ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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嵐の予感

 意識が覚醒する。

 後頭部に感じる暖かさで、また気絶してしまったらしいと理解した。

 同時にカーッ、と血が頭に上る感覚。

 ぐるぐると回る視界。羞恥が心臓を馬鹿みたいに叩く。

 その衝動のままに、僕はその場を飛びのいた。

 

「どうわああああ!?」

「あっ……」

 

 穏やかな晴天に似合わない不細工な悲鳴。

 遠くに見える鳥たちの羽ばたきが僕を嘲笑しているようだ。

 

 しかしそんなことはどうでもいい。

 まただ。また膝枕。

 何故こうなっているのだろうか。

 ここまでの交流でちょっと天然が入っているらしいと分かってきた憧れの人は、いったいどういった経緯でこの解に至ったのだろう。

 

『行けぇい‼ 行くのだベルよ‼ 誘われているっ、これはもう明らかにお誘いじゃあああッッ‼』

 

 頭の中で猛り狂っている邪心(お祖父ちゃん)を強引に追い出した。

 いやいや……天然の人は誰にだってドキッとする行動を取るものだ。

 アイズさんがこうするのも決して僕が特別だからじゃない。きっと僕以外にも……

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!?  それはそれで嫌だあああああああっ‼)

 

 心の狭い男と詰らないで欲しい。

 だが、大好きな人の自分に行動は特別な物であって欲しいというのは、恋する人ならきっと誰でも思うことだ。

 例えばアイズさんがヴェルフに膝枕する場面を目撃したら、僕はきっと一週間は寝込む。

 

(なんで気絶するたびに膝枕してるんだろう……)

 

 破裂しそうなほどに音を鳴らす胸を押さえながら、先日から僕の心をかき乱し続ける人を見つめた。

 心なしかしょんぼりした様子の彼女が腕を後ろに回してることに気付く。

 ひょっとして撫でられてた?

 更なる燃料を投下されて、もうミノタウロスに追いかけられた時以上に脈打つ心臓。

 鼓動が聞こえてないかしら、なんて馬鹿げた考えが浮かぶ。

 

「ごごごご御免なさい!? また気絶しちゃってっ!?」

 

 このまま一人で考えているとますますドツボに嵌る。

 慌てて口を開いても出てくるのは相変わらずみっともない言葉だ。

 幻滅されないだろうか、と未だ収まらない心音に邪魔されつつも、アイズさんの言葉を待つ。

 

「ううん、私こそ御免なさい。また失敗しちゃった」

 

 それに対し返された言葉に特変はない。

 声量も、音程もいつも通り。リラックスした状態だ。

 ひょっとして欠片も意識されてないんだろうかと、なけなしの男の矜持(プライド)が傷つく。

 一人でドキドキしているかと思うとなんだか悔しい。

 

「えっとね、君は凄く上手くなっているから自信を持っていい。もう技と駆け引きは身につき始めているし、集中力が変に高まりすぎることもなくなった。もう、同じレベル帯でも恩恵に振り回されている人たちからは間違いなく一歩先を行けてる」

 

 そう言ってアイズさんは僕に鞘付きの剣を突き出した。

 予備動作なし、何の前兆も感じさせない一撃。

 それを僕は首を少し傾けるという最小限の動きで回避する。

 

「うん。ちゃんと二撃目にも警戒を払っている」

 

 続く膝蹴りを全力で叩き落した。

 恐らく軽く小突く程度の感覚の攻撃だったのだろうが、今のベルには十分すぎるほどに高威力だ。

 こちらは両腕で叩いたというのに、ジンジンと腕が疼く。

 ここから次の攻撃がくればもう持ちこたえられない。

 

 だが、二撃防いだ。

 初日はまんまと引っかかった奇襲も、今ではしっかりと対応できている。

 アイズさんの教導が身になった……とは言い過ぎでも、教わったことの欠片程度は実践できていると信じたい。

 

「なら、次の段階」

「次、ですか……」

「そう、集中力の分配は出来るようになった。でもダンジョンではそれをいつでも、どんな状況でも行えなきゃ意味がない」

 

 集中力の分配は内的な技術だ。

 心構えと言うモノは異常事態(イレギュラー)が起きた途端、簡単に崩れてしまうものだという。

 

「限界まで心が追い詰められて、パニックになるといつもだと考えられない失敗をすることがある。休憩(レスト)中にあたりの壁に傷をつけ忘れたり、接近するモンスターの気配を察知し損ねて、敵に有利な場所で戦わされたり」

 

 上級冒険者ですら、一度心が揺らぐと脆いもの。

 故に歴史の長いファミリアほど有事の冒険者のその場での判断を信用しない。

 心が追い込まれれば弱くなる。それを理解するからこそ、臨機応変な対応などさせないのだ。

 

「【ロキ・ファミリア】だと、こういう時はこう動くって言うマニュアル……決まり事みたいのを決めているよ。君に細かいことまでは教えられないけど」

 

 当然だ。

 ダンジョンでどう動くべきかと言うマニュアルとは、詰まる所ずっとダンジョンに潜り続けてきた者たちの血と汗の結晶。

 それをただで横から頂こうなど身勝手すぎる話である。

 なんなら戦闘技術だけでも結構ヤバい。

 

「動揺してても得た技術を十全に使うための訓練に付き合うだけなら問題ない、はず」

「なるほど……よろしくお願……」

「でも、なにをすればいいんだろう……?」 

「え」

「ずっとホームで考えてて……でも、なにも思いつかなくて……」

 

 ずうううんっと肩を落とすアイズさん。

 なんかどこかで見た光景だ。

 確かに動揺してても集中力の分配を行えるようになるって、重要性は分かるけど、どうやって身に付けるものなのだろうか。

 

「……」

 

 完全に沈黙してしまったアイズさんだが、よく見ると汗がツー、と流れていく。

 気まずい。完全に向こうは何言えばいいか分からなくなってる。

 多分、思いつかなかったから後回しにしているうちに僕に話すタイミングが来ちゃったんだ。

 

(こ、こんな時こそひみつ道具を……っ)

 

 困った時にはひみつ道具である。

 幸い、それらしいものは確認済みだ。

 

「そ、そのっ、【スパルタ式苦手克服錠】を使って見ませんか!?」

「……えっと、今日のひみつ道具、だよね……?」

「はい。多分、アイズさんの言っていた訓練に役立ちます」

 

 例のごとくゴブリンで試したところ、苦手意識を増大させて凄く怖がらせると言うモノらしい。

 何故か僕を見て一番怯えていたけど、ひょっとしてもう僕はゴブリンたちで実験しまくっている人物としてゴブリンたちの間で有名になったのだろうか。

 

「すぱるた……ロキたちはリヴェリアがレフィーヤにさせてる勉強を見てそう言ってた。凄い厳しいことだと思うけど」

「凄い厳しい方法で苦手を乗り越えさせる薬という事でしょうか?」

 

 そうならばこれまでの中では分かりやすい部類だ。

 問題はどの程度厳しいかだ。

 はっきり言ってゴブリンたちの怯えようは異常だった。

 まるで【猛者(おうじゃ)】と対峙してしまった、あの日の不運なゴブリンのような顔に全員なっていた位に恐ろしく感じていたらしいが。

 

「それじゃあ……飲んでみます」

 

 握り拳のマークが付いた箱から錠剤を取り出す。

 それを一思いに飲み干そうとした時、アイズさんから待ったがかかった。

 

「まず、私に飲ませて欲しい」

「え? でも、僕が飲まないと訓練に……」

「先生は生徒に寄り添って共にチャレンジすべし、ってこれに書いてあった」

「それは生徒に言っちゃっていいんでしょうか」

「……あ」

 

 アイズさんは常に携帯しているらしき『今日からあなたもラビット☆マスター』なる本を掲げる。

 薄々勘づいていたけど、僕ってアイズさんのペット枠になってきてない?

 

『ワシ等の世界ではご褒美です』

(頼むから出てこないで? 邪神いや邪心)

 

 脳内の祖父の声を顔を赤くしながら打ち消す。

 うん。気を取り直そう。

 

 アイズさんが僕より先に飲むというのはかなりいい。

 アイズさんは【耐異常】のアビリティ持ち。それも、かなり高度な。

 レベル2であるがゆえに【幸運】のアビリティしか持てない僕では、万が一毒性だった場合、ナァーザさんを頼り、超ボッタクリ価格でお財布がご臨終される。

 

 そうなる前のワンクッションは有難い。

 しかし、アイズさんに毒見をさせるみたいで気分は良くなかった。

 アビリティG以上なら地上の毒物などほとんど弾くと言われているとはいえ、じゃあいいやになるほど人間やめていないのだ。

 

 そんな風に悶々としている僕から、アイズさんは苦手克服錠をひょいと奪い取る。

 そして止める間もなくそれを飲み込んだ。

 

「あっ」

 

 シンッ、と静寂が辺りを包む。

 恐る恐るアイズさんの様子を見る。

 問題……ない?

 

「ア、アイズさん?」

「……平気、だと思う」

 

 自身の様子を確かめるようにあたりを見渡しているが、特に何も……

 

「……」

 

 何も……

 

「……」

 

 な、何…も……

 

「ガタガタ」

 

 何かあったようだ。

 

「アイズさん、その、大丈夫ですか?」

「アバババ……」

 

 顔を蒼白にして体を震わせるアイズさん。

 反応しているのは、持参した参考書。

 

「ベンキョ―コワイベンキョーコワイベンキョーコワイベンキョーコワイベンキョーコワイ」

「ホントに大丈夫ですか!?」

 

 なんと勉強嫌いと言う意外な一面。

 途切れ途切れだが、話を聞くとかつて自分に勉強を教えてくれた先生がとんでもなく『すぱるた』だったのだとか。

 その記憶が本を見ただけで再生されてしまったようだ。

 

(これ、過剰反応しすぎじゃない?)

 

 苦手克服どころか、トラウマをほじくり返しているようにも思える。

 恐怖心を引き出すのが本来の目的とは言え、これはやりすぎだ。

 これでは訓練どころではない。

 まずはアイズさんを落ち着けなくては。

 

「昔のことですよ。今は落ち着きましょう?」

「ガクガク」

「と、取り敢えず本は置きましょう。無理して持たなくてもいいですよ」

「コクコク」

「それじゃあ、向こうの日陰で休みましょう? そこで水でも」

「ビクゥッ」

「え? 水もダメ? 昔泳ぎの練習で重し石を付けられて海に沈んだ? ……ならジャガ丸くん買ってきましょうか?」

「パアアッ」

 

 混乱のあまり会話能力をなくしてしまったらしいアイズさんと、どうにかコミュニケーションを取りつつアイズさんを休める場所まで誘導する。

 階段の隅で体育座りするアイズさんを宥めるために、ジャガ丸くん抹茶クリーム味を買いに市壁を降りる。

 そして、屋台で二人分のジャガ丸くんを買っていると、市壁に突然爆風が荒れ狂った。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】オオオオオオッッ‼」

「おのれベル・クラネルウウウウウウウゥゥゥゥッッ‼」

「何事!?」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 最近ウラノスが「……楽しそうだな」と遠い目をしていた。

 最近リドが「フェルズお前怖えよ」と尻尾を竦ませていた。

 

 だがそれより悪戯だ。

 

 ベル・クラネルが【剣姫】と訓練をすると知った時は、どう接近するものか頭を抱えたものだが抜かりはない。 

 緻密なシミュレーションによって、想定される24通りの異常事態(イレギュラー)に対する解決策も考案済み。

 丁度ベル・クラネルは有事の対応を学んでいるらしいが、その模範解答を見せてくれる。

 

(ベル・クラネルはジャガ丸くんを買うために下の屋台に向かった。徒歩で15分だが、今の【剣姫】の様子を考えるに、小走りで往復するかもしれん。5分以内に仕掛を施さなければ)

 

 自作のマジックアイテムの効果で透明になっているフェルズは細心の注意を払ってアイズに……正確には彼女の剣に接近した。

 その手に持つのは鞘と同色のアクセサリー。

 

(ベル・クラネルは【剣姫】に良いところを見せたいようだがそうはさせん)

 

 このアイテムは属性付与のアイテムを試作した際の失敗作を改造したものだ。

 本来は雷属性の魔力を武器に付与するものだったが、電気が使用者にも流れてしまうと言う欠陥があった。

 それによりお蔵入りになっていたものを引っ張り出したのである。 

 

(大変だったぞ。電気が【剣姫】に流れないようにするのは!)

 

 あくまでも被害はベル・クラネルに。

 それが鉄則。

 

 アクセサリーに絶縁機能を搭載し、鍔の部分から下には電気は流れない。

 期せずして本来の雷属性の付与と言う目的は達成できているのだが、残念ながら悪戯に夢中なフェルズは気が付かない。

 お前は頭が良いが頭が悪いのだな、とウラノスが妙なことをいっていた気がする。

 

 今の弱っている【剣姫】ならば透明化しているフェルズには気づけないだろう。

 行ける。 

 

「っ誰⁉」

「あ」

 

 しかし彼女は第一級冒険者。

 心が乱れていようとも、その索敵能力に陰りはない。

 少年に教えようとした、動揺してても技術を十全に使うをしっかりと実践していた。

 フェルズの隠密も中々のものだったが、相手が悪すぎた。

 

 鞘から抜かれた刃を間一髪回避するが、その代償に透明化していた姿が露になってしまう。

 

「!?!?‼⁉⁉」

 

 その姿にアイズは声なき絶叫をあげた。

 黒いローブに異様に細い腕。

 まるで肉が無いかのような不安定な体。

 ゆらゆらと揺れるフードから見えたのは……人の骨。

 

 突然だがアイズは幽霊だとか怪談といったものが大嫌いだ。

 もしお化け屋敷になど入った日には悲鳴と共に近くの人間に抱きつくだろう。レベル6の筋力で。

 

 スパルタ式苦手克服錠により過剰反応してしまう今はダンジョン時のような不動の心など望むべくもなく、あっさりと冷静さを彼方に投げ捨てた。

 

「テ……」

「待て【剣姫】っ。話せば分か……」

「【目覚めよ(テンペスト)】オオオオオオッッ‼」

 

 狭い階段に荒れ狂う神風。

 肉も皮もないスカスカなフェルズに抗う術はなく、あっさりとオラリオの空を飛んだ。

 

「おのれベル・クラネルウウウウウウウゥゥゥゥッッ‼」

 

 今ごろ呑気にジャガ丸くんを買っているであろう少年に理不尽に怒りながらピューンと吹き飛ばされるフェルズ。

 やがて木造の簡素な小屋に直撃する。

 

 しまった、住人に被害は。

 チカチカと点滅する思考が情報を求めて周囲を探る。

 

「……これは?」

 

 仮に。

 ここに来たのがシャクティならば。フィンならば。

 違和感を覚えても確かな正解は導き出せなかっただろう。

 そう、神々の司る奇跡の一端に指先をかける、【神秘】のアビリティを極めた賢者の成れの果てだからこそ気が付いた異常。

 【神秘】のアビリティを極めた賢者の成れの果てだからこそ気が付いた異常。

 

 フェルズの視線は部屋に充満する魔素……ではなく、積み上げられた木箱に付着した淡く輝く物質に向けられた。

 

「この感覚は精霊……それも自我の薄い下位のものではなく、大精霊と呼ばれる類いのものか」

 

 精霊。

 神々の子供たる亜人(デミ・ヒューマン)の中でも特に神々に近いと呼ばれる種族。

 神々が降臨した神時代でこそその価値は薄れたが、オラリオでも滅多に見ることの無い希少種族だ。

 

 稀に聞く精霊の悪戯かとも思ったが、そうではないことは明らかだ。

 何故なら部屋の中は酷く荒れている。

 まるで何者かが争った跡のように。

 

「……下手人も精霊も遺体はない。ならば、どちらかが逃げたか」

 

 どうやら気楽な休暇期間(イタズラ)は終了らしい。

 面倒事は闇派閥(イヴィルス)だけにしてくれとフェルズは瓦礫に埋もれながら溜め息をついた。




 スパルタ式苦手克服錠はOld -EN 様からのリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 フェルズさんはなんかキメ顔しているけど瓦礫の中に埋もれています。
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