ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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深紅が見つめる先は

 重なる銀の剣閃。

 まだ太陽の光に照らされたばかりの空気は、少し肌にツンと突き刺すような冷たさをはらんだままだ。否が応でも意識が覚醒させられる。

 

「グッ!?」

 

 そんな気温で良かった。

 寝ぼけ(まなこ)のままだったら、きっとあっさり叩きのめされただろうから。

 やっぱりアイズさんは凄く強い人だ。

 訓練が始まってからそこそこ時間が経つのに一向に慣れる気配はない。

 

「……」

 

 掛け声も出さず、静かに剣を振るうアイズさん。

 明らかに手を抜かれているのに、まるで相手にならない。

 前に食人花(ヴィオラス)と戦っている時に風の付与魔法(エンチャント)を使っているところを見たのを思い出す。

 もし、目の前の憧憬が全力を出したらどうなってしまうのだろうか。

 ヘタをしたら剣圧だけで真っ二つ……なんてことになるのかもしれない。

 

 そんな馬鹿な考えにちょっと笑いそうになるが、次々と腕を襲う衝撃に顔は歪み、笑うのに失敗してしまう。

 今まであまり経験はなかったけど、守勢に回るのってすごい疲れる。

 終わりが見えないし、こうして命の危険にさらされるたびに精神をガリガリと削られていくみたいでおかしくなりそうだ。

 

(このままじゃまたやられる。攻めろ!)

 

 教え子として一生懸命教えてくれる先生に無様は見せたくない。

 焼き写しのように、為すすべなくやられることを繰り返していては訓練の意味がないのだから、失敗を恐れず果敢に挑むべきだ。

 

(命の危険が無い今こそ冒険の時だ!)

 

 振り下ろされた一撃を受け流し、と言うには少々強引なやり方で自分から逸らす。

 神の刃(ヘスティアナイフ)の頑強さを信じ、彼女の細腕から出されているとは思えない剛力の向かう方向に無理やり干渉した。

 肝が冷える挑戦だったが、どうにか受け流しきった対価は小さな隙。

 この生み出したチャンスを無駄にしまいと、僕は紫紺の煌きを放った。

 その斬撃の数は3。無理をしながら繰り出した攻撃にしては上々の数だ。

 

 3連撃全てが当たる訳じゃなくても、一つくらいは……

 そんな淡い期待をアイズさんはあっさりと叩き落した。

 全く動じずに対処される連撃。生み出したはずの隙は、その実予定調和だったという事なのか。

 静かに僕を見据える金の瞳。

 

「うわぁっ!?」

 

 そして始まったのは銀の嵐だ。

 剣の速度は先ほどと変わらないはず、なのに全く受けきれない。

 無理な攻撃体勢が僕の動きを奪っていた。

 それを咎めるように対応しきれなくなり始めた攻撃が肌を掠めていく。

 

(こうなったら……っ‼)

 

 弾き飛ばされ、勢いよく転がった僕は起きる動作と同時に、ブーツの側面に付けられた小さなレバーを引いた。

 足を強く踏み込み、靴に仕込まれた装置を起動する。

 カチリ、と足の裏に何かの小さな衝撃が走ったのを自覚すると同時に世界がブレた。

 突然の加速は、アイズさんの剣を置き去りにし、僕と彼女の距離を急激に縮めさせた。

 

 これがヴェルフの新装備【兎弾足(ぴょん弾ブーツ)】。

 白い具足(ブーツ)は僕に会わせた特注品(オーダーメイド)なだけあって、軽く、硬く、動きやすい。

 そのままでも十分に有用な装備だが、ヴェルフらしくこの装備にも面白い機能が取り付けられている。

 それは発光瓶(フラッシュボトル)を利用した衝撃波だ。

 

『お前が教えてくれたこの発光瓶(フラッシュボトル)だが、調べてみると発動する瞬間だけ小さな火花が散っているんだ。つまり、こいつは簡易的な発火装置にもなるってことだな。もちろんこれだけじゃとても火を付けたりすることは出来ないが、それを解決するのがこいつだ。このアイテムは火炎石っつてな、フレイムロックのドロップアイテムなんだが、発火剤になるほど可燃性が高い。こいつをブーツの底に少量だけ仕込んで爆発を起こすわけだな。こいつを起動させるには強い衝撃が必要なわけだが、強く踏み込んだだけで発動してたらおちおち走ることもできないだろ? それを解決するためにマジックアイテムで普段は装置を止めておいて……』

 

 物凄いペラペラと話していたが、要は靴の底で爆発を起こす機能があるらしい。

 安全装置を解除して、強く踏み込むと発動するそれは、ステイタス以上の敏捷を可能とする。

 

 レベル2のステイタス以上の速さで接近する僕の動きは、完全に予想外のはず。

 今度こそ一本を……そう考える僕の視界からアイズさんの姿が掻き消える、

 一体どこへ、と思う前に喉に走る痛み。

 

「ぅぐえっっ!?」

 

 喉に何かがめり込むと、視界の風景がぐるんっと回った。

 石造りの欄干と床が消え、綺麗な青空が一面に広がる。

 そして首筋に走る鈍い痛み。

 グラグラと揺れる思考は、辛うじて自分が床に倒れていることだけを理解した。

 

「ぐっ、ゴホッ!、ゴホッ!……」

 

 ムセ込む喉が空気を欲する中、視界に揺らめく金髪が見えた。

 吸い込まれるような青い空に、太陽の光を反射する金髪は良く映えるのだな、なんて場違いな感想が浮かんでしまう。

 

「今のは良くないよ」

 

 何が悪かったのでしょう、と聞きたいがまだ喉に痛みは走り続けている。

 それを察してくれたのか、アイズさんは僕の隣に座り込んで教えてくれた。

 

「装備で起死回生するのはいいけど、さっきの君は何も考えずに使っていた」

 

 恥ずかしいがその通りだ。

 アイズさんの意表をついて、状況を何とかしようとしか思ってなかった。

 

「んっと……アイテムを使うと人はそのことばかりに注意が向くから、それを使ったらどうなるかとか、そういった剣とかではできていた予想がやれなくなりがち」 

 

 詰まる所、技と駆け引きの欠落だ。

 剣技などとは違い、外付けの力だからか、使う際は単純化しがちだとアイズさんは指摘する。

 耳が痛かった。兎弾足(ぴょん弾ブーツ)はひみつ道具じゃないけど、これはひみつ道具にも言えることだ。

 ひみつ道具を使いこなすというのは、場当たり的に対処していてはだめなのかもしれない。それを使ったらどうなるか、それを考えられるようにならなくては。

 

「でも、私の意表をつこうとしたのはいい発想。だから、後はアイテムを使うことだけに意識が向かないようにすればいい」

 

 これも集中力の配分と言ってもいいのかのしれない。

 アイテムをどう使うか、それをあらかじめ決めておけば、一瞬で考えなきゃいけない情報はかなり減る。

 だから、普段から考え続けることが大切なのだろう。

 こう考えると、冒険者って意外と頭を使う仕事なのかも。

 

「……今日はここまでだね。また、明日」

「はい。ありがとうございました」

 

 ファミリアの幹部としてやることが色々とあるらしいアイズさんとは、ここで別れる。

 階段を下っていく憧憬の背中を見つめながら、僕は沈んだ気持ちになった。

 

(また、カッコ悪いところを見せちゃった……)

 

 冒険者歴一ヶ月の分際で何を考えているのかと自分でも思うが、恋する相手にはカッコいいところだけを見せていたいのだ。

 はぁっ、とため息を吐きつつ、アイズさんの教えを反芻し、僕は素振りを始めるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「せやあああああっ‼」

 

 強くなるためには一人で訓練することも必要になる。

 とは言え、今の僕は闇派閥(イヴィルス)から狙われる身。

 最近は全く姿を見せないとはいえ、油断はできないだろう。

 と言うか、散々一人で娼館に忍び込んでいる僕はシャクティさんに凄い睨まれている。訓練の時くらいは安全第一で行こう。

 え? 娼館に行くときも安全第一?

 娼館行くと言って、護衛がよこされるとは思えないし……

 

 そうなると、どこが良いのだろうかと迷った僕はある場所を思い出した。

 それは旧【ヘスティア・ファミリア】のホームである。

 ポップ地下室によって大きくなった地下室は訓練するには困らない。

 鍵を閉めれば安全性もあるし、良いアイディアだと思う。

 

 ヘスティアナイフと同じ重さの木でできたナイフを使う。

 相手は紙工作でつくったモンスター……らしきもの。

 らしきものと言うのは僕が知っているダンジョン製のモンスターとは所々の特徴が異なるからだ。

 ドラえもんさんの世界だとモンスターは架空の生き物らしいし、これはその世界の人たちがイメージで作ったモンスターの姿なのかも。

 

「ゴブゴブゥッ!」

(なんか気が抜けるなぁ……)

 

 鳴き声もどこか可愛らしい。

 ちょっとやりにくいけど、これも訓練。気を入れないと。

 

「集中力の分配……集中力の……」

 

 ゴブリン(切り絵)の動きを注視しようとして、いつも通り集中しすぎていると気づいて自分を戒める。

 集中しすぎないという感覚は何となくつかめてきたが、まだ自然にそれを(こな)すことは難しい。

 

(よしっ、もう一回……)

 

 普段の足を動かした戦い方を止めて、一点に留まるカウンター主体のやり方に切り替えた。

 アイズさんとの訓練で分かったことだけど、返し技(カウンター)と言うのは反射じゃできない。

 とんでもない天才とかならできるのかもしれないけど、基本的にこの技を使うには相手の動きを予測する必要がある。受け身になっている以上、失敗すれば無防備に攻撃を食らってしまうのだから。

 

 それに相手の攻撃を食らわない様にしつつ、相手の隙を伺うというのは難しいことだ。

 僕は集中の配分が未だに下手くそだから、どちらかに注力してしまう。

 元来の臆病な性格もあって、回避ばかりになって攻撃の手が止まっている、とは何度も指摘を受けたことだった。

 

 だからこそ、足を動かさなくていいこの戦い方は、その分の集中力を相手の観察に使える。

 集中力の配分という訓練の目的とは矛盾するようだが、そもそも僕は相手の観察が上手くできてないと思う。アイズさんのフェイントにあっさりと引っかかるのがその証拠だと言っていい。

 まずは相手の観察と行動の予測の精度を上げない事には配分以前の問題だ。

 

「ゴブゴブゥ!」

「っと!」

 

 ゴブリン(切り絵)の動きを注視した。

 目線が僕の胸部に向いている。紙一重で兎鎧を掠めた打撃を回避。

 棍棒(切り絵)が僅かに浮いた。横殴りの一撃に木のナイフを添わせて受け流す。

 上体が沈み始めた。即座に膝蹴りを食らわせて攻勢を未然に防いだ。

 

 観察・予測・観察・予測・観察・予測。

 面白いほどに噛み合うカウンターは散々憧憬に見せられたものの再現だ。

 なるほどこれは凄い。アイズさんがどうして紙一重の攻防を大切にしているか分かった。これは楽だ。

 勿論、ただ攻撃から身を守るなら、大きく躱したほうが確実だし、あれこれ駆け引きも要らない。

 だが相手を倒さなければならない時に、無駄な動きは多くの物を浪費させる、

 それは体力だったり、距離だったり、或いは相手の隙だったり。 

 命をかけた戦いにおいて、その重要性は僕でも分かる。

 

 紙一重の先には多くのリターンがある。

 華麗に見えた彼女の剣技はその実、効率化の化身だったらしい。

 

(相手はレベル1相当とは言え、もう攻撃は見切れている)

 

 なら次のステップだ。

 観察・予測、この後にもう一動作を付け加える。

 それが達成出来たらまたもう一動作、更にそれが達成できたら……

 それを繰り返せば、アイズさんの教えようとしている集中力の配分をものにできるはずだ。

 

(まずは足を動かそう)

 

 とは言ってもいきなりいつも通りの足さばきは難しい。

 まずは単調な動きから始めよう。幸い、この状況にぴったりなのが兎弾足(ぴょん弾ブーツ)だ。

 安全装置を解除し、思い切り踏み込む。

 その瞬間、僕の体は突風を纏って直進した。

 

「ゴブゴブゥ!?」

「……え?」

 

 が、ここで予想外の事態が起こる。

 何とゴブリン(切り絵)が風圧で吹き飛んでしまったのだ。

 まさかの出来事に思考が停止する。()()()()()()()()

 

 あっという間にバランスを崩した僕は、自らの迂闊さを呪いつつ、衝撃に備えて歯を食いしばる。だが、予想していた地面との激突は起きず、僕の体は緑の触手に包まれていた。

 

「あっ……ヴィオラス、ありがとう」

 

 気にしないで、と言うように僕から離れた触手を揺らすヴィオラスは、先日この地下室に来たばかりだ。

 【ガネーシャ・ファミリア】の協力の下、無事にこの地下室に送り届けられたヴィオラスは今までの窮屈な檻から一転して広いこの部屋でのびのびと暮らしている。

 今も僕の自主訓練を(目はないけど)眺めつつ、ガネーシャ様が用意してくれた大きなボールで遊んでいた。こうやって見ていると、見た目には全然合わないけど幼児みたいだ。

 

「あ、ゴブリン(切り絵)も取ってくれたんだ」

 

 もう片方の触手で捕まっているゴブリン(切り絵)が必死に逃げ出そうとする中、ヴィオラスはゆらゆらと揺らして悪戯している。

 片方は偽物とは言え、人類の天敵同士がじゃれついているのを微笑ましく見ている僕はちょっとおかしいのかもしれない。

 

(でも、予想外の弱点だったな……風圧に弱いのか……)

 

 紙なのだから当然かもしれないが、これでは訓練にならない。

 どんなに厳しい状況でも、風が吹けば飛んで行くモンスターでは兎弾足(ぴょん弾ブーツ)の鴨だ。

 簡単に倒せるどころか、うっかり倒さないように気を遣うレベルである。

 

「ここにいる他のモンスターの切り絵も同じだろうし、また一人稽古かな」

 

 他のアイテムや装備なら問題なく練習できるだろうが、兎弾足(ぴょん弾ブーツ)の練習をしたい今は意味がない。

 仕方なくアイズさんが目の前にいるとイメージして……

 さわさわ。

 

「ん? ヴィオラス?」

 

 トントン

 

「えっと、もしかして練習に付き合ってくれるの?」

 

 コクコク

 

「あ、ありがとう……?」

 

 なんでコミュニケーションが成立してしまったのか自分でも分からないが、ヴィオラスの申し出に有難く乗らせてもらう。

 ヴィオラスは第一級冒険者ともそこそこ渡り合えるくらいには強い。

 訓練の相手に不足はない。むしろ僕が不足している気がする。

 

 じゃあ行くよー、とばかりに挙げられた触手が振り下ろされる。

 物凄い速さで。

 

「うわわわわっ!?」

 

 間一髪身を投げて躱すが、触手が床に着弾した衝撃で吹き飛ばされる。

 え? 何今の超速い。

 

 ビターンビターンビターンと何度も叩きつけられる触手が視界を埋め尽くす。

 ヴィオラスは未だにゴブリン(切り絵)を片方の触手で持ったまま。つまり、今視界を埋め尽くしているように見える触手は一本だけらしい。怖い。

 

 攻撃の隙を伺うどころじゃなくなった。

 ベートさんたちと戦っている時と比べたら遅いから加減はしているんだろうけど、レベル2には十二分に速い。そして強い。

 僕が何度も気絶させられているアイズさんの鞘付き剣戟より明らかにヤバい攻撃。僕はそれを死に物狂いで回避し続けた。

 

「ゴ、ゴブゴブ……?」

 

 「これヤバくないか……?」と言わんばかりに引いているゴブリン(切り絵)をよそに、更にスピードアップするヴィオラス。なんかもう振動が地震みたいになってきてる。

 多分、ヴィオラスの中ではこのくらいなら華麗に回避するのが僕なのだろう。期待が重い。

 

(不味い不味い不味い全然見切れない!?)

 

 正直、気が付いたら触手が頭上に迫って来てるようにしか見えない僕は、焦る思考が空回りしないように必死に制御していた。

 手元がブレてしか見えないせいで攻撃の位置が分かりにくい。

 このままだとクリーンヒットは時間の問題だ。

 

(一旦下がるしかない!)

 

 大きく後退する。

 紙一重の回避にこだわってる場合じゃないと苦渋の決断。

 それが活路を開く。

 

 左斜めから迫る触手。

 それを僕は身を沈めて、髪を掠めさせながら回避した。

 

(え、見えた?)

 

 突然の変化に動揺する。

 何故いきなり対応できたのか。それは距離だ。

 ヴィオラスに近すぎた今までとは違い、ヴィオラスの全体像が確認できる地点まで下がったことで、判断する情報の量が多くなったという事だろう。

 

 ここで思い違いに気が付く。

 紙一重は重要だが、常にそうである必要はない。

 むしろ情報を収集する段階で前に攻め過ぎるのは愚策。

 情報収集では距離を取り、攻勢時は紙一重。

 それが最適解なのだ。

 

 そう理解した僕はヴィオラスの触手に徐々に対応し始めた。

 その軌道を予測し、全身を持って振り切る。

 回避・移動・攻撃。

 気が付けばそれぞれの動作を自然に行いながら、木刀のナイフをヴィオラスに叩き込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 先日の焼き直しがそこにあった。

 完璧に対処される攻撃、嵐の様な斬撃を必死に対処しながら必死に前に出ようとする少年。

 力の差は依然として変わらない。

 それでも少女は油断しなかった。少年の瞳に何かを狙う意思を感じたから。

 

「ぐっ、ああああああああっ‼」

 

 懸命に攻撃を切り払い、どうにか生み出した剣舞の空白に三連撃を叩き込む少年。

 だが、これも焼き直し。

 予定調和のように受け流されたことで、生じる隙。

 それを咎めるように少女は首筋に鋭い一撃を放つ。

 

(……来た)

 

 それを待っていたかのように引き締められた眼光に、少女もここからが勝負どころと踏んだ。

 どんな策が来ようと先に首筋に攻撃が届けば問題ない。

 首に何らかの防具が仕込まれている可能性も考慮して、少々強めの一撃になる。

 【耐久】も高い少年ならば大丈夫だろうと、少女は策ごと食い破らんと勝負を決める。

 

 視線と視線が交錯し、鞘付きの剣が少年の首に減り込もうとした時。

 少年の足が爆発した。

 

(昨日の装備)

 

 それはもう知っている。

 恐らくは少女の攻撃へのカウンターなのだろうが、一度見せた手札は通じない。

 観察と分析による相手の能力への対抗手段の構築は、最前線の冒険者の必須技能。

 あのブーツは少女への切り札には成り得ない。

 

 剣の軌道を僅かにずらし、少年と少女の直線上に置く。

 それだけで少年は自分から剣に突っ込むことになる。

 すなわち、前回の焼き直しだ。

 

(どうする?)

 

 このまま同じ失敗を繰り返すのか、それともその先へ行くのか。

 注意深く少年を観察する。

 爆発によって弾き飛ばされた少年は超加速による移動を行った。

 少女の読みとは違う後方への。

 

(逃げた?)

 

 少女の仕掛けた罠に気づき、咄嗟に方向を変えたのか。

 そんな予想はすぐに破棄された。

 数M(メドル)下がった少年の表情に動揺はない。

 つまり、これは作戦通り。

 

 その視線は少女の全体像を確認している。

 剣を振り抜き、右側がガラ空きになっているその隙を。

 

「!」

「うわあああああっ‼」

 

 その時、少年の右腕の装備が延長していることに気が付く。

 その素材は加工されているがフロッグ・シューターのものだと看破する少女は少年の狙いに気が付き、目を見開いた。

 

 ビィィンと切れそうなほどに引き締められたロープは、反動で外側に向けられた爆発的ベクトルを内側に引き込んだ。

 まるで吸い寄せられるようにロープに引かれる少年は、少女の隙だらけの右側の懐に潜り込み、その深紅(ルベライト)の眼光を瞬かせる。

 

 そして放たれる必殺の一撃。

 勝利の確信を持って放たれる一撃は、驚異的な速度で戻ってきた剣によってあっさり弾かれた。

 そしてそのまま振り下ろされる鞘付きの剣は、鈍い衝撃音と共に少年の意識を刈り取る。

 

(……あ、また、やっちゃった)

 

 予想を超えた動きを見せた少年に思わず出してしまった力量以上の攻撃。

 もう何度目とも分からない失敗に少女はため息をつく。

 

「でも、すごかった」

 

 まさか数日でここまでモノにするとは思わなかった。

 自分としてはこの訓練中に指先だけでも掛けれれば上出来のつもりだったのだが、本当にこの少年の成長速度には驚かされる。

 

(ちゃんと目標が達成出来たらご褒美を上げること)

 

 少年を指導するにあたって少女も教育のイロハを学び始めている。

 今こそ予習を活かす時、と気合を入れ直す。

 脳裏に浮かぶ参考書の図解が人参を咥える兎であることを突っ込んでくれる人はいなかった。

 ついでにその本があった近くの本は、何故かペット関係の本だらけだったことも。

 

 無論、直前になってご褒美どうしようと悩むなどと言うこともない。

 アイズは先生だからそこら辺はちゃんと考えてきておいたのだ。エッヘン。

 具体的には母親(リヴェリア)に聞いてきた。

 

『高価なものだと委縮されてしまうだろう。膝枕でもすればいい。お前ならばそれで十分だ』

 

 なぜ膝枕がご褒美に良いのかはよく分からなかったが、リヴェリアの言うことだから間違いはない。

 サッソク膝枕を開始する。

 ぐるぐると目を回す少年をそっと仰向けにし、自分の膝に頭を乗せた。

 

(膝枕ってこれでいいのかな……)

 

 アモーレの広場で男女が時々やっているのを参考にしてみたが、何分これがファースト膝枕。

 ちゃんと気持ち良くできているかは分からない。

 固いところだと痛いかもしれないから、太腿の内側に少年の頭が当たるように調整しつつ、あの男女がやっているように少年の髪をなでる。

 やっぱり見た目通りモフモフだ。

 

(あ、兎鎧に新しい傷がついている)

 

 もしかしたら自己鍛錬の跡だろうか、なんども太くて大きなものに叩きつけられた形跡が残っていた。

 きっとあの動きを会得するために、少女がいない所でも頑張っていたのだ。

 自分が教えたことを、真面目に反復練習していたと思うとどうもくすぐったい気持ちになる。

 

 彼が何を想い力を求めるのかは分からない。

 だが、その打算のない真っ白な心は見ていてとても気持ちがいい。

 復讐に憑りつかれた心も、今だけは洗われていくようだ。

 

 少年にはきっと目標になっている人物がいる。

 恥ずかしいのか少女には言ってくれないが、言動の節々からそれが伝わった。

 どんな人だろうと少女はぼんやりと晴天に見守られながら空想する。

 

 きっとこの世で一番幸福な人に違いない。

 あんなに真っ直ぐ見てもらえるなんてこと滅多にないだろうから。

 その顔も知らない誰かのことが少女はちょっぴり羨ましかった。




 兎弾足(ぴょん弾ブーツ)はにゃはっふー様のアイディアでした。
 コメントありがとうございます。
 ヴェルフの装備案はまだ募集しているので、気軽にコメントをしてください。

 アイズがベルの憧憬である誰かを空想する話。
 この娘天然だから誰か突っ込んでください。

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