ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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不穏な街

 都市西南の第六区画。

 そこに建つ『ウィーシェ』と言う小綺麗な喫茶店がフィンからの手紙に記された場所だった。

 

「た、高そう……」

 

 ベルから出て来たのはそんな小市民的な感想。

 出身である名前も無い様な村には、喫茶店なんてお洒落な場所はなかったから、全く作法(マナー)が分からない。田舎者だと馬鹿にされないだろうか。

 服装も貧乏ファミリアではいつも使っているようなものしか用意できないかった。

 

 こういう他派閥同士の話し合いだとどちらかのホームで行うと角が立つかも知れないという事なのだろうか。

 それともいい店を紹介しようというフィンの純粋な善意か。

 どちらにせよベルは猛烈に逃げたかった。

 

 場違い感がすごいし、謝罪と言われてもまるで心当たりがない。

 もし何か勘違いとかだったら絶対に気まずくなる。

 

 とは言え一度行きますと返信したわけなのだから、バックレるわけにもいかない。

 それは流石に失礼と言うものだ。

 

 意を決して扉を開く。

 カラン、コロンと透き通るような(ベル)の音が響いた。

 外見に違わず、店内も清潔で心なしか空気も澄んでいるようだ。

 

 眼鏡をかけたエルフの主人(マスター)が出迎えてくれると、奥のテーブルに案内される。

 もう予約されているという事らしい。

 いよいよ緊張のあまり迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)の登場人物を数え始める。

 

(騎士フルランド、狼帝の末裔サルオン、アマゾネスの女帝イヴェルタ、不死卿ガルザーネフ、覇の槍シドゥ、精霊王朝スフィア、汚れ知らぬ妖精王(ハイエルフ)の聖女セルディア、傭兵王ヴァルトシュテイン……あ、これはお祖父ちゃんのオリジナルだった。正しいのは大英雄アルバートだ。また最初からやり直さないと……)

 

 素数を数えるノリでやっている他の人に聞かれれば、間違いなく引かれるであろう行為を続けて現実逃避をするベル。

 だがそんな時間稼ぎが上手くいくはずもなく、先に席で待っていたフィンに声をかけられたことで思考を中断される。

 

「やあ、よく来てくれたね。ベル・クラネル」

「お、お久しぶりです。えっと……今日はどういう?」

 

 ベルのピンとしていない様子に、フィンは苦笑しながら着席を促した。

 

「先日の遠征の祝勝の(パーティー)の際……【豊穣の女主人】でウチの団員が君に対して働いてしまった件について、謝罪をしたかったんだ。本当に申し訳なかった」

 

 そう言って頭を下げるフィン。

 都市でも有数の実力者が自分に頭を下げている現実に慌てるベル。

 

「フィンさん!僕なんかに頭を……」

 

 急いで周りを確認する。

 都市最強派閥の団長が自分のような木っ端冒険者に頭を下げている所を見られたら大問題だ。

 【ロキ・ファミリア】の看板にも傷がつくかもしれない。

 

「いや。君に不快な思いをさせたのはベートの悪癖を知っていながら強く咎めることを怠った僕たちの怠慢だ」

「いいですからっ、その件についてはもうベートさんと和解済です!」

「……ベートが?」

 

 ベートがベルに謝罪した事実が余程予想外だったのか、キョトンとしたフィンの顔。

 今ベルはすごく貴重なものを見れているのかもしれない。

 

「この前、ベートさんに迷惑かけてしまったときにお互いに謝って水に流したんです。だからフィンさんが頭を下げる必要何てありませんよ」

「……そうか、ベートが」

 

 少し、フィンの表情が柔らかくなった。

 まるで団員の変化を喜ぶように浮かべたその顔に、ベルはヘスティアが時おり見せる庇護者としての姿が重なって見えた。

 少しの間の後、再び団長としての顔にあらためたフィンは小さく首を振る。

 

「それでも団員(ベート)の行動の責任は団長()にある。ベル・クラネル。どうか、この謝罪を受け取ってくれないか」

 

 そう言って再び頭を下げるフィン。

 あらかじめ注文しておいてあった紅茶が二人の前に並ぶ。

 上品な香りが漂うがまるで手をつける気にはならない。

 

「わ、分かりました。【ロキ・ファミリア】の皆さんには何度も助けられていますから、もうその位で……」

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 暫く下げ続けていた頭をようやく上げたのを見て、思わず安堵の息をつく。

 世に知らない者はいないと断言できる位に有名な冒険者が自分などを相手に頭を下げている光景はなかなか心臓に悪い。

 噂に聞く勇者の熱烈な信奉者に睨まれる案件だ。

 神様たちは追跡者T型とか言っていた気がする。

 

「居心地の悪い思いをさせてしまってすまない。だが、君に受けてきた恩に対して僕たちが与えたのは暴言だけではあんまりだ」

「お、恩?」

「あぁ、怪物祭(モンスターフィリア)でレフィーヤを救ってくれた恩。地下水路でガレスたちと共闘してくれた恩。最近ではリヴィラの攻防戦だ。これらの戦いで君がいてくれたことによる功績を否定するものなどいないだろう」 

 

 そこでフィンは言葉を区切った。

 自分が褒められていることは照れ臭いが、とてつもなく嫌な予感をベルは感じ、身を硬くする。

 

「それと……2階層の怪事件」

 

 悪い感覚というのは馬鹿に出来ないものらしい。

 ベルとしては何としても隠さなければならない一件。

 探りを入れられている今こそ平常心だ。

 

「ななな、なんのことやらっぁ~~!?全く分かりましぇんっっ!」

 

 駄目だった。

 これまで平和な田舎でのんびりと過ごしてきたベル君に腹芸などできるはずもなく、百戦錬磨の勇者でなくとも分かるくらいに動揺してしまっていた。

 二人の様子を遠目で見ていたエルフの主人(マスター)すら察している。

 

「はは……そう警戒しなくていい。君のスキルが起こした事についてはこちらから文句を言うつもりはない。被害は碌に出ていないし、怪我の功名で闇派閥(イヴィルス)の陰謀も暴けたわけだしね」

 

 どう見てもパニックになっているベルにフィンは優しい口調で告げる。

 

「そう、君の行動は闇派閥(イヴィルス)を妨害し続けてきた。君のこれまでがオラリオにどう影響を及ぼしているか、聞きたくはないかい?」

 

 突然の話題を切り替え。

 このためにフィンはベルを呼び出したのだと悟る。

 だが、どうしてそれをベルに言うのか。

 

「有難いですけど……どうして他派閥の僕に話すんですか?」

「本音を言うとご機嫌取りのためだね。最初は賠償金でも払おうと考えていたけど、君はそう言ったものを嫌がりそうだったからね。今の君に必要なものを考えた時に思い浮かんだのが情報だ」

 

 情報、と言う曖昧な概念がピンと来ず、首を傾げるベル。

 確かに大金を貰うとなると恐縮して、土下座してでも止めてもらおうとするかもしれない。

 

「自慢じゃないけど、僕たち【ロキ・ファミリア】の情報網はかなりのものだと自負している。一連の事件についての把握も【ガネーシャ・ファミリア】に決して負けてはいない……知りたいだろう?君を取り巻く情勢を」

「でも、ある程度のことなら……」

「【ガネーシャ・ファミリア】も保護対象に最低限の情報は伝えるだろうけど、あくまで最低限だ。過保護だからね。あそこは」

 

 フィンの言葉にベルは何も言えなくなる。

 自分に対して全てを語ってないのは何となく気づいていたが……

 

「……」

「何かが起きているのに何も分からないのは嫌だろう?良かったら、僕が今分かっていることを整理するよ」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が僕に全てを話さないことは仕方のないことだ。

 他派閥の僕には話せないことだってあるだろう。

 だから、今まで不満を持ったことは無かったけど……でも、知りたい。

 

「……お願いします」

「あぁ、まずは君が最も気にしているであろう闇派閥(イヴィルス)についてだ」

 

 フィンは紅茶に口をつけると、主人(マスター)に軽食を頼む。

 長くなると覚悟するベルに、フィンは「そう気を張らないでくれ」と笑った。

 

「まず、闇派閥(イヴィルス)とはファミリアではなく、犯罪行為を行うファミリアの集合体であることは知っているね?」

「は、はい」

「ファミリアが違うという事は主神(あたま)も違うという事。極東の『船頭多くして船山に上る』と言う(ことわざ)は聞いたことがあるかな?勢力のわりに普段は強大な力を使えないのはそう言った事情によるものだ」

 

 ギルドのない探索系ファミリアがまともに協力し合うこと等できないように、まとめ役がいなければ集団とは機能しないものだ。

 

「でも、最近はなんだかすごい力を持っている気がしますけど」

「うん。怪物祭(モンスターフィリア)での彼らの動きは僕たちにとって予想外もいいところだったよ。暗黒期を知る者なら【死の7日間】を想起したはずだ」

 

 死の7日間。

 神エレボスと嘗ての最強派閥の生き残りによる大厄災。

 

「おそらく今回も闇派閥(イヴィルス)にスポンサーが現れたのは間違いない。本来ならばその黒幕によって恐るべき陰謀が動いたのかもしれないけど……例の魔石の大量発生ですべてが狂った」

 

 闇派閥(イヴィルス)による仕業と誤認されたあの事故は、極秘裏に進められた謀を日の下に晒した。

 そのため、【ガネーシャ・ファミリア】を中心とした強力な派閥(ファミリア)による万全を期した警戒態勢が敷かれてしまう。

 それを打ち破るために闇派閥(イヴィルス)は本来想定していた以上の戦力を投入し……敗れた。

 

「神エレボスが死の七日間で絶大な悪のカリスマとして君臨できたのは、初動の成功があってこそのもの。それに失敗した黒幕は闇派閥(イヴィルス)における求心力を失った」

 

 そんな闇派閥(イヴィルス)で起こったのは内部抗争。

 溜まりに溜まっていたやる気は身内同士の潰し合いに発揮された。

 

「リヴィラでの兵を使い捨てるかのような戦いは間違いなくそれが理由だ。軍勢と指揮官の派閥が違ったんだろう」

「うわぁ……」

 

 リューさんに似たような話は聞いていたけど、思っていた以上の闇派閥(イヴィルス)のグダグダぶりに思わず声が零れた。

 恐ろしい相手としか思っていなかったけど、内情を知ると微妙な顔になってしまう。

 

「おかげで今まで裏で闇派閥(イヴィルス)と繋がっていた連中が尻尾を出し始めていてね。【ガネーシャ・ファミリア】は大忙しと言うワケさ」

(そう言えば忙しそうだったな……リリを探すときに【アイアム・ガネーシャ】を簡単に抜けられたのはそのせいだったのかも)

「本当に闇派閥(イヴィルス)の根は深いと実感したよ。商人、地主、娯楽施設に歓楽街……」

「え?歓楽街?」

 

 思いもよらなかった言葉に驚くベル。

 脳裏に浮かんだのは金色の狐人(ルナール)

 彼女は大丈夫なのだろうか。確か、主神様が怖いヒトだって……

 

「娯楽施設と歓楽街にはお金が集まるものだからね。昔から彼らは繋がりやすい」

 

 ……そう言えば春姫さんは身売りをされたと言っていた。

 オラリオの闇はベルが想像していた以上に身近にあったのだろうか。

 

「……」

「あ、すいません。話を遮っちゃって」

「いや、構わないよ。言っただろう君に情報を提供すると」

 

 気が付けば聞き入ってしまった。

 と言うか本当に自分が何も知らなかったのだとベル恥ずかしくなった。

 

「……少し、長くなってしまったね。兎に角、今の君の状況は分かったはずだ。【ガネーシャ・ファミリア】だけでも十分だとは思うけど……今後、困ったなら相談に来ると良い。歓迎するよ」

「あ、ありがとうございました!」

「君への借りはこんなものでは返しきれないさ。どうだろう?良かったらこの後、食事にでも行かないかい?いい店を知っているんだ」

「あ……すいません。この後仲間と【豊穣の女主人】に行く予定が……」

「それは残念だ。君のランクアップを祝いたかったんだが」

「!?」

 

 まだ公表はしていないはずの情報が掴まれていることに仰天する。

 【ロキ・ファミリア】の情報網はヤバい……っ

 

「いや、僕も今日初めて知った。君は本当に僕たちの想像を超えるね」

 

 店に入ってきたところですぐに分かったらしい。

 そっちの方がヤバいのでは……?

 

「ランクアップ直後は色々と困惑するだろうから、周りの上級冒険者を頼るといい」

 

 色々格の違いを見せられつつ、ベルは全く味の感じない紅茶を喉に押し込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 ベルが店を出た後、店に残ったフィンは新たな紅茶を注文し、一人思考に没頭する。

 

(今時あんなに純粋な反応を返す子がいるとはね……分かりやすくて助かった)

 

 自分の力の異常性をよく理解しているのだろう。

 しかし、フィンを相手にするには少々素直過ぎた。

 

(ひみつ道具……やはりあれは彼のスキルによるものだったか。知り合いに貸してもらっていると言う彼の言い分には無理があるとは思っていたけど)

 

 やはりひみつ道具を使用できるのはあの少年の特権なのだろう。

 レベル1の駆け出しの時点で使えていたらしいという事は発展アビリティではなく、恐らくは魔法かスキル。

 ヒューマンは魔法種族(マジックユーザー)ではないことを考えると、特殊なレアスキルだろうとヤマを張ったが正解だったようだ。

 彼は一連の事件がスキルによるものだというフィンの鎌かけをすんなりと受け入れていた。

 

「やはり、彼自身を守る必要があるな」

 

 闇派閥(イヴィルス)が彼に対してどう動くかはまだ分からないが、ひみつ道具を生み出しているのがベルだと薄々は勘づいているだろう。

 

 ベルの協力を取り付ける前に、彼自身の安全は確保しなければ。

 

(【ガネーシャ・ファミリア】ならば万が一は無いだろうが……できればそこに僕たちも助力できれば恩を売れるだろうか)

 

 ベルのひみつ道具を考えれば恩を売っておきたいが……

 はっきり言って今の【ロキ・ファミリア】は逆に借りを作りすぎている。

 彼本人がそう思っていなくても、筋は通さなければならない。

 

(幸い、幾つか恩を売れそうな事は見つけられたけど)

 

 ベルが欲している情報の提供と、ランクアップにおける先達としての助言。

 それが彼が抵抗なく受け入れてくれるものだろう。

 

(さっきの会話だと歓楽街に反応しているようだったな。色に興味を持っているというよりは、何かを心配している様子だったけど)

 

 少年と歓楽街の関係を調べてみるか。

 彼のトラブルメーカーな体質から考えて、魔石の大量発生のように妙な噂になっているかもしれない。

 ベル・クラネルがオラリオに来たのは1ヶ月前。彼の行動を洗い出すのは難しくないだろう。

 まずは直感に従って最近起きた幽霊騒動から調べるとするか。

 

(確か、狐人(ルナール)の娼婦に幽霊が憑いているのだったか)

 

 【イシュタル・ファミリア】の末端娼婦とのことだが……親指が疼くのは何故か。

 どうやら一筋縄ではいかないらしい。

 

(後はランクアップの件か……団長である僕があまり関わりすぎると一部の団員(ティオネ)の反応が怖いから、アイズかレフィーヤに頼むか)

 

 顔を知っている相手の方が少年も気楽だろう。

 リヴィラで見た装備から考えると戦闘スタイルはアイズの方が近いか。

 

「彼との関係を繋ぐ手掛かりを得れたのはいいことだけど……少し、予想外のものも出てきたな」

 

 チラリと窓の外に視線を向ける。

 上手く隠れていたようだが、ここでフィンと会ってしまったのは想定外だったか。

 

「僕と彼が出会ったのは中層……それも彼はどこでもドアを使って転移してきたから、僕と彼が面識があると知る機会はなかった。だから今日の約束も分からなかったんだろう」

 

 知っていればまだやりようはあっただろうが、第一級冒険者の五感はベルを尾行していたその存在を完璧に察知している。

 特に小人族(パルゥム)の良い眼はその顔をはっきりと確認した。

 

(確か、レベル3の冒険者だったか)

 

 相手がフィンでなければそれでも大きな問題はなかっただろう。

 レベル3などオラリオではありふれているが……ダンジョンの地図(マップ)を全て記憶できるフィンの頭脳は一度ランクアップの知らせとして出回った似顔絵を覚えていた。

 一体何処のファミリアの冒険者なのかも、はっきりと。

 

「フレイヤ・ファミリア……何故彼を監視しているのかな?」

 

 窓の外に聳え立つバベルの塔。

 その最上階で地上を見下ろす銀色の女神を睨みながら、闇派閥(イヴィルス)以外にもベルが抱える厄介事は多いらしい。

 これは難題だとフィンは団員たちの前では見せない憂鬱な表情になるのだった。




 フィンは書いてて楽しいけど頭脳戦要素が大変です……
 3巻はフィン、ヴァレッタ、フェルズと頭の良いキャラが多いですから、今から気合を入れないといけません。

 後、3巻で重要になるフレイヤの思惑も忘れないようにしないと。

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