階層中に響き渡る怪物たちの鳴き声。
それは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の衝突を狙う
「っ! よりにもよって13階層でだと!?」
都市最強派閥の不穏な空気は知っていた。
事を構えるなら治外法権であるダンジョン内部であろうことも当然予測していた。
だが、13階層で勃発するとは。
「【
イルタがここにはいない
オッタルの17階層での無意味な行動。それを【ガネーシャ・ファミリア】は挑発行為だと捉えていたのだが、見事に外れたようだ。
(あの武人肌が女神フレイヤの命であっても謀などしないと予想しての推測だったが、何が目的だ? 急な降下は【ロキ・ファミリア】を狙っての物か? それとも勇者の策か?)
二大勢力に
【ガネーシャ・ファミリア】にはそれぞれの陣営の思惑がまるで見えてこなかった。
「団長!」
「モハーカ、どうした」
「13階層でモンスター共が暴れ狂ってます! 恐らく、
破滅型の人間で構成される組織とは言え、そこは分かっているはずだ。
ならばどうするか。簡単な話だ。
「ダンジョンのモンスターたちを手駒にしたか……」
階層中のモンスターを操る必要はなく、数匹を完全にコントロールできれば、無秩序な暴走を引きおこす程度は出来るはずだ。
無論、第一級冒険者ならば13階層のモンスター如きは問題ではない。
しかし、一瞬の混乱は避けられないはずだ。
その一瞬をこれ以上ないほど悪辣に使うのが
「どうする、姐者!」
「……ロキやフレイヤ派が容易く
今この状況で一番まずいのは、この階層を
適正レベルを逸脱しかねない
シャクティの脳裏に浮かぶのは、意気揚々と【アイアム・ガネーシャ】をでたベルの姿だ。
そう、よりにもよって今日は彼の中層デビューの日。
既にステイタス的には十分でも、経験がなければ万が一がありうる。
(ハシャーナ、守りぬいていろよ)
ダンジョン内、中層とは言え人々の目が多い13階層で両派閥の激突が起きる可能性は低い。そう判断した迂闊な己を呪いながら、シャクティはパーティーに指示を出すのだった。
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それを理解したのは雪崩れ込むモンスターの群れに押し流されそうになったからだ。
「リリッ! 平気!?」
「リリは大丈夫です!」
咄嗟にリリの手を掴めたのは運が良かっただけだ。
もしこの荒波に飲まれて彼女を見失っていたらと思うと……ゾッとしない。
「ヴェルフさんとハシャーナさんは!?」
「分かりませんっ、見失いました!」
そう、運が良くてもつかめた手はリリのモノだけ。
他の二人はあっという間に見失った。
「このままバラバラになっているのは危険です! 例の装備を‼」
「うんっ……よし、ヴェルフさんは北北東!」
モンスターたちが直撃して割れないように守っていた
この装備を信じるならば針の先にヴェルフさんはいる。
僕の気のせいでなければ、ヴェルフさんとハシャーナさんは別々の方向に流されていた。
レベル4のハシャーナさんはともかく、レベル1のヴェルフさんにはつらい状況だ。
(けど、動けない!)
濁流のようなモンスターの大群。
ヘタに抜け出そうとすればリリを庇いきれるか怪しい。
それ以上に、
突貫作業と言われていた通り、この追加装備は戦いに耐えれるだけの硬さはないのだ。
リリと
どちらも守りながらここを強引に突破できると断言できない。
(せめて、どっちか片方だけなら……っ)
有り得ない仮定をしてしまう自分の弱さを叱咤する。
そんなことは出来ない。
リリが急に強くなることも、
「ベル様! リリには構わず、その装備をお守りください‼」
「リリ!?」
「ライトニングボルトサーベルを使います!」
そう言って背負うバックパックからシンプルなサーベルを取り出すリリ。
僕の背後から飛び出るとサーベルを構えてモンスターの群れと真っ向から対峙する。
彼女のステイタスを知っていれば自殺行為としか言えない所業。
しかし僕は彼女の判断に喝采を送った。
「そうか! ライトニングボルトサーベルは電光丸と同じ……っ!」
力量に関係なく無双の力を発揮するひみつ道具が彼女を守るだろう。
これでリリを庇う必要はない。
「せああああっ‼」
ヘスティアナイフと
ヴェルフのステイタスを考えれば、猶予はそう長くない。
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【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の戦い。
順当に考えれば勝利するのは【ロキ・ファミリア】だ。
現在、13階層に小規模なパーティーとは言え、第一級・二級の冒険者で構成された精鋭たちが集まるフィンたちに対し、オッタルはソロ。レベル7とは言え数の力はそう簡単に覆せない。
多勢に無勢を覆す常套手段と言えば、指揮系統の乱れを利用することだが、あのフィンが中心となっているパーティーがそんな無様を晒すことはないだろう。
オッタルは【ロキ・ファミリア】によって完封されるはずだった。
「そぉら!」
「あーっ、もう! あの槍なんかヤダー!」
ティオナがヴァレッタの鈍色の槍を回避しながら、愚痴を垂れた。
だが、その力の差を埋めるのが外法の術だ。
「あの臭ぇ感じ、
「パーティー一同に持たせるとは、随分と贅沢だね」
どのような効果なのかは、アイテムメイカーではないフィンたちには分からないが、
どう考えても碌なものではない。
攻撃を受けてしまえば
必然的に【ロキ・ファミリア】は足を止めざる得なかった。
「……」
「ヒヒッ、そんな目で見るなよ。この方がお前には都合がいいだろォが」
結果としてオッタルの【ロキ・ファミリア】の足止めと言う目的は果たされているが、オッタルとしてはそれを素直に喜んではいられなかった。
剣呑な視線をヴァレッタに向けるが、女はどこ吹く風と言った様子。
ティオナやベートを足止めしつつ、決して踏み込むことは無い用心深さで立ち回る。
それを打破したのはフィンでもオッタルでもなかった。
混戦の中で突如響く衝撃音。
「……っく」
続いてカラン、と洞窟に金属音が木霊す。
右手首から血を流しながら、脂汗を流すのは何とヴァレッタだ。
何が起きたのか分からないといった様子で傷口を押さえる。
痛みに呻いたのは数秒。
いかなる手段かは分からなくとも、自身のアドバンテージを奪われたことを理解したヴァレッタの動きは速かった。
真っ先に武器を失ったヴァレッタに迫るベートの脚をまともに食らいつつ、吹き飛ばされた勢いのまま退却する。
「相変わらず逃げ足の速い……」
「どうすんだフィン!」
「捨て置け、今はカーゴを確保するのが先決だ」
暗黒期からヴァレッタに散々手を焼かされてきたフィンは、ここで彼女を追い詰めることは困難だと判断し、
そもそもあのヴァレッタが
間違いなく罠が貼られているだろう。
またヴァレッタの不意打ちがあるかもしれない。そう考えるとここで冒険する判断は出来なかった。
「させん」
何より、この男がいる。
戦いになれば十分に勝てる算段はつけてきたが、オッタルの強さを誰よりも見てきたフィンに油断はない。
ここで戦力を分散させる愚は犯せないのだ。
「いいや、行かせてもらう。アイズ‼」
「分かった」
金の光が迷宮を疾走する。
【ロキ・ファミリア】最速のベートであっても目を見張るような超加速。
それに対応し、その直線上に立ちふさがろうとするオッタルの前にティオナとベートが立ちふさがる。
「……どけ、【
「テメェが失せろってんだよ!」
「アイズの邪魔はさせないよっ!」
レベル5の二人が立ちふさがる。
レベルの差は二回りもあるが、第一級まで上り詰めている冒険者には大抵の場合格上殺しの手段があるものだ。無視することはできないだろう。
オッタルが振るう分厚い大刀を
それに対しオッタルはティオナを剛力で弾き飛ばし、ベートの動きを予測して刃を
「っ!?」
敏捷はベート程ではなかった。だが、圧倒的なのはその反応速度。
全霊の突貫に合わせられ、吸い込まれるように置かれた刃に向かってしまう。
刃が狼を切り裂く寸前、光の矢が大刀に直撃する。
吹き飛ばされることは無くとも、僅かにブレが生じ、ベートは強引に身を捩じって回避した。
「【
「弾くこともできないなんて……っ」
本来ならばこの場に相応しくないレベル3だが、ベル・クラネル同様に
先達の看板の重みに怯むだけの少女だったはずだが、次世代の成長はどの派閥でも早いと言う事か。
感心ばかりしていられないと、オッタルは前衛の二人を突破しようと圧を強めるが。
「煙幕か」
【ロキ・ファミリア】全員の動きを注視していたが、アイテムを使用する素振りはなかった。
先ほどのヴァレッタの負傷と言い、どうやら透明な何者かがいるらしい。
【ロキ・ファミリア】の団員たちの反応からして、彼らの派閥ではないようだが。
(体に纏わりつくかのような不自然な煙。マジックアイテム類……ベル・クラネルか? いや、奴はここにはいないはずだ)
効果はそう長続きはしないだろうが、アイズならばその敏捷ですぐにカーゴに辿り着ける。
そう予測するオッタルは、煙幕を纏いながら大刀を振るった。
女神の願いの成就のために、都市最強は第一級冒険者のパーティーを突破せんと初めて咆哮を上げた。
「おおおおおぉぉぉぉぉッッ‼」
モンスターすら震えさせる強者の声が、13階層を震わせる。
「やれやれ……【
そして、逃走したヴァレッタの追跡を開始した。
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カーゴにはすぐに辿り着いた。
だが、アイズはそこで困惑することになる。
「……倒されてる」
【イシュタル・ファミリア】と思しきアマゾネスたちは血まみれになって倒れていた。
うめき声を上げていることから、死んでいるわけではないことは分かった。
そして、ぐにゃりと曲げられた柵が、下手人がオッタルによって捕獲されていたモンスターによるものだという事が察せられる。
「13階層……いや、中層にでて良いモンスターじゃない」
先程、ちらりと見えた陰からミノタウロスだと予想していたが、ミノタウロスにここまでの力は無い筈。
あり得るとすれば強化種の可能性だ。
「……?」
その時、焦げ臭さが辺りに残っていることに気が付く。
よくよく見れば、倒れている冒険者たちには打撲痕だけではなく、肌を焼かれたような跡がある。
(ミノタウロスに特殊攻撃は無い筈……強化されてなにか固有の力を身に付けた? それとも、ミノタウロスに襲われた後、たまたまヘルハウンドの集中砲火を受けた、とか……)
アマゾネスたちの応急手当てを終えたアイズは思考を切り上げた。
考察は後で良い。
こんなモンスターがこの階層に解き放たれたら大変なことになる。
早急に自分が倒さなくては、とアイズは気を引き締めた。
シャクティに守り抜いていろよ、って思われてるのにはぐれるハシャーナ。
名前があれ過ぎて
さらっと初遭遇のモンスター相手に無双しているベル。
ベルサイドは本当にいつも通りですね。