ベル・クラネル
異世界のマジックアイテムであるひみつ道具を駆使する少年。
その器の未熟さに見合わぬ強大な可能性を秘めた駆け出し冒険者。
その少年の名がこれまで広まることは無かった。
都市に来て1ヶ月にも満たなかったこと、入団したファミリアが新興で無名の【ヘスティア・ファミリア】であったこと。二つの要素が彼を人々の目から遠ざけていたのだ。
だが、少年は動きすぎた。
都市を騒がす混沌の中でその存在を示し過ぎたのだ。
もはやどの勢力も無視できないほどに。
無力なレベル1でありながら。
闇も正義も光も悪も。
紛れ込んだイレギュラーに注目する。
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「イレギュラーはベル・クラネルだ。間違いないだろう」
最も早くイレギュラーの存在に気が付いたフィンは確信をもって口にする。
ダンジョン2階層で起きた魔石の大量発生から始まるオラリオを騒がせた馬鹿騒ぎの数々。
その元凶が少年なのだと。
「ひみつ道具、だったか。また随分と面白い冒険者が生まれたものだのぅ」
「これまでの彼の行動を考えると我々は頭が痛いがな……」
豪快に笑うガレスとは対照的にリヴェリアの表情は鋭い。
「ひみつ道具というマジックアイテムの力は分かった。フィン、ガレス。お前たちから見てベル・クラネルと言う少年はどう映った」
この三人の中で最もベルとのかかわりが薄いのはリヴェリアだ。
リヴィラの街の防衛戦ではどこでもドアを使って転移する際に二、三言話した程度では少年に対する評価のつけようがない。
故に地下水路で共闘したガレスと、リヴィラの街で一時的に部下にしたフィンにその目にどう映ったかを問う。
「未熟もいいところだが、根性はある小僧だった。遥か格上との戦いでも恐怖に呑まれなかったのは見事だったぞ」
「裏表のない子供……それが現段階の評価かな。良くも悪くも純粋だ」
ガレスからは地下水路での戦いぶりから高評価、フィンは無難な印象と言うところか。
どうやら問題のある人格ではないようだ。
「そうか。ならば
ベルを考えるうえで真っ先に危険視したのはその可能性だ。
これまでの共闘は半ばなし崩し的なものであり、ベルは決して【ロキ・ファミリア】の味方ではない。
アイズやレフィーヤからの印象で悪人ではないだろうとは思っていたが、フィンやガレスと言った老獪な冒険者から見てもそうなのならば間違いではないだろう。
「ああ、彼が自分から
その構成員も全員が志願して眷属になったわけではないのだ。
と言うか嬉々として自爆装置を体に括りつけるような奴らが自然に大量発生してたまるかと言う話だ。
「拉致をして洗脳、或いは人質を取って言いなりに……」
「まあ、奴らならばそうするじゃろうな」
ひみつ道具という規格外は秩序側以上に混沌側が欲するアイテムだ。
後先を考えなくていい破壊者たちからすれば、ひみつ道具は絶対に予想できない切り札。
もし、敵にベルがいて。たまたまその日に有用なひみつ道具を持っていればと考えれば最悪だ。
いかに【ロキ・ファミリア】の未知への適応力が優れているといっても限度がある。
初見殺しの効果があれば最初の一回は確実に食らってしまうだろう。
その一回を致命傷にするくらいは
極論、どこでもドアでロキを直接殺せば【ロキ・ファミリア】は壊滅するのだから。
おちおち遠征にも行けなくなる。
「いっそのこと【ヘスティア・ファミリア】を取り込めれば話は終わるが」
「できると思うかい?」
「無理だろうな。ロキと神ヘスティアの相性の悪さは地下水路で散々見せられたわい」
ベルを保護しようにも主神同士がいがみ合っていればいらぬ問題を引き起こす。
神とは強烈な個の持ち主。
波長が合わないものと仲良く協力などできるはずがない。
ロキとヘスティアの不仲がここにきて痛い。
ベル・クラネルはヘスティアの眷属だ。
神様が嫌いなものは僕も嫌いとなっていても不思議ではない。
「そもそも懐柔しようにも大きな問題がある」
「ん?何だい?」
「アイズによると先日の宴でベートが謗った少年がこのベル・クラネルらしい」
「……あー」
「しかもその場に彼本人がいたらしい」
「地下水路で妙にベートに怯えていたのはそのせいか……こちらに好印象を持っているはずもないのぅ」
一斉に頭を抱える3人。
ベートの問題行動は承知していたが、ここで響くとは。
「それは……ちゃんと謝れたのかい?」
「アイズはそうしようとしているらしいが……毎回逃げられるらしい」
「はは……」
リヴィラの街では心に余裕がなく、無視するような対応をしてしまったと落ち込んでいたアイズを知るリヴェリアの言葉にフィンから枯れた笑いが出た。
報復されてもおかしくない団員たちの行動に「今度から団員たちのマナー教育も行うべきかな」と少し考えてしまう。
「……色々問題はあったようだけど、ここから信頼を積み重ねていくしかないか」
ひみつ道具を使えるベルとの関係を良好にしておくことが、ファミリアにとってのプラスになるという事もそうだが、それ以前に団長として団員たちの行動の責任は取らなければいけない。
(さて、彼に謝罪しようにもロキの団長である僕が会いに行けば神ヘスティアは警戒するだろう。どうしたものか)
団長として、一冒険者として、ベルとどう関係を結ぶべきか。
フィンは執務室で古参幹部たちと一緒に考えるのだった。
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リヴィラの街の防衛戦におけるベル・クラネルの情報は、少年の身を案じた【ガネーシャ・ファミリア】によって箝口令が敷かれた。
しかしどこの世界にも口の軽い者はいる。
その情報の重要性が理解できずに無責任に噂を広げる冒険者たち。
【ガネーシャ・ファミリア】もそれを見越して
情報の精査と人間の嘘が見抜ける神による裏付け。
それを繰り返せば、必ず覆い隠した真実は明らかにできる。
オラリオの情報通は勿論、今回大きな損害を受けた
噂話に右往左往しているのは末端だけ。
首脳部は既にベルの存在を感知していた。
「ひひっ、これが例のガキか?こんなガキに一泡吹かれるたぁ
部下たちによって作られた人相書きを見た女は笑う。
そもそもあの一件は
自爆兵を持っていかれはしたが、それ以上に
白装束の信徒たちに囲まれる女は愉快気に人相書きを放ると、骸骨のレリーフが刻まれた椅子に音を立てて座り込んだ。
「そもそもオリヴァス如きに
女にとってオリヴァスが負けることは想定通りだった。
扇動者としては有能な男ではあるが、指揮官としては扇動した暴徒と共に自分も冷静な判断力を失うという本末転倒な男だ。
感情を排した冷徹な判断が売りのフィンの相手が務まるはずがない。
(とは言え、ここまで完敗することは予想外だったがな)
嘲笑の裏で女は冷静に思考する。
オリヴァスの作戦の失敗自体は予想通りだが、冒険者たち側に犠牲が出ていないのは予想外だ。
これが【ロキ・ファミリア】のみならばあの怪物どもなら当然のことだと納得できたが、18階層に到達するのがやっとの木っ端冒険者すら仕留められていないのはどういうことか。
その答えがこのヒューマンだった。
「しかし、本当なのでしょうか。こんな子供が妖術じみた異変を……」
「そういうもんだろうが
このヒューマンの使うマジックアイテムは正に規格外。
その効果はこれまで被害にあってきた
「レベル1が持つには過ぎた力だ。私たちならもっと有効活用してやれるぜ」
混沌をもたらすマジックアイテムなど、実に
あれほど有用なマジックアイテムを好き勝手使っていないのを見るに、何らかの制限があるのかもしれないが、その効果は魅力的である。
「
同盟者であったとしても油断ならない今、独自に切り札を用意する必要がある。
破格のマジックアイテムを用意できるレベル1のカモを逃す道理はない。
破滅的な笑みを浮かべ続けるその悪魔は、人相書きの子どもを見て目を細めた。
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「直にベル・クラネルたちに気づく者たちが現れる。或いは既に現れているかもしれん」
忌々し気に表情を歪めるシャクティ。
そこには憤りがあった。
少年の保護を全うできない自分に対する憤りが。
「ベル・クラネルのスキル……ひみつ道具は強力すぎる。それこそ下界のパワーバランスすらも崩しかねん程に」
常の調子を崩し、静かに思考するガネーシャ。
もはやあの少年を隠し続けることは不可能だ。
「世界が変わろうとしているのかもしれん……我々がいる今は人類が経験した数多ある
だが、人々の守護者として世界を見守り続けた彼だからこそ分かる。
不完全なこの世界にたびたび起きた変革と言う名の嵐。
今ある平穏はその前触れに過ぎないのだと。
「……スキルが知られれば彼の生活はこれまで通りとはいかないだろう。誰もが欲するはずだ。世界を変えかねない力を」
そうなれば、【ガネーシャ・ファミリア】もまた彼との関係を変えなければならなくなる。
ひみつ道具を持つベルを保護し続けていれば様々な勢力から非難を受けかねない。
【アイアム・ガネーシャ】内で保護している今は囲い込みと言われてもおかしくはないのだ。
都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】への信頼が損なわれることは、オラリオの治安悪化にも繋がりかねない。
既に
ベルの存在は【ガネーシャ・ファミリア】と他派閥との関係に罅を入れる危険な要素だ。
「だが、守らなければならない」
ガネーシャの言葉にシャクティも無言で頷く。
例えベルを保護し続けることに不利益があったとしても、それはベルを放り出す理由にはならない。
「ベル・クラネルがこれから背負わされるものは大きいだろう。既に現段階ですら
これまで幾度となく妨害してきた
それだけでも一冒険者には重すぎる事実だが、
下界を揺るがす爆弾。
それを前に少年がどのような決断を下すか。
……既にホーム内で何度も彼と交流したシャクティには何となく、それが分かってしまった。
「それに、フレイヤが動くかもしれん」
「なに?、神フレイヤが?」
「ああ、モダーカが俺にだけ話した。不確定な情報だが、襲撃者は【
暗黒期では派閥の枠を超えて共闘することが多かった。
それ故にモダーカは遠目ながら都市最強の太刀筋を知っていたのだ。
何の確証もない。後から振り返って襲撃者との共通点が浮かんだだけ。
それでも、相談されたガネーシャには無視できなかった。
「……やはり見て見ぬふりはできん」
「ああ。例え、俺以外の神の眷属であっても愛すべき群衆であることに変わりはない」
少年のこの先歩むであろう苦難を考えれば、ファミリアの利のみを追求するわけには行かない。
通常の派閥ならば他者のために自らリスクを負う必要などないのだろう。
だが、彼らは違う。
「守り抜くとも……私たちはガネーシャなのだから」
シャクティは決して揺れることのない意思を示す。
それを見てガネーシャは口元を綻ばせるのだった。
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酩酊と狂乱の狭間に神はいた。
途切れ途切れの記憶と理性を繰り返し、本来の自分すら見失った神は僅かに知覚する己自身で苛立った。
計画は慎重を期した。
警戒した勢力も概ね自分の思い通りに動いた。
チョロチョロと自分の周りを嗅ぎまわる男神は面倒だが、それも些細なことだ。
全ては順調……にもかかわらず何故こうなっている?
血が流れない。
冒険者たちの
人々は警戒しつつも日々の中で笑顔を絶やさない。
こんなことは間違っている。
下界にはもっと相応しい世界があるはずだ。
大好きな下界をもっと見ていたかったから、天界から降りたというのに台無しではないか。
どいつもこいつも腹立たしい。
自分を善神だと思い込んでいる馬鹿どもが向ける笑みのなんと心をささくれだたせることか。
いつも以上に酩酊を深めていなければ、余りの苛立ちに眷属の首を絞めてしまうところだった。
それでは約束は果たせないというのに。
癇癪を抑えて原因を探る。
計画はまだ修正できるレベルにしか狂ってはいない。
謎を秘めた冷酷なエニュオの仮面に罅が入らぬうちに、新たなる
そう考えた神は眷属たちに命じて情報を収集する。
そうして、一度冷静に立て直すのだ。
そんな神の目論見は浮かび上がった情報によって、激情で塗りつぶされた。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
ヘスティア‼ヘスティア‼ヘスティア‼
あの糞女神が‼
いつもいつもあいつが邪魔をする!
下界にまで降りてきて
殺してやる
ウラノスもロキもフレイヤもガネーシャも知ったことか‼
あの癇に障る女神さえいなければいいのだ‼
消えろ‼消えてしまえ‼
間抜けな眷属ともどもこの愉快な盤上から失せろ‼
溢れ出る激情に善神の仮面を保てず、団員たちの前で取り乱す。
支離滅裂な言動は誰にも理解されることなく、都市の破壊者の狂乱は闇に葬られた。
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「ようやく……!ようやく見つけたぞ‼全ての元凶を‼」
そしてオラリオを管理するギルドの地下。
本来は最高神しか入ることが許されない祈祷の間で荒れ狂う黒色のローブ。
幽霊のような印象を与えるその容姿を見れば、ギルドの受付嬢であるミィシャあたりは絶叫するかもしれない。
異様に怒り狂っている今ならばなおのこと。
「……フェルズ。落ち着け」
「これが落ち着いていられるかウラノス!」
老人の姿をした神ウラノスは何処か困ったような表情でローブの人物を宥めるが、怒り心頭な黒ローブは聞く耳を持たない。
「私が今、市中でどう噂されているか知っているか!?幼女を愛し、幼女じゃなければ微妙な悪戯をして、男たちにロリコン化の呪いをかけながら歓楽街で幼女を求めてさまよう
彼は被害者であった。
ざまあみろと言える
「しかしフェルズ。こう言っては何だが、お前が人前に出ることは滅多にない。すぐに消えるであろう噂など気にする必要はなかろう」
「ああ、そうだとも……何故かリドたちにまで噂が伝わっていなければな‼」
こうなってから人に会わない日々が続く中、リドたちとは長い付き合いになる。
そんな彼らにちょっと引かれた目で見られるのは堪えるのだ。
「ま、まぁ俺っちたちも困難な夢を持っているからな!フェルズも一緒に頑張ろうぜ‼」と斜め上の気遣いをされた時は本気で死にたくなった。
「まったく、一体どうやって人との交流が少ないリドたちに噂話が……」
「……」
「その沈黙は何だウラノス。……まさか、お前か?お前がリドたちに教えたんだなウラノス!?」
まさかの最高神の裏切りに胸元を掴まんばかりに詰め寄る黒ローブ。
部外者が見たら今まさにウラノスが襲われているように見えるだろう。
「定期報告を受けた際に、真面目すぎてつまらないから何か面白いことを言えと言われてな……」
「今の私が面白いと?いい冗談だ、お前も許さん」
暫くウラノス相手に鬱憤を晴らした後、フェルズは怒りのままに叫ぶのだった。
「覚えていろベル・クラネル‼この返礼は高くつくぞ……具体的には透明になって砂糖と塩を入れ替えたり、ギルドで勉強している際に消しゴムの角を丸くしてくれる!」
「地味だな」
「悪意のない相手にそんなに酷いことができるわけないだろう!」
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未だ変わらぬ日常。
しかし徐々に少年を取り巻く世界は変わっていく。
様々な思惑が重なる中(ギルドだけベクトルがおかしいが)、何も知らない少年の新たな冒険が始まるのだった。
フィン(便利だし良い関係結びたいな……ちょっとベートなにやらかしてんの?)
ヴァレッタ(洗脳して一緒にオラリオぶっ壊そうぜ)
シャクティ(守らねば)
????(ヘスティア死ね。氏ねじゃなくて死ね)
幽霊(風潮被害絶許)
と言うワケで第3巻が始まりました。
なんか初っ端から面影ない気がするけど気のせいです。