ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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準備は整った

 ダンジョンにおいて最も恐れるべきとは何か。

 まず一番最初に思い浮かべるのはモンスターだろう。冒険者の死因で最も多いのは凶暴なモンスターに力及ばずに敗れ去ることだ。

 無限に産み出されるモンスターには、時に第一級冒険者ですら敗れ去る。

 

 だが、冒険者の敵とはモンスターだけではない。

 複雑な迷宮、人知の及ばぬ超自然の環境もまた脅威なのだ。

 その広大さ故に、神々が降臨し、千年の月日が流れた今日に至っても、その全貌の解明にはほど遠い。

 

 どれだけランクアップを重ねたところで、人は霞を食って生きられるようになるわけではない。

 無限に続くとすら錯覚させられるダンジョンで人が活動すれば、あっという間に資源を食いつぶすことになるのだ。

 

 一度自らの位置を見失えば、地上に戻ることすら危うい。

 だからこそ冒険者はダンジョンの地図を躍起になって手に入れようとし、ギルドも上位派閥には下層域の地図化(マッピング)を多々依頼する。

 

「それでも、ダンジョンで自分の位置が分からなくなることは無くなるわけじゃないの。そんな状態の人の探索依頼が出されることもあるけど、広大なダンジョンの何処にその人がいるかなんて探し出すのは大変だし、手遅れの可能性も凄い高い。だから、いざとなれば誰かが助けてくれる……なんて楽観はしないほうがいいよ」

 

 ギルドの職員として、行方不明になった人々をよく知るエイナはそうベルに釘を刺していた。

 今思えば、何処でもドア等での自己到達階層以上の領域への侵入を禁じられたのは、何らかのアクシデントで移動手段を失えば、土地勘のない場所に放り出されるという最悪の状況を防ぐ意味合いもあるのだろう。

 

 ベルとしても自分の位置が分からなくなるのは避けたいが、どれだけ気を付けていても異常事態(イレギュラー)は起こるものだ。

 冒険者としての経験はベル以上なヴェルフに相談したところ、考えてる案があるとの事でその検証を行っていたのだが。

 

「無理ですッ、こんなの無茶苦茶ですうううううっ!?」

 

 リリの悲鳴が7階層に響いた。

 現在、ベルのパーティーは大量のモンスターに囲まれている。

 

怪物の宴(モンスターパーティー)ッ……‼)

 

 こんな上層ではなく、本来ならば中層以上で使われる用語を想起するほどに数が多い。

 十数などと言う視界に収まる数ではなく、数十と言う大群だ。

 だがこれは異常事態(イレギュラー)ではない。何故ならば、この階層のこの場所ならば、その程度のモンスターはいても不思議ではないのだから。

 

「やっぱ食糧庫(パントリー)に陣取るのはキツイな……」

「キツイじゃありませんよっ!? だからリリは反対したんです‼」

「仕方ないだろう! 【正かくグラフ】だとここが一番数字が高かった!」

 

 モンスターたちの食糧を供給する食糧庫(パントリー)

 ギルドから狩場として推奨されている正規ルートからかなり外れた地点にベルたちはいた。

 

(まずはパープル・モスを駆逐しないと……ッ)

 

 このパーティーに【耐異常】のアビリティ取得者はいない。と言うかレベル2はベルだけだ。

 ならば、毒の状態異常を付与するパープル・モスは最優先で倒す。

 

 飛び掛かるニードル・ラビットたちを切り捨て、兎弾足(ぴょん弾ブーツ)で上空に飛んで、モンスターの群れを俯瞰し、毒々しい紫の蛾たちの位置を捕捉。

 砲身に見立てた右腕を突き出して、最速の魔法を発動させた。

 

「【ファイアボルト】ッ‼」

 

 5条の炎雷が鱗粉ごとモンスターを燃やし尽くす。

 厄介なモンスターを始末したベルは、跳躍の勢いのままニードル・ラビットの群れに突っ込んだ。

 

「ベル様はそのままニードル・ラビットをお願いします。ヴェルフ様はキラーアントを潰してください! 素早いニードル・ラビット相手だと大刀のヴェルフ様は足手まといです!」

「お前俺にだけ厳しくないか!?」

「当たり前です! こんな愚行に付き合わされて怒らないはずないでしょうがッ‼」

 

 二人の言い合いを聞きながら、ベルは角付兎の首を刎ねていく。

 やはり、この上層においてレベル2の身体能力(ステイタス)は圧倒的だ。

 前までは脅威だったその角も、今となっては簡単に捌ける。

 

(でもっ、数多すぎ!)

 

 モンスターたちが現れた通路に目をやる。

 この大空洞には十数の通路が繋がっている。そこから多くのモンスターがこの食糧庫(パントリー)の水晶の樹を目指して来ているわけだ。

 

「おらあああああっ‼」

 

 キラーアントをなます切りにしつつ、ヴェルフは額を伝う汗を豪快に拭った。

 既にこの場所に陣取って数十分。モンスターの死体が折り重なって大変だ。

 リリが隙を見計らって死体から魔石を抜いてなければ、さらに酷いことになっていただろう。下手をしたら足場が無かったかもしれない。

 

 モンスターが集まり、一見すると効率的に稼げそうな食糧庫(パントリー)だが、ここを主戦場にする冒険者はいない。

 キリが無いからだ。この物量を相手にするぐらいなら、下に潜って上質な魔石を得た方がよほど効率がいいと言える。

 

 にもかかわらず、パーティーがここに陣取った理由。

 それはベルの左腕に答えがある。

 

「どうだ! そろそろ情報は溜まったか!?」

「まだ時間がかかるみたい!」

 

 ヴェルフが考案したベルの新装備。それは簡単に表現すれば方位磁針だ。

 意外なことに、ダンジョンに潜る冒険者が羅針盤等のアイテムを所持することは無い。

 何故ならダンジョンが発生させる特殊な磁場が、方位磁針を狂わせ、出鱈目な方向を指してしまうからだ。

 

 故に冒険者たちは己の感覚だけを頼りにダンジョンで己の位置を割り出しているが、人間の感覚など些細なことで狂うもの。なんとか解決できないかと考え出したのがこの装備。

 ダンジョン内の磁場を発生させるポイントを割り出し、その情報を記録することでその地点を割り出す……要はその階層の特徴的な磁場のある場所を指針とした羅針盤だ。

 これによってダンジョン探索において画期的な発明がされた……わけではなかった。

 

「このままだと、また戦闘の音を聞きつけたモンスターがこちらに向かってきます!」

「くっそ……上層だろ、なんでこんなにモンスターがいるんだよ」

「上層だからまだ対応できるんです!」

 

 まず、特殊な磁場を割り出すという作業がとんでもなくめんどくさい。

 何せ磁場を感知するアイテムは尽く狂わされるのだ。何度もトライアンドエラーを繰り返さなければならなかった。

 

 更にその階層の情報を読み込むには、一度装備内の情報を真っ新にしなくてはならない。

 つまり階層を上がるたびに特殊な磁場を発生させる地点に赴き、情報を更新する手間が必要なのだ。

 

 そして、情報を読み込むためには凄まじい時間を要する。

 ざっと一時間は過ぎる。時間の浪費だ。

 

「作ってる最中におかしいと思わなかったのですか、このお馬鹿ああああっ‼」

「こんなに時間がかかるとは思わなかったんだよ! なんなら磁場の発生地点が厄ネタばかりなんて想像つくか!」

 

 何よりもベルたちを苦しめたのは磁場の発生地点である。

 7階層まで全て確認してきたが、磁場の発生地はいずれも食糧庫(パントリー)のようなダンジョンの特殊な地形が多かった。

 ダンジョンの特殊な地形と言うモノは、大体の場合は「近づくな」がセオリー。

 つまり、難易度が跳ね上がるのだ。

 

 おかげでパーティーは連戦に次ぐ連戦でもうヘトヘトである。

 リリが苛立つのもしかたない。

 

「撤退します! これ以上はベル様がいても万が一があります!」

「……あぁっ、しゃあねぇか」

 

 パーティーの頭脳役(ブレーン)であるリリが撤退を進言する。

 それに対し、ヴェルフも複雑そうに顔を歪めながら頷いた。

 新装備の試用は惜しいが命あっての物種だ。

 

「ルートはどうする!?」

「恐らくモンスターは北の正規ルートから来ています! ここは来た道ではなく、北西から迂回してモンスターが少ないルートを通りましょう!」

「よっしゃあ‼」

 

 ギルドによって公開されているダンジョン上層の地図(マップ)を、全て記憶しているリリの指示の下、パーティーは北西部に繋がる通路の突破に目標を切り替える。

 

「キラーアントが多いな……ベル! あれ使え!」

「うん!」

 

 ヴェルフのアドバイスにより魔石をリリから受け取ると、それをベルはナイフの鞘の中に仕込んだ。

 

「援護します!」

 

 リリがボウガンでパープル・モスやニードル・ラビットを牽制し、キラーアントまで一直線できる道を作る。それを確認したベルは一気に加速した。

 モンスターたちの知覚を振り切る敏捷。

 威嚇の鳴き声を発した体制のまま、目と鼻の先に現れたベルに驚愕するモンスターを深紅(ルベライト)の瞳が映す。

 

「ああああああああっっ‼」

 

 キラーアントの反応も許さず、ベルはナイフを鞘に勢いよく収めた。

 そして、前にリューがやっていたような居合の構えを想起しながら吠える。

 その雄叫びに呼応するかのように弾かれるナイフ。

 

 新人殺しの名で知られるキラーアントの甲殻はそのちっぽけな刃に触れ、粉々に四散した。

 四散した破片を魔法の炎を纏った兎肉球(ぴょんきゅー)で弾くと、散弾のように周りのキラーアントたちを葬る。

 

「ナイフはどうだ!」

「……大丈夫、問題ないと思う!」

 

 これもまたヴェルフの作った新装備の一つ。名を納弾鞘(カッチバッチン)

 12階層の自然武器(ネイチャーウェポン)の枯れ木を材料に作り出した鞘だが、この装備にもあるひと工夫がある。

 それは魔石を中に入れる機構があり、中で砕くことによって起こる小規模な爆発。それを利用し、ナイフを凄まじい勢いで振らせることが出来るのだ。

 

 兎弾足(ぴょん弾ブーツ)で使用した技術を応用したこの装備は、兎肉球(ぴょんきゅー)と同じく、決定打に欠けるベルのステイタスを補うためのものだ。

 効果は見ての通り、レベル2に見合わない強攻撃を見事に繰り出せた。

 

「道が開きました! 突破します!」

「うん! 二人とも僕に掴まって!」

 

 ベルの掛け声に反応し、二人はしっかりと掴まる。

 それを確認したベルは右腕の伸蛙(ノビエール)を起動させ、北西部に通じる通路の天井にキラーアントの牙でできたフックを突き刺し、ロープを伝って跳躍した。

 モンスターたちの視線が上空の自分たちに集まっていることを感じながら、迷宮の壁を兎弾足(ぴょん弾ブーツ)で蹴って加速しつつ、食糧庫(パントリー)を離脱するのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「とんだ欠陥品じゃないですかっ!」

「うわ馬鹿、投げるな!」

「二人とも僕の上で喧嘩しないで……と言うか降りてください……」

 

 モンスターがいない地点まで逃げのびた三人は、加速しすぎた勢いを止められず、迷宮の壁に激突していた。

 幸い、兎袋(ぴょんぴょん)を装備した背中からぶつかる様に空中で転身できたので大事なかったが。

 それでも凄い衝撃だったが、翔兎鎧(ぴょん吉)はビクともしていない。

 

「迷わないために食糧庫(パントリー)に突っ込むなんてリスク管理が滅茶苦茶です! パーティーの実力では楽勝のはずの上層でこの有様ですよ!?」

「……あー。やっぱ方位磁針は無理だったか……」

 

 ヴェルフは自身の作成した装備がお蔵入りになることにへこむ。

 今回はひみつ道具の正かくグラフで大まかなポイントを割り出していたにもかかわらずこれだ。

 正かくグラフは14段階に物事のデータを表示するひみつ道具で、大雑把な指針ながら磁場の発生地点の割り出しをこの上なく効率的に行うことができた。

 つまり、今日を過ぎればデータを取るのはさらに難しくなるだろう。

 

「そもそも何でそんな無謀なものに挑戦してるんですか」

「ベルに万が一下の階層で迷ったときの備えが欲しいと言われてやってみたんだが、これじゃ意味がないな」

 

 そもそもヴェルフが数時間で考えた程度のアイディアが試されてないとは思えない。

 残念ながらダンジョンでも使える方位磁針はお蔵入りだろう。

 

「違うやり方を探さないとな……」

「そもそも機能が大きすぎるんです。探し出すのは迷子になった人物だけで良いと思いますよ? もっと個人に限定したマジックアイテムはないのですか?」

「マジックアイテムは詳しくないんだよなぁ……」

 

 うーむと頭を捻るヴェルフ。

 出来ないなら仕方ないとベルは声をかけようとするが、それより先にリリが何かを思い付く。

 

「もしかしたら……」

「リリ?」

「……ヴェルフ様。少し、心当たりがあります」

「本当か!?」

「はい。魔力に反応する性質があったはずです」

 

 暫く、考えていたリリはベルに小さく耳打ちした。

 

「ベル様。ヴェルフ様にあの事をお伝えしてもいいでしょうか」

「あの事?」

「ヴィオラスです。魔力に反応する習性から、魔力を強く感知する器官があるはず。それを利用すれば特定個人に反応する装備が作れるかもしれません」

「!」

 

 ベルはその提案に対して咄嗟に返答できなかった。

 ヴェルフのことは信頼しているが……

 

「ひみつ道具を教えている時点でもう身内も同然です。伝えても問題ないかと」

「……うん。そうだね」

 

 勿論、ヘスティアの意見を伺った上でだが。

 彼の主神はヘスティアの神友であるヘファイストスである訳だから、拒否されることは無いだろう。

 その旨をヴェルフに伝えると彼は「絶対いい装備にするからな!」と笑顔を見せた。

 

「これで尋探木(タエ子)がなんとか完成するな!」

「なんて?」

尋探木(タエ子)

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 迷宮に散乱するマジックアイテムの残骸。

 それらをさらに踏み潰してミノタウロスが突進(チャージ)する。

 片方の角が欠けた不完全な必殺だが、ミノタウロスは通常よりも更に深く、潜るかのような体勢でオッタルに迫った。

 

 それに対し、オッタルは微動だにせずに待ち構えた。

 武器は使わず、片腕を突き出して受け止めようとする。

 何度も繰り返された光景。その続きは何時も決まっている。

 ミノタウロスはオッタルに呆気なく組伏せられるのだ。

 

「オオオオオオオオオオオオッッ‼」

 

 だが、今回は違った。

 激突の直前。ミノタウロスは僅かに上体を浮かし、オッタルの虚を突かんとしたのだ。

 

 これまでとは一拍遅れの衝撃。

 オッタルにダメージはない。その思考に乱れもなく。心は小さな波紋すら浮かばなかった。

 だが、その足元には短く後方に押し出された跡が残っていた。

 

「……」

 

 それを確認したオッタルは、攻撃に集中しすぎたミノタウロスの顎を蹴り上げつつ、氷の魔剣を振るう。

 凍てつく吹雪がミノタウロスに迫るが、ミノタウロスはすぐさま立て直し、その巨体に見合わない機敏な動きで回避する。

 単なる身体能力(ステイタス)に任せたものではない。予測による事前行動。

 

 初見の攻撃でありながら魔法を回避したミノタウロスは、二撃目が繰り出される前にオッタルとの距離を詰める。

 

「正解だ」

 

 角を用いて魔剣を弾き飛ばすと、腕に持つ大刀を思いきり振るった。

 

「オオオオオオォォッッ‼」

 

 轟音と共に放たれた一撃をオッタルは腕で弾く。

 階層中のモンスターを怯えさせる殺意が渦巻くこのフロアの壁がギシギシと悲鳴をあげた。

 忌々しげに目の前の猪人(ボアズ)を睨み付けるミノタウロスを冷たい目で見下ろす。

 

「最低限の小細工は覚えたが……足りん。ベル・クラネルならば30秒も経たせずに貴様を葬れる」

 

 オッタルはそう言うとミノタウロスを片腕で投げ飛ばした。

 ズンッ、としたの階層にまで響きそうなほどの勢いで床に激突したミノタウロスが呻く中、懐から取り出した袋を目の前に投げ捨てた。

 

「……ヴォ?」

「喰らえ。それで漸く互角だ」

 

 魔石をモンスターに食べさせる。

 他の冒険者がみれば泡を吐いて倒れるだろう行為を、平然と行うオッタルは己の主がいるであろう上方を見上げた。

 

「フレイヤ様……準備が完了しました」

 

 禁断の味にミノタウロスが歓喜の雄叫びを響かせるのを確認し、オッタルは少年に届くことなき激励を送る。

 さあ、乗り越えてみせろ。




 納弾鞘(カチバッチン)は鳩と飲むコーラ様のアイディアでした。
 尋探木(タエ子)は国辱超人様のアイディアでした。
 コメントありがとうございます。
 ヴェルフの装備案はまだ募集しているので、気軽にコメントをしてください。

 準備期間は終わりです。
 ここからは戦争だ。

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