硝子の割れる音がした。
キラキラと燐光を反射させる破片はその破滅的な美しさ故に、ある意味このダンジョンに映えていた。
驚愕に染まった
ミノタウロスの攻撃による装備の
それだけならば迷宮に置いては不幸な事故で済んだだろう。
しかし、その意味するところを冒険者たちは理解できてしまった。
「このミノタウロス、俺たちが
「何度も何度も……ふざけないでください‼」
ハシャーナとベルたちを繋ぐ希望。
決して細くはなかったはずの糸が絶たれた。
(僕がミノタウロスの動きに対応し始めたのを見越して、狙いを
消耗を押さえるために、紙一重で回避していたのが裏目に出た。
相手の狙いと此方の読みの齟齬が、向こうに味方したのだ。
(ふざけろ……っ。
恥辱に顔を赤く染め上げたのはヴェルフ。
大刀が振り抜かれる直前にベルはミノタウロスの狙いに気がついていた。
そのまま左腕も大きく回避に転じたことで、大刀が接触したのは、ほんの髪の毛ほど。
それで破壊されたのだから、これは鍛治士の失態である。
試作品だったなどと言い訳はできない。
ダンジョンと言う魔境で戦う冒険者の装備だ。
ほんの少しの衝撃で砕けるなど失笑ものの欠陥品である。
「お二人とも切り替えてください!」
真っ先に口を開いたのはリリだった。
パーティーの
「ハシャーナ様がそこまでリリたちと離れている訳がありません。ベル様の装備が示した先の正確な距離こそ分かりませんが、もう姿が見えていてもおかしくない頃です。そして、針がここまで全く動いてないことから……」
「今からその場を移動する可能性も低い、か」
針が示した場所を目指すだけ。
パーティーとしての指針を取り戻したベルとヴェルフは一先ず落ち着きを取り戻した。
(ハシャーナ様が動かないと言うことは、動けない状況にある可能性もあり得ますがね)
それをリリが口にすることはなかった。
どのみち自分たちだけでは対応できない状態だ。
虎穴に入ってでも、活路を見いだすしかない。
「ヴォオオオオオオッッ‼」
「くっ」
ミノタウロスの突進じみた剣技がリリを容赦なく襲う。
ライトニングボルトサーベルがあるとはいえ、リリの精神はガリガリと削れていった。
迂闊に攻勢に出れない。
その間にミノタウロスの選定の声が、リリから戦場に立つ資格を奪う。
(リリやヴェルフ様で前衛をするのは限界が来ている……そのフォローでベル様を前線に戻したせいで装備を失ってしまった)
時間稼ぎくらいしかできない己の無力を憎む。
ライトニングボルトサーベルに使われているリリは、ミノタウロスにとって御しやすい敵に見えているのか、リリを積極的に狙うことでベルやヴェルフに揺さぶりをかけられていた。
(でも、もうすぐ大広間)
ダンジョンで足を止めて防衛に徹する場合、通路のように逃げ場のない場所で戦うのは下策だ。
見晴らしがよく、フィールドを広く使える
歴戦のハシャーナならば間違いなく心得ていると考え、リリは通路の先にある
果たしてこの判断は吉と出るか、凶と出るか。
意を決して通路の先へ踏み込んだパーティーの視界に映り込んだのは、
「アイズさん!?」
あまりにもこの階層に相応しくないはずの高嶺の花だった。
中層のモンスター等いくらいても問題ではないであろう、第一級冒険者の姿に僥倖だ、と喜ぶことは出来ない。
二人の緊迫した表情から、何かが起きているのは確実だ。
(白装束の一団……ハシャーナ様が動けなかった理由は
違和感がある。
上級冒険者、特に女性冒険者の中では最強とすら謳われている【剣姫】を、それだけの時間足止めする戦力が
漠然とした警鐘を鳴らす脳裏の声に従い、ベルとヴェルフに注意喚起しようとした時、ハシャーナが自分たちに気が付いた。
「坊主!? 足元に気をつけろ‼」
「それはどういう……」
ハシャーナの不可解な警告に問い返そうとした時、ビシリッと、ベルの脛に痛みが走り、
「え?」
間抜けな声を上げるベルは、臀部に走る衝撃と共に自分が
この状況で? なんで、不味い……っ!?
混乱した思考を断ち切るかのように、ミノタウロスの斬撃がベルを襲う。
地を這うような振り上げる一撃。
咄嗟に二振りの短剣で受け止めるが、踏ん張りがきかない。
ベルはあっけなく吹き飛ばされた。
「ぐっ、ああああああああああっっ!?」
通路付近から壁際まで叩きつけられる。
もし、衝撃を吸収する
自分の代わりに、ぐちゃぐちゃに再起不能となった
「坊主戦えるか!?」
「大、丈夫ですっ」
「なら気を付けろ! 妙な物を飛ばしてくる奴がいる。当たれば強制的に
ハシャーナの言葉に驚愕する。
この混戦において何という極悪な能力なのか。
(
ベルは恐怖と共に
女は自分に優位な状況ながら、その表情に得意げな色はなかった。
むしろ不可解気にその眼光は細められている。
こんなものは知らない。そう言いたげに。
そして、足元に潜む脅威を知ったヴェルフは声を上げた。
「リリ助! ベルに剣を渡せ!」
「ヴェルフ!? 何を……」
リリの命綱であるライトニングボルトサーベルを何故ベルに渡せと言うのか。
突拍子もない指示にベルは耳を疑った。
「よく分からん攻撃を受けているんだ! 今の半壊した装備じゃ、間違いなくやられる! 何処まで効果があるかは分からんが、この場で換装しろ‼」
「!?」
「
ヴェルフのとんでもない提案に目を見張るベル。
指示をされたリリは一瞬の間の後、その指示に従った。
リリの優先順位の頂点はベルだ。そのためならば自分の危機など厭わない。
「ベル様、リリと位置を入れ替えてください‼」
「くっ……【ファイアボルト】‼」
辺りのモンスターと狂信者を炎で一掃し、空白のスペースを確保したベルはリリの下に向かう。
ベルの足音を確認したリリも、ライトニングボルトサーベルがミノタウロスの大刀を大きく弾くと同時に地を蹴って後退した。
両者が交差する一瞬、赤と栗色の瞳が互いを映し合う。
──ごめん、ありがとう。
──お願いします。
言葉はなく、謝意と感謝、そして信頼を交わし合った。
そして己の手の中にあったひみつ道具を投げ渡したリリは、ボウガンを装備し直し、後衛に回る。
リリから剣を受け取ったベルは、裂帛と共にミノタウロスに斬りかかった。
「ああああああああっ‼」
「ヴォオオオオオオッ‼」
ぶつかり合う剣が火花を散らす。
ミノタウロスを抑えるにはヴェルフだけでは荷が重い。
ライトニングボルトサーベルを受け取ったベルは、必然的に前に出なければならなかった。
すなわちミノタウロスとの斬り合いをしながら新しい装備を装着するのだ。
「受け取って下さい‼」
リリのバックパックから取り出される半透明の防具……
元々
(ここからだ。気合を入れ直さないと……っ)
戦闘中に鎧を換装する等と言った前代未聞の愚行を為すには、ひみつ道具の補助だけでなく、極限の集中が必要だ。
始まりは胸当て。
ライトニングボルトサーベルを右手に持ち、ミノタウロスに応戦し、左手のみで鎧の装着を試みる。
右腕から伝わる剣戟の振動が、幾度となく邪魔をしたが、何とか装着できた。
ダンジョンでも手っ取り早く装着できるように、装備の手順を簡略化したヴェルフには感謝しかない。
そうでなければ、ライトニングボルトサーベルありでもこんなことは出来なかっただろう。
「……!?」
突如始まった愚行に、ハシャーナも、アイズも、
しかし、それに頓着せず、リリは新たに肩当を投げ渡す。
破損していた兎鎧を取り外し、投げ捨てるとベルはそれも装着し始めた。
(乱暴に扱ってごめん)
ここまで命を守ってくれた装備に心の中で謝る。
その言葉も猛牛との高速戦闘の中ですぐに漂白された。
鉄と鉄のぶつかり合いが空気を震わせる。
人間たちの戦いが一瞬の隙を見出す静の戦いならば、人と怪物の戦いは純粋な力比べである動の戦い。
互いの咆哮と共に、両者は加速した。
「ふっ‼」
「ルグァッ!?」
ベルは名刀電光丸の時の経験を活かし、ライトニングボルトサーベルの軌道を先読みして、その動きを加速させた。
リリの時とは違う、使い手の技量によって引き出されたひみつ道具の威力は、ミノタウロスを僅かに後退させる。
(受け身一辺倒だと何をされるか分からないっ、攻めろ!)
「ヴォオオオオオッッ‼」
調子に乗るなとばかりにミノタウロスの角撃がベルを襲う。
それを回転しながら大きく躱すベルだが、それはミノタウロスの誘発させた大きな隙。
ミノタウロスは必殺の確信を持って、迂闊にも晒されたベルの背中に大刀を振り下ろしたが。
「ヴォッ!?」
その斬撃はライトニングボルトサーベルの背面受けによって受け流される。
誘われた、そう理解したミノタウロスの脳に畳みかけるように衝撃が走った。
受け流した勢いを利用したベルの回転蹴りが綺麗に牛頭に直撃したのだ。
ズンッ、と倒れそうになるのを懸命にこらえるミノタウロスだが、その隙をヴェルフは見逃さなかった。
「おらああああああっ‼」
「ヴォガアアアアアッッ!?」
ヴェルフの無銘の大刀がミノタウロスの胴に入った。
レベル1とは言え、この強攻撃を前に怪物から血が噴き出す。
その隙にベルは篭手、脛当ても装着し終えた。
「っ‼」
その時、ライトニングボルトサーベルが反応した。
先ほどベルを転倒させた謎の攻撃が再びベルを襲ったのだ。
自動的に迎撃する剣に弾かれた謎の攻撃、上級冒険者の動体視力はその正体を見逃さない。
(銃系のひみつ道具の時に使う弾に似ている。やっぱり、この攻撃はモンスターじゃなくて人工物!)
下手人は何処にいるのか。
人とモンスターに埋め尽くされた大広間で探し当てるのは至難の業だ。
それに、そんな余裕はベルにはない。
「フッ、フッ……ヴォオオオオッ‼」
「うおっ!?」
連撃で畳みかけようとしたヴェルフに、ミノタウロスが怒号と共に薙ぎ払いをかけた。
攻勢から一転して防御に徹さなければならなくなった、ヴェルフが苦悶の声を上げる中、ベルは疾走した。
「リリ‼」
「最後です‼」
ヒュン、と飛んできたのはこれまでとは違う緑の輝き。
それを確認すると、ベルはここまで導いてくれた
グリーン・サポーター。
これを送ってくれたアドバイザーと同じ
これで換装は完了。
不可思議な弾丸に何処まで対応できるかは分からないが、これで最低限の備えは出来た。
「ははっ……マジでやりやがった」
「指示しておいて酷くない?」
「やれるとは思ったが、本当にやったのは正直引いてる」
「やっぱり酷い」
ベルとヴェルフは軽口をたたきながらも、その視線をミノタウロスから離さなかった。
冒険者にしてやられて怒り心頭、そんな様子に見えるが、その一方で何処までも冷静に自分たちを観察しているような視線も感じる。
(強さは全然違うけど、まるであの時の襲撃者のような……)
その時、ベルたちの来た通路とは反対側の通路が爆ぜた。
何事かと色めきだつ人間たち。
その中でアイズは瞳を細め、ヴァレッタは顔を引き攣らせた。
「オオオオオオォォォォォォォッッ‼‼‼」
「わあああああああ!?」
「このクソ猪がっ!」
吹き飛ばされてきたのはアマゾネスの少女と、
ベルは見覚えのある人物に目を丸くする。
(あれはベートさんと……確か、ティオナ・ヒリュテさん!?)
憧憬と同じ第一級冒険者が息を切らしている。
衝撃的な光景に絶句する一同だったが、更なる衝撃が襲う。
「ハァッ、ハァッ……」
「……見誤ったか。本当に君は強いな、オッタル」
傷だらけになり、ティオナとベート以上に消耗した様子だが、猛獣のような闘志が迸るその様は最強の存在であることをその場にいた全員が感じていた。
「……なんで【
ハシャーナの途方に暮れたような声がフロアに木霊した。
ころばし屋DXは暉祐様からのリクエストです。
コメントありがとうございます。
現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。
555みたいにアイテムをカチャカチャ弄りながらの戦闘が好きです(唐突)。
そうやって趣味を爆発させてたら、長くなりそうだったから、滅茶苦茶頑張ったオッタルさんの活躍はカットしました。ゴメンネ。