ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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サンタインの誤算

 激しい戦闘を繰り広げるアイズと【フレイヤ・ファミリア】。

 暗い街に度々火花が散り、剣戟の音が響く。

 都市を代表する第一級冒険者が戦う横で、ヘスティアはひみつ道具を入れたバッグに飛び散った液体を吸い込ませていた。

 

 猫人(キャットピープル)の攻撃を受けたベルが液体から戻らないのだ。

 既に5人はアイズとの戦いに移行している以上、隠れている必要は無い筈なのにである。

 嫌な予感がしたヘスティアは、街に降りてくるまでのベルの動きづらそうな様子から、元の固体に戻れなくなっているのではないかと察し、慌ててベルだった液体を集めていた。

 ある程度液体を拭き取ったバッグを絞る。

 

(これで上手くいってくれ……)

 

 何の確証もない行動だったが、液体は一つに集まり少年の体を構成する。

 固体化を果たしたベルは息を切らしながら膝をついた。

 

「あ、ありがとうございました」

「ベル君、大丈夫かい?」

「なんとか……ちょっと体が軽くなった気がしますけど」

 

 ひみつ道具・サンタイン。

 その名の通り、固体・液体・気体と言う三態に変化することが可能になるこのひみつ道具は一見すると無敵のひみつ道具だった。

 しかし、その使い勝手はかなり悪い。

 

 まず、効果は一時間しか持たないという事。

 この制限のおかげで液体化したゴブリンも何とか対処することができたわけだが、いつ襲ってくるか分からない襲撃者のために飲んだものだったため、後数十分で効果は切れる。

 だが、それはまだいい。戦闘がそこまで長引くことはあまりないのだから。

 

 問題はもう一つの弱点だ。

 液体・気体と言う状態がベルたちの想像以上に不安定だったのである。

 本来は、アイズが襲撃者を攻撃している間にベルが魔法で援護し、人目を呼ぶ作戦だった。

 

 しかし、槍で貫かれた衝撃でベルは四散し、自力では戻れない状態に。

 ヘスティアの助けで戻ってみれば、襲撃者のヘルムが割れて正体が露になっている。

 襲撃者が【フレイヤ・ファミリア】だったのは驚きだが、それ以上に彼らが撤退しないことが想定外だ。

 

「アイズさんが霧になってるのに、どうしてまだ戦おうとして……」

 

 ベルの援護により人目につかせるというのは保険策のようなものだった。

 普通、攻撃がすり抜ける相手に勝ち目がない戦いを続けるはずがない。

 実際にはそう便利な力ではなかったが、それは使用しているベルやアイズにしか分からないことだ。

 

 勝ち目がないと分かれば撤退する。

 それが作戦の前提だったのに、見事に覆ってしまった。

 

「多分、正体がバレたからだと思う」

「え?」

「ロキもフレイヤもオラリオの最強派閥。敵になりえるのがお互いしかいない状況だ。分かりやすく言えばライバルって奴だろうね」

 

 ただし、ライバルと言っても綺麗な汗を共に流して切磋琢磨という爽やかな感じではなく、隙あらば足ひっぱって蹴落としてやるぜ的なライバルだが。

 ゼウス・ヘラを追い出す時や暗黒期には協力していたらしいが、基本的には犬猿の仲だ。

 

(ゼウス・ヘラって誰だろう……?)

「さて、そんな仲の悪いファミリアの幹部同士が激突しました。ちなみに5対1です。女の子を男が寄ってたかって攻撃してます。傷一つつけられずに返り討ちに会いました……どうなると思う?」

「……アイズさん、【ロキ・ファミリア】の武勇伝が増えて、【フレイヤ・ファミリア】は看板に泥を塗られたことになります」

 

 よく、オラリオの住民の間では最強の二大派閥のどちらが強いかと言う話題は度々耳にする。

 最強議論が展開されるという事は明確には力の差が分からないという事だ。

 それだけ拮抗しているからこそ、今のオラリオの状態がある。

 

 そこでアイズ一人で【フレイヤ・ファミリア】の幹部5人を退けたという情報が入ればどうなるか。

 実態はどうであれ、人々の中で【フレイヤ・ファミリア】より【ロキ・ファミリア】の方が強いという認識が生まれかねない。

 それは面子商売ともいえるファミリアにおいて無視できないことだ。

 

「【フレイヤ・ファミリア】の傘下は多いし、信者(ファン)も多いけど、同じくらい敵対者(アンチ)もいる。そんな連中は間違いなく今回の件でフレイヤを揶揄する。イシュタルなんかはもう嬉々として」

 

 所詮は一時の流れだ。フレイヤは気にしないだろう。

 だが、ファミリアの団員たちはどうか。

 主神を信仰し、彼女のために全てを捧げる彼らが、自分たちの行いによって女神の顔に泥を塗る真似を許容できるか。

 

「だから彼らは退けない。一方的にやられたわけではなく、痛み分けに終わらないとフレイヤを汚してしまうから」

 

 女神の眷属の意地と言ってもいい選択肢。

 合理性の欠片もない答えが、その実、ベルたちを追い詰めていた。

 

「謎の襲撃者のままならこうはならなかったけど、正体が露になったのが今となっては痛かった」

 

 アイズを責めるわけではない。

 【フレイヤ・ファミリア】の幹部が相手なら手心を加える余裕などなかったはずだ、見せた隙に飛びつかなくては押し切られる。今回は偶々見せた隙が双方にとって最悪だっただけ。

 

(不味い、僕の液体化ほどじゃないけど、アイズさんの気体化もリスキーだ。このまま弱点に気が付かれたら押し切られる)

 

 幸い液体化ほどわかりやすい弱点ではないから今はバレていない。

 だが、第一級冒険者ならば気体を吹き飛ばすほどの攻撃を放つなど朝飯前のはず。ベルのようにレベル2程度の力しか持たない眷属とは違う。

 アイズが空中に浮かび、付かず離れずの距離を維持しているおかげで迂闊な一撃は放って来ないが、いつまでも続くわけではないだろう。

 

(こっちがあの5人を倒すのは無理だ。攻勢に出たら間違いなく向こうも全力の攻撃を仕掛けてくる)

 

 そうなればこちらの綱渡りに気付かれる。

 かと言ってこのまま攻勢に出なければ違和感を持たれる。

 

「どうすれば……いや」

 

 ここでベルは発想を戻した。

 向こうに退いてもらえればいい。

 ハッタリをかまして退かなきゃいけない。否、退いていいと思わせる。

 

「神様。【フレイヤ・ファミリア】が退かないのはこっちが数で負けているからですよね」

「うん。同格に無様は見せられないってことだ」

「なら、数でこっちが上回れば、撤退しますか?」

 

 ベルの言葉に一瞬ヘスティアは虚を突かれ、すぐにあるひみつ道具を思い出して思考する。

 

「……何某君に使えば、或いは」

「僕じゃダメですか?」

「レベルが違いすぎる。どんな条件だろうと格下相手に撤退するのは醜聞だ」

 

 ヘスティアの言葉に頷いたベルは先ほどヘスティアが持っていたバッグを受け取り、中からひみつ道具を取り出す。

 現れたのは素朴な槌と細長い布地にチャックの意匠があしらわれたアイテム。

 

「神様は念のためここで隠れてください。僕は反対に行きます」

「ああ、気を付けるんだぞ」

 

 ヘスティアの言葉に頷き、駆けだす。

 一か八かのハッタリをかますために。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 空中に飛び掛かる4人の小人族(パルゥム)を空を泳ぐように躱すアイズ。

 余裕とも取れる彼女の大きな動きに猫人(キャットピープル)……アレン・フローメルは舌打ちした。

 無表情のまま頭上に陣取られるこの状況は、プライドの高い彼には我慢ならない事態だ。

 

 近くの建物を何度も蹴り、三次元的軌道でアイズとの距離を詰める。

 それに対し、チラリと一瞥したアイズはすぐに興味を失う。

 血管が浮かび上がるほどの苛立ちを感じ、槍を振るうアレンだが、第一級冒険者としての判断はその攻撃の結末を冷静に予期した。

 

「っんとに、面倒くせぇアイテムだっ!」

 

 華奢な体を両断する勢いで振るった槍に手応えはない。

 霞を相手取るなどと言う前代未聞の体験をしている彼は、この規格外のマジックアイテムを有し、今も己の主神の関心を独占する少年への殺意を滾らせた。

 当の少年からすれば堪ったものではないとばっちりだが、アレンからすればベルは厄そのものだ。

 

「使えない駄猫め」「猫のくせに猿みたいにピョンピョン飛び回るな」「何が戦車だ。荷車からやり直せよ」「襲撃してすぐ顔バレとか恥ずかしくないのか」

 

 それ以上に癇に障るのが同僚なのだが。

 普段からうざったいことこの上ない四つ子だが、攻撃材料を経た今は通常の3倍ウザイ。

 

「元はテメェらが作った隙のせいだろうが!」

「近くにいたお前が悪い」「死角からの攻撃ぐらい対処しろ」「敏捷型のくせに足止めんな馬鹿」「足と違って頭の回転は悪いなお前」

 

 ああ言えばこう言う。それが×(かける)4である。

 この仲の悪さで連携など望むべくもない。

 アイズはそれをうまく利用して、アレンと四つ子を互いに邪魔させるよう立ち回っている。

 つまり、お互いからしてみれば仲間どころか邪魔をしてくる障害物だ。

 

(こいつらは後で殺す……それにしても、【剣姫】は妙だな)

 

 アレンは四つ子と口喧嘩しつつも現状把握に努めていた。

 状況は圧倒的に【剣姫】が優位、当初はそう判断していたアレンだが、ここにきて疑念が湧く。

 

(あのバトルジャンキーにしては静かすぎないか? 俺たちと大事にはしたくないっつう考えかもしれねぇが、何故この優位な状況で攻勢に出ない。魔法を使わないのはそう言った拘りがあるんだろうが)

 

 【剣姫】は対人戦で(エアリエル)を使わないのは有名だが、多対一のこの状況でそれにこだわり続けるだろうか。

 それよりは何らかの制限がかかっていると考えた方が自然だ。

 そこに勝機が見えるとアレンは第一級冒険者としての勘で導き出す。

 後はその条件を炙り出すだけだが。

 

 この四つ子と仲良く共闘などできない以上、思うように動けない。

 

「何が『四人揃えばいかなる第一級冒険者にも勝る』ガリバー兄弟だ。蹴散らされてんじゃねぇか雑魚ども」

「「「「あ゛? オマエからコロスゾ?」」」」

「やってみろチビ」

 

 火花散る高速戦闘中も罵詈雑言を忘れない彼らは、もはや当初の目的……ベルの現在の戦力評価を完全に放棄していた。こうなった以上、それどころではない。

 女神フレイヤの眷属がロキから逃げ出すなどあってはならない恥辱だ。

 せめて一撃入れなくては、女神の威信に傷がつく。

 

 今の最優先は【剣姫】。

 レベル2のベルは後回し。

 それゆえに彼らはベルの動きに気が付けなかった。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 少年が魔法を咆声する。

 予備動作が無い無詠唱魔法は最速の攻撃。とは言え、レベル2の魔力では彼らに碌なダメージを与えられない。

 そう、一発だけならば。

 

 辺りの壁中にずらりと生えている無数の手。

 白い手甲に包まれた腕は見覚えのあるモノだ。

 

(ベル・クラネルっ、またマジックアイテムか!)

 

 暫く液状から戻らないままだったことから、有効なアイテムを持っていないのかと踏んでいたが外れらしい。

 夜中に街中あちこちからにょきにょき白い腕が生えている光景は、何も知らない一般人が見たらトラウマものだろう。

 そこから一斉に放たれる炎など、何の冗談だと言いたくなる非常識的な光景だ。

 流石に街中という事もあって威力はこけおどしのようなものだが、こんな弾幕の中で空中戦などやっていられるはずがない。

 

「……だが、単調だな」

 

 一見豪快に見える攻撃だが、腕だけが突き出ているためか狙いは荒かった。

 アレンもガリバー兄弟も数秒でリズムを把握し、空中戦を再開しようとする。

 

 しかし、その数秒こそベルが望んだものだった。

 アイズとの訓練で得た集中の分散は大きな隙になるという事実。

 それを相手に押し付ける駆け引きはアイズにひみつ道具を受け渡す隙を作り出す。

 

「アイズさん! ハンマーを‼」

「!」

 

 ベルの言葉を瞬時に理解したアイズが突き出る腕の一つ。

 唯一魔法を撃っていない腕に近づきトンと叩いた。

 それを合図に腕を引っ込めたベルは、すぐさま腰に掛けた槌を持って壁に付けたチャックの中に再度腕を突っ込む。

 それこそがこの無数の腕を作り上げたひみつ道具である。

 

 受け取った槌を自らの頭に振るうアイズ。

 そして起こった異常事態にアレンは目を見開く。

 

「【剣姫】が増えただと……」

 

 闇夜に生える金の長髪が二つ。

 全く同じ顔、同じ装備のアイズがひみつ道具を使ったアイズから現れる。

 分身したアイズは驚愕するアレンを急襲した。

 

「ふっっ‼」

「くっ……!?」

 

 飛び散る火花は先ほどまでのものと遜色ない。

 その身から迸る【剣姫】の闘気に陰りなどありはしない。

 

(こいつっ、身体能力(ステイタス)も【剣姫】と同じだと……っ!?)

 

 数合の斬り合いの後、上空に浮かび上がった分身したアイズ。

 元のアイズに並び立った彼女は先ほどと全く同じ動きで頭を叩く。

 

 2人から4人に、4人から8人に、8人から16人。

 いつの間にか数の優位を覆してしまったアイズが16本の剣先を【フレイヤ・ファミリア】に向ける。

 金の剣士たちに囲まれるアレンたちは、ここから自分たちの逆転が不可能に近いことを認めざる得なかった。

 

「ふわぁぁぁ……なんだよこんな時間にバカスカとって、なんじゃこりゃ!?」

「ひいいいいい!? 手が!? 手がいっぱい!?」

「あ、【剣姫】だ綺麗だn……なんでいっぱいいるんです?」

「なんか【剣姫】浮かんでる!?」

 

 騒ぎを聞きつけた住民たちが集まってしまった。

 あれだけ魔法(ファイアボルト)を乱射していたのだから当然だが。

 衆目が集まってしまったことを苦々しく思うアレンだが、これで撤退の理由が与えられたことに気が付く。

 

(これだけの第一級冒険者に囲まれた状況なら、逃げることは恥じゃないってか……ふざけやがって)

 

 アレンはベルの意図を正確に理解する。

 手心を加えられたのだ。

 襲撃者が、襲撃された者から。

 特大の屈辱に槍を握る手を震わせるが、ここでその意図を無視して暴れまわることのメリットとデメリットを天秤にかけ、彼は飲み込むしかなかった。

 

「……餓鬼のマジックアイテムに助けられたな」

 

 【フレイヤ・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】に負けたわけではないと、自分たちは出鱈目なマジックアイテムを警戒して退くのだと住民に説明する。

 物語の三下の方がまだましな負け惜しみを吐いてると心の中で吐き捨て、アレンはガリバー兄弟を連れて撤退した。

 

(このことは忘れるな)

 

 ベル・クラネルに、【剣姫】に、なにより不甲斐無い自分自身に。

 憤死しそうなほどの熱を腹の底に感じながら、アレンは二度と過ちを繰り返さないために己に過酷を課すことを誓う。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

「……危なかった」

 

 住民に騒ぎを起こしたことを謝り、その場を後にしたベルたち。

 街が落ち着きを取り戻し、静寂の時間が戻った時、ポツリとアイズは口にした。

 

「すいません。サンタインにこんな弱点があったなんて……」

「ひみつ道具を使おうと提案したのは私。こっちも御免なさい。君を危険にさらすところだった」

 

 サンタインは早朝にダンジョンで試していたが、ベルに水を吹き飛ばすような攻撃ができるだけのステイタスがなかったため気が付けなかった。

 あの場を誤魔化せるひみつ道具である【分身ハンマー】と【マジックチャック】があったからよかったものの、あのままだったら目ざとい第一級冒険者に狙われていただろう。

 

「どうして【フレイヤ・ファミリア】に君は狙われていたの?」

「ぼ、僕ですか?」

「うん。フィンが言ってた。君の周りに【フレイヤ・ファミリア】がいるって」

 

 アイズから聞かせれた事実に動揺するベル。

 全く心当たりがなく、首を振った。

 

「……気を付けてね。あそこの神様は怖い女神(ヒト)だから」

「ん? 君はフレイヤにあったことがあるのかい?」

「はい。最近……」

 

 ヘスティアとアイズが話し合う中、不意にベルは視線を感じた。

 無遠慮な銀の視線を。

 

「……」

 

 振り向くと、そこにはオラリオで最も高いバベルの塔。

 今も女神がそこにいる地が静かにベルを見下ろしていた。




 分身ハンマーはgmgn様からのリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 この後、アレンたちはお仕置きで無茶ぶりを食らうのだが、それはまた別の話。
 実はアレンが槍を扇風機みたいに振っていれば、気体のアイズたちは一掃出来てました。ポーカーフェイスの裏でアイズもドキドキ。

✳現在、新シリーズを作成中です。
 こっちと違って向こうは不定期更新になりますが。
 明日には投稿できると思います。

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