ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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蝶のように舞い、蜂のように刺す

 6階層。

 平らな床と壁、無機質ながら何者かの意思を感じさせるシンプルな構造。

 第三級冒険者の資格を得たベルにはあまりにも難易度が見合っていない領域(エリア)。場合によっては狩場荒らしと揶揄されるかもしれない。

 

 そんな階層で探索を行っている理由は二つ。

 ヴェルフの考案した新装備の素材集めと、同じくヴェルフが作った新防具の試着である。

 

 その名も翔兎鎧(ぴょん吉)

 兎鎧(ぴょん吉)シリーズの新作……と言うよりは派生形。 

 形はこれまでの兎鎧と大きな違いはない。ただ、色が少々特殊だ。

 兎の名の通り、これまでの兎鎧シリーズはベルの髪と同じように処女雪のような純白だ。

 だがこの翔兎鎧は水晶のように透き通るようなスモーキーホワイト。

 

 ぼんやりと暗い迷宮で光を放っているようにも見えるその鎧。

 その素材は何と紫蛾(パープル・モス)の翅。

 上層中部で、数々の新米冒険者に毒の鱗粉による状態異常の恐怖を叩き込んだ要注意モンスター。

 ベルもエイナの講義の中で幾度となくその危険性を教えられていた。

 このモンスターが大量発生するからこそ【耐異常】のアビリティが半ば確定でオラリオの冒険者は発現できる。

 オラリオ以外で【耐異常】のアビリティが珍しくない場所など、自然を蝕む古のモンスターの近くにいる過酷な環境に置かれた眷属たち、或いは邪神が運営すると言われる【暗殺ファミリア】の暗殺者(アサシン)位だろう。

 

 そんなモンスターだが、防御力と言う意味では実は大したことはない。

 サポーターのボウガンで仕留められる程度だ。

 当然、そんなモンスターの素材が、強靭なダンジョンのモンスターの爪や牙から冒険者を守る防具の素材にはふさわしくない。

 紫蛾(パープル・モス)のドロップアイテムは薬品や特殊な魔導具(マジックアイテム)に使われるものであり、装備に使うことは無い。それがオラリオの常識。

 しかし、ヴェルフはその常識を敢えて破る。

 

「イィアッ!?」

 

 四方を岩に囲まれたダンジョンの中でありながら、白い流星を感じた瞬間に6階層のモンスター、フロッグ・シューターは短い断末魔を残して力尽きた。

 

 数M(メドル)先の岩床にトン、と人が降り立つ音が響く。

 フロッグ・シューターに不可視の一撃を与えた少年は、その場でトントンとリズムを取るように小さく足を鳴らした。

 少年の戦いぶりを見たヴェルフは満足そうに頷き、その意見を求めた。

 

「どうだ?」

「……動きやすい、です」

「だろ? お前の最大の武器は速さだ。それを兎に角補助する装備にしてみたんだが、悪くはないみたいだな」

 

 兎鎧シリーズ全体のコンセプトとして、『軽量化と堅固性の両立』が挙げられる。

 ヴェルフの理想である使い手を引き立てる至高の武具。

 そこに至る第一歩としてヴェルフは両立し難いこの難題に挑戦した。

 

 至高の武具への思案の前にヴェルフが考えたことは至高の武具の反対。最低の武具の定義だ。

 目指す場所の対極を知ることで、逆説的に至高へのヒントを導きだそうとして考え抜いた最低の武具の定義、それは『使い手を阻害する武具』と『使い手を殺す武具』である。

 

 重く、可動範囲が狭められれば使い手は力を十全に発揮できず。

 脆く、使い手の能力頼りの武具等もはや鍛冶師の殺意が疑われる。

 

 よって、兎鎧(ぴょん吉)シリーズは『動きやすく』『堅い』防具を目的に作られた。

 すなわち、頑丈なライトアーマーである。

 

「ぴょん吉MK-Ⅱは自分でも中々の出来栄えだったと思うが、ベルに最適化していたわけじゃないからな」

 

 ヴェルフのセンスと努力の甲斐あって経営陣からも下級鍛冶師にしては上々の評価を貰えた兎鎧(名前を聞かれた途端に評価がガタ落ちしたらしいが)。

 だが、ヴェルフは自分の作品に100点満点をつける気にはなれなかった。

 その原因は単純だ。ヴェルフは己が作った武具を使いこなす使い手の顔を思い浮かべることができなかったからだ。

 結果としてモデルは中途半端なものになり、()()()作品になったのである。

 

 更なる改良を施したMK‐Ⅲも何か引っかかりを覚えずにはいられなかったヴェルフだが、ベルとの出会いがその靄を払しょくした。

 今までぼやけていた、自分の理想の武具を振るう最高の担い手のイメージに、ぴったりこの少年が合致したのだ。

 

 そしてベルの戦いぶりを見ていると、次々と自身の武具の欠点が浮かび上がる。

 もっとここをこうすれば……あそこは不要な部分だった……

 気が付けばヴェルフの頭の中にはベルのための武具がいくつも出来上がっていた。

 

 この翔兎鎧(ぴょん吉)はそのうちの一つ。

 ベルの一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)…いや、連撃離脱(ラッシュアンドアウェイ)の戦い方をより際立たせるための防具。

 素早い兎の動きを阻害しない、超軽量化こそヴェルフの辿り着いた答えだった。

 

(その代償に硬度はMK-Ⅱ並に下がっちまったがな)

 

 ヴェルフが目を付けたドロップアイテム【パープル・モスの翅】。

 鉱石ほどではないにしても、それなりの硬さを持たせるためにどれほどの試行錯誤があったことか。

 まるで精密なパズルを組み立てるように、衝撃を翅から翅へと伝えて兎鎧全体に分散するような構造になるように苦心し、【パープルモスの鱗粉】と魔石を混ぜ合わせて作った接着剤の異様な臭いで工房の周りから苦情が来つつも完成させた逸品だ。

 

 他の鍛冶師(スミス)が見れば、狂気じみた正確な作業に白目を剥いたかもしれない。

 妙にヴェルフにちょっかいを出す団長なら爆笑しただろう。

 そんな愚行によってこの兎鎧は作られた。ドロップアイテムから考えればあり得ないほどの耐久性を持つが、ヴェルフとしてはまだまだ発展の余地がある技術だと考えているらしい。

 

(紙でできてるみたいに重みを感じない! 思うように動ける‼)

 

 そんなヴェルフの自慢の一品を前にベルは興奮を隠せないでいた。

 レベル2になって桁違いに動けるようになったと自覚していたが、今は更に出鱈目だ。

 まるで空を飛翔するかのように飛び回るベルは、紫蛾(パープル・モス)の翅が自分に生えてきたようだとすら感じていた。

 

 この自分にはもはや易しすぎる階層でベルは一つ、自分にある縛りをつけている。

 それはモンスターの戦いにおいて、一度も地面に足を付けてはいけないと言うモノだ。

 この先自分が足を踏み入れようとしている中層は更に広く、岩石による高低差も激しい場所だと聞いている。

 そうした相手と空中戦になることも前線(アタッカー)にはよくあることなのだそうだ。

 フロッグ・シューターを狩るついでにその予行演習を兼ねていたのだが、とんでもなく飛び跳ねやすい。

  

 壁を蹴り、モンスターたちに急接近する。

 加工の末に紫からくすんだ白に変わった翅の吸い込むような色合いが、視界の中でブレると世界も揺れた。それが己の首が刎ねられたという事だとウォーシャドウが理解する前に、ベルは反対側の壁に到達。再び蹴りつけ、もう一匹のフロッグ・シューターに突撃した。

 残ったフロッグ・シューターはようやく襲撃者の存在に気づき、自分に一直線に迫る兎に伸縮自在の舌を伸ばす。カウンター気味の一撃。空中を直進するベルに本来は回避は不可能。

 

 だがベルはナイフを左手に持ち替えると、体を捻って、地面に手をついた。

 伸ばした右手はガリガリと岩盤を削り、直進していた勢いを和らげる。

 しかし跳躍がいきなり静止するはずもなく、速度を削られながらもベルの体がフロッグ・シューターの舌に触れようとした時。

 少年は咆声した。

 

「【ファイアボルト】‼」

 

 右手の兎肉球(ぴょんきゅー)と岩盤の間に発生する炎雷。

 この小さな火種が、ベルの直線的な動きに反応したフロッグ・シューターのカウンターを外させた。

 ぶわりと反動で浮かび上がるベルはフロッグ・シューターの攻撃の回避と共に、曲線を描いてモンスターの死角、頭上への移動に成功する。

 

「イィッ!? イ!?」

 

 炎雷が現れたと思ったら、目の前の獲物を見失ったフロッグ・シューターが冷静さを保てるはずもない。

 ぎょろぎょろと大きな目玉が右往左往する中、天井を蹴り、加速。

 ようやく頭上の冒険者に気付いたフロッグ・シューターだったがもう遅い。

 ヒュンッ、と子気味の良い音が鳴り、首元を斬りさかれた蛙は音を立てて地面に倒れ込んだ。

 

「……あ、地面に手をつくのはアリかな?」

 

 モンスターとの戦いで地面に足はつかないことになっていたが、手はアウトなのだろうか。

 少し考えつつ、ベルはフロッグ・シューターが落としたドロップアイテム【フロッグ・シューターの舌】を回収する。

 

「……随分と安定してきたな。もう私たちの護衛も要らないだろ」

闇派閥(イヴィルス)とかがいるので引き続き保護してください」

 

 モダーカやハシャーナがいない代わりに、今日の護衛役を引き受けてくれたイルタの軽口にリリが反応する。

 そんな当たり前の光景が嬉しくてこっそりと弧を描いた唇だったが。

 ふと、何かを感じてベルは下を見た。

 そこにはこの階層からずっと変わらない、面白みの欠片もない地面だけ。

 

(地面から何か……それとも、この更に下?)

 

 今自分がいる6階層からずっと離れた地点。

 そこで何かが胎動した。そんな気がしたのである。

 

「ベル様‼ ドロップアイテムは必要数集めたので、もう帰りましょう」

 

 今日の目的である【フロッグ・シューターの舌】と【キラーアントの牙】【キラーアントの甲殻】はすでに必要量集まっている。

 リリはいやもうちょっと行けそうですね……とは言っているが、欲張りすぎるとしっぺ返しを食らうのが世の常だ。この辺りが退き時かとベルはナイフを腰に仕舞った。

 

 上層への階段を目指す一行。

 ベルも仲間たちの下に行こうとして、ふと後ろを振り向いた。

 そこには何もいない。通路の奥にヒューマンでは見通せない暗い闇に包まれている。

 

「……」

 

 後ろ髪引かれるものがありながらも、ベルは明日もアイズとの訓練は早いから、とベルは早めの撤退を行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 弱き己との決別。

 それこそが超克を果たすべき者の責務だとオッタルは考える。

 何度も敗北の泥を味わってきた男であるがゆえに、彼はその屈辱を飲み干した末に力を得ることができると知っているのだ。

 

 ベル・クラネルは第一級の領域には遠く及ばないながらも、壁外ならば十分に強者と評される実力がある。

 オッタルは既に一度超克を果たしたベルに、それ以上を求めるためにはどんな試練があるか。

 

 弱さとは過去に現れるものだ。

 フレイヤにいつかは聞いたベル・クラネルの傷。

 決して拭えぬ屈辱の記憶にこそ、そのヒントはある。

 

「オオオオオオッッ‼」

 

 苛立ちと共に振るわれる鋼の塊。

 ミノタウロスが持つには少々どころではなく、不相応な業物はオッタルが与えたものだ。

 既にミノタウロス如きに後れを取るベル・クラネルではない。だが、オッタルの考える試練にはミノタウロスが必須であった。

 少年のあの日の屈辱を再現するためには。

 

 眉一つ動かさず、片手で払いのける猪人(ボアズ)の武人。

 信じがたい耐久はミノタウロスの力で突破できるものではない。

 業物の力を引き出せず、技術の欠片もないモンスターの限界。

 

「……仕置きだ」

「ヴォオ?」

 

 オッタルは腰に掛けたバッグから緑黄色の小剣を取り出す。

 己にかすり傷しか与えることはできないであろう鈍らに油断するミノタウロス。オッタルはそんな愚か者に容赦なく颶風を浴びせた。

 

「オオオオオオッッ!?」

 

 剣と言う形から予想がつかない無色の遠距離攻撃。

 隙だらけのミノタウロスの顔に斜めの切り傷が生まれ、絶叫と共によろめいた。

 

「馬鹿が」

 

 オッタルはそんなミノタウロスの左胸を殴りつける。

 途端に大型のモンスターは冗談のようなスピードで迷宮の壁に叩きつけられた。

 衝撃で空気を全て吐き出し、溺れたかのように口をパクパクと開閉するミノタウロス。

 彼の前に立ちふさがるオッタルは、冷たい眼光でミノタウロスに告げた。

 

「相手の行動には必ず意味がある。お前の相手は未知の塊、油断などするな」

 

 オッタルが最も警戒するのはベルのひみつ道具による瞬殺である。

 無論、ベルがひみつ道具だけのつまらない冒険者でないことは重々承知している。

 だが、やり易いアイテムがあれば使うのは当然だ。

 ベルとの戦いの際に彼が有用なひみつ道具を持ってないことを期待するなど、あまりにも愚かなことだとオッタルは断言する。

 

 故にこのミノタウロスの調教において、最優先の課題はひみつ道具への対応力を育てることだった。

 そのためには経験が必須。だがオッタルはひみつ道具など持たない。

 ミノタウロスがひみつ道具と対峙するのはぶっつけ本番とならざる得ないのだ。

 その為の策として用意したのが数々のアイテムだ。

 万能者(ペルセウス)を代表するオラリオの叡智の結晶をかき集めたオッタルは、これを擬似ひみつ道具としてミノタウロスの調教を開始した。

 

「ウヴォォォ……ッ!」

 

 その結果、多種多様な容赦のない攻撃がミノタウロスを苦しめる。

 風の魔剣、発光瓶(フラッシュボトル)、各種毒薬。

 ミノタウロスが瞬時にそれを見抜き、対応しなければ瀕死直前まで追い込む。

 

「オオオオオオオオッッ!」

 

 理不尽な調教にミノタウロスが絶叫した。

 破れかぶれに極東から流れ着いたと言う暗器、千本を左腕を盾にして防ぎつつ、オッタルに接近し、大剣で叩き潰さんとするが、最早認識すらできない速度で頬に拳が突き刺さる。

 

「それでいい。肉を切り、骨を断て」

 

 叩きのめした相手に対する賞賛は絶対的な力の差の証左だ。

 既に何日もオッタルとの戦い、否、調教を続けているミノタウロスは朧気ながらも繰り返された言葉の意味を理解し、殺意を燃やす。

 

「ヴヴォオオオオォォォッッ‼」

 

 それはモンスターとしての本能か。

 虐げられた怪物の積もった瞋恚(しんに)か。

 それともそれ以外の何かなのか。

 

 痛みと屈辱のなかで磨き上げられたミノタウロスの必殺。直進的なラッシュのキレは通常のミノタウロスとは比べ物にならない。

 空間を捻り穿つがごとき突進は、その凶悪な角で目の前の敵を突き刺さんと加速する。

 

 それを真正面から受け止める【猛者】。

 激突する力と力。

 その瞬間、迷宮が小さく震えた。




 翔兎鎧(ぴょん吉)は天魔雅犯土様のアイディアでした。
 コメントありがとうございます。
 ヴェルフの装備案はまだ募集しているので、気軽にコメントをしてください。

 この防具を作るに当たって、もう新しい防具がある以上は不要な装備だと守護銭リリの反対がありました。
 しかし、ヴェルフはベルのこれまでのトラブルを挙げて、こんな無茶していたらすぐに装備を使い潰すから、予備くらいは作っておこうと押しきりました。

 翔兎鎧が軽いのは、予備として普段持ち歩くリリの負担を考慮してのことでもあります。

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