ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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Next stage

 背中に波紋が走る。

 人の可能性を引き出す神の血(イコル)は少年が今まで歩んできた道を記録していた。

 共にダンジョンで冒険することが出来ない神々は、刻印に刻まれた経験値を拾い上げることで初めて新しい物語を知ることができるのだ。

 

 ヘスティアはこの瞬間が好きだ。

 大好きなベルが歩んだ時間を感じることができるこの時が。

 (おや)として眷属(こども)の成長を目の当たりにする幸福は何よりも得難い。

 

(走り始めて一ヶ月。永遠を生きるボクたちにとっては瞬く間の出来事なのに、こんなに彼は歩みを進めていたんだな)

 

 炉にくべられた灯を模す刻印。

 そこに浮かび上がる経験値(エクセリア)を指でなぞる。

 ヘスティアによって最適化されたベルの上質な経験値は、ベルの血肉となって彼をまた一つ強靭な冒険者に近づけた。

 

 ベルの成長を早める【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。

 その原動力がヴァレン何某への恋心と言うのは少し思うところがあるが、何ともベルらしいスキルでもあると思う。

 復讐でも憎悪でもない。

 馬鹿みたいに一途な想いを胸に駆け上がるベルだからこそ発現したスキル。

 ベルの理想である【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】に振り回されない強さは着実につけられていた。

 

 きっと、少女(リリ)を救う物語こそ彼の初めての冒険だった。

 あの戦いがベルを冒険者として一皮むけさせたのだ。

 

(本当に下界の眷属(こども)は変わりやすい……悔しいな、ボクも神じゃなければ一緒に隣を歩けたかもしれないのに)

 

 成長するとはどんな気持ちなのだろうか。

 きっと今、オラリオで一番早く成長している少年を見ながらヘスティアは思った。

 

「……君はどんどん速くなっていくね」

 

 生き急いでるとも言えるほどに戦い続ける眷属を心配する気持ちが無いと言えば嘘になる。

 だが、限りある命だからこそできる、生命を燃やしてでも進むその姿を尊いと思ってしまうのは神の(サガ)なのだろう。

 

 本当に良く頑張った。

 だから、きっとこの結果も必然。

 

 ステイタスを更新し終えたヘスティアはほぅ、と小さく息をつく。

 気が付けば額を濡らしていた汗に、自分も初めての作業に緊張していたらしいと苦笑した。

 一度、ベルのステイタスを確認する。

 もう、見ることは無いであろう無名の冒険者であったベル・クラネルの小さな冒険の数々。

 それらを越えてベルが飛び込むのは新たな位階。

 

 脳裏にその光景を刻み込むと、恩恵(ファルナ)を塗りつぶす。

 限界を超えて蓄えられた熟練度(アビリティ)も0に還っていく。

 しかし、それは終わりを意味するのではない。

 ここから新しい冒険(ネクストステージ)が始まる。

 

「おめでとう、ベル君。【ランクアップ】だ」

 

 万感の想いを込めて。

 女神は少年を祝福した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……」

「どうしたんだい?」

「いえ、特に、変わらないんですね?」

 

 何となく、ランクアップは凄いことだと思っていたから少し拍子抜けしてしまう。

 レベル1だった数分前と何も変わらない。

 何だか思っていたのと違う気がする。

 

「そりゃー体が変わったわけでもないからね。変な風と稲妻が巻き起こって髪が逆立つ……みたいな派手な演出を期待させていたなら謝るよ」

 

 ケラケラと笑う神様。

 でもよく考えたら四六時中力が漲っていたら絶対に私生活に支障が出るし、当然かもしれない。

 

「でも、器の昇華はもう果たしている。実感できなくても今までとは次元違いの力を使えるはずさ」

 

 ランクアップとは人間が神に近づくことなのだという。

 超越存在(デウスデア)にほんの僅かでも近づいているレベル2は正に別物。

 レベル1がまだ常識レベルの超人なのに対して、ランクアップを果たした上級冒険者は半分物語の住民だ。

 

 今までのステイタス更新でも十分に成長は感じられたはずなのに、今は一体どうなっているのだろう。

 振り回されないだろうか。

 

「スキルとかは発現していないんですね」

「うん、残念ながらね。ヘファイストス曰くランクアップするほどの冒険を乗り越えた後は、結構な確率で新しいスキルや魔法を覚えられるそうだけど、ベル君の資質に合った経験値(エクセリア)ではなかったみたいだね」

 

 ザニスさんとの戦いは凄い苦しかったし、何か新しい能力が追加されると思ったけどそう簡単には行かないみたいだ。

 噂じゃ5個以上のスキルを持っている人とかもいるらしいけど、どんな冒険をしたんだろ? 

 

「でも、発展アビリティはちゃんと発現しているだろ?それすら出てこない冒険者もいるらしいし万々歳だよ」

「でもこの発展アビリティはよく分からないですから……」

 

 発展アビリティは基本アビリティとは異なり特殊、或いは専門的な能力を与える。

 発現のタイミングはランクアップするごとに1つずつ追加できる。

 どのようなアビリティが生まれるかは恩恵(ファルナ)を授かった眷属の行動次第。

 特筆すべき行動がなければランクアップしてもアビリティは発現しない。

 

「【幸運】は本当に良く分からないですから……正直、【狩人】の方がカッコ……いや、安全だったかも、とは思っちゃいますね」

 

 ただし、特筆すべき経験があれば複数のアビリティが選択肢に出てくることになる。

 そうなるとどれを選べばいいか悩みモノだ。

 中にはそのレベルでしか発現できないものもあるし。【狩人】とか。

 

「実際【狩人】なら間違いはなかっただろうね」 

 

 発展アビリティ【狩人】は短期間で多くのモンスターを倒した者にのみ発現する。

 その効果は一度倒したモンスターに対するステイタスの補正。

 エイナさんによると冒険者に最も人気のあるアビリティの一つらしい。

 冒険者ほどモンスターと戦う職業もそうはないし、僕が発現できればかなり探索が楽になったはずだ。

 

 それに対して【幸運】は謎が多いアビリティだ。

 多分、その名の通り運がよくなるのだろうけど、どの程度の効果はあるかは不明。

 数多くの冒険者のスキルやアビリティを記録しているギルドですら、この発展アビリティに関する情報はなかった。

 ヘタをすれば僕が初めて会得したレアアビリティなのかもしれない。

 エイナさんの予想では、ランダムで手に入るドロップアイテムが出てきやすいのではないかということだが。

 これを発現させた神様の勘によると加護のようなものらしい。神様はこれこそ君に必要なアビリティだ‼と物凄い推してきた。

 

 3つ目の選択肢であった【耐異常】はレベル3でも取れるから、実質的に【狩人】と【幸運】の二択。

 手堅い【狩人】で冒険者としての地力を高めるというのも、僕が目標にするひみつ道具頼りではない冒険者への近道に思えたが、最終的に選んだのは【幸運】だ。

 ドロップアイテムと同じくランダムなひみつ道具に対する補正が期待できたし、何よりもオンリーワンと言うのは心強い。

 使いこなせれば僕だけにしかできないこともできるようになるかもしれない。 

 賭けではあったけど、僕は未知の力を選んだのだ。

 

「手っ取り早くアビリティの効果を確認するにはどうすればいいんでしょうか……賭け事(ギャンブル)?」

「止めておきたまえ、オラリオのカジノは魔境だよ。それに借金漬けのファミリアが賭け狂いになったらかなりカッコ悪いよ?」

 

 手早く稼げるし良いのではないかとも思ったが、神様は反対らしい。

 まあ、【耐異常】を持っていても全ての毒を無効化できるわけではない。

 同様に【幸運】があったところでずっと賭けに勝てるわけでもないだろう。

 調子に乗れば痛い目に会うかもしれない。

 

「暫くはドロップアイテムの発生(ポップ)率を比較しよう」

「……その方がよさそうですね」

 

 ひみつ道具を試すのもそうだけど、短絡的に物事を進めると痛い目を見る。

 既に【ソーマ・ファミリア】との件でいろんな人に心配をかけてしまった身だ。

 出来るだけ慎重でいるように心がけよう。

 

「まあ、朝っぱらから難しい話ばかりするのも何だし、もっと楽しい話をしようか」

「楽しい話?」

「冒険の後は盛大に(パーティー)を……冒険者の常識だろう?」

 

 何と神様は選択する発展アビリティを考えるためにランクアップを保留にしていた間に、僕のレベル2記念のお祝いを計画していたらしい。

 

「場所は勿論君の行きつけの【豊穣の女主人】だ!もう、予約もとっているぜ!サポーター君と楽しむといい」

「サポーター君と……って神様は行かないんですか?」

 

 すると神様はどよーんと肩を落とす。

 

「行きたかったけど急にシフトが変わっちゃって……他の日も空いてないし……」

「何かあったんですか?」

「うん。何でもフレイヤのところが無茶な注文をしたらしくて、てんやわんやだよ。くそぅ何で予約した後なんだ」

 

 これはボクとベル君を引き離すためのフレイヤの陰謀だ!と叫ぶ神様。

 都市最強派閥が僕みたいな一冒険者に興味はないと思いますよ神様。

 

「せっかく例のシル何某を見てみようと思ったのにさ」

「あれ?神様ってシルさんと会ったことありませんでしたっけ?」

「うん。前の怪物祭の時も結局会わなかったし、この前予約にいったときも出掛けてるって。ベル君にちょっかい出してるからどんな娘か見てやろうと思ったのに!」

 

 神様は絶対ボクから逃げているね間違いないと腕を組む。

 結構近くにいる機会は多かったのにギリギリのところで面識がないままだったのか。

 

「と言うわけだ。絶対に参加するであろうシル何某とも楽しむがいいっ!と言うかヴァレン何某も参加してW何某になっちゃう気がする」

「W何某って何ですか……」

「神の勘。ツインテールがピョコンってなった」

(神様の勘ってそうやって受信しているんだ……)

 

 アイズさんが参加する状況なんて想像出来ないけど、神様の勘って結構当たるからな……

 ちょっと期待しちゃう。

 

「あ、ヴァレン何某と言えば」

 

 そこで神様は何やら手紙らしきものを取り出す。

 何だろう。かなり上質そうな紙だけど。

 宛名は……僕?

 

「さっきガネーシャのホームのポストに入っていたらしくてね。イルタ君が届けてくれたよ」

 

 闇派閥(イヴィルス)とのあれこれがあった後だし、僕に届く荷物は全て【ガネーシャ・ファミリア】の人によって検閲してあるらしい。

 中身がカミソリならまだ良い方な状況に置かれている僕だから正直ありがたい話だ。

 

「ねぇベル君。確認だけど【ロキ・ファミリア】とは闇派閥(イヴィルス)とのゴタゴタで共闘しただけだよね?」

「は、はい。そうですけど……」

「先日の件を謝罪したいって書いてあるんだけど……」

「へ?」

 

 謝罪……謝罪?

 全く心当たりがない。

 

「しかも団長直々に……本当に何もなかったのかい?」

「なかったと思います。多分」

 

 何だか自信がなくなってきた。

 他の人によく言われることだが、僕って結構鈍感らしいし。

 リリにももう少し周りからどう見られているか自覚しましょうねーと言われたばかりだ。

 

(団長……ってことはあの勇者(ブレイバー)のフィンさんが?)

 

 18階層で僅かな間だが指揮下に入ったことのある第一級冒険者の顔を脳裏に浮かべる。

 遥か彼方の人物であるあの人とこんなに早く再会するとは思わなかった。

 

「どうするんだい?行くのかい?提案されている日にちはお店の予約をしてある日と被るけど」

「時間的には余裕がありますし、行ってみようと思います。何かすれ違いがあるかも知れませんし」

 

 神様から手紙を受け取って中身をしっかりと確認する。

 うん。ホントに謝罪したいって書かれている。

 こんなに偉い人の手紙を無視するのも失礼だろうし、ちゃんと行かないと。

 場所は……喫茶店かな?

 

(本当はすぐにダンジョンに行きたかったけど、レベル2の力を確認するのはまた今度にしよう)

「それじゃあ、ちょっと切手とかを買いに行きます」

「うん。気を付けるんだよ」

 

 早速、手紙の返事を書くために便箋を買いに雑貨店に向かう。

 フィンさんから来た手紙には【ロキ・ファミリア】の紋章(エンブレム)がスタンプされていたけど、僕もやったほうがいいのかな?でも【ヘスティア・ファミリア】にそんな物ないし……

 そんなことを考えながら【アイアム・ガネーシャ】を出た。

 

 瞼を焼く太陽の光に思わず手を翳す。

 突き刺すような光だが、ホーム内にいた時に予想していたほどの暑さはない。

 バタバタと服を打ち付ける風のせいだろうか。

 

 空は連日の荒れた天気が嘘のような青空だ。

 風に流れる白い雲は海原に泡立つ空気のよう。

 ぐんぐんとぐんぐんと、雲は青空を置き去りに進んでいく。

 

「……」

 

 器の昇華と言う一つの区切りを得て知らず舞い上がっているのだろうか。

 ざわつく心が風を焦燥感に錯覚させる。

 ベルは穏やかなようで絶えず変化する空模様を見て何故か、世界の流れが加速しているようだと思ってしまった。




 第一話から見返すと十分に偉業を積んでいるようだったので、ランクアップすることにしました。
 プロットさんは無事ご臨終されました。

 そしてスタートダッシュが早いフィン。
 戦闘はもうちょっと先ですね。

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