ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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冷たい現実

「確か、ここだったよね……」

 

 今朝の約束通りシルさんの働くお店【豊穣の女主人】にやって来た。

 あんなことがあったばかりなのにいいのだろうかという思いはあるが、神様が「約束は大切だからいってきていいよ」とお金を持たせて行かせてくれたのだ。

 神さますぐに布団に入ってふて寝を始めたけれど。

 何度も迷惑かけてすみません。

 

「た、足りるよね?」

 

 想定外の事故で魔石はバックパックから溢れるほど集められたが、あんな大惨事でギルドの窓口が通常通りに行われるはずがなく、換金することができなかった。

 

 だから今持っているお金は今まで貯めたなけなしの貯蓄の一部。

 神様に不自由な思いをさせているのに、こんなものを使って外食なんて心苦しいけど、「気分転換は大事だぜ!」と半ば追い出された。

 

(多分、僕を心配してくれているのかな。)

 

 あんな大失敗をした僕はかなり落ち込んでいたみたいだから、外で美味しい食事をすることで気を紛らわせようとしているのだろう。

 本当に神様には頭が上がらない。

 

(ヴァレンシュタインさんに追い付こうって決心してすぐこれだもんなぁ。)

 

 つくづく僕はかっこよく決められない。

 あの人はレベル5で僕はレベル1。

 一体何年かかれば追い付けるのか。

 

(いつか、今より強くなれたら……)

 

 きっとランクアップへの道も見えてくる。

 今はそう信じるしかない。

 

「失礼しま~す……」

「あ!ベルさん!来てくださったんですね。」

 

 かなり敷居の高そうなお店だったから躊躇(ちゅうちょ)していたけど、いつまでもお店の前に突っ立っているのも迷惑だ。

 意を決して入るとすぐにシルさんが気がついてくれた。

 

「良かった、来てくれたんですね」

「あはは……来ちゃいました。」

 

 お店のなかには色々な種族の冒険者たちが思い思いに料理を食らい、お酒を飲んでいた。

 そのほとんどは僕なんかじゃ足元にも及ばないベテランばかりなんだろうな、なんて考えるとその先に進むことに躊躇してしまう。

 店のなかに入っておいて今さらだと僕も思うけど、如何にも冒険者たちの酒場といった雰囲気にのまれそうだ。

 

 そんな僕に構わずにシルさんは僕を店のカウンターの角に案内した。

 

 ドワーフの女将さんや様々な種族のウェイター服の女性たちが、腕を奮って美味しそうな料理を生み出す過程が見れるこの席はなかなかいい場所ではないだろうか。

 席に座ると男勝りな女将さんが声をかけてきた。

 

「あんたがシルの言っていた冒険者の坊主かい。案外可愛らしい見た目してるじゃないか!」

 

 カラカラと笑う女将さんに僕は苦笑いを返す。

 男に可愛いは誉め言葉なのだろうか。

 

「見た目によらずかなり食べるそうじゃないか。たんまりお金を落としていってくれよ」

「え?」

 

 ばっ、と咄嗟にシルさんを見る。

 さっ、と彼女は顔を反らした。

 

 確信犯だこの人!

 

「ちょっとお!?僕が大食漢なんてぼく自身初耳ですよ!?」

「………えへへ」

 

 それで誤魔化されてたまるか。

 今朝言いくるめられた時から薄々察していたけど、この人やっぱりとんだ悪女だ。

 

「応援しますよ?」

「まずは誤解を解いて!?貧乏ファミリアなんだからそんないっぱい頼めませんよ!」

「うぅー、オナカガスイテチカラガー」

「めっちゃ棒読み‼っていうか卑怯ですよ!」

「冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいので、ごゆっくり~」

 

 シルさんはそう言って仕事に戻ったようだ。

 僕はメニューを確認する。もちろん、中身より値段を気にして。

 高い。一番無難そうなパスタでも300ヴァリスはする。

 腹を満たすだけなら50ヴァリスで足りる。こんなに高いのはそれだけ手間がかかっているということだろうか。

 

(うん、確かに美味しい)

 

 美味しいけど……

 やっぱり僕だけこんな料理を食べているのはちょっと心に引っかかる。

 神様もつれて来たかったな。

 

「楽しんでますか?」

「圧倒されてます……」

 

 パスタが半分くらいになったところで、シルさんが声をかけてきた。

 休憩時間なのだろうか、エプロンを外して僕の隣に座った。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ頑張って売り込んだ甲斐がありました。」

「ここ、色んな人たちがいるんですね」

 

 店内を見渡すと本当に色んな種族の人たちが思い思いに料理やお酒に舌鼓を打っていた。

 

「そうですね。こうやって沢山の人たちと触れ合うのは楽しいです。……心が疼くというか、趣味になっているというか。」

 

 すごいこと言うなこの人。

 でも、僕もオラリオに来てから新しい発見に毎日興奮している口だ。

 これは、世界中から人が集まるダンジョンの下で繁栄してきた迷宮都市の特権なのかもしれない。

 

 シルさんと話していると店の中がざわつき始めた。

 なんだろうとあたりを見渡したら、今日見たばかりの金の長髪が目に入った。

 

「あっ──────」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインさんだ。

 彼女だけじゃない。ヴァレンシュタインさんと一緒に色んな種族・年代の人が店に入ってくる。

 彼ら彼女らのエンブレムが【ロキ・ファミリア】のものだと気が付いた冒険者たちは畏怖を込めたささやき声で、ひそひそとざわめきを広めていく。

 僕も冷静ではいられない。

 憧れの人を前に顔が熱くなっていく。

 

「ベルさーん?」

 

 シルさんの困ったような声が聞こえるけど応える余裕はない。

 飛び跳ねる心臓を抑えながら【ロキ・ファミリア】を……アイズさんの動向を伺う。

 カウンターに隠れて目だけひょっこり出しているの僕は完全に奇人変人の類だが、この情動はこうでもしないと抑えておけない。

 ジョッキをぶつけ合い、騒ぎ出す【ロキ・ファミリア】の中で彼女はマイペースに料理を口に運んでいた。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはお得意様なんですよ」

 

 シルさんは【ロキ・ファミリア】に興味津々な僕に顔を寄せてこっそり教えてくれる。

 ヴァレンシュタインさんの一挙一動に翻弄されているから返事はできなかったけど、ここに来れればヴァレンシュタインさんに会えるのか、これから頑張って稼ごうと心に決めた。

 

「そうだ、アイズ‼あの話をしてやれよ!」

「あの話?」

 

 獣人の青年がヴァレンシュタインさんに何か話をせがんでいるようだ。

 お酒に酔っているのだろうか、顔を赤くして上機嫌に話しかけている。

 

「あれだって!帰る途中で逃げ出したミノタウロス‼5階層で最後の一匹を始末しただろ!?その時いたトマト野郎!」

(──────え?)

 

 今までポカポカと温かい気持ちだった頭が打って変わって凍り付く。

 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた獣人の青年は言葉を続けた。

 

 彼の話をまとめると。

 深層への遠征帰りだった【ロキ・ファミリア】は、遭遇したミノタウロスの群れを仕留め損ねた後、大慌てでそれを追いかけてヴァレンシュタインさんが止めを刺した。

 その時、その場にいたのは──

 

「いたんだよ!いかにも駆け出しなひょろくせえ冒険者(ガキ)が‼」

 

──僕だ。

 

 真っ青になった僕に気が付いたシルさんが声をかけてくれるけど、口が動いてくれない。

 

「あいつ、アイズが細切れにした牛のくっせー血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになったんだよ!アイズ、アレ狙ったんだよな?くくくっ、腹痛えぇ」

「……」

 

 あの人は不快そうに眉をひそめて獣人の青年を見ていた。

 それが、尚更僕を追い詰める。

 

 他のメンバーは失笑し、別のテーブルの冒険者たちも釣られて笑いそうになるのを噛み殺している。

 

「それで、そのトマト野郎は叫びながらどっか行っちまって……」

「アハハ、そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ可愛いーー‼」

「ぷふっ、ごめんなさい、アイズっ、ちょっと我慢できない」

「……」

 

 アイズさんの反応が面白かったのかどっと笑いに包まれる【ロキ・ファミリア】の人たち。

 僕の胸に広がる冷たさとのギャップにあちらとこちら、世界が分断されてしまったようだ。

 いよいよ様子の可笑しい僕の肩にそっと手を置くシルさん。

 ……情けなさが加速する。いっそ夢だったらいいのに、ぐっと絞められた拳の痛みがこれが現実なのだと告げていた。

 

「しかしまぁ、野郎のくせに泣くわ泣くわ。見ていて胸糞悪ィ奴だったぜ。だったら最初から冒険者になってんじゃねぇよ」

「……うわぁ~」

「ドン引きだぜ。なぁアイズ?」

「……」

 

 頭の中が削れているみたいだ。

 苦しくて、苦しくて、吐きそうだ。

 

「いい加減その口を閉じろベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。そこに巻き込んでしまった少年に謝罪することはあれ、酒の(さかな)にするなどあってはならない。恥を知れ」

「ゴミをゴミと言って何が悪い。手前ェの自己満足に巻き込むんじゃねぇよ」

「……これ、やめぇ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 視界がおかしい。

 フィルターが変わってしまったように、さっきまで心を弾ませた光景が色褪(いろあ)せる。

 

「アイズはどう思うよ?あの情けないトマト野郎が俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「……あの状況じゃ、仕方なかったと思います」

 

 ギシッ

 砕けてしまうのではないかと言うくらい、強く歯が噛み締められた。

 

「いい子ぶりやがって……ならあのガキと俺、ツガウならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔っているんじゃないかい?」

「黙ってろよフィン。ほら、アイズ選べよ。お前はどっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?あぁ?」

 

 腹の底が熱い。

 その熱さが少しづつ凍った頭も湯だたせる。

 

「……ベートさんとだけはごめんです。」

「無様だな、ベート。」

「うるせぇババアッ。なら何か?お前はあんな弱っちぃガキに好きだの愛してるだの抜かされて受け入れるのかよ?」

「……っ」

 

 もう嫌だ。

 これ以上聞きたくない。

 そう、声を上げることもできない僕は最後の言葉を黙って聞くしかなかった。

 

「そんなわけねぇよなぁ。雑魚にお前の隣に立つ資格なんぞねぇ。お前自身がそれを認めねぇ」

 

──雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ

 

 そこが限界だった。

 僕は外に飛び出した。

 隣にいたシルさんの呼ぶ声も、周りの視線も振り切って夜の街を駆け抜けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 悔しい。

 怒りは青年にも周囲の人間たちに向けたものではない。

 何もしていないのに何かに期待していた自分自身に対してだ。

 だから何も言えなかった。

 言い返せるだけのものがベル・クラネルにはなかったから。

 

 激情のまま向かったダンジョンの封鎖は解除されていた。

 あんな大量の魔石はもはや影も形もない。

 オラリオの有する上級冒険者のステイタスは、常人とは比べ物にならない速度でダンジョンの整備を行うことを可能にしたのだろう。

 

 そのこともベルを苛立たせる。

 上級冒険者と下級冒険者。(へだ)たれた絶望的な差を感じてしまったから。

 

(何が、いつか追いつけたらだ!いつかじゃ遅いんだ!)

 

 脳を殴られたかのように青年の言葉はベルの意識を一変させた。

 時間は待ってはくれない。

 漠然とした意識で過ごすものに道を開くだけの時間など初めからありはしないんだ。

 

 ダンジョンに現れるモンスターたちを次々倒していく。

 いつもの臆病さは鳴りを潜めて、持っていた護身用のナイフはモンスターたちの魔石を粉々に砕いた。

 迷宮に漂うモンスターの消えゆく灰。

 どれだけ狩ってもベルは満足できなかった。

 

──もっと強く。もっと強く。

 

 気が付けばベルの足はダンジョンの下層に向かっていた。

 ダンジョンを降りればより難易度は上がる。

 自分を鍛えるにはもってこいだ。

 冷静さを失ったベルは自殺紛いのダンジョンアタックに身を投じる。

 

 すぐにその報いを受けた。

 碌な装備も持っておらず、モンスターの攻撃に頓着しない冒険が長続きするはずがない。

 追剥に会ったようにベルの体はボロボロになった。

 

 本来ならここでベルは冷静さを取り戻せたのだろう。

 だが、ベルに発現したスキルが彼に更なる過酷を歩ませる。

 

「……回復薬(ポーション)

 

 ベルの望む必要なアイテム。

 アセッカキンはそれをベルがダンジョンアタックによって生み出された彼の汗の量に応じて与える。

 本来、少年を足踏みさせるはずだった負傷は簡単に回復し、少年は熱を冷ますことなくさらに下層へと向かった。

 ダンジョン6階層からダンジョン7階層へ。

 それは冒険者になってまだ半月ほどのベルには自殺行為、にもかかわらずベルの暴走した思考はとんでもない方向に進んでいった。

 

「もっと、これじゃ足りない。」

 

 バックパックから取り出すのはくろうみそ。

 その名の通り、服用者に苦難を与えるひみつ道具をベルは口に含んだ。

 

 ビキリ、

 破滅的な音がベルの周りから響いた。

 これはくろうみその効果なのか。ベルを囲むように罅が広がる。

 

 モンスターの誕生。

 ダンジョンは生きている。多くの冒険者が主張する根拠の一つにモンスターの存在がある。

 どう見ても無機物でできているダンジョンの壁。

 そこから現れるモンスターたちは様々な姿、能力、生態を持っているが一つだけ共有しているものがあった。

 

 それは人類への殺意。

 共存は絶対に不可能と言われる天敵が突如生み出され、またはその音色に招かれてベルを囲む。

 アリ型のモンスター・キラーアント。

 初見の相手だがベルは躊躇(ちゅうちょ)せずにナイフを振るった。

 銀の刃はキラーアントの赤い皮膚に向かい……甲高い音と共に弾かれる。

 

「!?」

 

 想像以上に固い装甲に目を見開く。

 その隙をモンスターたちは見逃さない。

 一斉に襲い掛かってきたモンスターたちに防戦一方になる。

 

「くっ!?」

 

 キラーアントの牙を躱したベルの腕に赤い三本の線がかかる。

 黒い人型モンスター・ウォーシャドウの凶爪はナイフと変わらない。

 ベルとほぼ同じ体躯のモンスターが二体同時に迫る。

 

 攻撃を受けた拍子にナイフを失ったベルの回避行動は間に合わない。

 咄嗟にベルは頭を抱えて()()()()()丸くなった。

 ガギィッ、と固い感触に今度はモンスターたちが動揺する。

 

「具象化鏡……やっと少しは使えたかも」

 

 ベルを覆うように現れた甲羅がモンスターたちの攻撃を防ぐ音を聞いて、ようやくベルは冷静さを取り戻す。

 ウォーシャドウにキラーアント。

 どちらも駆け出し冒険者には絶対に倒せないとされるモンスター。

 理由は簡単だ。単純にステイタス不足。

 まともにやり合っていては、先ほどのように絶対に勝てない。 

 

(今、この場をどうにかできるのはひみつ道具しかない。)

 

 冷静さを取り戻すと今の自分がどれだけ危険な状態かよくわかった。

 エイナさんからあのモンスターたちの情報を教えてもらっていなかったら、あのまま殺されていたかもしれない。

 早くこのダンジョンから出ないとベルは命を落とすだろう。

 

 アセッカキンでアイテムを整える。

 回復薬(ポーション)で腕の傷を治し、もう一本ナイフを手に入れて二刀で戦うことにする。

 正直、盾のほうが欲しかったが、汗の量が足りないらしい。

 冷や汗は出てるのに、これではアイテムはもらえないらしい。ちゃんと働けということか。

 馬鹿な冗談が出てくるくらいには余裕も出てきた。

 

「うわああああああ‼‼」

 

 甲羅から飛び出して一体のウォーシャドウの魔石を突き刺す。

 消失するモンスターの断末魔が戦いの合図だった。

 ベルは両手のナイフを振り回してキラーアントたちを威嚇しながら、先ずは残りのウォーシャドウに狙いを定めた。

 体のバネを存分に使い、ウォーシャドウに接近する。

 具象化鏡によって現れた鋼のバネを足に纏い、強烈な蹴りを放った。

 ゴキャ、と首が折れたウォーシャドウの爪をナイフで切り取る。

 

 即席だが、これを投擲武器として使おう。

 キラーアントがなぜ下級冒険者たちに恐れられているか。

 それは固い装甲と攻撃力によって冒険者の命を容易く奪える存在だからだ。

 

(僕のステイタスは一般的な駆け出し程度……耐久に至ってはないに等しい。近づかれたら防ぎ切れない。)

 

 ドロップアイテムを使った牽制はキラーアントを苛立たせるが決定打ではない。

 元々そう多くはなかった爪はすぐになくなり、モンスターたちはベルに殺到する。

 あっという間に追い詰められたベルは、キラーアントに圧し掛かられて食われるのを二振りのナイフで必死に防ぐ。

 だが元々のステイタスが違う。

 【豊穣の女主人】に行く前にステイタス更新を行っていれば多少はましだっただろうが、日替わりで内容が変わる【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】の特性上、戦力確認を探索前に行う必要のある【ヘスティア・ファミリア】では冒険に行く前に更新を済ませていた。

 

 つまり、今のベルは情けなくアイズから助けられたあの頃からステイタスはほとんど変わっていないのだ。

 

「ぐっ、おおおおおお‼‼」

 

 ベルは圧し掛かられながらもなんとか左腕を自由にすると、くろうみそにナイフを突っ込んだ。

 そして、みそだらけになったナイフの刀身をキラーアントの小さな口に無理やりねじ込む。

 その瞬間、キラーアントに異変が起きる。

 ()()()()ナイフの当たったところをこの前の戦いで切っていたのだ。

 絶叫して頭をのけぞらせるキラーアント。

 ベルを襲おうとしていた他の個体たちはその様子に冷や水を浴びせられたように止まった。

 

「今だ‼」

 

 暴走しないようにスイッチを切っていた具象化鏡を発動させ、アリたちに文字通りの冷や水を浴びせさせる。

 ひみつ道具の常識外の能力に混乱するキラーアント。

 その隙をベルは見逃さなかった。

 

「ふっ‼」

 

 足のバネを再び活用し、稲妻のように素早い動きでキラーアントに一閃する。

 当然弾かれるがベルの狙いはナイフによる攻撃ではない。

 具象化鏡によって言葉通りにベルの周囲に現れた稲妻である。

 

「ギイイイイイ!?」

 

 電気をよく通す水によって黒焦げになるキラーアントたち。

 終わった。

 勝てない相手にひみつ道具で何とか勝てた。

 そしたらここにいつまでもいられない。

 早く脱出しないと。

 安堵してしまったベルは思考を戦闘から逃走に切り替えた。

 だから、それを見逃してしまったのだ。

 

「?……この音は」

 

 暗い迷宮に響く音。

 カサカサと生理的嫌悪感をもたらすその音の正体はすぐに分かった。

 さっきまでうんざりとするくらい聞いた音だったのだから。

 

「キラーアント!?しまった……!」

 

 思い起こされるのはエイナによる講義で教わったキラーアントの習性。

 キラーアントは命の危機に瀕すると仲間を集めるフェロモンを分泌する。

 初めにナイフを突き刺した個体が絶命する直前にそれを発していたのか。

 

 現れたキラーアントにもう一度稲妻のような一閃を放つ。

 先ほどと同じ速度。

 先ほどと同じ光景。

 しかし、先ほどと違い稲妻は現れない。

 

「!?」

 

 驚いて腰の具象化鏡を見ようとするが、そこには何もない。

 否、具象化鏡だけではない。

 くろうみそもアセッカキンもその姿を消していたのだ。

 

(まさか日付がこの瞬間変わって、ひみつ道具がリセットされたのか!?)

 

 この状況での拠り所をなくして絶望するベル。

 新たなひみつ道具もヘスティアにステイタスを更新してもらわなければ名前が分からない。

 ベルに許された反則は消えて、少年は唾棄すべき弱者に逆戻りする。

 冒険者たちの笑い声が幻聴となってベルの脳裏に響いた。

 

「あぐっ!?」

 

 キラーアントの横凪がベルを襲う。

 咄嗟に二刀でガードするが、貧弱な力のアビリティでは対抗できない。

 あっさり吹き飛ばされるベルは衝撃で武器を落としてしまう。

 

(──────)

 

 キラーアントの牙が迫る。

 ベルを食べるというのか、人のものとは違う昆虫の口は唾液を垂らしていて嫌悪感を感じた。

 緩慢になった時間の流れの中でベルは残されるヘスティアを思う。

 

(死ぬのか?あの女神(ひと)になにも返せずに?)

 

 そんなの認められるか。

 拳を握り締めてキラーアントとの距離を逆に詰める。

 ベルの力がキラーアントに通用するはずがない。

 それでも知ったことかとキラーアントの顔を殴りつける。

 当然のように壊れたのはベルの拳だ。

 しかしキラーアントは予想外の反撃に怯む。

 

 その隙にベルは駆けた。

 みっともない敗走だ。

 気持ちだけではどうにもならない現実を改めて突き付けられた。

 

(それでも走れ!どんなに無様でも、惨めでも……)

 

 ふらつくボロボロの体を叱咤しながら懸命に走る。

 帰るために。

 生きるために。

 次は、負けないために。

 

 ベルは次々と傷を負いながら、絶対に死んでやるもんかと意地を張った。

 辿り着きたい高みの為にも、ここで止まっている暇はない。

 熱を宿した恩恵(せなか)に押されるようにベルは迷宮の出口を目指す。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「遅すぎる……」

 

 ベルが帰ってこない。

 昨日、ベルのあんまりな報告で頭が痛くなってふて寝していたヘスティアは夜遅くに起きたが、それからベルは帰ってこない。

 夜が明けて、朝になっても姿を見せないベルに不安が募る。

 

(まさか、何かに巻き込まれたんじゃ……)

 

 近辺を探し回っても特徴的な白髪頭を見つけられなかったヘスティアは、もしかしたら帰ってきているかもと言う希望に期待したが、やはり少年の姿はなかった。

 汗が噴き出す。居ても立ってもいられなくなり、再び捜索に行こうとしたヘスティアの目にベルの姿が現れた。

 

「あ‼ベルく────」

 

 無事を望んで止まなかった少年の姿に安堵し、涙ぐむヘスティアは柱の陰から現れたベルの姿に言葉を失った。

 

 純白の髪は血に染まり、質素な私服はボロボロに損傷していて、破けた肩口から青くはれ上がった肌が見えていた。

 顔中傷だらけで、すでに流血が固まり黒くなっていることが彼がかなり前から怪我をしていたことを告げていた。

 

「ど、どうしたんだい!?」

「……ダンジョンに潜っていました」

「ば、馬鹿っ。何考えているんだ!そんな恰好でダンジョンなんて‼ひみつ道具があるからって無謀だぞ!」

「……すいません」

 

 浅慮、愚行もいいところだ。

 しかしそれをしたということはそうするだけの理由があったのではないか?

 

「どうしてそんな無茶を……」

 

 ヘスティアの疑問にベルは答えなかった。

 今のベルを叱りつけるのはきっと良くない。

 そう考えたヘスティアはそれ以上の追及はしなかった。

 

「わかった。何も聞かないよ。先にシャワーを浴びておいで。そのあと治療しよう」

「はい……ありがとうございます。」

 

 そこからベルは無言になった。

 もう喋るのも億劫なのかもしれない。

 

「ベル君。今日はベッドで寝るんだ。いいね。」

「ごめんなさい……」

「ここで君をソファーに放り出すほど悪神(あくにん)にはなれないぜ?」

 

 怪我には休息が一番だ。

 すこしでもいい環境を用意するのは当然だろう。

 そう考えた時、あるいたずらを思いつく。

 ニヤリ、と子供っぽい笑みを浮かべたヘスティアはベルを見る。

 

「とは言えだ?ボクもベル君を探すために走り回ってへとへとだし?ここは同じベッドで寝ようじゃないか?ふふふ……まさか断らな……」

「そうですね。じゃあ、一緒に寝ましょ……」

「……なんですと!?」

 

 冗談にカウンターを決められたヘスティアは大いに慌てた。

 畜生、慌てるのはベル君の役目だろう……‼

 しかしこれはチャンスだ。

 思う存分少年を堪能してやる。じゅるり。

 

「神様……」

「な、なんだい!?」

 

 邪な企てを見透かされたのかと少々裏返った声で返答するヘスティア。

 ちょっとドキドキしながらベルの次の言葉を待った。

 

「……僕、強くなりたいです」

 

 その少年の言葉に、女神は何を感じ取ったのか。

 ベルの横顔に息をのみ、「うん……」と少年の憧憬(ねがい)を真摯に受け止めたのだった。




 【ロキ・ファミリア】もベートも魅力的なキャラ達だけど、このシーンに関してはちょっと擁護できません。
 例えるなら新人運転手相手に事故りかけたベテランが「引かれそうになった瞬間、あいつ腰抜かしてて笑えたぜ‼」って酒の席で笑ってるわけですから。
 そりゃあリヴェリアも「恥を知れ」って言いますよ。
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