ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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妖精の加護

 オラリオに来てから随分と経つが、人の出会いと言うモノはひどく唐突なものだ。

 最近親交を深め始めている少年と少女を見て、私はそう感じている。

 二人の出会いは一ヶ月ほど前だったはずだ。はず、と言うのはその時の状況を私は断片的にしか知らないため、どうしても曖昧な表現となってしまう。

 

 正直、私の彼に対する第一印象は最低だった。何せ彼は私のお世話になっている店で食い逃げを働いたのである。

 当然、私はすぐさま真剣を手に追いかけようとした。

 彼女……シルに止められたためにそれは実現しなかったが。

 

 私たちが彼を追わなかったのは、人を見極めることに関しては一級品の目を持つシルへの懇願と、後はミア母さんが動こうとしなかったからだろう。

 レベル1の冒険者の動きに、あのミア母さんが反応できないとは考えにくい。ならば、彼を一時的にせよ見逃す理由があったのではないかと考えた。

 

(思えば、あの日に何があったかは二人しか知りません)

 

 暫くしてお金を手に自ら店に戻ってきた彼とシルがどのような会話をしたのかは不明だ。

 ただ、彼との縁はそこで途切れず、今も繋がり続けているという結果がある。

 シルは冒険者として毎日のようにダンジョンに潜る彼に、手作りの弁当を用意して早朝に渡すという習慣が出来ていた。

 

 クロエ曰く、恋する少女の行動なのだとか。

 ならば私は応援しよう。

 それが彼女に救われた私にできる小さな恩返しにもなる。

 

(とは言え、二人の関係は何処まで進んでいるのでしょうか?)

 

 生憎、生まれた日から今日まで恋など経験したことが無い身だ。

 二人の間の感情の機微など分からず、応援しようにもその手段が分からない。

 出来ていることと言えば弁当の味見位だが、シルの料理は不味……非常に独特なので、できれば違う形で貢献させてほしい。そもそも、あれを渡し続けるのは恋する少女の行動ならば逆効果ではないかと思うのは間違いでしょうか。

 

「リュー。そろそろ買い出しに行ったらどうだい」

「分かりました、行ってきます」

 

 そんなことを考えながら、当番だった買い出しに向かう。

 店の制服を着たまま外を出歩くのは、店で働き始めた当初こそ違和感まみれだったが、今となっては随分となれた。

 行きつけの店で特にトラブルを起こすこともなく、言いつけられた通りの品を購入し、帰路についていると、目の前に倒れている人影を見つけた。

 

小人族(パルゥム)……いえ、人形でしょうか……?)

 

 恐らくは老人らしいそれは、前のめりに倒れた状態で道のど真ん中に倒れていた。

 急ぎ容態を確認するために近寄るが、至近距離から見れば明らかに人形だと分かる。何故なら、その後頭部にでかでかとゼンマイがくっついているのだから。

 老人方の人形と言うのは珍しいが、なくはないだろう。

 

 近くにこの人形を落とした者がいるのではないかとあたりを見渡していると、うつ伏せに倒れていた人形が突然喋りだした。

 

(ハラ)……ヘッタ…………」

(喋る人形……マジックアイテムでしょうか)

 

 変わった人形、と捨て置けばいいのだろうが、その声には切実な響きを感じられた。

 それを無視するのは、ちっぽけなエルフの矜持が許さない。

 だが、リューが持っている食品は全て店の料理に使うもの。リューの一存で他人に渡すことは出来ない。

 例外となるのは店の同僚から頼まれた品だろう。これならば後日買い直せばいい話だ。

 とは言っても同僚に頼まれた物の多くは生活雑貨。食料と言うと……

 

「……申し訳ないが手元にはこのリンゴ以外には渡せるものがありません」 

 

 シルに頼まれていたものだが、後でシルに事情を説明すれば許してもらえるだろう。

 暫くは頭が上がらなくなりそうだが。

 

 人形に何をしているのか、と言った感情はある。

 だが、困っている存在に貴賤を付けることは出来ない。

 少なくとも、嘗ての友(アリーゼ)ならば迷わず行動したはずだ。

 

 むしゃむしゃと、よっぽど腹を空かせていたのか無我夢中で食べる人形。

 やがて芯に至るまで食べつくした人形は、満足げにポンポンとお腹を叩くと近くに転がっていた杖を取り、飛翔した。

 

「!?」

「ワシハ神様(カミサマ)ジャ。心優(ココロヤサ)シイソナタノ、()ツノ(ネガ)イヲ()イテアゲヨウ」

 

 突然人形が浮かび上がったこと。

 片言ながらしっかりとした意味を持って言葉を喋る人形に驚愕するリュー。

 あまりにも常識外れな光景と人形が口にした神様と言う言葉を聞き、咄嗟に辺りを確認する。

 

(時折神々が意味もなく下界の住民に仕掛けるという『どっきり』だと思ったのですが……)

 

 リューは第二級冒険者クラスのステイタスを持つ強者だ。

 下界のルールによって零能の身に堕ちている神では、その感覚から逃れることは出来ない。

 そんな索敵の結果、神の気配はゼロ。

 よほどうまくやっているという事が無ければ、自分に監視などついていない。

 

(そうなるとこの神を名乗る存在は一体……)

 

 神の力(アルカナム)は感じ取れないが、不可思議なエネルギーが人形の周りに渦巻いている。

 これで市販のただの人形というオチはあり得ないだろう。

 

「三つの願い……ですか」

 

 咄嗟に出せと言われても中々でないものだ。

 そもそもリンゴ一つ与えただけのリューが強欲な要求をするのは、いくら何でも恥知らずな真似である。

 そうなると無難な街事で良いだろう。ちょうど、少女が少年にそうしたように。

 

「そう、ですね。それならばこの後私の働いている店に来ていただけませんか。……客が増えればミア母さんも喜ぶでしょう」

 

 少々お金は取られるかもしれないが、それに見合った味であるはずだ。

 店にはおかねがはいってきて、人形は美味しいディナーを食える。

 それに、客が来て欲しいというのは本音だ。

 

 闇派閥(イヴィルス)が暴れ始めてから、街の住民たちは自らの家に引きこもっている。

 無秩序に暴れる闇派閥(イヴィルス)から身を守るという意味では正しいのだが、それで誰も出てこれなくなっているのは寂しい物だ。

  

「ツイテキナサイ」

 

 願いを聞き届けた人形(神様?)はテクテクとひとりでに歩み始めた。

 

(……? まだ店の位置は教えてないはずですが)

 

 迷う素振りもなく小走りで大通り(メインストリート)の人ごみを掻き分けていく。

 まるで目的地を知っているかのような行動に、リューはひどく驚いた。

 

 やがてリューの現在の勤め先、【豊穣の女主人】の正面まで歩き続けた神様は、杖でその入り口を指し示す。

 

「なっ、こんなに!?」

 

 そこにあったのは長蛇の列。

 【豊穣の女主人】は多くの常連客を持つ名店。それが従業員として働くリューの忖度なしの評価である。

 しかし、確かな実力を持つ名店……ではあるがそれがここまでの盛況を生み出せるほどとは思ってない。

 現に、店に来て数年のリューですら、これほどの大行列はお目にかかったことが無い。

 

(まさか、客が増えてほしいという私の願いを実現させた……?)

 

 あの願い事を言った後、人形に連れられた【豊穣の女主人】が大盛況。

 これで無関係とは思えない。

 

「あ~~ッ‼ リュー! 何処行ってたニャ!?」

「何ポケ~ッと突っ立てるニャ! このデスマーチをとっとと片付けろニャ!」

「早く現場に戻って!? 私たちだけじゃ回しきれないからぁ!?」

 

 同僚の中でも特にリューと絡むことが多いアーニャ・クロエ・ルノアの三人組も、あまりの過酷さに殺気だっている。ミア母さんに至ってはダンジョン深層の階層主もかくやと言う迫力を放っている。

 

「ああっ、こんな時は猫の手……いや、兎の手でも借りたいニャ! ちょっと上目遣いすればコロッと騙されてくれて、騙された後でもなんやかんやで協力してくれるお人好し……そんな奴はいないかニャ!?」

「いやいやそんなのいるわけが……」

 

 その瞬間、バァーンッ‼ と店の扉が開かれた。

 現れたのは【豊穣の女主人】の看板娘であるシル・フローヴァ。

 小悪魔的な笑みがよく似合う、可愛い系の美人だが、その手には白い髪に赤い瞳の少年が捕まっていた。

 

「いたよ! (イケニエ)!」

「「「でかしたああああああああっ‼」」」

 

 酷い言い様である。

 人手のない状況で全員のテンションがおかしくなっているらしい。

 

「あ、あのっ、まだ状況がよく……」

 

 目を白黒させる最近【豊穣の女主人】の常連客となった少年、ベル・クラネルは混乱した様子のままだ。

 恐らくはシルの口先三寸で丸め込まれたのだろうが、余りにも無警戒過ぎた。野生の勘が鈍りまくっている動物園の兎ですら、もうちょっとは警戒心を持っているだろうに。

 

「うっさいニャ! 後でミャーの歌を聞かせてやるから働け白髪頭‼」

「ニュフフ、シルに捕まった時点で最早手遅れニャ……というかホントに助けてくださいお願いします」

「ゴメンね冒険者君。後で文句はちゃんと聞くから今は助けて!」

 

 デスマーチの真っ只中にいる少女たちは、道連れを逃がそうとはしない。

 最後に縋るような目で私を見たが、視線をそらしてしまった。申し訳ありません、クラネルさん。

 

「坊主! 厨房で馬鹿みたいに溜まった皿を洗いなっ‼」

 

 ミア母さんも逃がす気はないらしい。

 自分たちの戦場に彼をあっさり入れるほどに、【豊穣の女主人】のみんなは心を開いている……という事にしておこう。

 クラネルさんにとっては全く嬉しくない話でしょうが。

 

(しかしあの量はいくら何でも凶悪だ。私も手伝いたいが……)

 

 矢継ぎ早に出される注文の数にウェイトレスが追いついていない。

 自分が厨房に向かうのは困難だろう。

 

(フタ)()(ネガ)イハ(ナン)ジャ?」

 

 その時、中央のテーブルの下からひょっこりと人形が顔を出した。

 いかなる手段か、この状況を生み出した人形だ。超常的な力を持つことは間違いない。

 真っ先に考えたのはこの状況の鎮静化だが、それがどのような手段になるか分からない以上、下手に願うのは危険かもしれない。

 そうなると再び無難な解答がいいだろう。

 

 まずはこの地獄に唐突に落ちてしまった少年への援護だ。

 

「クラネルさんの援護に向かいたいのですが、できますか?」

「ホッホッホ」

 

 人形は陽気に笑うと、杖を一振りした。

 すると杖から小さな光の粒が飛び出し、すぐ近くを通ったアーニャに吸い込まれた。

 

「……ニャ? ハニャニャ!? なんか力が溢れ出したニャ‼」

 

 凄まじい速度で客が食べ終わった皿を運ぶ。

 姿がレベル4の視力でもブレているその姿は正直気持ち悪い。

 だが、アーニャの奮闘で今ならば一人ぐらい抜けても問題ないだろう。

 

「クロエ、ルノア。今の内に私はクラネルさんの援護に向かいます」

「え、っちょ!? リュー!?」

「アーニャがキモイ動きで高速化してるけど、所詮アーニャだニャ!? 絶対ドジやらかすニャ!?」

「後は頼みます」

 

 二人に断って厨房に向かう。

 何やら大量の水が落ちた音と、ガラスのようなものが割れた音、そしてアーニャの悲鳴が聞こえた気がするが心の中で二人に謝った。

 

 洗い場では、溢れんばかりの食器を前に少年が悪戦苦闘している。

 男性は家事仕事が苦手なイメージがあったが、クラネルさんはそうでもないようで、そこそこ手際はいい。

 しかし、この量の食器を前にしては手際どうこうの話ではなく、既に涙目だ。

 

「手伝います」

「えっ? リューさん、いいんですか?」

「はい。ホールの方は問題なく回ってますから」

「……なんか凄い絶叫が聞こえてくるんですけど」

「……問題ない、ハズ」

 

 そうこういいつつもテキパキと食器を片付けていく二人。

 皿とスポンジが擦れる音と流れる水は、騒がしい【豊穣の女主人】の中で喧騒から隔離された不可思議な空間を作り出した。

 

 思いがけず現れた心地よい空間に身を委ねる二人はやがてポツリポツリと話始める。

 

「今日は忙しい中申し訳ございません」

「いえ、ちょっと探し物をしていただけなので、特にこれといって用事もなかったですし」

「探し物?」

「【神様ロボット】って言う……まぁ、それはいいです。それにしても今日は凄く混んでますね」

 

 クラネルさんはちらりとホールを見ながら呟いた。

 客が絶えることのない【豊穣の女主人】だが、ここまでの盛況は彼の目から見ても異様なのだろう。

 

「申し訳ありません……」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません」

 

 私はこの状況の元凶とも言えるので、つい謝罪の言葉を口にしてしまう。

 クラネルさんからすれば訳のわからない謝罪だろう、後からそう思い至った私は話を逸らすことにした。

 

「……彼らはどうもジャガ丸くん愛好家らしいです」

「じゃ、ジャガ丸くん?」

「はい。なんでも巷で話題になっていると言う『幻のジャガ丸くん』の持ち主によく似た特徴のヒューマンの目撃情報があるのだとか」

「……」

「中には『幻のジャガ丸くん』は【豊穣の女主人】のメニューではないかと疑う者もいるようで、噂の真相を確かめるべく乗り込んできたんだとか」

 

 酒場にジャガ丸くんがあるわけ無いと普通なら分かるだろうに。それとも藁にもすがると言うものだろうか。

 

「……スイマセン」

「クラネルさん?」

「あ、いやぁ別に。アハハ……」

 

 何故か妙な空気になってしまった。

 相手の隠すことは気になるが、あまり踏み込んで自分の隠し事に気づかれたくないので動けない。このままだと居心地が悪すぎる。再び話題を変えなくては。

 

「最近は躍進目まぐるしいようですね。酒場でも度々話題になってます」 

 

 噂の内容は主にロリコンだがそこには触れない。

 シルの伴侶となる人がそんな変態なはずがない。

 

「……差し支えなければ聞かせてもらえませんか。何故、貴方はそこまで強くあろうとするのか」

 

 ベル・クラネルと言う少年は成長著しい。

 それこそ、生き急いでいるとも表現できるほどに。

 名を馳せる冒険者と言うのは得てしてそうした特徴があるが、それにしても少年の原動力にはどこか異質なものを感じる。

 

 それをどうして私が気にするのか。既に冒険者ではない私が。

 

「……」

 

 それに対し、クラネルさんがすぐに答えを返すことはなかった。

 手を動かしながら、口のなかで小さく自問自答を繰り返す。

 やがて、彼は透明な声色で話し出した。

 

「始めは憧れた人に追い付くためだったと思います。その理由は今も変わりません」

 

 閉じられた(まぶた)は過去の情景を写しているのだろうか、何を思い描いているかは私には分からない。

 

「でも、そうやって必死になっていたらいろんな人たちと出会って、絆を結んでいきました」

 

 冒険者は一人ではいられない。

 先達に師事する、アイテムを用意してもらう、強敵を倒すために協力する……冒険を乗り越えるためには多くの助力が必要なのだ。

 

「そしたら見ていた世界はどんどん広がって、僕の大切な人たちがその影で苦しんでいることを知りました」

 

 覚えはある。

 一時期、少年が酷く不安定になっていた時があった。

 幸い、自分が関わらない場所でその靄を晴らしたようだったが。

 

「それで、無様だったけど、凄く無様だったけど、なんとか仲間を守ることができたんです。その時の経験から、ずっと平和な時間が流れるなんて無いって今更ながらに気づいたんです」

 

 ……そう、当然のことだ。

 永遠などと言うものなど、神ならざる人間には手に入らないもの。

 そんな簡単なことが、少年を強くした。

 

 次に危機が訪れたとき、大切な人たちを守る力。

 それを得るために、少年は走り続けているのだろう。

 

(なんて、眩しい)

 

 そのひた向きさは、もう私には抱けないものだ。

 戦いから背を向けた私では。

 

「えっと、ごちゃごちゃしちゃってすいません。要は僕は出会った人たちを無意味にしたくなくって、なんでもかんでも守れるようになりたいんです」

 

 恥ずかしそうにクラネルさんはそう笑った。

 確かに子供の理想だ。いつか、誓いを守れない時は必ず来る。

 それでも、その願いは綺麗だった。

 

 ここから先は特に語ることはない。

 行列は終わり、あの殺人的な仕事も片付いた。

 クラネルさんはミア母さんに賄いをもらい、燃え尽きた灰のようになって帰っていった。

 店員たちもそそくさと片付けを終わらせ、泥のように寝入る。

 何故か目が覚めてしまい、一人店に佇んでいた私に人形は問いかけた。

 

最後(サイゴ)(ネガ)イハ?」

 

 ここまでの流れでこの人形に超常的な力が備わっていることは分かっている。

 なればこそ、慎重にその願いは口にしなければならない。

 

 思ったのはあの無茶ばかりしてるであろう少年。

 その無事を祈ろうかと最初は思った。

 しかし、それはきっと精一杯生きている彼への侮辱になるだろう。それは出来ない。

 熟考の末、出てきた願いは。

 

「彼に新たな出会いを」

 

 憧れに出会い、強くなる理由を得た。

 仲間と出会い、強くなる意味を得た。

 

 ならば、この先の出会いできっと彼は成長する。

 その成長が彼を生かすだろう。

 

「……」

 

 人形はなにも答えず、光の粒子となって消えた。

 願いが叶ったかは分からない。

 ただ、この願いの先に少年の道があって欲しいと、窓から見えた星に願う。




 ごめんなさい。遅れました。
 書類仕事なんて大嫌いだ。

 神様ロボットが転がっていたのは、神の勘で「これ絶対スゲーじゃん」と調子にのったヘスティアがゼンマイを巻きまくって暴走させたからです。

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