ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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運命の分かれ道

 最強の冒険者は誰か?

 世界最高戦力が集う迷宮都市オラリオで、市民たちの世間話で度々議論される話題である。

 

 都市唯一のレベル7である【猛者】。

 秀でた頭脳と武勲を併せ持つ【勇者(ブレイバー)】。

 規格外の火力を持ち、都市最高の魔導士と名高い【九魔姫(ナイン・ヘル)】。

 

 暗黒期から第一線で戦い続けてきた歴戦(ベテラン)の冒険者たち。

 彼らと並び、都市最強の一角に数えられる新世代の冒険者。

 

 それが【剣姫】。

 都市最強派閥の片割れたる【ロキ・ファミリア】の幹部にして、ベルによって覆されるまで更新されることは無いだろうと思われていた、前世界最速のレベル2到達記録者だ。

 

「……行くよ」

「グッッ!?」

 

 11階層と言う浅すぎる階層に、何の前触れもなく現れたそんな第一級冒険者が銀光にしか見えない刺突の連打によってエインを追い詰める。

 得体のしれない怪人(クリーチャー)の威容はもはやそこにはなかった。

 

 剣の嵐が止まらない。

 懸命に獰猛な刃から逃れようとするエインだが、それを許すアイズではなかった。

 無論、この霧が濃いフロアで一瞬の隙を見て逃走しようにも、第一級冒険者の鋭い五感はエインを逃がすことはまずないだろう。

 しかし、誰でも、どんな格下でも奥の手を持つのがこの世界の常識だ。

 最後まで気を抜かず、エインをその場で釘付けにするようにアイズは時計回りに移動する足使いで、敵に逆転のチャンスを与えなかった。

 

「…ッ……ッ‼」

 

 もはや声にならぬ悲鳴を上げながら亀のように固まり、メタルグローブで必死に頭部への攻撃を防ぎ続けるエイン。

 ローブには徐々に傷が増え、そこから噴き出す鮮血が紫紺の生地をどす黒く染め上げていく。

 

 先ほどまで自分たちが全力で戦っていた相手を、まるで赤子の様に捻り潰すその光景。

 それはヴェルフを唖然とさせるには十分すぎるものだった。

 

(なんなんだあの強さ……これ、本当に現実か?)

 

 次元が違う、比較でよく使われるその言葉がぴったり当てはまるほど一方的な戦い。

 常識を軽々と超えたその強さは正に絵本の中身だ。

 レベル1では測りきれないステイタスに、己の感覚が麻痺してしまっていることをヴェルフは自覚した。

 

「相変わらず無茶苦茶ですね……」

 

 呆れたように呟くリリの声が、ヴェルフには何処か引き攣って聞こえる。

 自分たちは助けられているのだ。不気味なあの怪人(クリーチャー)から。 

 だと言うのに畏怖の想いが強く湧き出る。

 何という化け物なのだと、そう感じてしまう。

 

 幼き頃に見た騎士。

 王国(ラキア)でも有数の実力者であった彼すら、あの剣技の前には霞む。

 

「あれ、本当にレベル5か? ウチの団長も鍛冶師とは言えレベル5だが、いくら何でも強すぎるだろ」

 

 第一級冒険者は怪物。

 それは有名な話だが、それにしても【剣姫】は異常だ。

 そんなヴェルフの疑問に答えたのはモダーカだ。

 

「レベル5じゃない」

「……?」

「多分、ランクアップしている。今の【剣姫】はレベル6だ」

 

 冒険者として、ヴェルフ以上に多くの実力者を見てきたであろう、モダーカの言葉にヴェルフはいよいよ動揺した。

 都市最強の一角に数えられていたのはレベル5時点でだ。

 レベル6になった今、今までの【剣姫】の噂を考慮すれば、或いは【ロキ・ファミリア】最強にまで力は上がっているのかもしれない。

 

「あれで魔法もあるとか本気で隙が無いぞ」

 

 【剣姫】が出鱈目な付与魔法(エンチャント)を使えるというのは有名な話だ。

 それこそがレベル5でありながら、都市最強の一角に数えられていた所以なのだから。

 

 だが、この戦いに魔力の波動は感じない。

 アイズは素のアビリティのみで戦っているのだ。

 

「うおおおおおおお‼」

 

 アイズの強さに破れかぶれになったのか、雄たけびを上げながら殺到する闇派閥(イヴィルス)

 せめてベルの確保だけはと、なりふり構わない彼らの魔の手が迫る。

 

「そんなこと」

 

 しかし、風のような敏捷(速さ)をもつ彼女は。

 

「させない」

 

 闇派閥(イヴィルス)たちがベルたちを襲う前に彼らの前に現れた。

 同時に吹き飛ぶ幾人もの狂信者たち。

 剣を振られたにもかかわらず、その体が真っ二つになっていないという事は剣の腹を叩きつけられたという事か。

 先ほどまで緊迫感のある戦いの中にいたはずの彼の心は、自分に違和感を覚えるくらいには落ち着いている。獅子の上に乗る鼠の気は大きくなるというアレだろうか。

 

 もう自分たちは大丈夫だ。

 そうヴェルフが確信してしまうくらいに、アイズは圧倒的だった。

 

(嫌になるな。俺たちの戦いがまるで茶番劇だ)

 

 助けてもらってこんなことを考えるのはいい気がしないが、ヴェルフは目の前の光景を見てそう思ってしまう。

 それはくだらない意地なのだろう。或いは不貞腐れか。

 第一級冒険者の戦いを見て絶望してしまう冒険者は多いと聞くが、納得してしまう。これでは確かに心が折れる。

 

 その場にいる誰もがアイズの無双ぶりに脱力する中、ここまでベルが一言も発していないことにヴェルフは気が付いた。

 どうしたことかと彼の方を見ると。

 

「……」

 

 少年は静かに少女の戦いを見ていた。

 食い入るように、拳を握りながら。

 

 諦観しているわけではない。怒りを覚えているわけでもない。

 ただベルは真っ直ぐと、アイズ・ヴァレンシュタインの戦いを見つめた。

 その瞳に透明の輝きを宿しながら。その輝きの名はきっと『憧憬』。

 きっと自分もいつかあの場所に辿り着くという誓い。

 

「……そうだよな」

 

 ヴェルフは圧倒的力を前にしても、その心を燃やし続けている少年に笑みをこぼす。

 腐ることに何の意味もない。

 未熟で、無力な自分たちにできることはただ、絶対にその場所に行くのだと己の魂に誓いを立てることぐらいだろう。

 

(お前は決して揺らがないんだな)

 

 あの戦いで起きている事象を理解できないヴェルフ以上に、アイズ・ヴァレンシュタインの強さは絶望のはずだ。

 それでもベルは心を一層燃やし、一つでも多くのことを学び取って見せると貪欲に成長を求めている。

 

(相棒がそうやって前を向いているんだ。鍛冶師である俺も腐っていられねぇ)

 

 第一級冒険者の戦いを改めて見直す。

 今度は思考放棄などせずに、ベルの専属鍛冶師として。

 

 ベルがあの領域に辿り着くために自分ができることは……用意できる者は何だ?

 

 速さを阻害しない鎧か?

 

 何処までも伸びる腕か?

 

 衝撃を緩和する背嚢か?

 

 敏捷を跳ね上げる靴か?

 

 道を指し示す羅針盤か?

 

 得物を研ぎ澄ます鞘か?

 

 あの規格外の戦いに、ベルはどう動く。

 ヴェルフはどんな武器を作る。

 ベルと同じように、透き通った思考でヴェルフは眼前の戦いを見守った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 この人はあの女の人ほどの脅威ではない。

 そうアイズが理解したのは様子見の初撃に、仮面の人物がまるで反応できなかったからだ。

 異質な力は感じるが、基礎的な能力(スペック)がレヴィスとは比べ物にならないほど低かった。

 

(それに、あの極彩色のモンスターも今は使えないみたい)

 

 怪人(クリーチャー)の最大の力である極彩色のモンスターを操る力。それを仮面の人物はまるで見せることがなかった。そう言った能力が無いのか、それとも今は使ってはいけないのか。

 三つ巴だった時から使わずに、闇派閥(イヴィルス)の数を生かした戦い方に手を焼いたところから考えて、今更その手札を切るとは考え難い。

 

 怪人(クリーチャー)にも順序のようなものはあるのだろうか、戦いながらそう考察するアイズは目の前の人物の捕縛にかかる。

 レヴィスほどの強さならば生かして捕えようなどと考える余裕はなかったが、第一級冒険者には届かない程度の仮面の人物ならば可能だ。アイズは手加減が苦手だが、そこは怪人(クリーチャー)。多少のダメージは問題にならないだろう。

 

「気を付けろよ【剣姫】! 前の【白髪鬼(ヴェンデッタ)】みたいな増援が来ないとも限らない! 現に闇派閥(イヴィルス)共はゴキブリみたいに湧いて出やがった!」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員の言葉にアイズは頷く。

 闇派閥(イヴィルス)の増援が次々来たということは、向こうとってはこの階層の様子を探り、仲間を向かわせることが容易であるという事かもしれない。

 

(そう言えば、あの時も)

 

 アイズがレベル2へと至ることになったきっかけ。

 闇派閥(イヴィルス)の邪神と出会ったのも確かこの階層だったはずだ。

 

(12階層に闇派閥(イヴィルス)隠れ家(アジト)がある?)

 

 こんな地図化(マッピング)がされ尽くした上層に? と言う疑問はあるが、状況証拠からして可能性は高いのかもしれない。

 幾度も同じ部分を攻撃することで、右腕のメタルグローブを粉砕したアイズは真実にまた一つ近づく。

 もし、この仮定が正しいのなら。仮面の人物は何としても確保しなければならない。

 念を入れて足の健も斬って、確実に動きを封じようとした時、アイズは仮面の人物の異様な様子に気づいた。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】……?」

 

 だらり、と頭部を守っていた腕から力が抜ける。

 愕然と立ち尽くすその姿は何処か迷子の子どもの様だった。

 

 戦闘すら忘れて自失する仮面の人物にアイズも戸惑いを隠せずにいる中、ベルのサポーターが口を開いた。

 

「リヴィラの街を襲撃した二人組の怪人(クリーチャー)の片割れです。悪名高き闇派閥(イヴィルス)の使徒……そして、あの『27階層の悪夢』の首謀者」

「……」

 

 サポーターの言葉に何かあるのか。

 仮面の人物は後ずさり、その言葉を否定するように首を左右に振るが、その口からは声にならない悲痛があるだけだった。

 

「貴方の()()()でしょう……ご存知なかったのですか?」

 

 その言葉が限界だったのだろう。

 仮面の人物は頭をかき乱し、魂がひび割れるような絶叫を上げた。

 

「アアア゛アア゛ァァーーーーーーーーー!?」

 

 金切り声と表現してもいい。高く張り上げた耳障りな声にアイズの表情を歪め、少年たちも冷や汗を流す。

 錯乱している。不気味な怪人(クリーチャー)としての雰囲気など最早ない。

 そこにいるのは何かに裏切られ、心の拠り所を見失った咎人一人。

 

(チガ)ウ!(チガ)ウ!(チガ)ウ!(チガ)ウ!(チガ)ウ‼」

 

 闇派閥(イヴィルス)の使徒たちを狂信者と人々は称する。

 仮面の人物もまた、そんな何かに魅入られた一人だったのだろうか。

 その信じた物が壊れてしまったからこそ、あんな風におかしくなっている。

 信仰が否定された狂信者。それがあの怪人(クリーチャー)だ。

 

「アノ(カタ)ガッ、アノ(カタ)ダケガ(ケガ)レタ(ワタシ)ヲ……ッ」

「『あの方』に全てを話してもらってないようですが?」

「アノ(カタ)ガ……ッアノ方だけが……ッでも、あの方は、私を……っ」

 

 仮面の人物の声から雑音(ノイズ)が消えていく。

 数多に重なっていたはずの肉声から、一人、また一人と偽装の声が剥がれ落ちた。

 そして、最後に残った一人の声は……

 

(……どこかで)

 

 既視感(デジャヴ)

 それほど昔ではない。

 つい最近聞いたことがあるのかもしれない。

 記憶をひっくり返して何とかその声を特定しようとするアイズだったが。

 

「あぁ……様、■■■■■■■様ああああああああっ!?」

 

 もはや何を言っているかも判別できないほど取り乱した仮面の人物がアイズに突進する。

 だが、遅すぎる。技も余りに稚拙で、心は言うまでもない。

 一旦、気絶させよう。

 思考を切り上げてそう判断したアイズによって5つの刺突が撃ち込まれる。

 仮面・右肩・左肩・右膝・左膝。

 無力化のための連撃によって仮面の人物は吹き飛ばされ、完全に沈黙した。

 

(後で目を覚まして、落ち着いたら話を……!?)

 

 その時、閃光が散った。

 黒く、溶けるような光の粒が。

 無数の光粒は仮面の人物を分解し、霧の奥へ消えていく。

 

「……魔素」

 

 そこに魔法の残滓を感じ取ったアイズは、あの仮面の人物が魔法でできていたことを知る。

 人形を作る魔法か、それとも【分身魔法】か。

 あの規格外の魔法こそ、仮面の人物のとっておきなのだろう。

 

 追うことはできない。 

 あれほどの魔法を使う手練れが、仮面の人物と同等の実力しかないと思い込むのは自殺行為だ。

 仲間のいない状況でやるべきことではない。

 

「ごめんなさい。逃がしました」

「いや、あれを捕まえるのはそもそも無理があった。撃退してくれて助かった」

 

 アイズの謝罪に【ガネーシャ・ファミリア】の団員が答えた。

 意気揚々と助太刀に来たアイズとしては不甲斐無い限りだが、そう言ってもらえると助かる。

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 その時、ベルがアイズの前に出てきて頭を下げた。

 霧の中でも分かってしまうほど顔が赤い。そんなに怖かったのだろうか。

 

「いつも助けてもらってばかりで、本当に情けなくて……えっと、ありがとうございます‼」

「ううん。私たちも何回も助けてもらったからお互い様。遅くなったけどリヴィラでも助けてくれてありがとう」

 

 リヴィラではあんな態度を取って逃げられてしまったばかりだから、こうして話せることがすごく嬉しい。

 微笑むアイズにベルは更に顔を赤くする。

 そんなベルの両肩をアイズはぐわしと掴んだ。

 

「へ?」

「それで幻のジャガ丸くんは何処に?」

「何故?」

 

 とぼけた様子だがアイズは誤魔化されない。

 【ジャガ丸・ロワイヤル】の当事者の一人である鍛冶師(スミス)に事情を聴いたアイズは、その場にいた全ての鍛冶師たちを魅了したジャガ丸くんを持ってきたのが白髪赤目のヒューマンの少年だったという情報を入手した。

 そんな特徴的な外見の人物の特定など容易い。

 

 早速【アイアム・ガネーシャ】に突撃したアイズ。

 バイトに行くところだったヘスティアと「ベルは何処ですか」「なにぃ何某までも争奪戦に!?」「そうです。ベルの居場所を教えてください」「ふざけるな! これ以上の参戦は認めないぞ! あの子はボクんだぞ‼」「なら力づくで」「ッアーー!?」と言う会話を繰り広げ、零能の身でありながら遂に情報を吐かなかったヘスティアの遅刻が確定しつつ、隣にいた顔に傷がある男性から今はダンジョン探索中だと教えてもらい、追撃。

 

 何だか思った以上に深く潜っていたベルをようやく見つけ出したのだ。

 仮面の人物をしばいたのはあくまでついで。本命は幻のジャガ丸くん。

 

「あ、アイズさん?」

「せめて一口だけでも……」

「いやそうじゃなくて……もうないんです。それ」

「ガーン」

 

 怪人(クリーチャー)の攻撃ではびくともしなかったアイズは、ベルの一言によって崩れ落ちた。

 最早全てが空しい。急速に活力を失い、もと来た道を戻る気力すら失せる。

 その時、ベルのパーティーに新顔がいることに気が付く。

 

(黒いすすに汚れた着衣……あれは【ゴブニュ・ファミリア】の鍛冶師の人たちと同じ……鍛冶師?)

 

 その瞬間、アイズの脳内で様々なピースが組み合わさる。

 ベル・ジャガ丸くん・ベルのパーティー・【ヘファイストス・ファミリア】の下級鍛冶師。

 彼女の所属する派閥の団長並(自己評価)に回転した脳細胞は一つの結論に辿り着いた。

 

「貴方が……っ」

「は?」

「貴方がジャガ丸くんを独占してっ‼」

(何故バレた)

 

 自分が一人で全部食べたことを知られたら、絶対に面倒なことになると霧と同化しようとしていたヴェルフ。

 あっさりと隠し事を看破され、冷や汗を流した。

 

「ずるい……私は食べれてない……のに……」

(あ、俺死んだ)

 

 メラメラと嫉妬(ジェラシー)を燃やすアイズ。

 親の仇を見るかの如き第一級冒険者の眼光に、レベル1が耐えれるはずもなく、哀れなヴェルフはしめやかに失神した。

 いいアイディア浮かんだのにこんな死に方なの?ここから俺とベルの大冒険始まるんじゃないの?

 これがヴェルフの最期の思考だったと言う。

 

「いや最期じゃだめですから!起きてくださーい!?」

 

 慌ててヴェルフに駆け寄るリリ。

 天界に旅立とうとしているヴェルフの魂を引き戻さんと尽力する。

 馬乗りになってパパパパパンッと往復ビンタしている姿は止めを刺しているようにも見えるが、眷属は頑丈だし、アレが適正なのだろう。多分、きっと、メイビー。

 

「え、えっと……そのうち味のもとのもとがまた貰えるかもしれないので、そうなったらアイズさんに」

「対価は?」

「え? 僕たち助けてもらいましたし、それで……」

「それはジャガ丸くんの情報を貰う対価。幻のジャガ丸くんを食べさせて貰える対価には釣り合ってない」

「えぇ……」

 

 契約内容の変更はマナー違反とリヴェリアも言っていたから間違いない。

 そうなると一体自分に何が出せるのだろう。

 お金では一体いくら払えばいいのか分からない。ドロップアイテムでも同様だ。

 むむむ……と頭をひねるアイズに先日のフィンの言葉が蘇った。

 

『ベル・クラネルが先日ランクアップしたらしい、色々と困っているだろうから先達としてアドバイスしてあげると良い』

(成程。私が戦い方を教えればいいんだ)

 

 違うよ?と突っ込むフィンはここにはいない。

 そもそもフィンはあくまでもおすすめの武具屋を教えるとか、その程度のつもりで言った言葉だ。しかしアイズには一から十まで手取り足取り教えなさいという指示に聞こえた。

 

 普段ならファミリアの積み重ねた経験と言う、お金では買えられない無形の財産の重要性をアイズも理解できただろう。しかし、ジャガ丸くんに浸食された今のアイズに常識は通用しない。

 フィンのお墨付き(勘違い)を貰っているアイズは、迷い無くそれを提案した。

 

「なら、戦い方を教えようか?」

「え?」

「教えてくれる人、いないよね」

「は、はい。そうですけど、でも……」

 

 あれこれと考えているベルだが、答えは既に決まっていることをアイズはよく理解していた。

 ここまで必死に駆け抜け続けてきた少年が、強くなれるこのチャンスをものにしないはずがない。

 少年は己の手を取り幻のジャガ丸くんを明け渡すしかないのだ。

 これで少年はさらに強くなり、自分は幻のジャガ丸くんを手に入れ、少年の強さの秘密を探れ、ちょっと気になっている少年と話すことができる。正にロキが言うところの『うぃんうぃん』と言う奴である。

 

 何という完璧な取引。この成果を出した自分が怖い。

 己には交渉人(ネゴシエーター)の才能があるのかもしれない。

 心の中の小さなアイズがムフーと胸を張る中、ベルはおずおずと。しかし、真っ直ぐな瞳でアイズに勢い良く頭を下げた。

 

「……ご、ご教授を、よろしくお願いいたします!」

「……うん、よろしくお願いします」

 

 決意を燃やすベル。

 むふふと顔が緩んでいるアイズ。

 半泣きでヴェルフの顔を叩き続けるリリ。

 そのせいで心なしか顔が赤く膨れ始めたヴェルフ。

 

 騒がしい四者を見守っていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員は、そんな光景を前に呟いた。

 

「いやぁ。酷いなコレ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 白い影が迷宮の床に転がっていた。

 細長い耳はそれがエルフと言う種族なのだと示している。

 だが、その肌に走る葉脈のような筋が少女がただのエルフではないことの証だ。

 

 病的なまでに白い肌。

 落ち窪む瞳は澱んだ深碧。

 濡れ羽色の髪は体を包むほどに長い。

 

「私は……」

 

 少女は元々自分が運がいい方ではないと自覚していた。

 こんな汚れた妖精になってしまったのだから当然だが。

 しかし、それでもなお、今日はひどく運が悪かった。

 

 格下の獲物(ターゲット)を殺せなかったこと。

 その冒険者の援軍に何故か剣姫が現れたこと。

 知りたくなかった秘密を知ってしまったこと。

 

 戻ってきた分身の残った不運を肩代わりしたように、少女はその後も様々な不運に見舞われる。

 

 情報を知って動転してしまい、その様子をアウラに目撃されたこと。

 そのまま逃げ込んだダンジョンで、錯乱したまま大きなバックパックを背負う猪人(ボアズ)の冒険者に突っ込み返り討ちにあったこと。

 弱ったところをモンスターたちに襲われたこと。

 

 何を悲劇ぶっている。自分がやったことの報いだ、と依存の対象が曇った今、ほんの少し正気に戻ったエルフの矜持が頭に響く。

 でも、そうだとしも、これはあんまりだ。

 いっそ殺してくれれば良かったのに。

 

(もうすぐ日が変わる。はやくホームに戻らなくては……)

 

 もう他の道などない。

 あの方の計画を完遂させることだけが自分の生きる意味だ。

 こんな自分を抱きしめ、美しいと言ってくれるのはあの(ひと)だけなのだから。

 歪んでいても、その愛は本物なのだから

 何より、自分は殺し過ぎている。どうして今更やめるなどと厚顔な真似が出来ようか。

 

 そう自分に言い聞かせても最早妖精は狂信者になれない。

 余りにも色々なことが起き過ぎた。

 心を覆う鍍金(メッキ)の依存を修復不能にするくらいに。

 盲目になることさえ否定された彼女は間違いなく不運だ。

 

「貴女は、フィルヴィス……さん?」

 

 ならば、これも不幸なのか。

 この時、この場所で、汚れた体を見られたことも。

 汚れた心を包んでしまえる山吹色の髪を持つ少女と出会ってしまったことも。

 少女……フィルヴィス・シャリアにとっては不幸だったのか。

 

 日時の狭間。

 今日と昨日の曖昧な輪郭の中で、運命は再び変わる。




 やばい、アイズ書くの超楽しかったです。

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