ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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男殺しの怪物は厄災へ

 春姫さんを助ける方法をみちび機に尋ねた際に、【イシュタル・ファミリア】から強奪するという選択肢が現れた。

 いくらひみつ道具による予知とは言え、鵜呑みにすることはできないが、それでももしかしたらと言う引っ掛かりを捨てきれなかった僕は、自分のやれる範囲で【イシュタル・ファミリア】の戦力を調べたことがあった。結果は敵いっこないと再確認しただけだったが。

 

 規模・人脈・権力。

 敵対しちゃいけない理由は星のように多いが、その中で最も単純明快な解答。

 【イシュタル・ファミリア】には第一級冒険者がいる。

 

 そのレベルは何と5。

 憧憬と同格の冒険者が在籍している事実は決して無視できない。

 【ロキ・ファミリア】と何度か共闘する機会があったから理解できた。

 

 第一級冒険者は異常だ。

 語弊を恐れないのなら壊れてる、と言ってもいい。はっきり言ってあの段階の冒険者は何でもありになってくる。

 同じ冒険者を名乗るのが恥ずかしくなってくるほどに、第一級とその下との格差は大きい。

 

 まず、間違いなく僕では勝てない眷属。

 それに加えて人格が最悪なのだ。彼女の二つ名【男殺し(アンドロクトノス)】がそれを良く示している。

 田舎ではアマゾネスには結婚を控えた若い男を攫って行き、子孫を残すために貪り食うと言う言い伝えが今も子供たちに伝えられていた。かく言う僕も子供が門限を守らなかった時に使われる定番メニューであるこれで泣いていたものだ。

 

 目の前の冒険者はそれをホントにやってしまう。

 夜な夜な歓楽街に出没し、自分の気に入った男を強引にホームに連れ込んでいるのだとか。

 人の見た目であまり悪くは言いたくないが、生理的に無理です。とお断りされることは間違いない容姿の彼女が満足するためにどのような凄惨な事が行われるのか、奇跡的に帰ってきた男はみな廃人になっているのだと言う。

 

 フリュネ・ジャミール。

 僕が【イシュタル・ファミリア】に喧嘩を売ってはいけない最も大きな理由が、僕の前で死刑宣告(お持ち帰り)を決定した。

 

「ゲゲゲッ、さあ、一緒に来るんだよぉ!」

「ごめんなさいもう門限なんです失礼シマスっっっ!?」

 

 脱兎のごとく、と評されるようななりふり構わない逃げっぷり。

 それを嗤う者などいなかった。それどころか今まで伸ばしていた鼻の下を引っ込めて、道を開けてくれている。

 人々の優しさに涙が出そうだ。できれば直接的にも助けてほしかったが。

 

 ランクアップで跳ね上がった脚力を存分に活かして、自己最高速度を叩きだす。

 【アイアム・ガネーシャ】だ。もはやそこしか安全地帯はない。

 

「逃げるんじゃないよッッ‼」

「ひょっ!?」

 

 だが、いかに僕が成長したと言っても所詮はレベル2。

 第一級冒険者にステイタスで敵うはずもないのは分かっていた。あの巨体が高速で動くさまは想像以上に怖かったが。

 僕に出来るのはスタートダッシュで稼げた空間を利用するだけ。

 そう、ひみつ道具、いたずらオモチャ化機で。

 

 地面・壁・看板。

 兎に角通り過ぎるものに手あたり次第光線を当てていく。

 もうこれは隠すどころの話じゃないが、気にしてはいられない。男として生きていくためには。

 

 フリュネさんが通り過ぎようとした看板が、クラッカーのテープのようにその体に巻き付く。

 

「あァん? 小賢しいねぇ‼」

 

 それを全く意に返さず、力だけで数百のテープを引きちぎる光景は悪夢に出てきそうだ。

 粘着質な地面も、迫る壁も、全てを強引な力押しで突破されては笑うしかない。いや、笑い事じゃないが。

 

「人見知りな子だねぇ‼ ますますアタイ好みだよ‼ 手取り足取り教えてやる‼」

 

 手取り足取りって丁寧に教えるって意味なのに、僕の脳内に浮かぶ達磨状態のベル・クラネルは何なのか。

 でも、絶対に近いような状態になるという確信がある。

 顔を真っ青にして、懸命に走るがステイタスの差は如何ともしがたい。

 

 ゆっくりと悪魔の巨体が迫ってくる。

 本来なら一瞬で捕まるにも関わらず、未だ逃げられているのはひみつ道具のおかげではなく、ただフリュネさんが遊んでいるからだろう。彼女的には多分、ビーチで追いかけっこするアレみたいな感覚なのかもしれない。

 だが、それもここまでだと僕の顔をすっぽり覆えそうな巨大な手が僕の首元を掴みかけた。

 

「うおおおおおお!? 坊主、そのまま止まんなよ!?」

 

 その時、物陰に隠れていたハシャーナさんが飛び出した。

 春姫さんを探すにあたって、唯一相談していた彼は僕が歓楽街に来る手助けをしてくれていたのだ。

 そのまま僕を見守っていてくれたハシャーナさんだったが、何故か歓楽街で一番目を付けられてはダメな存在に追いかけられるという想定外の事態に大慌てで出てきてくれた。

 フリュネさんの手を払い、僕を抱えて疾走する。

 

「【剛拳闘士】かい? やれやれモテる女も辛いもんさァ。二人纏めて夢を見せてやるよっ‼」

「それは悪夢だろうが‼」

 

 ハシャーナさんとしてもフリュネの相手は御免なのか、滝のような汗を流しているが。

 ハシャーナさんのレベルは4。フリュネさんに勝つことはできなくとも、拮抗する程度はできる。

 だが、ここは歓楽街(イシュタルの城)

 例えフリュネさんを相手にやり合えるだけの力があっても関係ない。

 

「お前たちィ‼やりな‼」

 

 フリュネさんの号令によって店と言う店から女たちが現れる。

 そのすべてが恩恵を身に宿す眷属であることは、その機敏な動きを見れば一目瞭然だ。

 

「ちくしょう! やっぱ数を使ってきやがった‼」

「ハシャーナさん【ガネーシャ・ファミリア】ですよね! これって逮捕はできないんですか!?」

「こんなだが一応客引きだ‼ 違法じゃねぇ‼ 公務で来てるわけでもないから、公務執行妨害も使えん‼」

 

 これが合法で行われてるのだから恐ろしい。

 流石に魔法を撃ったりしたら問題だが、ちょっと暴力的な位はオラリオ風という事で見逃されるんだとか。

 だからオラリオは野蛮とか言われるんですよ。

 

「つーか何で罠を全部突破してんだ‼ おわぁ! 鉄の糸を食いちぎんな! モンスターかっっ‼」

 

 正直悪戯レベルを超えた効果が出ちゃっても、問題なく対処できてしまうのは流石第一級冒険者ということか。

 他の眷属たちは罠に四苦八苦しているから、いたずらオモチャ化機が弱いわけでは無い筈なのだが。

 

「ヤベェ‼」

 

 すると突然、何を思ったのかハシャーナさんが僕を放り投げる。

 その少し後にハシャーナさんに降りしきる矢の雨。

 なんでこれが違法じゃないんだ。

 

「先ずは兎から頂こうかねぇ!」

 

 守ってくれるハシャーナさんのいない僕から捕まえようと、フリュネさんの手が伸びる。

 

(ヤバッ……)

 

 絶体絶命の中、様々な光景が浮かんでは消えた。

 嘘か真か、走馬灯とは死に瀕した人間の本能が過去の記憶から、生き残るための手段を探すことで起きるのだと言う。

 その俗説の真実は定かではないが、過去の情景を振り返った僕は僅かな可能性に突き動かされた。

 

(怪物祭(モンスターフィリア)ッ、地下水路ッ、それにリヴィラッ!)

 

 怪物祭で使用したひみつ道具、名刀電光丸の受け流す剣術を応用し、地下水路で出会った朱髪の女の速さを元に動きを予測、それらをリヴィラで遠目に見て、学んだアマゾネスの体術を参考に受け流す体術に落とし込む。

 

 自分の視界からフリュネさん以外の情報が限りなく薄くなった。

 意識が加速し、次の呼吸までの時間が異様に長くなる。

 

 それはこれまでの冒険者人生で身に付けた技術。

 格上とばかり戦い続けた少年が、生きるために必要な一瞬を見逃さないために磨きあげた極限の集中力だった。

 

 正確な起動を予測するために、喜悦に歪む黄土色の眼球を深紅(ルベライト)の瞳を吊り上げて凝視する。

 旨そうな雄としてしか写していないであろう醜悪な性根に僕は活路を見いだす。

 

「ベルっ⁉」  

 

 ハシャーナさんの焦る声が今は遠い。

 僕の体は後ろに飛び退いていた。否、正確にはやや左よりの後ろだが。

 それを誰もが少年の悪足掻きだと受け止めた。決して実ることのない、憐れな逃避行動だと。

 

 事実、フリュネさんから見た僕の動きは笑ってしまうくらいに遅かっただろう。

 慌てすぎていたのか、脚をもつれさせて倒れ込む姿の何と滑稽なことか。

 

 だが、これは僕の作戦。

 油断しきった何の技巧も込められていない一撃ならば、この一瞬に僕の出せるありったけの力を動員すれば辛うじて迎撃可能だ。

 

(合わせるっ)

 

 全てが緩慢になった世界で、ベル・クラネルの意識は更に深度を増した。

 意識の中心はフリュネさんからフリュネさんの腕へ。

 僅かな筋肉の動きも逃さないよう、自身に迫る驚異から目をそらさない。

 

(──今だ!)

 

 褐色の指が額に触れようかという距離までフリュネさんを引き付けた僕は、自身の待ち望んでいた状態。フリュネさんの腕が真っ直ぐと伸びきった状態を前に賭けに出た。

 上体をグンッと倒し、後頭部が地面すれすれまで落ちる。

 

 ただ僕が体勢を崩しただけだと高を括っていたフリュネさんの驚愕を感じとりながら、僕は懸命に脚を振り上げた。

 回避するだけではダメだ。第一級ならば後からでも軌道を変えられる。

 ただ受け流すだけでもダメだ。力が桁違い過ぎる。力を誘導するどころか、巨大な力の流れに押し流されるのがオチだ。

 受け流すのなら、腕よりも強い力を発揮できる部位を利用するべきだ。そんなとこは何処か。僕には一つしか思い浮かばなかった。

 

(腕より足の方が筋力は強い。繊細さだけじゃなくて力も必要な今はコレしかない)

 

 狙いは拳ではなく外からの力の影響を受けやすい手首だ。

 全身を連動させて大質量の弾丸を受け流すべく、自身の可動範囲の限界まで体を素早く動かした。

 

「痛ッ……‼」

 

 手首と接触した瞬間、ズンッと重みが足に伝わる。

 自分より一回りも二回りも大きな岩石を蹴ったかのような感触。

 勢いがついていない手首に対する蹴撃だと言うのに、蹴った自分が悲鳴を上げたくなる耐久がベルの全力を空しく霧散させようとした。

 

 想定内だ。痛みに表情を歪ませる僕はそう自分に言い聞かせた。

 もとよりこの蹴りは攻撃を目的としたものではない。全力をもってしてもフリュネさん(レベル5)に蚊ほどの痛痒も与えられないことなど、今更驚くようなことではない。

 

(そう、蹴るんじゃなくて、挟み込むように……!)

 

 痛みをこらえて足首でフリュネの手首を挟み込み、勢いよく縦回転で体を回す。

 全身を駆使した受け流しは、少年の体に悲鳴を上げさせつつも脅威を受け流すことに成功した。

 

 同時に足を振り切った体勢のまま後転の要領で距離を取る。

 予想外の展開にたたらを踏むフリュネさんから十分に距離が開いたのを確認して、再び向かい合った。

 

 呼吸が荒い。

 たった一撃を往なすだけでごっそりと体力が削られてしまう。

 おまけにほとんど衝撃を受け流したにも関わらず、体の節々に鈍い痛みが走る。

 一撃を往なすことに集中しすぎて、体にかかる負担は二の次になっていたからだ。

 

「ゲゲゲッ、面白い曲芸だねぇ。将来有望じゃないか」

 

 ますます食いたくなってきたと唇を歪めるフリュネさんに動揺の色は見られない。

 当然だ。今のは圧倒的レベル差から来る油断に上手くつけ込めただけの話。

 僕がこういう風に動けると分かっていれば、そう弁えた上で捕えに来るだろう。

 もうこんな手は使えない。

 

 けど、それでいい。

 この場にいるのは僕だけではないのだから。

 

「坊主!」

 

 流石はレベル4。第一級(規格外)の一歩手前の眷属と言うべきか。

 足止めの戦闘娼婦(バーベラ)たちを蹴散らしたハシャーナさんはフリュネさんに殴り掛かった。

 それを余裕で回避するフリュネさんだが、ハシャーナさんは更に連撃で畳みかける。

 第二級冒険者の攻撃は無視できず、そのままフリュネさんの足止めに成功。それでもその攻勢がいつまでも続くはずがないことは誰の目を見ても明らかだ。

 

「ハシャーナさん! 使います!」

「な!? そいつはガネーシャとヘスティア様に止められていた奴だろう!」

「はい! でも名前からして確実に()()()()()()‼」

「……っグダグダ言ってられんか! よし、やれ坊主!」

 

 渾身の一撃を叩きこむハシャーナさん。

 如何に第一級冒険者と言えども、直撃すればただでは済まない威力にフリュネさんが初めて防御の構えをとる。それを見たハシャーナさんは攻撃を強引に中断し、後ろに飛びのいた。

 

「待ちなァ‼」

 

 それに手を伸ばすフリュネさんだが、僕は咄嗟にいたずらオモチャ化機で落ちていたポーション(なんか色がピンクっぽい)の空容器をアイテム化する。

 空容器はボンッと破裂し、辺り一帯に桃色の煙が充満する。

 

「小賢しいねぇ‼ 無駄だよっ‼」

 

 それを腕を一振りするだけで払うフリュネさんだが、僕たちにはその動作でできる僅かな隙で十分だった。

 ハシャーナさんが僕を抱えて、歓楽街のメインストリートから入り組んだ裏路地に身を投じる。

 

「ここはアタイたちの縄張りさね! 逃げ切れると思っているのかい!」

 

 背中から嘲笑が投げかけられるが、そんなことは承知の上だ。

 この街自体が脅威なことは一連の流れで良く理解している。

 だからこそ使うのだ。ひみつ道具を。

 

 

 具現化の際の光をハシャーナさんの体で隠す。

 気休め程度の対策だが、人のいない裏路地にいることもあって目撃者はいないはずだ。

 

 そうして現れたのは一見するとただの鏡。

 しかし、こんな見た目でも神様とガネーシャ様が、猛烈に嫌な予感がするから使うなと口酸っぱく注意したひみつ道具。

 おそらくは、ドラえもんさんの話に度々登場した危険なひみつ道具と言うモノだろう。

 

 鏡に映る僕の顔はこれまで見たことが無いほど整っていて……

 

「そうです。貴方が世界一……」

「ゴメン! 後で聞くからっ‼」

 

 絶世の美少年の顔だが全く心が動かない。

 風を纏う憧憬に比べれば、(チリ)に等しいものだ。

 鏡が喋りだしたが、そういうこともあるだろう。ひみつ道具だし。

 

 そもそも、後ろから脅威が迫っていると言うのに、そんなものに構っている余裕はない。

 

「ちょっと【逆世界入りこみオイル】を塗らせて‼」

「え、ちょ、ギャー!」

 

 いたずらオモチャ化機での潜入に失敗した時のため、保険として持ってきた3つ目のひみつ道具を鏡に塗りたくる。

 これは鏡や水面と言った反射する物に使うと、左右反対な世界に入り込めると言うひみつ道具だ。自我を持っているらしきうそつきかがみには悪いが許してほしい。後でちゃんと謝るから。 

 

「行きましょう! ハシャーナさん!」

「おう……誰だこのイケメン」

「早く‼」

 

 鏡に映った自分を見て、何やら寝言をほざいてるハシャーナさんを引っ張って鏡の世界に突入する。

 常識的に考えれば鏡の中に逃げ込んだなど想像もつかないはずだ。

 これで何とかやり過ごすしかない。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ちっ、どこ行ったんだい……」

 

 ベルとハシャーナを見失ったフリュネは苛立ちながら裏路地を彷徨っていた。

 【イシュタル・ファミリア】の庭である歓楽街の地理に、自分たち以上に詳しい者がいるとは思ってもみなかったフリュネは依然として見つからない二人に苛立つ。

 

「やっぱり駄目……何処にもいないよ……」

「何やってんだレナ‼ 不細工なくせしてこの程度の仕事もできないのかい!?」

「ご、ゴメン、フリュネ‼ もっとちゃんと探すから‼」

 

 泣き言をこぼす使いっ走りを怒鳴りつつ、ギョロギョロと辺りを見て回る。

 

「アタイをここまで手間取らせるなんて……これは二人纏めて三日三晩泣かせてやらないと気が済まないねぇ……」

 

 ゲゲゲッ、とベルとハシャーナが聞けば卒倒しかねないようなことを言うフリュネ。

 ボタボタとこぼす唾液が裏路地を更に汚した。

 

「ん?」

 

 その時。

 フリュネはふと何の変哲もない鏡を見つける。

 見つけてしまった。

 

「な、何だいこれはッッ‼‼‼!?」

 

 そこに映る自分の顔を見たフリュネは今日初めて動揺した。

 

 美しすぎるのだ。

 フリュネは今まで自分の美貌(本人視点)に絶対の自信を持っていた。

 それこそ、美の女神などと称しているイシュタルやフレイヤなどよりもずっと自分は美しいと。

 周りはそれを妬んで事実無根な風評を流し、何て心の狭い奴らだと嗤っていたものだ。

 

 しかし鏡に映った自分はそんな自分すら驚愕する絶世の美女。

 もはや罪とすら言える美しさを発する己を愕然と見つめるフリュネ。

 そして、声が喋りだす。

 

「私は真実を映し出す鏡です。私に映り込む世界こそ真実。あらゆるまやかしを撥ね退けて貴女に本当を届けます」

「あ、アァ……真実? 真実だって? アタイはずっと偽物の自分を見せられていたって言うのかい?」

 

 鏡が喋りだしたという異常事態に気付かず、放心気味に問う。

 これが真実なのだとすれば、今まで偽物で満足していた自分のなんと滑稽なことか。

 

「これは……駄目じゃないかい……こんなに美しかったらアタイを巡って戦争が起きちまうよ!」

「あぁ、お優しい方。その容姿と同じく心清らかなのですね。大丈夫、全ての人は貴女の虜。貴女が願えば世界の恒久的平和すら確約されるでしょう」

 

 フリュネは自分を恥じた。

 周りの女たちを自分の美貌に嫉妬する醜悪な不細工どもだと見下していたが、これが真実なのだとすれば悪いのは自分の美貌の方だったのだろう。

 仮に、自分の前にこれほどの美女が現れた時、海より広い心を持つフリュネであっても嫉妬の心を抑えられなかったことは想像に難くない。

 

「今まで真実を知らなかった貴女は自分の美貌を御存じなかった。だから貴女はその美貌を十分に引き出せていないのです」

「な、何だって!? この美貌にはまだ先があるのかい!?」

「はい。表情をもっと工夫してみましょう。目を見開いて瞳孔を上向きに……そうそう、とってもチャーミング。男の庇護欲をそそるお姫様みたいです。そこで満面の笑みを見せれば女神だって裸足で逃げ出します。髪型も変えてみましょうか。貴女はありのままの姿こそ美しい。綺麗に整えた前髪も素敵ですが、ここは敢えて整えずくしゃくしゃにしてみましょう。不安定(アンバランス)な魅力は女神様では再現できない貴女だけの特権です。それと香料も変えてみてはいかがですか? 発酵した毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液を……」

 

 その先の地獄絵図は言うまでもないだろう。

 依然として二人を見つけられないレナが、嫌々報告に行くとこの世のものとは思えない光景に意識を手放し。

 騒ぎを聞きつけて面白半分で様子を見に来た神々が真顔で逃走。

 外の様子を見るために鏡から顔を出したベルとハシャーナは、哀れ正面からそれを目撃してしまい半狂乱になりながら鏡を飛び出し【アイアム・ガネーシャ】に逃げ帰った。

 

 しかし、自分磨きに余念がないフリュネは、そんな周りの様子など一切気にすることなくうそつきかがみのアドバイスを実行し続ける。

 

 その日から歓楽街に厄災の化身ともいうべき怪物が跋扈し、幽霊騒動で怖いもの見たさに集まっていた神々すら足を運ばなくなったと言う。




 うそつきかがみを憧憬一途で無効化できるベルが、逆世界入りこみオイルでうそつきかがみの中に避難すれば鉄壁の防御ができるんじゃないか?
 そんな作者の発想が厄災を生んでしまった今話。

 神様にすらSAN値チェックを強いる怪物とかオッタルでも逃げ出しますね。

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