ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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【憧憬一途】

 お互いの疲労もあり、泥のように眠った二人は何時もより少し遅い時間に目を覚ます。

 目覚めた瞬間隣に眠るヘスティアの顔を見てベルが絶叫する珍事はあったものの、落ち着いたら何時ものように朝食を取ってステイタスの更新を行う。

 

「……」

 

 そして絶句するヘスティア。

 ベルの背中の刻印が示す神聖文字(ヒエログリフ)を額を擦り付けながら凝視する。

 そして見間違いじゃないと確認すると大きく溜め息をついた。

 

(確かに大変な目に遭ったみたいだけど……それでも数字が大きすぎる。)

 

 ひみつ道具という切り札があり、多少の無茶ができるとはいえこの数字はあり得ない。

 ステイタスが簡単に上がるのは最初だけ。

 IからHにアビリティの値が上がれば途端に成長が難しくなる。

 例え適正階層以上の修羅場を潜り抜けたとしても20近く成長ができたら上等なのだ。

 それが常識。だがヘスティアの目の前の光景は、その常識を嘲笑うかのように超えて見せた。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:G245 耐久:H132 器用:G234 敏捷:F332 魔力:I0

《魔法》【 】

《スキル》【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)

     ・ひみつ道具を具現化できる。

     ・使用可能な道具は一日三つ。

     ・一日ごとに内容は変化する。

     ・現在使用可能なひみつ道具。

      【ハツメイカー】【しゅん間リターンメダル】【こけおどし手投げ弾】

 

     【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

     ・早熟する。

     ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

     ・懸想の丈により効果向上。

 

 だからこんなステイタスはあり得ない。

 どんなに才能があったとしても神の恩恵は生易しいものではないのだ。

 

(この異常な成長の元凶は……)

 

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 5階層で起きた異常事態(イレギュラー)から生還したベルが発現した新しいスキル。

 スキルの効果は早熟する。思いが続く限り効果は持続し、思いの丈により効果は上昇する。

 

 むむむっ、とベルの背中を睨み付ける。

 スキルが現れたタイミングから推測するとベルの想い人とは……

 

(おのれっ、おのれえええ~‼ヴァレン何某(なにがし)~‼)

 

 ヘスティアは都市の超有名人をおかしな呼び方しながら歯噛みする。

 ベルを巡る恋敵(ライバル)になりそうな女子など精々ハーフエルフであるベルのアドバイザーくらいしかいなかったはずだった。

 なのに今まで接点ゼロだったぽっと出に横から愛しい少年の心を奪われたのだ。

 これにはヘスティアも穏やかではいられない。

 

(なんだい一目惚れって!そんなの不意討ちじゃないか!)

「か、神様?」

 

 背中の上で不穏な空気を撒き散らすヘスティアに気が付いたベルが恐る恐る聞いてくる。

 ちくしょー、好きだって先に伝えたのはボクなのにベル君は気がつかないし、これならあのときもっとガンガン行くんだった!

 少年の成長速度(イコール)ヴァレン何某へのlove度なわけだから心穏やかで居られるはずもなく、ヘスティアの機嫌はドンドン悪くなる。

 

(この凄まじい成長速度……ベル君に伝えるべきか?)

 

 下界の子どもは変わりやすい。

 善人だったはずが権力を手に入れたとたんに横暴になるなんてよくあることだ。

 ベルに限ってそんなことはないと思いたいが、この数値の情報をそのまま伝えるのはいいことなのだろうか。

 

 ダンジョンは非常にシビアな戦場だ。

 適正レベルの範囲ならばよほどの不運(ファンブル)がない限りは長生きできる。

 逆に言えばレベル以上の階層に進出した冒険者の寿命は短い。

 周りにおだてられて調子に乗った新米冒険者が先輩やアドバイザーの忠告を無視した結果、帰ってこなかったといった話はオラリオに来てそう長くないヘスティアでも飽きるほど聞いてきた。

 

 ベルにはステイタスの数字を誤魔化して伝えたほうがいいのではないか、そんな思いがヘスティアに芽生える。

 少なくとも今の数値なら2階層で死ぬことはないと考えていい。

 

(それに神々の反応も気になる。)

 

 この世界に関しては全知の存在である神々もしらない異世界のひみつ道具を呼び出す【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】。

 それだけでも玩具確定だというのに、それに前代未聞の成長促進スキルだ。

 このことが知られたら、歓喜のあまりに心臓を止めて強制送還される神もいるのではないか。

 使うところを見られなければいいひみつ道具と違い、成長促進はすぐにバレてしまうだろう。

 

 絶対に他の神々に知られてはならないが、ベルに隠し事は無理だ。

 ならば初めから彼に知らさないというのは一つの手段として考えられる。

 

(でもそうすればベル君は実力にあった階層で経験を積めない。)

 

 格下を倒しているだけでは冒険者は成長できない。

 実力に応じた冒険をしなければ神の恩恵はその冒険者を決して認めることはないだろう。

 数十年、ゴブリンを延々と狩っていてラクラク成長!なんて甘い話はないのだ。

 少年の成長は間違いなく阻害される。

 ベルの夢を、ベルの願いを、ヘスティアは踏みにじることになる。

 

(……ああ、もう!)

 

 悩んでいても答えはもう決まっているのだ。

 ヘスティアはあの瞬間、ベルの決意を聞いている。

 それをなかったことになどできない。

 きっとヘスティアはベルの背中を押すだろう。

 

(あんなスキルをよりにもよってボクが発現させたなんて、いっそ悪夢だよ。)

 

 だから心の中で愚痴を言うくらいは許してほしい。

 背中を押した結果、ヘスティアが少年の心を手に入れるのは絶対に難しくなるのだから。

 女神はステイタスを更新し終えると、少年に口頭で更新の結果を伝える。

 

 ……【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を隠すくらいはいいだろう。

 なんか超凄い成長期だよーって言えば誤魔化せはするし、懸想がどうのこうのなんて説明したくないし、説明したことで何某のことを想って赤面するベル君なんて見たくないし!

 

(ひみつ道具に成長促進だけ残して懸想を消せるのとかないかな……ないよな……あったら異世界の倫理観疑うし……)

 

 なんだかありそうで怖い。

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】といい【四次元衣嚢(フォース・ディメンション・ポーチ)】といい、なんでこの子は厄ネタスキルを発現させるのだろうか。

 ひょっとして自分のやり方が間違っているのだろうか。

 朝からちょっと疲れながらも、それを表に出すことなくヘスティアはベルに彼の異常な成長速度について説明を始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「えぇ……」

 

 神様の更新結果を聞いた僕はついこんな反応をしてしまった。

 確かに強くなりたいとは思ったけど、ちょっとこれはどうなんだろう?

 明らかに不自然だ。

 

「こんな感じで熟練度の伸びがすごいけど、何か心当たりある?」

「えっと、多分7階層まで降りて死にかけたのが……?」

「ぶふぅっ!?な、ななな!?なんで装備もなしに到達階層増やしているんだ!」

「ひ、ひみつ道具もありましたし大丈夫ですよ……」

 

 言った後で気づいた。神様には嘘は通じないんだった。

 案の定、日付が変わってひみつ道具が消えたことに気が付かれてジト目で見られる。

 更新直後なので半裸の格好のまま説教される僕は身を小さくした。

 

「……まぁ本題に入ろう。ベル君、今の君はなぜかは分からないけど、恐ろしい速度で成長している。成長期と言える。」

 

 成長期……

 いや、あの数字はそれで片付けていいのだろうか。

 釈然としないが神様の話はちゃんと聞こう。

 

「ベル君。君には才能があると思う。今回の飛躍的な数字の増加だけじゃなく、冒険者に必要な才能、センスとでも呼べるものが君には確かにある。」

 

 ただの農民であったはずのベルが、先達の指導も受けずに今日までダンジョンで成果を上げてきたことがその証明なのだと神様は言う。

 才能か。正直、ヴァレンシュタインさんを見た後だとピンとこない。

 比較対象が悪すぎるのは分かっているけども。

 

「君はきっと強くなるだろう。でも約束してほしい、無茶はしないって。こんなことは繰り返さないと誓ってくれ」

 

 目を伏せがちにして吐露した神様。

 でも、それじゃ……

 

「ぼ、僕は……」

「君の意思は尊重したいし、応援も、手伝いもする。力だっていくらでも貸す。……だから、お願いだからボクを一人にしないでくれ」

 

 その言葉はずっしりと響いた。

 ベルはうつむいて目を閉ざした。

 何かを思い出すように、少年は沈黙する。

 

「……はい」

 

 やがてベルは顔を上げた。

 強くなるために回り道なんてしたくない。

 ひみつ道具があれば多少の無茶は通るのかもしれない。

 だけど、そうやって目の前の女神の潤んだ瞳を(ないがし)ろにするのは違う気がした。

 

 だから、約束しよう。

 きっと、この約束は僕をきっと繋ぎ止めてくれる大切なものになる。

 

「無茶しません。頑張って強くなりたいけど……絶対に、神様を一人にはしません」

「……そっか。なら、安心かな」

 

 ヘスティア様の穏やかな笑みを見て、その選択は間違っていないと確信できた。

 やがて神様は一つ頷くと何やら食器棚の引き出しをひっくり返し始めた。

 なんだろう?と僕は着替えつつも神様の探し物を見る。

 あれは手紙だ。招待状だろうか、中々上質な封筒にガネーシャの文字が見える。

 

(【ガネーシャ・ファミリア】って確かオラリオでも3つしかないSランクのファミリアだったはず)

 

 僕たちみたいな零細ファミリアと関わりはなさそうだけど、どうして神様がそんなものを持っているのだろう?

 

「ベル君っ、ボクはしばらく友人のパーティーに顔を出そうかと思う。何日か留守にするよ。」

「え?あ、分かりました。昨日は僕が外食させてもらいましたし、楽しんできてください。」

「ありがとう。ベル君は今日もダンジョンにいくのかい?」

「だ、ダメでしょうか?」

 

 あんな約束したばかりで、やっぱり自重は必要だろうか。

 ひみつ道具の確認もしたいのだが。

 しかしヘスティアは顔を振って笑った。

 

「いいや?引き際をわきまえるのならいいよ。君はまだ怪我してるんだから気を付けるんだぜ?」

「はい、ありがとうございます」

 

 ベルの言葉に満足そうに頷いたヘスティアは部屋を足早に後にした。

 その様子が少し気になったが、ベルもダンジョンに向かうための準備を行う。

 昨日の浪費でアイテム補充はできなかったが、その分今日のひみつ道具があたりなことを願おう。

 軽装を身に着けたベルは部屋を出て、地下水路の横を走った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 さて、今日はダンジョンに潜る前に寄るところがある。

 

「やっぱり気まずいな……」

 

 まだ開店前の酒場【豊穣の女主人】に到着したベルは緊張した面持ちで財布を確認する。

 つい感情的になって飛び出してしまったとは言え、今のままではただの食い逃げだ。

 せっかく招待してくれたシルさんに謝罪もできていない。

 入ったら冷たい目で見られること間違いなしだけど、ちゃんと謝ってお金を払わないと。

 

(僕の気のせいじゃなかったらこの店の店員さんたちオーラがすごいけど……)

 

 半殺しで勘弁してもらえないだろうか。

 身から出た錆とは言え、怒られに行くとなると気が滅入る。

 入る時なんて声をかけよう……と少し悩んでから、意を決してドアをくぐる。

 

「あの……すいません。シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか?」

「ああ!あん時の食い逃げ白髪頭ニャ!シルを貢がせておいて、用が済んだらポイ捨てした鬼畜兎ニャ!」

 

 さっそ飛んでくる罵倒に心が折れそうになった。

 全面的に僕が悪いから受け止めるしかないけど。

 

「貴女は黙っていてください」

「ブニャ!?」

「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」

 

 エルフの店員さんの手刀が速すぎて見えなかった。

 意識を飛ばしたキャットピープルの店員さんをズルズルと引きずって彼女は店の奥に消える。 

 

 あの強さで制裁食らわせられたらもうどうしようもないな。

 諦めて二人が来るのを待とう。

 

「ベルさん!?」

 

 階段から駆け下りてくる音が聞こえた後、シルさんが現れた。

 あの後、僕がかけた迷惑を考えると自己嫌悪が止まらないが、腹を括って前に出る。

 

「昨日はすいませんでした。これ、払えなかった分です。足りないようでしたら、色を付けてお返しします。」

「……いえ、大丈夫ですから。ベルさんにこうして無事に戻ってきてもらえただけで嬉しいです。」

 

 その言葉に泣きそうになった。

 多分、この人は僕があの後ダンジョンに向かったことに気が付いているはずだ。

 そんな真似をした理由も。

 でもそれには触れずに温かく包み込んでくれるこの人は本当に優しいのだろう。

 

 シルさんは僕をほほえましそうに見つめた後、「ちょっと待っていてくださいね?」とキッチンに戻り、大き目なバスケットを持って戻ってきた。

 

「よろしければ、また、もらっていただけませんか?」

「えっ?」

「今日はシェフの作ったまかないものですから、味は保証します」

 

 でも、なんで……、そう言おうとしたところで、シルさんは照れ臭そうに笑った。

 そんな表情を見て、あまり鋭いほうではない僕でも分かった。

 元気付けようとしてくれているんだ、シルさんは。

 

「すいません……いただきます」

 

 バスケットを受け取ると、シルさんは少し頬を染めて笑みを深めた。

 

「坊主が来ているって?」

 

 そこに、ドワーフの女将さんが出てきた。

 ドワーフの中でも大きいほうだと思える女将さん……ミアさんは凄い笑みで僕の胸をつついた。

 うん、すごい笑みだ。神様が言っていた「笑顔とは本来攻撃的うんぬん……」という言葉が思い返される。

 

「わざわざ金を返しに来るとは感心じゃないか。シル、あんたはもう仕事に戻りな」

「あ、はい。分かりました」

 

 お辞儀してシルさんが戻っていく傍ら、ミアさんは「あと少し遅れていたらこっちからケジメをつけに行った」とか、「さっきのリューなんて真剣を持って出ていくところだった」と話す。

 本当にちゃんと謝って良かった。

 割と命の危機だったらしい。

 

「シルには感謝するんだね。殺気立つウチの連中を宥めたのはシルだよ。あの後あんたを追いかけたようだったけど、会わなかったんだろう?」

(そっか……僕を、追いかけて……)

 

 オラリオに来てから僕はもらってばかりだ。

 いつか、ちゃんと恩返しできたらいいな。そう、僕は思った。

 

「……坊主」

「は、はい!」

「冒険者なんてカッコつけるだけ損だよ。まずは生きることにだけ必死になればいい。無茶したっていいことないんだ。」

 

 突然の言葉に目を見開く。

 そういえばカウンターの近くにはミアさんがいた気がする。

 あの時のことを見られていたんだろうか。

 

「生きてればそれでいいのさ。みじめでもね。そんな奴がアタシの料理や酒をたらふく食える。ほら、勝ち組だろう?」

「……はい。」

「さあ、行った行った。もう店の準備を始めるからね」

 

 背中を押されて外に出される。

 ドン、という衝撃でちょっと息が苦しかったけど、感謝の念が尽きなかった。

 

 少し残っていたしこりは消えた。

 もうあの獣人の青年の言葉も燃料として、憧憬に向かって一途に走り続けられる。

 

(今できることを、必死に、最高速度で、でも無茶はしない)

 

 神様やミアさんの言葉を胸に刻み込む。

 

「坊主、ここまで言わせたんだ。半端なとこでくたばるんじゃないよ」

「はい!ありがとうございました!行ってきます!」

 

 勢いよく駆けだす。

 つい大通りで大きな声を出してしまったことに赤面しつつも、風を切ってダンジョンを目指す。

 

「……あぁ、そういえば2階層で大量に現れた魔石は闇派閥(イヴィルス)の残党の仕業らしいから気を付けるんだよ!」

「ファッ!?」

 

 ……はずだったが盛大にズッコケてしまった。

 なんでそんなことになってるの?




 ミア母さんは割と好きなキャラです。
 年季の入った人物の深みを感じさせるキャラは作品に深みを与えてくれますよね。

 そんな推しキャラなので、いつかダンメモで星四実装される日が来ることを願っています。

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