ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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全ての勢力の勝敗を握る者たち

 【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】、闇派閥(イヴィルス)、その他……様々な勢力が入り乱れる戦場。

 フィンは現状を理解しきれていなかったことに、内心歯噛みした。

 

(何処から見落としていたか……それを考えるのは後だ。優先すべきはミノタウロスと闇派閥(イヴィルス)の排除。だが、オッタルがそれを許さない)

 

 女神の意向に忠実な猪人(ボアズ)の従者をよく知る身としては、オッタルを無視して他勢力への攻撃を加えることが、どれだけ困難であるか簡単に予測できてしまった。

 

 なにより、アイズの様子が気になる。

 何故ミノタウロスが存在しているフロアにいながら、その討伐を行っていないのか。

 闇派閥(イヴィルス)如きに止められる彼女ではない。ならば……

 

「注意しろ! 闇派閥(イヴィルス)以外の何者かが潜んでいる!」

 

 勇者の号令に団員たちは疑問を持ちつつも従った。

 フィン・ディムナの超常的な頭のキレは【ロキ・ファミリア】ならば周知のこと。

 それに反発する理由はない。

 

「一々邪魔してんじゃねぇ! このデカブツがッ‼」

 

 尚も立ちはだかる【猛者(おうじゃ)】を前に、ベートが怒号と共に斬りかかった。

 目の前の男は最強とは言え、【ロキ・ファミリア】の幹部たち複数人とやり合って勝てるほどの存在ではない。

 一気に勝負を決めた後、ミノタウロスも闇派閥(イヴィルス)も蹴散らせばいい。

 フィンの言う姿の見えない何者かが介入しようと関係ない。姿を見せたところを引きずり出す。

 

「がるああああぁぁぁぁっ‼」

「……」

 

 闘志を漲らせて向かってくる若い狼に、オッタルは無言で大刀を向ける。

 岩のように佇むその男に渾身の一撃を放とうとした時、パァンッ、と破裂音が響いた。

 

(来たか!)

 

 コソコソと戦いの陰に隠れて狙い撃つ卑怯者。

 フィンの忠告により、予めその存在を予期していたベートは飛んできた弾丸を目視する。

 こんな小さな鉄の塊蹴り飛ばしてやる、と装甲に包まれた脚で受けた彼は。

 

「……あ?」

 

 突如その体のバランスを崩し、転倒した。

 思わぬ失態に目を白黒させるベートに容赦なく襲い掛かる一刀を、同じく身の丈ほどの大双刃(ウルガ)でティオナが防ぐ。

 

「コラー!? 何勝手に突っ走って、何勝手に転んでるのさー!?」

「違ェ、これは……」

「いいわけなんて聞かないからね! どりゃああああああああっ‼」

「オイコラ!? 話聞け馬鹿ゾネス!?」

 

 オッタルの大刀を弾きつつ、頭上で大双刃(ウルガ)を振り回しながら突撃するティオナだったが、そんな彼女の耳に再び発砲音が入った。

 そして次の瞬間、彼女はスッテーンと前のめりに転がる。

 

「ぐえーーー!?」

「言わんこっちゃねぇな!? その寂しい胸みてぇに脳みそもねぇのかテメエは!?」

 

 岩を削る勢いで滑るティオナにベートは唾を吐きながら怒鳴りつけた。

 彼女は馬鹿だった。

 

「……」

「うわわわっ!?」

 

 オッタルは何処か困惑した雰囲気を纏いながら、無言で大刀を叩き込む。

 それを転がりながら慌てて回避する少女。

 喜劇の様だが割とピンチだ。

 

「全く、もうちょっと落ち着いて行動することを覚えようか」

 

 そこに小人族(パルゥム)が割って入る。

 指揮官としての印象が先行しているフィン・ディムナだが、それは彼が直接戦闘で劣ると言うワケではない。

 同派閥の団員や古くからの腐れ縁であるオッタルからすれば、むしろ勇者自ら前に出たことの意味を重く受け止めるだろう。

 

 【勇者(ブレイバー)

 神会(デナトゥス)において定められる冒険者の二つ名。

 その中でもこの簡素(シンプル)な響きを持つこの名は、厳密には神々によって命名されたわけではなく、自薦によるものと言う異色の由来を持つ。

 

 神々がこのような例外を認めたのは、彼がその二つ名に名前負けすることが無いと確信していたからだ。

 その知識も。その勇気も。

 そして、その武勇さえも。勇気を示す者の名に相応しい。

 

「……お前とやり合うのは予想外だった」

「だろうね。君にとっては想定外だらけの戦場と言うワケだ。同情するよ」

 

 遠心力を伴った薙ぎ払いがオッタルの頭部を狙いすます。

 槍が空気を切り裂く音で、既に先の二人とは桁違いの力が籠められることが見て取れる一撃に、猪人(ボアズ)の武人は初めて防御の構えをとった。

 

 爆発音と聞き間違えそうな轟音が響く。

 周囲の恐怖と畏怖を搔っ攫う両者のぶつかり合いは正に異次元の戦いだ。

 

「ベート! ティオナ! 今のうちにミノタウロスを仕留めろ! 女神の戯れに付き合う必要はない」

 

 オッタルが妨害行為に及んでいるのは、間違いなくミノタウロスとベル・クラネルの戦いが原因だ。

 その根本を断ち切ればオッタルは退くだろう。こんなことで一々逆上する性格ならば武人呼ばわりはされていない。

 

 即座に最適解を弾きだしたフィンはたった一人で【猛者(おうじゃ)】を抑える。

 本気で倒すつもりならば切り札を切る必要があるが、時間稼ぎだけならフィン一人で十分だ。

 団長の意向を受けて駆けだす二人。

 

「余計なことさせんじゃねぇ!」

 

 ヴァレッタも【猛者(おうじゃ)】を【ロキ・ファミリア】にぶつけていなければ、闇派閥(じぶんたち)が確実に殲滅されることを理解し、狂信者たちに指示を出した。

 雄たけびを上げて白装束の亡者たちが二人に殺到するが。

 

「失せろ雑魚以下のカスが」

「邪魔しないでよねーっ‼」

 

 第一級冒険者たるベートとティオナの敵ではなく、あっという間に蹴散らされていく。

 鋼鉄のメタルブーツで蹴り飛ばされ、大双刃(ウルガ)によって頭を横殴りされて吹き飛ぶ。

 数秒にも満たない刹那の間で戦いは終了していた。

 

「……っち」

 

 それを見てヴァレッタは舌打ちをする。

 心底気に食わないと言った様子で糞ったれがと吐き捨てた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「結局ヤローの思う壺じゃねぇか馬鹿らしい」

『えぇ、まぁ。こちらもヴァレッタさんをやられるのは色々と不都合でして、【ロキ・ファミリア】にはご自重頂きたく』

 

 不意に、ヒュンと虚空から何かが投げ出された。

 感覚の鋭い冒険者たちは一斉に視線を向け、眉をひそめる。

 それは奇怪なアイテムだ。魔石灯のようにも見えるが、取っ手部分は伝え聞く銃と言う武器のような……

 

 このアイテムの意味を知り、表情を強張らせたのはベルたちだ。

 良く知っている。間違うはずがない。

 それは先ほどまで自分たちの下にあったものなのだから。

 

(武器よさらば灯っ‼)

 

 その絶大な効果に散々助けられた故に、その危険性も十二分に理解できる。

 ベルの手元から離れていたひみつ道具が向かう先は……ミノタウロス。

 ミノタウロスの視線も武器よさらば灯に向いていた。

 それを確認した時、ベルの中にある不安感は頂点に達する。

 

「させない……っ」

 

 ライトニングボルトサーベルを駆使して斬りかかるベルだが、ミノタウロスは異様な勘の鋭さでベルの攻撃を尽く退けた。

 完全防御も、必殺の太刀も、もう知っていると言わんばかりに。

 それでも妨害し続けていれば、ミノタウロスにあのひみつ道具が渡ることは無い。

 自動戦闘(オートバトル)に従い、目の前の敵を切り倒す最適解をなぞるベルの身体。

 それに対し、ミノタウロスは唸り声と共に切り札を手に掛けた。

 

「フゥッ、フゥッ、フウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

(何を……)

 

 肩に背負っていたのは斧。

 金の装飾が施された、とんでもない業物だと分かる逸品。

 ヴェルフ曰く、魔剣。

 それを抜き放ち、魔力を帯電させる。

 

「ヴォオオオオッ‼」

「なっ!?」

 

 そこでモンスターは予想外の行動に出た。

 魔法を発現させたその剣を持ったまま斬りかかってきたのだ。

 魔剣は魔法を放つ遠距離武器。そんな人間の常識の裏を突く魔物の不意打ち。

 ベルが全く予想だにしていない攻撃にも、持ち前の自動戦闘(オートバトル)で反応するライトニングボルトサーベルだったが。ベルは青ざめた。

 

(違う! 罠だ!)

 

 ベルの急制動も間に合わず、ライトニングボルトサーベルと雷の魔剣はぶつかり合った。

 そして、光が少年と猛牛を包む。

 

「ヴォガアアアアアアアアッッ‼」

「うわあああああああああっっ!?」

 

 鍔迫り合いをした状態からの感電。

 至近距離で直撃した雷属性の魔法がベルの体を包んだ。

 絶叫を発しながら、ベルはミノタウロスの取った策に戦慄した。

 

 ベルの絶対防御を前にしたミノタウロスの戦術は単純だ。

 防がれてもダメージを与えられるようにすればいい。

 そう、つばぜり合いした状態で魔法が放たれれば、サーベル一つで防げるはずがないのだから。

 

(ま、ずいっ……!)

 

 この戦法はある意味自爆だ。

 魔剣から発せられた魔法は暴発し、使い手自身も苛んでいる。

 人間だったらまごう事なき愚行。

 しかし、受けるのがミノタウロスならば話は別だ。

 モンスターのタフネスは、冒険者がどれだけ【耐久】のアビリティを鍛え上げた所でマネできるものではない。

 ベルとミノタウロス。

 感電し続ければ、先に限界が訪れるのは間違いなくベルだろう。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 いま懸念すべきことは他にある。

 

(体が、痺れて……っ。止められない……‼)

 

 雷属性攻撃の特徴。

 痺れる雷撃は稀に行動不能(スタン)を引き起こす。

 まるで動けない自分の体を意識が遠くから見守っているようだ。

 そんな自分の前で、ミノタウロスが武器よさらば灯を持った。

 

(隙が出来るけど、もう消去するしかない。でも、体の痺れがスキルの効力を鈍らせてる……っ)

 

 ひみつ道具の消去には、そのひみつ道具を想起しながら消滅を念じる必要がある。

 だが、このひみつ道具の想起が問題だった。

 頭の中で描くイメージにはある程度の精密さが必要とされるため、ベルは目を閉じて数秒程念じると言うとびきりの隙を晒してしまう羽目になるのだ。

 常のモンスターでも自殺行為。

 この異常事態(イレギュラー)個体の前でやるなど正気の沙汰ではない。

 

 故に武器よさらば灯を紛失した後も、ひみつ道具の消去が出来なかったのだが、完全に裏目に出てしまった。

 致命傷覚悟で目を閉じて念じるがもう遅い。

 

「……えっ? あたしの大双刃(ウルガ)が!?」

「何だコレ……って、テメエか! 兎野郎‼」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ティオナの大双刃(ウルガ)はサツマイモに。ベートの双剣は小松菜に変化していた。

 さて、彼らは第一級冒険者冒険者だ。当然、その装備が安い筈もなく……

 中には億近い値段が付くこともあると、ヘファイストスの店で私服のエイナに教わっていたことを何故か今思い出した。

 

「ってヤバ!?」

「ッチ、鬱陶しいんだよ! モンスター共が群れていやがって臭いが辿れねぇ!」

 

 武器を失った二人にすかさず発砲音。

 謎の弾丸を大きく回避する二人は、相変わらず居場所を特定させない厄介な相手に辟易する。

 フィンは二人に後退を指示すると、目まぐるしく頭を回転させる。

 

(姿の見えない敵に武器の紛失。こうなると僕たちだけで動くのは難しくなる。せめて姿の見えない敵さえどうにかなれば……)

 

 オッタルと幾合ににも及ぶ斬り合いの最中、何度目とも知れぬ発砲音が響く。

 その瞬間、フィンの親指が疼き、フィンは即座に槍を回転させた。

 直後に鳴り響くギィン、と言う音がフィンの直前までの危機を教える。

 しかし、安堵する暇はない。

 

「オオオオオオオオオオオオッッ‼」

「くっ……」

 

 謎の弾の対処によって乱れたフィンのリズム。

 生まれながらの戦闘者であるオッタルがそれを見逃すはずがない。

 あっという間に主導権を握られたフィンは苦悶の声を漏らした。

 

 もとよりレベル7とレベル6。

 善戦できたのは偏にフィンの戦術眼が優れていたからに他ならない。

 基礎的な条件では圧倒されているのだから、順当な結果に戻ったというのが正しいのだろう。

 

(指揮を放棄するか……? 駄目だ。条件がそろってない。団長である僕しかこの流れは読み解けない)

 

 切り札を検討するにも、フィンの切り札は諸刃の剣。

 戦闘者としてのフィンは桁外れに強化されるが、指揮官としてのフィンは失われる。

 打開の手段見つけられてない状況で、狂戦士になることは許されない。

 

(親指頼りに敵をあぶり出す……不可能だ。僕の直感はそんな便利な代物じゃない。オッタルを前にして先の見通せない賭けなどできない)

 

 姿こそ見えないが、敵が非常にクレバーな存在であることはここまでの動きで推測できた。

 モンスターと人の合間を縫うその手腕はいっそ芸術的ですらある。

 勘がいいだけの冒険者など、簡単に攻略されてしまうだろう。

 

(弱点……天敵が必要だ。姿の見えない何者かをあぶり出すには、その攻撃を受け続けられる……)

 

 また、発砲音。

 思考を中断させ、辺りに気を配る。

 親指は鳴らない。ならば対象は自分以外。

 

「ぐっ……」

 

 そして、少年の声と共に弾かれる音が続く。

 謎の弾が転がる音は、たちまち猛牛の雄叫びにかき消された。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()様子で目を白黒させていたベルは、その声に呼応するように自らも吠えた。

 

「ヴォオオオオオオオオオッ‼」

「あああああああぁぁぁぁっ‼」

 

 少年と猛牛の攻防の中で。

 勇者は思わず目を見開いた。

 

(そうか、彼が)

 

 姿の見えない何者かとその攻撃を意にも介さないひみつ道具。

 この場で唯一、ベル・クラネルだけが安全圏から、この難敵を打破できる。

 

 チラリ、と闇派閥(イヴィルス)の指揮官であるヴァレッタを盗み見る。

 彼女もベル・クラネルの持つひみつ道具の可能性に気が付いたのか、表情を歪めていた。

 

「ベル・クラネルを援護しろ!」

「ミノタウロスの邪魔をさせんじゃねェ!」

 

 指揮官たちの指示はほぼ同時。

 姿の見えない敵は自動防御ができるベル・クラネルしか倒せない。

 自動防御を持つベル・クラネルは、防御を突破できる魔剣を持つミノタウロスにしか倒せない。

 

 フロアの中心で戦うベルとミノタウロスに殺到する両勢力。

 しかし、そこに介入するものが一人。

 

「邪魔はさせんと言った筈だ!」

「くっ、オッタル……っ!」

 

 女神の意思に従う武人が、勇者を突破してベルとミノタウロスの戦いに近づく者たちの前に立ちふさがった。

 

「……おい、イカれ野郎。テメェ、ナニやってんのか分かってるんだろォな? ロキだけじゃなく、闇派閥(アタシら)ともやりあう気かよ」

 

 ヴァレッタの理解できないと言いたげな表情に、オッタルはなにも答えない。

 否、ヴァレッタなど興味もないと、背後の戦いを一瞥した後、宣誓した。

 

「全ては女神の願いのままに……」

「遺言はそれでいいんだな⁉」

「いい加減退いてもらおうか‼」

 

 勃発した三つ巴の戦闘。

 都市最強と言えども多勢に無勢、本来ならば対抗しきれない筈だ。

 しかし、【ロキ・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)は互いが不倶戴天の敵。

 協調などできるわけがない。

 

 それを見越したオッタルの立ち回りもあり、状況は膠着し、彼らは最早見守るしかなくなった。

 

 嵐の中心。少年と雄牛の決闘を。

 この場の全ての目が二人に向いた。




 ◼ベルの勝利
 ライトニングボルトサーベルでころばし屋DX を撃破。
 【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、フェルズに優位。

 ◼ミノタウロスの勝利
 ころばし屋DX に対応できるベルがいなくなり、少なくない被害を冒険者たちに。
 闇派閥と???に優位。

 オッタルは二人の邪魔をさせないことが変わらぬ目標。
 エインは二人の勝敗とか知るか、と思ってます。

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