ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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試練生誕

 カリカリとペン先が書類の上を滑る音が時折聞こえる書庫。

 オラリオのあらゆる情報が内包されたギルドの知の宝物庫で、ベルとエイナは恒例のダンジョン講習を行っていた。

 

「それじゃあおさらい。上層と中層の主な違いは?」

「遠距離攻撃を加えてくるモンスターと、モンスター出現までのインターバル……あ、後は中層後半から出現する地形的罠(フィールドトラップ)です」

 

 エイナの出す問題に目を瞑りながら、必死に記憶のノートを掻き分けて答えを絞り出すベル。

 その答えに満足げに頷くエイナは、己の持つ中層域に関する資料に目を落とした。

 

(よく勉強している。流石に実地で経験しなきゃ実感までは得れないだろうけど、十分すぎるくらいに知識は詰め込めた)

 

 満点とはいかないが、及第点は超えるくらいの返答ができる程度には知識の消化も進んでいるようだ。

 ランクアップして慢心するようになり、ダンジョンの知識を学ばなくなることを危惧することを懸念していたエイナとしては、むしろ以前以上に学ぶことに貪欲になっていることは素直に喜ばしい。

 

(多分、きっかけはアーデ氏だよね)

 

 リリルカ・アーデを救うためにたった一人で挑んだ無謀な戦い。

 後から事の詳細を知らされた時は、眩暈を覚えた程に絶望的な戦いを切り抜けたベルは確かに成長している。

 

 体もそうだが、冒険者としての心構えが。

 

 準備を怠らなくなった。

 今までも備えることをしていなかったわけではないが、ランクアップしてから今まで以上に慎重に可能性を模索するようになっている。

 

(……どんな戦いをしたんだろう)

 

 【ソーマ・ファミリア】との戦いについての詳細をエイナは持たない。

 ベルは誰に相談することもなく、戦ってしまい、事後報告で一連の流れを語ったに過ぎなかったのだから。

 

 分かっているのは当時レベル1だったベルが、レベル2のザニスを破ると言うジャイアントキリングを達成したという事だ。

 俄かには信じがたいことだが、ひみつ道具を使ったと思えば納得はできる。

 今までベルを救ってきた異世界のマジックアイテムの有用性は、彼の担当アドバイザーであるエイナも知るところだ。

 

 力関係を覆す規格外が出てきた可能性は高い。

 

(ただ……今回の戦いでランクアップできたって言うのが引っかかるんだよね)

 

 神の恩恵は敵を倒せば強くなると言った便利なものではない。

 己を賭け、冒険に挑まなければ器の昇華などできないはずなのだ。

 少なくとも、強力なひみつ道具を当てただけでは大した経験値(エクセリア)は手に入らない。

 器の昇華を果たしたという事は、それ相応の苦難があったという事で……エイナとしては素直に褒めたくはないのだ。

 

 無茶が必要な場面もあるだろう。それがダンジョンだ。

 しかし、無茶をし過ぎた結果、それが当たり前になって引き際が分からなくなるという事だけは避けなければならない。

 

「ベル君はこれからどうしたい? レベル的には中層は既に適正階層になるけれど」

「いいえ。暫くは中層への進出は見合わせようと思ってます」

 

 探る様な目付きで尋ねたエイナの問いに首を振るベル。

 これまでの少年の傾向からして、すぐにでも中層に行きたいと言い出すと考えていたエイナは思わず面を食らってしまう。

 

「防具もまだ間に合わせですし……僕と契約を結んでくれたクロッゾさんには色々と試したいものがあるそうなので、一通り試してからにしようと思います」

「クロッゾ氏って言うと例の【ヘファイストス・ファミリア】の……?」

 

 現在ベルが愛用している防具の作成者が、新たなパーティーメンバーとして加わっていることはエイナも聞いていた。

 あの日、ベルが一目惚れしていたアーマーの鍛冶師(スミス)の登場に、世間の狭さを感じていたものだ。

 エルフの血を引く身としてはクロッゾの名に僅かばかり思うものがあるが、ベルのアドバイザーとしては身元がはっきりしている新メンバーは大歓迎である。

 

「はい。最近ちょっと戦い方を見直したりもしていますし、リリも中層に向けて準備したいことがあるそうなんです。だから、今は中層へ行く前の準備期間にしようと思います」

「新しい武具ってそう簡単にできるものなの?」

「ちょっと突飛なアイディアだけど、難しすぎる物にはしないって言ってました」

 

 既に材料集めのために探索している階層も調整しているらしい。

 ドロップアイテムは見つけるのが大変で、長丁場も覚悟していたらしいが、妙にベルの倒すモンスターからドロップアイテムが出るおかげで、むしろ当初の予定より早く出来上がるかもしれないらしい。

 

「うん、安心した。ちゃんと階層を増やす前に準備ができるのはいいことだよ」

 

 ベルのこれまでの戦いは色々なことがありすぎた。

 ここはじっくりとベルの冒険者としての基礎を築き上げる時間という考えには同意する。

 

「最近は君も大変だったからね。用意ができるまでは闇派閥(イヴィルス)にも関わっちゃダメだよ」

「あはは……闇派閥(イヴィルス)は向こうの方から来ると言うか……」

「リヴィラの街の一件はもう忘れた?」

「すいませんでした」

「アーデ氏の騒動も一歩間違えれば闇派閥(イヴィルス)が関わってきてたかもしれないんだよ」

「おっしゃる通りです」

 

 トラブルホイホイな体質によって、すっかり専属アドバイザーからの信頼を失っているベルはガックリと肩を落とす。

 ベルも流石に今のままだと不味いことは理解しているらしく、大人しくエイナの言うことを聞くつもりのようだ。

 

(【ガネーシャ・ファミリア】もこれ以上ベル君にあれこれさせないだろうし、この話はここまでかな)

 

 闇派閥(イヴィルス)に関しては、ベルの言う通り向こうが勝手に暴れまわるのだから、巻き込まれたことを文句つける気はない。あくまでもベルは被害者なのだから。

 とは言え、こう何度も闇派閥(イヴィルス)と関わって、彼らの危険性に麻痺してしまう可能性もある以上、必要ないとは思っているが釘を刺さずにはいられない。あれは関わらなくていい存在なのだと。

 

「ランクアップして色々と見えてくる物も増えたと思うけど、君の手には限界があることは変わらないからね」

「はい。僕も今までみたいにとんとん拍子でいつまでも続くとは思ってません。『冒険者は冒険しない』ですよね」

 

 エイナが度々使う言葉を口にするベルに、エイナは満足そうに頷く。

 平和とは新たな戦いに向けた準備期間だとある者は言う。非常に意地の悪い言葉だが、今の静かな時間がいつまでも続くなど、エイナも考えていない。

 

 ベルが新たな戦いに向けて力を蓄えているのなら、エイナもアドバイザーとしてできることをしなくては。

 差し当たって、気になるのは己が所属する機関……ギルドの動向だ。

 

 ベルによると【ロキ・ファミリア】の団長である【勇者(ブレイバー)】は、ひみつ道具目当てに接近してきているらしい。闇派閥(イヴィルス)もベルを抹殺する派と利用する派で分裂しているが、ベルのことを強く意識しだしていることには変わらない。

 

 こうなるとギルドが今だノーリアクションなことが気になる。

 レアアビリティ・レアスキルにはひどく敏感な組織なはずなのに。

 エイナも上に【四次元衣嚢(フォーム・ディメンション・ポーチ)】を隠しているとはいえ、探りが全くないのは不自然だ。

 ギルド長はオラリオを管轄している以上、冒険者たちの噂にも敏感なはず。

 呼び出し程度なら覚悟していたのだが。

 

(それとも、もうとっくに監視されている?)

 

 だとすれば厄介だ。

 ギルドの政治力は一受付嬢のエイナの手に余る。

 今もどんなちょっかいがかけられているのか分かったものではない。

 

 その時、ベルのペンがするりと床に落下した

 

「あ」

 

 思わず出したベルの声に何人かの職員が振り返り、あぁまたかと言う顔で視線を書類に戻す。

 落ちたペンを拾うベルは居心地が悪そうだ。

 

「大丈夫?今日は良く落ちるね」

「す、すいません……」

「気にしなくていいよ。机が傾いちゃってるのかな?」

 

 そう話している間にも転がり始めるペン。

 今度は落ちる前に気が付いたベルが阻止しようとするが。

 

 ギュンッ!

 

「わっ」

(急加速した!?)

 

 ベルが動き出すと同時に回転を増すペンは、ベルの手をすり抜けて再び落下する。

 幸い、書庫室には絨毯が敷かれているので音はならないが。

 これが無ければ音がうるさくて周りから白い眼で見られていただろう。

 

(あれ? ここって絨毯なんかあったっけ?)

 

 ふと疑問を覚えるエイナだったが、恐らく自分の知らない間に模様替えがあったのだろうと納得する。魔法陣とそこに潜む猫と言う、かなりいいデザインの逸品であるし、他の職員からも好評だった。

 

 もう一度拾ったペンが三度まわりだし、ベルが半泣きになってそれを止めると言う光景を眺めながら、エイナは透明人間が悪戯しているみたい、と呑気な感想を持つのだった。 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ダンジョンは広大な人知を超えた魔境。

 常識ともいえるこの知識を冒険者は誰しも一度は疑う。

 それは大人数のパーティーすら通行可能な『始まりの道』を抜けた先にある、岩盤の空洞のせいだ。ごつごつと四方を囲む岩盤は監獄の様で、頭が天井にぶつかる、と言ったことなど有り得ないほどに大きな通路は閉塞感に満ちている。

 

 おまけに薄暗い。

 光源が乏しいこの階層は、古ぼけた廃坑のような不気味さを醸し出す。

 

 そんな、代り映えのしない風景に参ってしまう新米冒険者は数知れず、初期の冒険者が先達やアドバイザーの助言を無視して階層を増やそうとするのは、そんな息苦しさからの逃避なのかもしれない。

 

 『岩窟の迷宮』と称される上層から中層序盤は、都市の大半の冒険者の活動範囲(フィールド)であるため、多くの冒険者たちにとってなじみ深い風景だ。

 現在は都市最強と謳われる頂天(ちょうてん)たるオッタルも例外ではなかった。

 

(この階層も久しいな)

 

 まだ団長ではなく、まだ自分以上の先達の背中を追いかけていた少年時代。

 オッタルは未熟だった当時の情景に想いを馳せた。

 迷宮で雑念を持つなど自殺行為、他の冒険者にとっては噴飯物の愚行だが、オッタルは許される。

 何故ならオッタルにはこの階層モンスターなど姿を見せることは無いからだ。

 警戒は無意味。仮に襲ってきたとしても、次の瞬間にモンスターが壁の染みになっているだけである。

 

 本来ならば適正にまるであってない階層。

 この階層に存在する全てのモンスターを根絶やしにしたところで、オッタルの熟練度(アビリティ)の数値は微動だにしないだろう。

 それなのに彼が姿を見せたのは、偏に女神の命を遂行するため。

 

(ベル・クラネルの新たな試練か)

 

 今までフレイヤの奔放な性格を見てきたオッタルとしては、今までよくちょっかいを出そうとしなかったものだと意外な気持ちだ。

 同時に、常とは違うフレイヤの対応に何処か期待する気持ちも湧き上がる。

 

(……いや、この段階で出すべき答えではない)

 

 フレイヤの真の願いに薄々勘づいているオッタルとしては、少年の飛躍は複雑な思いがありつつも賞賛すべきものだと考えている。

 才無くあそこまでの過酷を己に押し付けられるものはそういない。

 過酷であらざる得なかったオッタルとは違い、少年の歩む道は正真正銘彼自身の選択の結果だ。

 

 そんな少年に相応しい試練を用意するのが今回のオッタルの役割であるが、これが中々の難題だった。

 既に少年は冒険を乗り越えている。

 そんな彼に思考停止したまま、ただ強敵をぶつけた所で先の戦いの二番煎じになるだけだ。

 

 乗り越えた先に成長が無ければ試練ではない。

 それがオラリオ唯一のレベル7まで至ったオッタルの考えだ。

 当初はバグベアーでも用意しようかと考えたオッタルだが、その先に少年が得るものは無いと考え至り、より残酷な敵を用意するに至った。

 

(フレイヤ様から聞いたベル・クラネルの傷……原初の泥は未だ拭えてはいない)

 

 ザニス・ルストラをひみつ道具に頼らずに打ち破った偉業は見事なものだ。

 しかし、それは単に使えるひみつ道具がなかったという事。

 あの日のひみつ道具を打ち破られる恐怖は脳裏にこびりついたまま。

 

 汚点が残り続ける限り、その魂が真の輝きを放つことは無い。

 雪辱を果たした先にこそ、冒険者ベル・クラネルの真価はある。

 

 ベル・クラネルは最早弱者ではない。

 時間と共にいずれは汚れは削ぎ落されるだろう。

 それでも、早急なほどに彼に過酷を課すのは、誰よりも敗北の泥を舐めたオッタルからのベルへの信頼だ。

 女神すらも見通せない、オッタルだけが見抜いた少年の可能性。それを引き出す。

 

(……フレイヤ様は何故か拗ねておられたが、単に俺とベル・クラネルに共通点が多いというだけの話なのだがな)

 

 自身に使命を与える際のどこか投げやりなフレイヤの態度を思い出す。

 ある意味、女神以上に少年を理解していることが、フレイヤとしては面白くないようだ。

 オッタルとしてはお互いに汚点だらけと言うことなのだから、誇れることではないのだが。

 そうフレイヤに伝えると、それはそれは綺麗な笑顔で『それって共感すらできない私の嫉妬を分かって言っているのかしら?』と仰られた。多分ちょっと怒っていた気がする。

 もう一度あの子に薬を貰おうかしら? と爽やかにとんでもないことを言い始めた女神によく分からないが頭を下げたことを思い出し、苦笑した。最近のフレイヤは本当に退屈していない。

 

「……む」

 

 オッタルが歩みを止め、岩盤の壁を凝視する。

 途端に壁一面に罅が走った。モンスターの産まれ落ちる瞬間。

 日々の大きさからして目的のモンスター……ミノタウロス。

 この時まで何体もの猛牛型モンスターを選別していたオッタルは、直感的に探し求めた素材に辿り着いたことを悟る。

 

(こいつにするか……)

 

 ベル・クラネルの傷。

 ひみつ道具が通用しなかったというトラウマ。

 それを再現する。

 

 それがオッタルの試練。

 用意するのは過酷ないばらの道。

 横暴な神意に沿うように、理不尽な激励が少年に送られる。

 

 冒険しない者に殻は破れない。

 とあるハーフエルフとは対極の論をもって、女神の寵愛を受けた少年を洗礼する。

 

 やがて岩盤は崩落する。

 この地を主戦場とする冒険者が見たら、顔を青くして逃げ出す光景。

 それをみても武人は揺るがない。

 生誕と共に目の前の人類に襲い掛かる猛牛の角を片手で掴み、必殺の突進を受け止めた。

 

「やはり上々だ。お前を調教してやる」

『ウ゛ゥオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼』

 

 『岩盤の迷宮』を震撼させる咆哮が響く。

 オッタルは生誕したばかりのミノタウロスに教育を開始する。

 最強の刺客を完成させるために。

 

 始めに言おう。

 これは人が雄牛を倒すだけの物語。

 或いは人が雄牛に倒されるだけの物語。

 ──唯、それだけの物語。




 誰もがベルをひみつ道具が使える少年としてみる中、フレイヤとオッタルだけはひみつ道具の方をベルの付属品として見ているのかもしれません。

 あ……今話に出てきたフェルズはひみつ道具には興味なかった。ただ風評被害絶許と思っているだけだから。
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