時間の流れが早い一日というものがある。
勿論、本当に時が加速しているわけではなく、あくまでも人間の体感的な話になるが。
ベルが工業区に足を運んだのはお昼時にもならない時間帯であったのだが、暴走したジャガ丸くん
「本当にごめんなさい!」
時間が経って正気が戻ったヴェルフに平謝りするベル。
あの異常な
考えなしにお土産の味を良くしようとしたベルに非がある。
「別にいいさ。お前だってわざとじゃないんだろう?自分で毒味までしたって話だし、それで分からなかったならしょうがない」
謝罪を受けとるヴェルフはあまり気にしていないようだが頭を上げるわけにはいかない。
一歩間違えれば流血沙汰だ。
「……それで?色々インパクトのあることが重なって忘れそうになっていたが、お前は元々俺の防具を買いに来ていたんだろ」
「は、はい」
あんなことをしでかしてしまった後で防具を売ってくれと言える図々しさはなく、ベルは恐縮頻りであった。
「そう、か」
だから下を見続けてしまい、その時のヴェルフがどんな表情をしていたのかベルは知らない。
ただ、予想していたよりもずっと柔らかい声色に困惑した。
「悪いな。まだ新品のぴょん吉Mk-Ⅲは完成していなくてな。もう数日待ってくれ」
「す、すいません。クロッゾさんの事情も考えずに……」
「いや、構わないさ。そこまで熱烈に自分の打った武器が求められるのは悪い気分じゃない。そして、そんな熱烈な顧客にむざむざ他の
そう言うとヴェルフはベルが持ってきていた荷物を漁る。
「え?何を……」
「さっき見せてくれたよな?Mk-Ⅱを。レベル2になって何処にガタが来たのか知りたくてな」
自分が実際に、過去にヴェルフの防具を買っていたことを証明するためにベルが持ってきていた
ベルとしては自分が壊してしまったそれをまじまじと見られるのは少し居心地が悪い。
やはり自分が作ったものを壊されるのはいい気分がしないものだろう。
(どんなことを考えているんだろう……「やっぱりお前に売る防具はない‼」って言われちゃうのかな……)
まるでエイナにテストの採点をしてもらう時のように生きた心地がしない。
ダンジョンのテストならばやり直しはまだ聞くが、今回が初対面のヴェルフに良い評価がもらえなければかなりダメージはデカくなる気がする。
「……っと、そんなに気構えないでくれよ。今のはお前に対する評価じゃなくて、俺自身の未熟を痛感していたからだ」
「未熟?クロッゾさんがですか?」
上層のモンスターなんて寄せ付けず、レベル2の猛攻からもベルを守ってくれた防具を作った人物に対する評価としてはとても納得できない言葉にベルは思わず不満げな声を出す。
そんな少年に苦笑するヴェルフは再び
「未熟さ。使い手を守るどころか足を引っ張っちまったコイツを見れば、
「それは僕が無茶な動きをしたからで……」
「どんな理由があれ、主を守るという使命を果たせなかったことは確かだ。俺にもっと腕があれば、【鍛冶】のアビリティがなくてもコイツにやるべきことを果たせるだけの力を与えられただろう」
ヴェルフの言葉は何処までも自分に厳しかった。
その厳しさこそが、ヴェルフの武器があの
やがて、兎鎧を観察し終えたヴェルフは破損の原因を関節部の強度不足だと結論付けた。
レベル2へと至ったベルの急激な体の捩じりに耐えきれなかったのだという。
ベルとしてはそんな無様な緊急回避を取った自分に非があると考えているのだが、ヴェルフは自分の作品の不備を譲らない。
「軽量化にこだわったのが仇になったか……使い手の能力についていけずに自滅するようじゃ、至高の武器なんて夢のまた夢だな」
「至高の武器?」
「俺たち鍛冶師の最終目標だ。自分が打った最高の武器を最高の使い手に振るってもらう。今の俺じゃ言うだけ滑稽な目標になっちまう」
そう自嘲するヴェルフの眼はどこか遠くを見つめていた。
ずっとずっと遠く。空のその先を。
「……あぁ、今日はホントに騒がしかった。あいつが大好きな混乱の宴だ」
「ご、ごめんな……あいつ?」
てっきり先ほどの騒動の文句を言われるかと思ったが、ヴェルフの表情は依然として穏やかなままだ。
その瞳に少しだけ悪戯な輝きをのせて、懐かしむように笑っていた。
「なぁ、お前の名前は何だったか」
「ベ、ベル・クラネルです‼」
「そう緊張しなくていいって……ベル、少し俺の昔話に付き合ってくれ」
そう言うとヴェルフは工房の奥からお茶の入った水筒を取り出し、コップに入れた。
武骨ながらも味のあるコップに注がれたお茶はこの話が長くなるという暗示だろうか。
それを恐る恐る受け取ると、ベルは一口だけお茶に口をつける。
(あ、美味しい……)
そのお茶は高級品と言うワケではなかったが、ヴェルフの淹れ方が良かったのか喉を統べるような清涼感をベルに与える。
男前なヴェルフの容姿からは想像もつかない、繊細な芸当に少し驚く。
「ウチは代々鍛冶師をやっていた家系でな。俺も物心ついた時には鍛冶師になるべく修行をしていた。親父と爺の三人で……面倒な神もたまにちょっかいを出してきやがったけどな」
鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、鎚に想いを乗せろ。
それはヴェルフが真っ先に教わった鍛冶の極意らしい。
確かに、ベルが見た先ほどの光景は正にその言葉の体現だった。
「爺はそこそこ名の知れた鍛冶師でな、俺の生まれ故郷でランクアップをしていた騎士の武器を打ったこともある」
「壁外でランクアップって……すごい人の武器を打っていたんですね」
眷属のステイタスは漠然とした積み重ねでは成長しない。
しかるべき壁を乗り越え、神々に称えられるにふさわしいだけの偉業を打ち立てる必要がある。
さらに、最低でも一つはD以上の評価を得た基本アビリティを備えてなければランクアップは行えない。
一度器の昇華を果たしたベルだからわかる。
ベルの成長にはベル自身の異常性の他に、このオラリオと言う激動の魔境で冒険を行ったからこそだという事は。
この世で最も危険な地であるダンジョン。
そこに潜る冒険者たちの経験ははっきり言って質が違う。
命がけの戦いを毎日行っている地など、そうそうあるはずがない。
あったとしてもこの地ほど純度の高いモンスターが生まれる場所はないのだ。
地上でも十分に恐れられるブラッドサウルスが、ダンジョン産のオークと同等の力でしかないという事に代表されるように、魔石を分けて劣化し続けるモンスターが蔓延る程度の壁外は冒険者たちには天国だ。
……逆説的に言えば、壁外でランクアップしたという事はそんな壁外の常識が崩れるほどの修羅場をくぐり抜けたという事。
戦闘技能が碌になかったザニスのように、オラリオでは時間を費やせば確実に強くなれる。
実際の実力が大したことは無くとも、レベル2までなら誤魔化せるのだ。
故に上級冒険者と言えど、レベル2はこの都市では第三級冒険者と分類される。
光る石はあれど大半は有象無象だ。
そんな誤魔化しは壁外ではできない。
故にランクアップした者の多くは強者なのだ。
「ああ。俺はその騎士が他の奴らと一緒に素振りしているのを見ただけだが……一目で他の奴と違うのがよく分かった」
使い手と半身。
英雄と至高の武器。
その美しい組み合わせこそ、幼き日のヴェルフの心を燃え上がらせ、今も強烈な衝動として彼を突き動かす願いなのだ。
「だからこの結末に納得するわけには行かない。ベル・クラネル。俺に
「
「ああ、お前をぎゃふんと言わせるくらいに凄い装備を作ってやる。もう一度、俺の武器が欲しいと言ってもらえるくらいにな」
それは無意味な宣誓だった。
既にベルはヴェルフのファンなのだ。
今更他の
(でも、きっとクロッゾさんが言っているのはそういう事じゃない)
ヴェルフも自分の言葉の可笑しさは理解しているはずだ。
それでもあえて口にしたのは、ヴェルフ自身がベルからの評価に納得していないのだろう。
誰よりも鍛冶に真摯なこの青年は、自分に見合わない評価を甘んじて受けることはない。
だからと言ってベルからの評価を真っ向から否定するのは
過分な評価だというならば、それを飲み込んでさらに大きな自分へ。
ベルからの評価が釣り合う
これはきっとそう言う誓いだ。
「取り敢えずこの防具を修復・補強する。一日時間をくれ」
「え!?一日でできるものなんですか!?」
「ああ、徹夜する」
「いや、さっきまでファミリアの人同士で喧嘩してたじゃないですか!ちゃんと休んでください‼」
「そうか?なら、二日で仕上げる」
ただこの人は凄く無茶をしそうとベルは密かに心配する。
完全に鍛冶に人生捧げている系の人だ。
「あーそれでだな。もう一つ頼みがあるんだが」
「?」
「俺をパーティーに入れてくれないか。ベル・クラネル」
「……え?」
言われたことが理解できなくて一瞬思考停止してしまうベル。
どうして鍛冶師である彼がダンジョン探索のパーティーに参加しようとしているのか。
「簡単なことだ。俺は発展アビリティが欲しいんだよ」
「あっ、ランクアップ……」
聞いたことがある。
それこそ【鍛冶】があれば通常の鍛冶作業ではできない様々な機能の搭載が可能になるらしい。
そう、それこそ魔剣のような。
「ん?クロッゾさんが【鍛冶】の発展アビリティを発現してないなら、クロッゾさんはどうやって魔剣を……」
「その辺の話はまた今度にしてくれ。あまり楽しい話でもないからな」
会話の中で違和感を覚えたベルだったが、ヴェルフはその話題を強引に打ち消した。
「アビリティもそうだが、後はお前の戦いぶりを見てみたいというのもある」
「僕の?」
「そりゃそうだろ?レベル2をレベル1で倒した今話題のロリコンなんだ。気にならないはずがない」
「誤解なんですっ!」
あっさりと誘導に乗ったベルは先ほどの疑問などどこへやら。
いつの間にかここまで広まっていた噂を訂正するのに必死になった。
出来れば冒険者として覚えてもらいたい。
「冗談はさておき、
確かに採寸を測ってベルに合わせたサイズにしようとも、肝心のベルの戦い方が分からなければベルに最適化した防具は作れないだろう。
「ベル。お前の到達階層はどのくらいだ?」
「10階層です」
「大体俺と同じか。羨ましい……とは言っちゃダメなんだろうな。それだけの偉業を成し遂げたお前への侮辱になっちまう」
ヴェルフの言葉にベルは驚く。
今の言い方が本当ならばヴェルフは10階層まで行った経験があるという事だ。
あの階層になると適正アビリティ値は最低でもBはないと厳しい。
という事はヴェルフはレベル1の中でも結構上位の冒険者でもあるという事になる。
「その階層まで行けるなら僕たちのパーティーに入らなくても十分にランクアップを狙えるんじゃあないですか?」
「いや、正直なところ10階層から先には単独じゃ行けそうにない。パーティーを組もうにも俺は他の連中から疎まれているからな」
「え……」
「同じファミリアのくせに頑なに俺とパーティーを組まねぇんだ。あいつらは」
きっとあれは俺の才能に嫉妬しているな、と笑うヴェルフだがベルにはそれがどこか苦し気なものに感じた。
基本的に冒険者が偉業を成し遂げる時はパーティーを組むものだ。
そうすることで
ベルのようにサポーターこそいたものの、戦闘は一人でこなすというやり方は稀なのだ。
「このままじゃ不味いと
既にヴェルフの同期のほとんどはランクアップを果たして
これ以上の後れを取るわけには行かないのだ。
(確かにクロッゾさんが【鍛冶】のアビリティを取得すれば出来上がる装備も凄いモノになる。僕にとってもパーティーのメンバーは必要だし……)
話してみても悪いヒューマンではないようだし、信頼してみてもいいのでは?
そう考えるものの、ベルの脳裏にジト目で見つめてくるリリの表情が浮かんだ。
「すいません。仲間の意見も聞いてみないと……」
「そうか。いや、俺も焦っちまって悪いな。
その日はその会話を最後にヴェルフと別れ、帰路についた。
ベルとしてはヴェルフの提案に傾き始めているが、リリやエイナの意見も聞いておくべきだろう。
まずは
後は……春姫にも休みを利用して会いに行けるかもしれない。とベルは考えた。
勿論、いいひみつ道具が出てくればの話だが。
暴れまわった鍛冶師たちにはフエルミラーで分裂させたグッスリ枕で寝てもらっています。
起きたらいつも以上に調子が良くなっていることでしょう。
皆様、先日の追加装備案のリクエストにたくさんのコメントを頂きありがとうございます。
どれも面白そうなものばかりで、どれをどこで出そうかとあれこれ考えながら話を考えるのは中々新鮮でした。
リクエストは今後も募集し続けていますので、気軽にコメントを頂ければ幸いです。