し・か・し!ベル君は渡さないからなあああああ!?あの子はボクのだああああああああ‼』
どうやらヘスティアにベルを巡る恋敵認定されたらしい。
女神の威嚇(チワワ級の迫力)によってベルとヘスティアの嬉し恥ずかしエピソードがこれでもかと展開され、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちのいい見世物になったのは記憶に新しい。
(初めは本当に言いがかりだったのに、本当にそうなってしまったから世話がありません)
初めて牽制されたのは地下水路の時だったか、その頃は恋愛感情などなかったはずなのだが、そのままずるずると彼に惹かれていき先日についにトドメを刺された。
向こうにはその気はないらしいのが実に悪質だ。
無論、しっかりとヘスティアのノロケエピソードにはダメージを食らいつつ、衆目の前で自分を欲せられた話で反撃した。
そしてヘスティアは轟沈してヘファイストスに泣きつきにいくのでした。ざまあ見ろです。
「本当に、変わっちゃったなぁ……」
ふとした日常で笑みを浮かべる自分を見る度に、かつての氷に心を包んで何事にも無感動になっていた自分とのギャップを感じずにはいられない。
背に残る酒神の刻印からはまだ解放されていないのに、こんなにも毎日が楽しいのはどうしてか。
思い浮かべる色の名は白。
処女雪のように真っ白な少年。
魔法の時間を告げる鐘の音のように、響いた刹那の時間は何よりもリリの胸を熱くさせる。
出会いを求めてダンジョンに来たと彼は言う。
多くの人が馬鹿にするであろう動機をリリだけは馬鹿にはできない。
何故なら彼女は本当にダンジョンで出会ってしまったのだから。
人生を、運命を変えてしまうほどのとびきりの出会いを。
その背中を覚えてる。
話にならない位に弱いのに、懸命に少女を守る愚かで尊い小さな勇気を。
その鼓動を覚えてる。
馬鹿みたいに強大な相手を前に、恐怖で泣きそうになりながら、それでも少女を守るのだと強く胸に抱いた決意を。
なにより。
なによりもその笑顔が忘れられない。
体中泥まみれの傷だらけで、なにも知らぬ者が見れば滑稽極まりない姿を晒しながら、それでも守れたのだと喜ぶ、あの打算など欠片もない眩いお人好しを。
小さな出会いが本当に世界を変えてしまった。
まるで別世界に迷い込んでしまったかのような幸せな時間がそこにある。
それはリリの当初の目論見通りに人から奪った金品で【ソーマ・ファミリア】を退団しても、きっと手に入らなかったものだ。
(温かい)
ポカポカと体を温めるこの感覚は日の光によるものだけではない。
少年を知るたびに強く、大きくなっていったこの想いが心臓の鼓動を早めているのだ。
身体を包み込む春の息吹のような温もりは夢心地で微睡みそう。
内から生まれた熱によって心の氷は何時の間にやらじわりじわりと溶かされて、最後は力尽くで砕かれてしまった。
そうなればもう自覚するしかない。
リリルカ・アーデはあの純白の光に恋をしたのだ。
今もそう、【アイアム・ガネーシャ】の前を人が横切るたびに、あの白髪を探している。
足音が聞こえるだけで過敏に反応してしまうのは盗賊時代のようだが、あの時とは別の意味でリリの心は張り詰めていた。
自分は普通にできているだろうか。
彼を見てすぐに笑みを浮かべられるだろうか。
そんな風に他人から見ればどうでもいいようなことまで気にして思考がぐるぐると高速で堂々巡りの回転する。
恋は盲目という言葉の意味が理解できた。
確かにこれは想い人のこと以外は考える余裕はない。
実の所、集合時間までは大分時間がある。
それなのにこんなに早く来てしまったのはきっとこの想いのせい。
全く普段の冷静な自分を保てなくて、外の風に吹かれればこの熱も少しは冷めるのではないかと入り口に立つことにしたのだ。
ちょっと早すぎて、リリが入り口に来た頃にホームを出ていった人がちらほらと戻ってくることもあった。
そしてその人に「どんだけ待っているんだ?」と怪訝な目で見られて赤面する。
(ヘスティア様に対抗するためにグイグイ行こうとは思ってましたが……)
恋は自覚したが、自分は思っていた以上に熱に浮かれているらしい。
彼に心を振り回される感覚は決して嫌いではないが、制御できないのは困りものだ。
想いで熱くなるばかりの体を冷やすために外に出たが、ぼんやりと考え事ができるくらいに暇になったので悪化している気がするのは気のせいか。
思わぬ罠であった。
思い描いていた攻勢に出られるにはもうちょっと時間がかかりそうである。
(早く来て欲しいような……もうちょっと待って欲しいような……)
何とも踏ん切りがつかない情けなさ。
勇気の
しかし、仕方ないではないか。好きなのだから。
「ベル様……」
何の意味もなく少年の名を口にした。
それだけで幸福になれる自分はもう末期なのだろう。
正直、この恋慕が叶うことは難しいとリリは考えている。
自分が彼の隣に立てるだけの価値があるとはやはり思えないし、気後れする思いは今もある。
そもそも彼の中で自分の立ち位置が子分になっている気がしなくもない。
おのれ朴念仁。
(そもそも恋敵も多くありませんか?)
目下最大の壁であるヘスティアは勿論のこと。
弁当を毎日受け取っている酒場の看板娘やら、ギルドの専属アドバイザーやら……
どうも怪しい人物たちがベルに矢印を向けている気がする。
何だか歓楽街にも知り合いがいそうである様子も見える……ベッドの上から始まる恋は認めませんよ?
そこまで考えて、また笑みを浮かべる。
(幸せだなぁ)
優しい人たちに囲まれて。
恋に一喜一憂して。
自分が貰っていいのだろうかというくらいの幸福。
これが夢ならば自分はショックでどうにかなってしまうだろう。
「あっ……」
キュッ、キュッと他とは少し違う音だ。
それはベルの靴音。聞いた瞬間に確信できた。
中古品だったらしく、どうしても歩く度に音がするのだとか。
新品に変えようにも借金だらけのファミリアの財産事情を見ると気後れするから使い続けていると少年は話していたのを思い出す。
姿はまだ見えない。
それでもすぐ近くまで来ている。
どくどくと心臓の音がうるさくていけない。
ほんの数秒の出来事のはずなのに世界がゆったりと動いて見える。
自分は気付かぬうちにあの
加速する世界の中で、大丈夫かな、変に思われないかな、と無意味な思考する。
考えて、考えて……結局、考えるのをやめた。
賢しく振舞うのはやめよう。
散々迷惑をかけて、いっぱい無様を晒した。
ヘスティアも言っていたではないか。あれこれ考えて、気に病みそうになることはあるけれどそんなのはただの自己満足だ。
本当に必要なのは反省と感謝。
もう間違えは犯さないという誓いと、こんなリリを救ってくれてありがとうという想い。
それを彼に伝えよう。
言葉だけではなく行動で。
差し当たってまずは何をしようか。
自分を救ってくれたあの笑みに対して、自分は何を返すべきか。
ちょっと迷ってから、今度はすんなりと答えが出た。
笑みには笑みを返すべきだ。
自分は貴方のおかげで幸せになれたと伝えるにはそれが一番。
やがて、待ち望んでいた白髪と
少年はすぐに少女に気付き、小走りでリリの所に向かう。
「ごめん、リリ。待たせちゃった?」
「いいえ、大して待ってませんよ?」
全く待ってなどいなかった。その言葉に嘘はない。
少年を思うと、時は瞬く間に過ぎたのだから。
「……じゃあ、また行こう?冒険に」
伸ばされる手。
「はい!ベル様!」
空は蒼く、世界を優しく包む。
その下で人々は出会いと別れと再会を繰り返す。
次に十二時のお告げが来ても、今度は決して離れないように。
第2巻のエピソード、これにて終了です。
長引いてしまい申し訳ありませんでした。
アホ作者は当初「ダンまちは今15巻くらいあるから1巻大体10話くらいで全部やるとしたら150話か~大変そうだな~」と寝言をほざいていましたが、あれよあれよという間に話が膨らみ、気が付けば60話を超えてもまだ2巻と言う事態に……
2巻では伏線やキャラの心理描写、そして頭脳戦を練習しようと無駄に気合を入れたことがいけなかったかもしれません。
もっと話をコンパクトにまとめる練習も必要でした。
3巻のエピソードではその辺の改善をしていきたいと思います(ばら撒きまくった伏線に頭を抱えながら)。