雲一つない何処までも続く青空。
やわらかい風に包まれて、黄金の髪がふわりと宙を揺蕩う。
女神の隣にいても、決して見劣りすることが無いであろう、神秘的な美を醸し出す少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。
第一級冒険者として畏怖と羨望を一身に集める少女は、花のように艶やかな唇を開く。
「またやっちゃった……」
彼女が立つこの場所は市壁の上。
とある派閥の少年との訓練のために、早朝から訪れていた彼女は本日3度目となるK.Oを果たしていた。ぐてーんと転がる白髪の少年の頭の上には、クルクルと星が回っているようだ。
これでは訓練にならない。
初めに言っておくと、これは決してベルが悪いわけではない。
アイズと実力差があるからこそ、ベルはアイズに師事をしているわけであり、それを責められる謂れはないのだ。
ベルが気絶しているのはアイズが適切な指導を出来ていないことが大きいのである。
しかしアイズを弁明するならば、ベルはアイズの指導力不足を加味したとしても教えにくい人物だった。
それは指導を聞かないだとか、才能が無いという話ではない。
むしろ、ベルは教えられたことを素直に受け止めるし、才能もアイズが知る規格外たちほどでないにしても芽が無いわけではなかった。
問題はその成長性だ。
教導には自分の実力と相手の実力を見極め、相手に適切な難易度の課題を出す必要がある。
簡単すぎれば成長できず、難しすぎれば突破できない。その匙加減こそ教導力と言えよう。
しかし、ベルの実力は安定しない。
ムラがあるわけではない。彼は常にベストとは言いすぎだが、高水準に自身の力を発揮できている。ただ、その自身の力がどんどん強くなるのだ。
アイズの所見によればベルは天才とは言えない。
名前は忘れたが数年前に戦った彼と同じ白髪の女性のように、見ただけで相手の技を真似できるような才能の怪物ではないはずである。
(だけど、少しずつだけど、強くなってる)
呑み込みがいいとは言えないが、ベルはアイズとの訓練を通して確実に実力をつけている。
既に駆け引きの基礎を身に着け始めていたことも手伝い、今の彼を冒険者歴一ヶ月と見抜ける者はいないと断言できるほどに。ベルの冒険者としての器は形作られ始めた。
どんどんと力の上限が上がれば、アイズの指導力も間に合わなくなる。
結果、力が入りすぎて吹き飛ばすという事を繰り返してしまう。
(どうして、君はそんなに早く、強くなれるの?)
まだ眠り続けている少年に心の中で問いかける。
ベートの言葉は残酷だったが、ある種の正しさがあった。
アイズもあの時の少年が強くなれるかと聞かれれば、返答に困っただろう。
冒険者として頭角を現すのはあの状況下でも戦える人間。悪い言い方をすれば頭のネジが外れた人間だ。
それにしてはベルの感性は普通過ぎる。
勿論、
(この子の強さは私が知らないものが根底にある)
有り得ない速さでランクアップを果たした少年。
【フレイヤ・ファミリア】も彼を注目している節がある。
アイズは先日、ベルが
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「アイズ、ちょっといいかい?」
ベルとの訓練の後、ホームに戻っていたアイズはフィンの言葉にビクッと肩を震わせる。
アイズの暴走の末、ベルとの訓練を行うことになったことは既に古参の3人には知られていた。
フィンは己の額をつまみ、ガレスもため息をつき、リヴェリアは再教育を決意したあの日のことはアイズのちょっとしたトラウマだ。
「そんなに緊張しないでくれ。あの件に関して僕が口出しすることは無いよ。……僕は」
フィン以外で口出しする人はいるらしい。多分リヴェリアだろう。
散々怒られ、ファミリアの幹部としての自覚を叩きこまれたアイズは、暫くはリヴェリアを見かけたら逃げようと心に決めた。
「そうじゃなくて、ベル・クラネルについて君に伝えなければいけないことがある」
「ベル……?」
なんだろうと首をかしげる。
【ヘスティア・ファミリア】は新興派閥。ロキとヘスティアの仲の悪さ以外に団員として気を付けなければならない事があるのだろうか。
「あの少年……どうも【フレイヤ・ファミリア】と目を付けられているらしい」
「ベルが……?」
「ああ、どういう理由か分からないけど。九分九厘間違いないだろう」
フィンとベルが話した喫茶店で、フィンは少年を監視する冒険者の存在に気づいたという。
一目見ただけでその団員が彼の女神の派閥だと見抜いたのは流石勇者といったところか。
「【フレイヤ・ファミリア】に目の敵にされるようなことをしたの……?」
「僕が調べた限りでは接触はしたことがないようだ。向こうが身分を隠して接触していたら分からないけどね」
ベルと【フレイヤ・ファミリア】に接点が見つからずフィンも困っているのだという。
強いて言うなら、彼がよく通う店が元【フレイヤ・ファミリア】団員の店という事だが……
「その店で問題を起こしたと言うワケでもないようだ。どちらかと言えば店主には気に入られているらしいからね」
これはお喋りな
つまり、ベルが【フレイヤ・ファミリア】から敵意を持たれる理由はない。
「後は女神フレイヤの新しい標的かとも思ったけど……それにしては悠長すぎる気もするね」
狙った男はどんな手を使ってでも自分のモノにする。
それが女神フレイヤであり、【フレイヤ・ファミリア】の団員たちだ。
もし、ベルが気に入られているならば既に何らかの接触があってしかるべきだ。
尚更無関係だとは考えられない。
「まあ、あの女神は奔放と言うか、気まぐれと言うか……僕もはっきりその目的を見通せるわけではないから、断定はできないけど」
フィンはそう言うと表情を改めた。
【ロキ・ファミリア】の団長としての顔だ。
「アイズ、彼と接点を持てたことは僥倖だったかもしれない。彼が【フレイヤ・ファミリア】にされる立場なのは確かだ、後はそれが害意のあるものか……場合によっては好意であっても危険だ」
ベル・クラネルの規格外な力を欲するフィンからしてみれば、フレイヤの気まぐれで切り札を失うなど堪ったものではない。
そうでなくとも団員と交流を深め、いい方向に導いてくれた少年を見殺しにする気はなかった。
「いずれ必ず向こうからこちらに接触がある。大事にする気はないけど、最悪の可能性は考えてくれ」
最悪の可能性。
つまりは【フレイヤ・ファミリア】との争い。
抗争にまで発展するとは思えないが、フレイヤが何を考えているかは分からない以上は油断できないだろう。
闇派閥の危険性とフレイヤの機嫌を損ねるリスク。
天秤にかけた場合、僅かに闇派閥が勝るとフィンは結論付けた。
「戦いになるの?」
「ンー、どうかな、案外杞憂かもしれない」
ぺろりと、そう言いながらフィンは
アイズはそんな彼の様子を見て、気を引き締めた。
彼の親指が反応しているのなら楽観視は禁物だ。
ダンジョンで幾度となくその直感に助けられてきたアイズは、【フレイヤ・ファミリア】との衝突は可能性が高い。そう考えることにした。
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今日は日が暮れるまで訓練を行った。
丁度僕もアイズさんも予定がなかったから、前日の分を埋め合わせるかのようにみっちりと詰め込めたのだ。
まあ、それは僕がボコボコにされまくった時間がいつもより長かったともいえるけど。
「いやー、清々しいほどにボコボコだったねベル君‼」
一度、僕とアイズさんの訓練を見ておきたいと言っていた神様は何故か満面の笑み。
「これは脈なしだね。うん、間違いない」
(神様酷いです……)
本当に手も足も出なかった。
レベル6の冒険者にレベル2が勝てるわけがないのは分かっているけど、もうちょっとやれるとは思っていたんだけど。やっぱり目標にはまだまだ遠い。
「脈……? ベルは筋はいいと思いますけど……」
「あー、ボクが言っているのは冒険者としての素質の話ではなくてね? まあ、気にしないでくれたまえ」
「……分かりました?」
後、こういう会話は止めてほしい。
そもそもアイズさんってそういうことに興味ないんだなって分かっちゃうから。
前途多難だなぁ。
冒険者としても、恋の進展も。
訓練で良いとこ見せようにも、すぐに気絶しちゃうし。
これでカッコいい!とはならないだろう。
(と言うか石畳の上で散々転がったからか、頭が痛い。なんなら体中がギギギッって感じ)
日が落ちて、温度が下がっているからか、体中の痛みが気になる。
体を動かすたびに鈍い痛みが響くから困り物だ。これでは固体を保てないかもしれない。
まあ、流石は
多分、【耐久】がすごい勢いで伸びているんだろうな。
僕って基本的に足を動かして相手の攻撃を躱すのが戦い方だから、相手の攻撃を受け止める【耐久】は上がりにくい筈なんだけど、お得って思えばいいのだろうか。
そんな風に自虐していると、先頭を歩くアイズさんが口を開いた。
「無意識の防御」
「え?」
「今日の動きは、良かったよ。教えた通りの受け流し方だったし、体勢も反撃を意識したものになっていた」
「本当ですか!?」
「でも何某君は結局一撃も反撃されなかったじゃないか」
「えっと、それは……力加減を間違えて、その」
アイズさんの言葉に喜色を浮かべる僕だったが、神様の指摘とそれに対するアイズさんの返答にガックリと肩を落とす。
そうだよね。加減されてるんだよね。なのに反撃できてないんだよね。つらい。
「あのっ、君は悪くなくて、むしろ私が君の実力をいつも見誤っちゃうから……」
つまり思ったより弱かったという事ですね。
憧憬に言われるにはキツ過ぎる事実。
ちょっと泣きそうになった。
「……いや、何某君も大概だけど、ベル君もレベル2の動きじゃない気が。何あの変態アクロバティック」
神様が何かを呟いているが聞こえなかった。
女の子にいいとこを見せたくなるのが男と言うモノだ。
いや、眷属に男も女もないのは分かっているけど、やっぱり凹む。
アイズさんの持つ小型の魔石灯に照らされる通路は市壁内部の階段だ。
やがて出入口についた僕たちは、密室の湿った空気から解放されたことでほっと息を……
(……灯が無い?)
その時、異変に気が付く。
星の光で辛うじて足元は見えるかと言った暗闇。そんな時間に街の魔石灯がない?一つも?
そもそも人を見かけない。遅い時間とは言え、ここは世界の中心オラリオ。休み知らずの都市だというのに。
弾かれたようにアイズさんの横顔を見る。
その顔は既に剣士のものだった。
遅れてベルもナイフを抜き、構える。
不自然な暗闇、まるでない人の気配。
求められる答えは何者かの襲撃だ。
「うわっ!? ベル君!?」
神様を背に庇う。
第一級冒険者たちとは違い、僕に気配の有無など分からない。
だから、兎に角変化に敏感になる。
敵の初動に気が付かないと……っ。
僕の焦燥を嘲笑うかのように敵はあっさりと姿を現した。
コツコツと石畳を叩く金属質な
闇と溶け込むような漆黒の防具・インナー・バイザー。
頭部の猫耳からして
(一人? なんで馬鹿正直に?)
不意打ちの優位を捨てる意味が分からず、困惑する。
だがその答えはすぐに分かった。
その姿がブレる。
次の瞬間、漆黒のバイザーが僕の目の前に現れた。
「っ!」
僕の十八番を奪う圧倒的【敏捷】アビリティ。
反応できない。
冷たい光を宿す槍の切っ先が、僕の胸部を貫いた。
その瞬間、ベルの体はバシャリと溶ける。
水のように不定の存在となったベルに物理的な攻撃は通じない。
「マジックアイテムかっ!」
悪態をつく
事前の打ち合わせ通りの動き、
そこに四方から現れた4人の
逃げ場などない完璧な連携。
アイズは為す術もなく連撃を叩きこまれ、霧散した。
「またか!?」「こんどは霧だ」「神も使っているのか?」「警戒を」
気体は瞬時に個体に戻り、再び【剣姫】がその姿を見せた。
場所は
「ふっ!」
「くっ……!?」
紙一重で回避するも、その代償にバイザーが音を立てて壊れる。
琥珀の瞳が露になる中、アイズは欲張ることなく距離を取った。
「やっぱり、【
「テメェ……」
フィンの助言を受けていたアイズは、道中に【フレイヤ・ファミリア】の襲撃を受けることを警戒し、今日ベルが持ってきていたひみつ道具【サンタイン】で備えていた。
一杯食わされたことを理解した襲撃者は忌々しそうにその顔を歪める。
「どうしてベルを狙うのか、聞かせてもらう」
「のぼせ上ってんじゃねぇよ! 人形女‼」
ロキとフレイヤ。
最強派閥同士が今、ぶつかり合う。
怒りの王子はチート。
平成の重みでしか倒せません。
冗談はさておき、ここで顔バレした【フレイヤ・ファミリア】。
この変化はどのように影響するでしょうか。