ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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それは少女の小さな決意

 時計の針を無理矢理動かしたのは硝子音。

 ファミリアの仲間や闇派閥(イヴィルス)から隠れるため、商業用の宿屋を利用していたレフィーヤはその音に飛び起きた。

 

「な、何ですか!?」

 

 カーテンを閉めた部屋の中で、懊悩しているうちに眠ってしまったらしい。

 数日間ずっとこの部屋にこもっていたことで時間の感覚がずれてしまったのだろうか、真っ昼間から熟睡してしまったことを自覚したレフィーヤは顔を青くした。

 

(今の硝子音はまさか襲撃? タガが外れ始めている闇派閥(イヴィルス)ならおかしな話じゃない)

 

 怪人(クリーチャー)闇派閥(イヴィルス)においてはどのような地位にあるかは分からないが、リヴィラの街では白髪の怪人(クリーチャー)が指揮を執っていたことから、深い関わりがあるのは確かだ。

 

 フィルヴィスを回収に来たのか、口封じに来たのか、どちらが闇派閥(イヴィルス)の選ぶ行動かは分からないが、これが闇派閥(イヴィルス)の襲撃ならば最悪だ。

 どちらにおいてもレフィーヤは邪魔ものになる。そうなれば交戦するのは必然だが、レフィーヤは後衛魔導士。主戦力である魔法は街中で気軽に放てるものではない。

 

 【ロキ・ファミリア】の団員として接近戦の訓練も受けてはいるが、本職顔負けとはいかない。ミノタウロスにすらレベル3になってステイタスのごり押しが出来るから倒せる、という程度しか接近戦をこなせないレフィーヤでは焼け石に水だ。

 

「本当に襲撃なのか確認……」

 

 その時、宿からやや離れた位置から感じる魔力。そして破裂音。

 魔法にしては小さすぎる波長は恐らく魔道具(マジックアイテム)によるものだろう。

 

 そんなものを気軽に街中で使うわけがない。

 つまり、使わなければならない何かが宿の外で起こったという事。

 

(本格的に襲撃を受けたにしては静かすぎる。なら、まだ相手は本格的に動いてないのかも)

 

 下っ端の暴走か。

 情報伝達のミスか。

 どちらにせよ、先手は向こうに握られた。

 

(情報を確認してからじゃ間に合わない。今、ここから出るしかない)

 

 そう判断するとレフィーヤは色を付けて宿代をテーブルに置き、未だベッドの上で呆けているフィルヴィスの手を取って部屋を後にする。

 幸い、こうした襲撃の可能性も考えてあらかじめ宿からの脱出ルートは想定済み、騒がしくなり始めた宿の入り口前の怒鳴り声をよそに、二人は裏口を通り細く、複雑な裏路地を走った。

 

「なにが土下座だ! 弁償すればいいってもんじゃないの! 直すまでの間、割れた後のある窓を見てお客様方がどう思うと思ってんの? それでダウンしたイメージによる被害は窓代じゃ足りないんだよ‼」

「本当にすまん‼ この通り‼ この通りだ‼ ……あれ? あの小人族(パルゥム)はどこ行った?」

 

 ざわざわと人々が野次馬に集まる宿前。

 額に血管を浮かべて怒鳴り散らす宿主にヘコへコと頭を下げる武神。

 そんな人の目が集まりすぎた宿屋を忌々し気に見つめる人影があった。

 

「……」

 

 何者かは言葉を発することなく、自身の同胞に作戦中止の意を込めたメッセージを手の動きで発する。宿の周りで待機していた、いくつかの人影はそのメッセージを受け取るとそれぞれ頷き身を隠すのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 雑多に建物が乱立するオラリオには、裏通りも多い。

 住民ですら時に迷ってしまう通路は、メインストリートを渡らずともオラリオ内の様々な区画に繋がっている。

 よそ者がうっかり迷い込んで、そのまま帰ってこれなくなることもある薄暗い道を、レフィーヤはフィルヴィスの手を繋ぎながら走っていた。

 

(あれが本当の襲撃だったにしろ、そうでないにしろそろそろタイムリミットだった。なら、ちょうどいい機会だったって切り替えるしかない)

 

 人目を気にして中々外に出る決断が出来なかったレフィーヤは、この災難をいいきっかけだったと思うことにした。

 問題はここからだ。

 

(何処に行けばいいのっ!?)

 

 まず【ディオニュソス・ファミリア】はない。

 フィルヴィスが何も話してくれない以上、レフィーヤの推測でしかないが、現状ディオニュソスが闇派閥(イヴィルス)と関わりを持っている可能性は非常に高いのだ。フィルヴィスを男神に届ければ、彼が黒だった場合、間違いなくレフィーヤは始末される。

 

 次に【ロキ・ファミリア】も選べない。

 レフィーヤの安全と言う意味ならそれが最善。

 だがフィルヴィスは恐らく抹殺されるだろう。闇派閥(イヴィルス)と深い関わりがあると予想できる人物を匿うなんてするはずがない。こんなことをしているレフィーヤがおかしいのだ。

 

 ギルド、【ガネーシャ・ファミリア】も立場上、フィルヴィスを放っておくなどできないはずだ。そもそもその二勢力は【ロキ・ファミリア】の同士と言うワケではなく、【フレイヤ・ファミリア】よりはましだが普段は政敵に近い関係にある。

 必ず腹の探り合いになる。そうした策謀を張り巡らせること等、魔力しか誇れるものが無いレフィーヤには土台無理な話だ。

 

 その他の勢力に関してはそもそも接点がない。

 怪人(クリーチャー)と言う爆弾を共に抱え込もうとするお人好しがどこにいるというのか。

 レフィーヤは孤立していた。

 

(どこかに協力を取り付けるのは無理。なら、フィルヴィスさんを隠せる場所だけでも)

 

 もう宿屋を利用するのは無理だろう。

 人目につきやすい場所ではあるし、そんな所を転々としている二人に注目が集まるのは避けられない。レフィーヤもフィルヴィスもそれなりに名は知られているのだから。

 先のように客の顔を碌に確認しない宿がそうそうあるはずがないのだ。

 

(なら、人目につかない所に匿うしか……)

 

 だが人目につかないところなど何処にあるのか。

 ここは世界の中心。迷宮都市オラリオ。

 どんな場所であっても、どんな時であっても活気あふれる場所だ。

 

 この都市に来てから、度々レフィーヤの胸を高鳴らせた賑やかさが今は苦しい。

 こうして裏路地を通る間も何人かとすれ違っている。

 知り合いがいなかったのは幸いだが、それが続くとも限らない。

 

(やっぱりオラリオに人が集まらないところ……なん、て……)

 

 その時、レフィーヤの頭の中で何かが引っかかった。

 人が集まらない。そんな話題をつい最近聞いたはずだ。

 確か話していたのは噂好きのエルフィ。

 ルームメイトであるが故に、彼女と話す機会が多いレフィーヤはそれなりに都市の情勢にも詳しくなっていた。

 

『最近【イシュタル・ファミリア】がヤバいらしいよ~。幽霊が出るとか、【男殺し(アンドロクトノス)】がモンスターみたいな姿になって徘徊してるとかでお客さんが全然来ないんだって~。騒ぎ好きの神様たちですら近寄らなくなってるなんて相当だよね~』

 

 そんな言葉を思い出した時、レフィーヤは思わず手を叩いた。

 隣でフィルヴィスがビクッ、と怯えていたので慌てて謝るが、内心の興奮は冷めやらない。

 よく思い出せたと自分を喝采したくなった。

 

 ここならば人目にはまずつかないはずだ。

 噂では【イシュタル・ファミリア】の娼婦たちが自分たちから売り込んで、わざわざホームから離れた地点に行かなければならないほどに大変らしい。

 そこならば上手く潜むことも可能ではないだろうか。

 娼館の中には使われていない建物があってもおかしくはないし、何ならあの少年たちのようにその地下で過ごすという手もありだ。

 

 なにより神々が近寄らないというのは実にいい。

 あの神出鬼没で予想不可能で傍迷惑な存在は出来れば会いたくないものだ。

 特に下界の人間たちにはない観察力は、今のフィルヴィスのことも見通してしまうかもしれない。神たちがいない所など、今の娼館くらいしかないだろう。

 

「【男殺し(アンドロクトノス)】のことは気になりますが暴れてるわけじゃないですし、まあ、大丈夫でしょう」

 

 見た目が恐ろしくなっている()()だ。

 色々やりたい男たちには気分を害するものだから近寄りたくないのだろうが、自分たちにそういう目的はないので不快な思いをしても我慢すればいい。

 と言うか女性に向かってなかなか酷い噂である。

 

(この世のものとは思えない醜さだから、絶対に行くなと神様たちが言いふらしてるようですが、きっと誇張も入ってますね。神様ですし)

 

 見ただけで気絶するとか。

 アマゾネスの定義が狂ったとか。

 男にも選ぶ権利はあるとか。

 色んな人が悪乗りで継ぎ足したであろうことが透けて見える噂だ。

 毎日底値を更新し続けているなどと言う滅茶苦茶な評価もあるらしい。誇張もいいところだ。

 

 それで人がいないのだから助かる。

 噂ほどひどいものではないだろうし、そうと決まれば早く行くべきだろう。

 あれこれ考えたが、そもそも会う確率などほとんどないだろうし。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「不細工どもぉ、アタイは美しいだろぉ~?」

(来るんじゃなかった)

 

 想像以上に人気のない歓楽街に驚きつつも、忍び込める空き家を探していたレフィーヤとフィルヴィスだったが、遭遇してしまった目の前の存在に言葉を失っていた。

 まず、その巨体だ。都市を代表する第一級冒険者であるフリュネのことは他派閥の冒険者とは言え、レフィーヤも何度か目にすることはあった。

 憧憬(アイズ)に度々絡む様子があったために印象にも残りやすかったのだ。

 あれこれ言われる容姿ではあったが、それでもまだアマゾネス……? となるくらいには人間的だったはず。

 

 しかし、今レフィーヤたちの前に立っている存在の肌の色は白だ。

 白い肌と言うのは一般的には誉め言葉だが、今のフリュネには当てはまらない。

 なにせ、今のフリュネの肌はしわくちゃなのである。そして血が通っていないのではないかと言うほどに青白い。

 

 不健康な肌の見た目と言うならば、今のフィルヴィスも同じだが、フリュネはもう(ロウ)で造られたと言われても信じられるほどに不自然な白だ。

 まるで毒性のある何かに長時間浸っていたかのようなふやけ具合である。

 

(おまけに何なんですかあのメイク……っ)

 

 さらに追い打ちをかけるのはメイクだ。

 もともと大きな目の持ち主だったが、更に強調されている。おかげで目玉が飛び出ているかのよう。そして口紅はドギツイ紫。肌が全く光を反射していない中、そこだけテカテカと輝いていることに凄まじい違和感を感じてしまった。

 

 想像をはるかに超える厄災の降臨に二人の妖精は震えることしかできない。

 多分、今のフィルヴィスの顔色を見られても、恐怖で真っ青になったようにしか見えないだろう。ぎゅっ、とレフィーヤを掴んでいるフィルヴィスは半分涙目だ。

 

「失礼な奴らだねぇ~その長ったらしい耳は飾りかいっっ!?」

 

 怯えるだけで質問に答えない二人に凄むフリュネ。

 それでも口を開けたら、漂う酸っぱい臭いが肺に入ってどうにかなりそうで開けない。

 

(噂って全部本当だったんですね……)

 

 とんでもない噂があるところに神々が集まらなかった理由が分かった。

 恐らく、娯楽好きの神々は一度ここに突撃して地獄を見たのだ。

 性格最悪な彼らですら、命からがら戻った後は歓楽街に行かないように眷属(こども)たちに警告するレベルの地獄を。

 

「……そうかい! そうかい! アタイが美しすぎて言葉も出ないかい! ならもっと近くで見せてやるよっ‼」

 

 一人で何やら納得したらしいフリュネが丸太のような手を伸ばす。

 自分たちを掴んで至近距離で鑑賞させる気だと気づいた時、ついにフィルヴィスは決壊した。

 

「うわあああああああっ!?」

「へぶりゃあっ!?」

 

 技もへったくれもないパンチだが、油断しきっていたフリュネはクリーンヒットを食らってしまう。

 凄まじい勢いで吹っ飛ぶ巨体は衝撃波を放ちつつ、建物に激突した。

 

「ににに逃げるぞ! レフィーヤッッ!?」

「は、はい~~っ!?」

 

 一刻も早くフリュネから逃れようと脇目もふらずに近くの娼館に飛び込む。

 先ほどまでとは逆にフィルヴィスがレフィーヤの手を引く形になり、あれ? ひょっとしてフィルヴィスさんアイズさんより速い? と混乱しつつレフィーヤたちは大慌てで階段を駆け上った。

 

 こんな騒ぎなのに全く人が出ないのはフリュネを怖がっているからだろうか。

 普通に考えればあり得ない考えが信憑性を持ってしまう。

 

「ウガアアアアアッッ‼ アタイの美しい顔によくもおおおおオオオオオオオッッ!?」

 

 下の階から聞こえてきた獣の咆哮じみた怨嗟の声に、身をすくませるレフィーヤは思わず足をもつれさせて倒れてしまう。

 そのまま手を繋いでいたフィルヴィスも巻き込んで、レフィーヤは襖を倒して部屋に転がり込んでしまう。

 

「きゃあああ!?」

「うわっ!?」

「コンッ!?」

 

 部屋の中にいた娼婦は狐人(ルナール)の少女だった。

 突然現れた二人に目を白黒させる少女は混乱した様子だったが、階段を駆け上がる超重量な音で全てを察したらしく、二人の手を引いた。

 

「この屏風の裏にお隠れ下さいっ」

 

 言われるがまま屏風の裏に隠れるレフィーヤとフィルヴィスは息を潜める。

 生きた心地がしないまま、緩慢な時間の流れに身を任せているとやがて足音が近づいた。

 

「春姫ェ! ここにエルフの二人が……アァン?」

「す、スースー……むにゃむにゃ」

(まさか寝たふりで押し通す気ですか!?)

(むにゃむにゃなんて実際にいうわけないだろう!?)

 

 どうやら寝ていたのでエルフたちは見ていないと誤魔化す気らしい狐人(ルナール)

 あまりにも無理のある言い訳だが。

 

「っち、アタイが来るといつもサボって寝てるねぇこいつは」

(通じちゃうんですか!?)

(それ寝てるんじゃなくて、アレを見て気絶してるだけじゃないか?)

 

 どうやら彼女はフリュネが来るたびに気絶しているらしく、あっさりと騙される。

 そのまま殺気立った様子で部屋を後にした。

 

「……も、もう大丈夫でございます」

「ありがとうございましたっ」

「すまないっ、助かった!」

 

 狐耳をぴくぴくと動かし、フリュネが去って行ったことを確認した狐人(ルナール)が寝たふりを止める。

 半泣きで礼を告げる二人はほっと息をついた。

 

「いつも通りなら、この後フリュネ様はステイタス更新のためにイシュタル様のいるホームに行くので、その時間帯に外に出てくださいませ」

「分かりました」

「それまではこの部屋にいてくださいませ。【イシュタル・ファミリア】の姐さんたちがフリュネ様の命を受けて探しているかもしれません」

 

 何とかこの窮地を脱したと実感し、脱力する。

 正直、この後の隠れ家を見つける気力がそがれてしまった。

 最悪下水道で一晩過ごそうと考えるレフィーヤは、狐人(ルナール)の娼婦が自分たちに視線を注いでいることに気付く。

 

「……あ、申し訳ありません。こうして人が来るのはあの方以外では初めてで」

「あの方?」

「はい。こんな私を気にかけてくださるお優しい方で……」

(これはひょっとしなくとも……)

 

 いつも予想外の方法で忍び込むのだという、その少年の話をする彼女の頬は淡く赤らんでいた。

 年頃のそういった話に敏感なレフィーヤは甘い想いの香りにちょっと興味が湧く。

 

「娼館に金を払わずに忍び込んでいるのか?」

「はい。でも、私と話をしてくださるだけの紳士な方です」

「不法侵入していて紳士は無理があるんじゃないか?」

(フィルヴィスさん、そういうこと言ったらだめですっ)

 

 少女の惚れ事に冷静なツッコミを入れるフィルヴィス。

 先ほどまで壊れた人形のようなありさまだったというのに、凄まじい回復力である。

 そんなに先ほどの厄災(フリュネ)がショックだったのか。

 

「娼館にこもっていて世情に疎い私に、その方は色々と教えてくださるのです。最近では【剣姫】様という冒険者と【フレイヤ・ファミリア】が戦ったというお話を……」

「え?」

 

 狐人(ルナール)の言葉に戸惑うレフィーヤ。

 闇派閥(イヴィルス)ならばまだ分かる。

 しかし、【フレイヤ・ファミリア】と戦ったとはどういうことか。

 

(例のジャガ丸くん騒動の続き? でもあれはリヴェリア様によって終止符が……)

 

 一体何が起きたのか。

 自分が少し離れている間に事態が大きく動いているらしいと動揺する。

 

(一度黄昏の館(ホーム)に戻る? でもフィルヴィスさんを置いては……)

 

 状況が分からず判断ができない。

 フィルヴィスはそんなレフィーヤを何か言いたげに見つめる。

 

「よろしいのですか?」

「……何がだ」

「事情を知らない私がいらぬ世話だとは分かっていますが、道は自分で選べます」

「……」

「自分を棚に上げているようでお恥ずかしいですが……このまま流されて後悔しませんか?」

 

 狐人(ルナール)の言葉を受け止め、フィルヴィスは目を閉じる。

 その頭に浮かぶのは不安か、恐怖か。

 少しの間沈黙を続けたフィルヴィスはやがて顔を上げ、レフィーヤに近づいた。

 

「レフィーヤ」

「……え? ど、どうしたんですか?」

「済まない、迷惑をかけた。私はこのままお前から離れる」

「フィ、フィルヴィスさん!?」

「お前を危険に巻き込みたくない。なにより、大切な仲間を優先すべきだ」

 

 フィルヴィスの申し出にレフィーヤは一瞬何を言っているのか分からなかった。

 少ししてその意味を理解したレフィーヤは……爆発した。

 

「何を言ってるんですか! 今のフィルヴィスさんを放ってなんてっ」

「いいんだ。汚れたこの身でお前に縋る資格なんて私にはそもそもなかった」

「っだから、そうやって一人で納得しないでって言ってるんです!」

 

 フィルヴィスの提案は当然のことではあった。

 フィルヴィスは怪人(クリーチャー)だ。深入りすることはレフィーヤに良いことではない。

 ここできっぱりとフィルヴィスを忘れ、次は敵として対処する方が正しい。

 

「本当に資格なんてないんだ。私の噂は知っているだろう」

「……死妖精(バンシー)

「そうだ、私とパーティーを組んだ者が次々と死んでいったのは当然だ。私が、殺した」

「……っ‼」

「薄々気が付いていただろう? 私はもう、後戻りができない存在なんだよ」

 

 ずっと可能性を考え、その度に頭の奥隅に押し込んでいたことを彼女は暴露した。

 最悪の告白にレフィーヤの心臓が止まったかのような衝撃を受ける。

 

「だから、いいんだ」

 

 そう告げるフィルヴィスの顔は無表情。

 仮面を被ったように生気を感じさせない。

 

「……っ」

 

 だが、レフィーヤはもう知っている。

 フィルヴィスは冷酷な殺人鬼になどなれない。

 その心はもうボロボロなのだと、この数日で痛いほど理解してしまえている。

 それをどうして見捨てろなどと言うのか。そんなことが出来ると本気で思っているのかとレフィーヤは滅茶苦茶な怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「いいわけがない!」

「レフィーヤ……」

「貴女に罪があることは分かりました。それは決して許されない罪でしょう……でも、違うでしょう! ここでフィルヴィスさんを突き放すのは絶対違う!」

「違わないさ、今更お前に救われる資格は……」

「資格資格言わないでくださいっ‼」

 

 フィルヴィスの正論など耳に入らない。入れてやらない。

 溢れ出す感情はレフィーヤの虚飾なき本音だ。

 

「あんな顔をされて、見なかったことなんてできない!」

 

 ついに、口にした。

 道理に合わない。罪人を救いたいという願いを。

 

「……」

「ハァッ、ハァッ……」

 

 その勢いにフィルヴィスが困り果てた顔で沈黙する。

 レフィーヤも一気にまくしたてたため、息を切らせていた。

 気まずい沈黙が部屋を支配する中、ポンと二人の肩に手が置かれた。

 

「そこまでです。ここで一度止めましょう?」

「あ……」

「すまない、私もレフィーヤも熱くなり過ぎた」

 

 狐人(ルナール)の娼婦は二人に優しく微笑みかけると、一人の少年の話を始めた。

 

「これは聞いた話なのですが、お二人のように『助けたい』と『助けられたくない』でぶつかったお二方がいたそうです」

「……その方たちはどうなったんですか?」

「最終的には本音をぶつけ合い、無理矢理にでも助ける我儘を通したそうですよ」

「……」

「今はまだ、決められないかもしれませんが……賢くある必要はないと思います」

 

 そうではない愚かな選択が道を切り開くときもある。

 

「少なくとも、縁は切ってはなりません。それは、辛いことです」

 

 狐人(ルナール)の娼婦は最後に「本当に私に言えたことではありませんが」と呟いて言葉を締めた。

 

「でも、縁を切るなと言われても私は身を隠さなければ……」

「でしたら暫くはこの部屋で落ち合うのはいかがでしょう? そちらのレフィーヤ様はホームに戻らなければいけないようですし、ここを約束の場にしていただければ」

「い、いいんですか?」

 

 レフィーヤもフィルヴィスも戸惑いを隠せなかった。

 はっきりと言ってレフィーヤたちだけが得をし、彼女には何のメリットもない話だ。

 

「はい。……最期に、善行を成しておきたかったのかも知れません」

「え?」

「いえ、大したことではありません」

 

 袂で口元を隠す狐人(ルナール)

 彼女によって与えられた先延ばしの機会。

 二人は少し考え、それに乗った。

 

「……本当はこうすべきではないのだろうが」

「……その結論は、いつかはっきり決めましょう」

 

 その後、フィルヴィスは近くの下水道に身を隠し、レフィーヤはホームに戻ることを決めた。

 狐人(ルナール)の案内で無事、娼館から抜け出せた二人はメインストリートの前で別れる。

 

「……」

 

 フィルヴィスから言葉はなかった。

 自分を律するように、レフィーヤに一瞥もくれずに暗くなり始めた道を行く。

 

「……絶対、助けますからね!」

 

 レフィーヤの別れ際の言葉にも彼女は反応せず、歩みを止めることは無い。

 だが、レフィーヤには夕日に照らされるその顔が、どこか泣いているように見えた。




 『桃色と黒色』の占いは、リリがプレゼント探しの際に起こすアクシデントによって、レフィーヤとフィルヴィスの行く末が変わると言う意味でした。
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