ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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それは少女の小さな願い

「中々良い物は見つかりませんねぇ……」

 

 ため息をついて『リーテイル』を後にするリリ。

 メインストリートに出れば、他種族よりも体格が小さい小人族(パルゥム)であるが故に乱雑な人の波に押し込まれそうにはなるが、そこは腐っても神の恩恵(ファルナ)を受けた眷属。

 華奢な体に見合わない安定性ですいすいと人の狭間を縫って進む。

 

「冒険者ご用達のお店でもピンと来るものは無し。武具店の物は高いですし、ヴェルフ様があれこれ言いそうですからあまり行きたくはありませんが」

 

 小人族(パルゥム)サイズのメモ帳に幾つか書かれた名詞の内、『リーテイル』に罫線を入れる。

 目的の品を探す前に目星を付けていた最有力候補の一つだったが、リリの要求するレベルの物は見つからない。

 

(中層探索が始まる前に見つけておきたいのですが……)

 

 今回、リリが探しているのはベルの身を守るためのアイテムだ。

 何故そんなものを欲しているかと言うと、その原因はずばりベルの異常な経験にある。

 

 ベルは世界最短でレベル2に至った冒険者である。

 彼の専属サポーターとしては喜ばしい限りだが、どうやってベルがレベル2に至ったか理解している身としては危機感も覚えずにはいられない。

 

「ベル様は典型的な巻き込まれ体質です。【幸運】のアビリティが仕事をしているのかってくらいに厄介事が向こうから来ます」

 

 ランクアップとは冒険者の成し遂げた偉業によってのみ許される超克の儀だ。

 無論、一回二回の修羅場では足りない。

 何度もその体に傷を負いながら、それでも生き延びて初めて資格を得る。

 

 すなわち、こんな短期間で成長出来たベルは才能こそあったかもしれないが、それ以上に短期間で冒険させられてしまったということだ。

 冒険者の迷信だが一度不幸が訪れた冒険者はそれが継続するもの。

 レベル2になったからと言ってそれを上回る試練もあるだろう。あるに違いない。

 

「そんなこと、何度もやって生き残れるはずがありません!」

 

 ヴェルフもそれを見越して……半分以上は新しい装備をつくるためだろうが……翔兎鎧(ぴょん吉)を作り上げている。

 ちょうどベルに対する恩返しを何かしたかったところだ。

 彼を守るためのアイテムをサポーターとして探していたのだが。

 

「まさかここまで良い物が見つからないとは……」

 

 忘れてはいけないが、レベル2も十分希少な戦力だ。

 それ相応の性能が武具には求められる。はっきり言って凡百の眷属ならば安物で十分だが、第三級冒険者が主戦場とする中層域でこれまでのような間に合わせの安物を使い続けるのは自殺行為だ。

 ベルの命を預ける物に関しては妥協するわけには行かない。

 

 以前にリリがベルに渡した両刃剣(バゼラート)は銘入りとは言え上層を対象とした武装である。

 それでも値段は19000ヴァリス。それも値切りにより、おおまけにまけてもらっての値段だ。

 

(リリの財産が残っていればよかったのですが……ベル様を振り切るために大半を使ってしまったのが痛いですね)

 

 そうでもしなければベルを振り切ることなどできなかったであろうとは言え、あの時の自分はちょっと思い切りが良すぎた気がする、とリリは黒歴史にしたい最近の出来事に目を遠くした。

 

(『桃色と黒色』『花束』……前にうらないカードボックスで、このプレゼント計画がどうなるか聞いてみた時の単語に関連することを調べても空振りばかりですし)

 

 『笑顔のベル』のカードもあったことから、最終的にはいいアイテムに巡り合えるのかもしれないが一体いつになることやら。

 プレゼントの結果笑顔になるのはいいことだが、その過程が分からないのは困り物だ。

 老夫婦もあの可愛らしい服をくれた時はこうして迷ったのだろうか。

 

(……やめましょう)

 

 かつて失ってしまった絆を思い出し、ズキリと胸を痛めるリリ。

 思えばこうしたプレゼントをすると言う考えはあの日の思い出から来ているのかもしれない。

 壊れてしまったとはいえ、あの思い出は暗い幼少期で確かに救いだったから。

 

「このひみつ道具もちゃんと使えているんでしょうか……」

 

 首を振って思考を中断したリリは、アイテムが見つからない場合の保険に思考を移す。

 ひょいっ、とポケットから一本の藁を取り出すリリ。

 一見すると本当にただの藁にしか見えないこのひみつ道具の名は【チョージャワラシベ】。

 その効果は恐らく欲したアイテムを引き寄せると言うモノ。

 

 何本かあったチョージャワラシベの内の一本を貰っていたリリは、「ベル様の身を守るアイテムが欲しい」とチョージャワラシベに頼んでいたが、今の所効果はないように見える。

 ベルの場合は「サラマンダー・ウールが欲しい」と言った途端に、歯に何か挟まっていたハシャーナが現れて、ワラシベと交換でサラマンダーウールの割引券を貰っていた。

 一方で「パーティ用のドレスが欲しい」と願ったヘスティアの場合はかなり時間がかかり、ガネーシャが妙にワラシベを気に入り団員用の仮面と交換。それを仮面をなくしたモダーカの迷宮珊瑚(アンダー・コーラル)と交換。更に様子を見に来ていたヘファイストスが偶々思い付いたアイディアに迷宮珊瑚(アンダー・コーラル)が必要だったため、譲渡するのと引き換えにパーティ用ドレスを一緒に買いに行く約束するというかなりの遠回りだ。

 

(サラマンダー・ウールもパーティ用ドレスも中々高価な代物。単純に値段に労力が比例しているわけではなさそうです)

 

 条件が分からない以上、リリの曖昧な願いも受理されているかは分からない。

 ここまで街中をぶらついているのだから、そろそろ何かあってもいいはずだが。

 

「お? おーい。ちょっと待ってくれないか?」

(来ましたね)

 

 チョージャワラシベを見つめていると、それを目にした神が声をかけてきた。

 容姿は質素な和服に身を包んだ黒髪の男神。

 他の神々とは違い、癇に障る二ヤツキ顔はしていない。

 

「その藁、もし良かったら譲ってもらえないか……?」

「いいですけど」

「本当か!? いやぁ、すまない。俺の眷属たちの鍛錬に使いたいんだ」

 

 神様曰くこの藁にボールを巻きつけて使うらしい。

 武術を眷属に教えるということはこの神様は武神なのだろうか、と思考を巡らせるリリに武神は先ほどまで己がいた屋台に戻り、茶色い包装紙でつつまれた熱々のジャガ丸くんを持ってきた。

 

「これは礼だ。持って行ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 渡されたジャガ丸くんから微かに熱を感じる中、これがどうすればベルの身を守るアイテムになるのか。

 

「俺の眷属たちも順調に成長はしているが、ダンジョンは何が起こるか分からん。ましてや中層だ、教えられるだけ教えておかないとな」

「奇遇ですね。リリも契約している冒険者様がこれから中層に挑戦されるので、アイテムを用意していたんです」

「そうか、もし俺の眷属と会ったときはよろしく頼む」

 

 きっとお前のパーティーとウマが合うだろう、と神の勘を働かせる武神。

 随分とサッパリとした性格の神様だ。眷属は神に似るものだから、この男神の眷属たちも似たように好感を持てる人たちなのだろう。

 

「……タケミカヅチくぅん。駄目じゃないか、持ち場を勝手に離れちゃ」

「あ、すいません店長。すぐに戻りますから、ハイ」

 

 姿を現し、注意するバイト先の店長にヘコへコと頭を下げる武神。神の威厳など欠片もない。

 ヘスティアの同類かとジト目になるリリを横目に大慌てで屋台に戻ろうとする。

 

「じゃ、ありがと……あ」

「あっ」

 

 礼を言って片手を上げる武神だが、上げた手にボールを持っていたことを忘れていたらしい。

 ボールは武神の手を離れ、弧を描きながら屋台の裏へ飛び。

 

 ガッシャ―ン

 

「……す、すいませんしたああああああああっ!?」

 

 飛び出してきた建物の主に美しい土下座を披露する超越存在(デウスデア)

 世も末である。

 

(あれって宿屋ですよね……窓の修理代も高そうです)

 

 宿の主と店長の説教に挟まれながら、不動の土下座を続ける武神から距離を取るリリ。

 ここで巻き込まれてはたまらないので移動することとしよう。

 なんだなんだと人が集まる中、それらを掻き分けて先に進む。

 ジャガ丸くんが潰されないように注意しつつ、次なる交換相手を探す。

 

(食べ物という事は……お腹が空いてそうな人でしょうか?)

 

 キョロキョロと辺りを見渡していると、一人の女性が目に入った。

 一房だけ白く染まった水色(アクアブルー)の髪。

 純白のマントを纏う彼女は絶世の美女と言えるだろう。

 

 その目に隈が出来、今にも死にそうな雰囲気が台無しにしているが。

 

「あれは……万能者(ペルセウス)?」

 

 オラリオを代表する魔導具製作者(アイテムメイカー)。アスフィ・アンドロメダ。

 【神秘】のアビリティを誰よりも熟練していると言われる【ヘルメス・ファミリア】の団長。

 さて、ここまで書くとただの偉人だが、彼女にはもう一つの特徴がある。

 

 その便利さから、都市の様々な勢力から馬車馬の如く扱き使われている点だ。

 特に主神に。

 

「また徹夜……訴えてやる……絶対に訴えて……っ」

(うわぁ……)

 

 神々による理不尽な試練はオラリオにはよくあるもの。

 故に人々は彼女に同情しつつも、巻き込まれたくはないので遠巻きに見るだけだ。

 当然リリも巻き込まれたくはなかったのだが、アスフィの目がリリを凝視していた。正確にはジャガ丸くんを。

 同時に鳴り響く腹の虫。リリは絶叫したくなった。

 

(この人なのですかチョージャワラシベエエェェェッ!?)

 

 地雷そのものな人物が次の交換相手だと知り、行きたくはないが勇気を持って危険人物に近づく。

 

「……い、いりますか」

「いただきます」

 

 しゅばっ、とリリの手からジャガ丸くんを取ると一心不乱に食べ始めた。

 まるで数日ぶりの食事といわんばかりの必死さにちょっと泣きそうだ。

 

「ハムッ、ハフッ、モグモグ……」

 

 凄まじいのは一心不乱なのは伝わるが、見た目は綺麗に食べていることだ。

 よほど厳しくしつけられたのだろうか。

 やがて全てを食べ終えたアスフィは包装紙を丁寧にたたみ、ゴミ箱に捨てた。

 

「ふぅ……ありがとうございました。助かりました」

「い、いえ」

「何かお礼を……と言ってもこれしかありませんね」

 

 そう言って渡されたのは……発光瓶(フラッシュボトル)

 

「最近流行っているアイテムだそうで……簡単な作りでこれほどの効果を出せるのは素晴らしいですよ」

(ベル様が流行らせたアイテムがこんな有名人にも……)

 

 ハシャーナが広めているようだが、一カ月もしないうちに爆発的に広がっている。

 もしベルがこれを開発したことを知られれば、ちょっとした騒ぎになる可能性もあるかもしれない。

 

「最近は冒険者だけではなく、ああいった店でも防犯用に持っているそうですよ」

 

 そう言って指さすのは個人経営の店。

 闇派閥(イヴィルス)が暴れていることから防犯意識の高まりをリリも感じてはいたが、確かに安価に用意できるフラッシュボトルは収入が少ない冒険者以外の人々でも用意できる。

 

「特に戦う力のない老人たちが経営するようなお店は、特に重宝していると聞いています」

 

 老人、と言う言葉にドキリとするリリ。

 先ほどまで彼らのことを考えていたせいで過敏になっているのかもしれない。

 雑念を振り払おうとした時、アスフィのポーチから覗く白い花びらに目を取られた。

 

花薄雪草(エーデルワイス)……)

 

 彼らが好きと言った花。

 それだけだ。それだけなのに、リリにはそれがあの老夫婦たちの店のものに思えた。

 

「あのっ」

「なにか?」

「あ、いや、えっと……その花を売っていた人たちは元気ですか」

 

 何を言っているのだとリリは自己嫌悪をした。

 会話の前後を無視した言葉。まるで意味が分からないだろう。

 

 だがアスフィはどう感じたのか、リリの奇妙な質問を問い返したりはしなかった。

 

「ええ、元気そうでしたよ。最近は若い常連客もいるようですし」

「……そうですか」

「この花と同じく、真っ白な髪をした少年だそうです」

(……え?)

 

 老夫婦の現状に安堵したリリだが、続いた言葉に戸惑う。

 花薄雪草(エーデルワイス)のような白髪? それではまるで……

 

「近頃は物騒ですので、防犯用にでも持って行ってください」

「……」

「では」

 

 無意識に発光瓶(フラッシュボトル)を受け取ったリリは呆然とアスフィを見送った。

 ポツン、と立ち尽くすリリ。

 

(偶然? でも、ベル様が花を……?)

 

 ベルと花と言う似合わない組み合わせに戸惑う。

 花を愛でる趣味はなかったはずだ。だとすると男性が花を買う場面と言えば……

 

(まさか……求愛(プロポーズ)!?)

 

 ガビーン‼ と雷が走ったかのようなショックを受けた。

 お子様なベルにそんな度胸があったとは!

 問題は誰がその対象かだ。

 

(まずリリはないです。完全にポジションが子分ですから、悔しいことに。次にヘスティア様もありません。お袋です。なら他によく会う女性と言えば……)

 

 アイズだ。

 最近訓練を受けているという、ベルに急接近中の女性。

 

(か、勝ち目がありません!)

 

 美人で強くて金持ち。

 こんなの反則である。

 ちんちくりんのリリが太刀打ちできる相手ではない。

 

 凄まじい心的ダメージにふらつきながらメインストリートを歩くリリ。

 万能者(ペルセウス)から闇を引き継いだかのような光景に人々は引いた。

 

「あ、あの……っ、困ります……」

「なんだぁ? 良いだろうが」

「ちょっと遊ぶだけだぜ? ヒャハハハッ」

 

 何やら前が揉めているが気にも入らない。

 訓練っていったい何の訓練なんだと暴走する思考は、あらゆる雑事の一切をカットした。

 そして、周りが全く見えなくなったリリはドスンと前方にいた男の足にぶつかるのだった。

 

「ああん? なんだてめぇ」

「こりゃあ重症だ‼ 慰謝料1億万ヴァリス……」

「えい」

「ギャ―ッ!?」

 

 何やら言っていたが、今のリリにはインプの鳴き声と同じ。

 なので容赦なく防犯用アイテムを発動する。

 問答無用であった。

 

 激しい光に襲われた男たちが怯む中、男たちに絡まれていた少女が慌ててリリの手を取る。

 

「こ、こっち!?」

 

 地面を転げまわる男たちを置いて、その場を後にした二人。

 メインストリートから少し離れた地点に辿り着いた少女はその場でへたり込んだ。

 

「た、助かったぁ……」

「……は‼ ここは何処でしょうか」

 

 ようやく意識が現実に帰還したリリが今更ながら周りを確認する。

 あまり店が少ない北東区画、工業区の近くのようだ。

 

「助けてもらってありがとうございました」

「はえ?」

「その、これしかないんですけど、お礼です」

「???」

 

 なにやらリリを置き去りに話が進んでいた。

 口を挟む暇もなく袋を渡されたリリを置き去りに少女は走り去っていった。

 

「……【ニードルラビットの角】?」

 

 袋の中にあったのはモンスターのドロップアイテム。

 なんでこんなものを持ち歩いていたのかと首を傾げたリリだが、まあいいかと気を取り直して次の店に向かう。

 

「ああ~!? 間違えて【兎の刃】渡しちゃった~!? アレが無いと【焔の蜂たちの群れ】から身を守れないのにいいぃぃ!?」

 

 先ほどの彼女の叫び声が聞こえた気がするが、意味不明なので問題ないだろう。

 なんだか猛烈にぐったりしながらメインストリートに戻ろうとする。

 

「お‼ リリ助‼」

「ヴェルフ様?」

 

 すると最近聞きなれ始めた声が耳に入る。

 そういえばこの辺りに彼の工房があったかと思い出す。

 

「ちょうどよかった……明日の予定で相談が……ん? それは……」

 

 ヴェルフはリリの持つ袋に視線を落とす。

 

「【ニードルラビットの角】か‼ ひい、ふう、みい……十分だな。それ、貰えないか」

「え?」

「新しい装備に使いたくてな、明日の探索で探したかったんだが……これを貰えれば行かなくていい」

「ならいいですけど。貰い物ですし……ん?」

 

 そう言って袋を渡す。

 そこで嫌な予感がした。

 ヴェルフはベルの専属鍛冶師だ。つまりヴェルフが渡す者が……

 

「そうだ‼ ついでにこれを持って行ってくれ。『ベルの身を守るアイテム』だ」

「やっぱりいいいい!?」

 

 ヴェルフが作ったものならば勝手にベルに届くではないか。

 とんだ無駄足である。

 

(ベル様は誰かと逢瀬してますし……踏んだり蹴ったりです)

 

 ガックリと肩を落としつつ、アイテムを確認した。

 ぱっと見は背嚢(バックパック)

 お約束とばかりに兎の意匠が施されている。

 かなり良質な逸品だが、こんなものも造れるとは器用だ。

 

「こいつは【ハード・アーマードの柔皮】を基礎に皮鎧に匹敵する硬さを実現し、【やわらかな毛】をふんだんに中に詰め込んで衝撃に対する耐性を上げていて、さらに【バッドバットの翼膜】を利用したポケットでひみつ道具の保管もできるように改良を……」

 

 嬉しそうに新しい装備を解説し始める。

 聞けば聞くほどにリリの求めていた品だと分かるのが気に入らない。

 本当に自分は滑稽すぎる。

 

「あーはいはい渡しておきますね」

「おう! この【兎袋(ぴょんぴょん)】をベルに届けてくれ!」

「なんて?」

「【兎袋(ぴょんぴょん)】」

 

 俺はこれから新しい装備を作るぜ! と走り去るヴェルフ。

 彼はいつ休んでいるのだろうか。

 

(……帰ろ)

 

 色々と疲れてしまった少女はトボトボと帰路につくのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「何をやっているんでしょうか……」

 

 【アイアム・ガネーシャ】前で呟いたリリは盛大な空回りに落胆する。

 でも、もう良いだろう。

 うらないカードボックスによればベルの笑顔自体は見れるのだ。それで十分。

 

(プレゼントって大変だなぁ……)

 

 幼い頃に可愛らしい服を貰って無邪気に笑っていたが、いざプレゼントを送る側になるととても大変だ。

 老夫婦もこうして足が棒になるまで探し回ったのだろうか。

 

(あぁ、また……)

 

 今日は老夫婦のことをよく思い出す。

 胸を締め付ける記憶だが、それでも自分には欠けがえのないものだったらしい。

 

 既にリリは満足している。

 ベルやヘスティア、優しい人たちに囲まれた今こそ至宝だ。

 これほどに恵まれてさらに求めるなど図々しいというもの。

 

 だと言うのにこの心は浅ましくもかつてを懐かしむ。

 

「会いたいなぁ……」

 

 言葉にして後悔する。

 もう遅いのだ。リリとあの老夫婦の関係はあのとき終わった。

 疲労による気の迷いだ。

 一晩寝ればいつも通りに戻るだろう。

 

 扉を開き、【アイアム・ガネーシャ】の中に入るとリリは首をかしげた。

 静かだ。誰もいないと言うわけではないことは遠くや上の階から聞こえる足音で分かる。

 しかし、普段なら自然と耳に入ってくる団員たちの話し声が聞こえない。

 

(誰か来ているのでしょうか?)

 

 この辺りに人の姿が見えないと言うことは、玄関近くの個室に来客が来ているのかもしれない。

 だったらリリも余り物音を立てないように、静かに、そして素早く移動するしかないだろう。

 そう判断し、素早く廊下を抜けようとするリリだったが、リリの動きを察知したかのように扉は開かれた。

 

「あ、やっぱりリリだったんだ」

「ベル様?」

 

 扉から出てきたベル。

 てっきり来客が来ているのかと思っていたリリは面を食らってしまう。

 

「リリ、今ちょっと時間はあるかな?」

「リリですか? 特に用事はありませんが……」

「良かった。君にお客さんが来ているんだ」

 

 客、と言われてもリリにはピンと来なかった。

 わざわざ訪ねてくれる友人などはいなかったし、ヘスティアのように借金をしているという事もない。

 誰だろうかと思いつつ、扉を潜る。

 

「────」

 

 リリは息を止めた。

 自分の目が信じられず、視覚情報を処理する脳が上手く働いてくれない。

 

 先ほどまでずっと考えていた人たちがそこにいた。

 ずっと遠目で見守ってきたヒューマンの老夫婦。

 一度、【ソーマ・ファミリア】も何もかも捨てて逃げ出した時に、迎え入れてくれた優しかった人たち。

 

 リリが救われ、壊されてしまった居場所。

 二度と会う気はなかった人たちだった。

 

「ごめん、押しつけがましいかもしれないけど、ずっとすれ違ったままなのは嫌だったから……」

 

 ベルの言葉が麻痺した頭に響く。

 確かにチラリと彼に話をしたことはあった。

 花薄雪草(エーデルワイス)に目を取られた自分を気にしていた彼に、あの花の思い出を語ったのだっただろうか。

 何気ない会話をベルは覚えていたらしい。

 

 何て余計なことを。

 そう毒づく心だが、体は全く動いてくれない。

 いつもなら反射的に行えただろう逃走も、役立たずになった体では望むべくもなかった。

 

 会いたかった。

 見放されても、傷つけられても、会いたかった。

 それでも自分の存在はあの人たちを苦しめてしまうと自分を律し続けてきたのだ。

 

「……リリちゃん」

 

 妻の声にビクリッ、と震える肩。

 意識は彼女の次の言葉に向けられた。

 どんな言葉を期待しているのか、自分は何を言いたいのか。

 何も分からないままリリは妻の言葉の続きを待つ。

 

「ごめんなさい。貴女の抱えているものを理解しないで、半端に希望を与えて突き放して……」

「私たちは自分のことしか考えてなかった。許してくれ、リリちゃん……」

 

 続いたのは懺悔の言葉。

 こうなることは分かっていた。優しい人たちは自分の過ちを許せない。

 リリルカ・アーデが予測し、見たくないと思った光景だ。

 

 なのに、こんなにも動揺している。

 胸から想いが溢れ出す。

 何て現金なんだと、リリは軟弱な自分の心を詰った。

 

 離れるべきだという理性(こえ)と離れたくないという感情(こえ)

 葛藤し、凍り付いたリリの背を優しく押してくれたのは、いつの間にか隣に来たベルだった。

 

「いいんだよ」

 

 『笑顔』を見せて、リリを後押しするベル。

 理屈も何も全部無視して、感情に素直になればいい。

 あの日、自分の手を取ってくれたように、と言外に語る少年が決定打だった。

 

「っ……お爺さんっ、お婆さんっ」

 

 決壊した想いが小さな体を弾かせる。

 あの日と同じように老夫婦に駆け寄るリリ。

 あの日、その小さな手を払い退けて拒絶した二人は──今度こそリリを包み込んだ。

 

 涙ながらに抱擁し、謝り合う老夫婦とリリ。

 再始動した3人の時間を見届けたベルは、もう大丈夫だと静かに部屋を後にした。

 ここからは、部外者がいてはいけない。

 失った3人の時間を取り戻すには、時間がきっと掛かるだろうから。

 今は何も考えず、再会を喜んでほしかった。

 

 オラリオは出会いと別れの街。

 望まぬすれ違いで別たれてしまっても、縁がつながればこうして再会することもできる。

 そう思うとなんだか嬉しくて、ベルは窓の外から見える街の風景に微笑んだ。




 兎袋(ぴょんぴょん)は時武佳夢様のアイディアでした。
 コメントありがとうございます。
 ヴェルフの装備案はまだ募集しているので、気軽にコメントをしてください。

 うらないカードボックスの結果は、プレゼント探しを行っていると『花束(老夫婦)』に再会し、『笑顔のベル』に後押しされて仲直りできる。と言うモノでした。

 え?『桃色と黒色』?
 それはまた次回に……

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